翌日の放課後。
集合場所へ着くと、昨日まではいなかった赤い髪が一人増えていた。
「……なんで普通にいるのよ」
さやかが第一声から嫌そうな顔をする。
「昨日の夜、集合時間送ってきたのマミだろ」
杏子は気にした様子もなく、コンビニの袋から棒付きの菓子を取り出した。
「ええ、送ったわ。でも、その時間はもう十分以上前よ」
マミさんが時計を見せる。
「来たんだからいいじゃねーか」
「十分遅刻です」
「細けーな」
「時間を守るのは細かいことじゃありません」
声は穏やかなのに、杏子はそれ以上言い返さなかった。昔から似たようなことを何度も言われていたのかもしれない。菓子の袋を開けたままマミさんの横を通り過ぎる杏子を見て、さやかが小声で聞く。
「昔からこんななの?」
「聞こえてんぞ」
「聞こえるように言ったし」
「美樹さん」
「はーい」
返事だけはいい。会ってまだ一日しか経っていないのに、もう遠慮らしい遠慮がなくなっていた。
全員揃ったところで、マミさんが地図を広げる。
「今日は昨日までと同じように、二組に分かれましょう。人数が増えたからといって、六人で同じ場所を歩く必要はないもの」
地図の東側を指でなぞる。
「私と鹿目さん、美樹さん。それから、今日は佐倉さんにもこちらへ来てもらうわ」
「何で私とこいつが同じなのよ」
「こっちの台詞だ」
さやかと杏子がほぼ同時に口を挟む。
「昨日来たばかりの佐倉さんを、いきなり二人だけの組へ入れるよりいいでしょう。それに、私も久しぶりに一緒に動きを見たいから」
最後の一言に杏子が少しだけ黙り、視線を逸らした。
「……好きにしろよ」
マミさんはそれ以上触れず、今度は地図の反対側を見る。
「マギカさんと暁美さんは西側をお願い。昨日までとは少し経路を変えて、川沿いを回ってきて」
「了解」
「分かりました」
俺とほむらの返事が重なると、横から杏子がこちらを見た。
「お前ら、仲いいのか?」
「別に」
「そういうわけでは」
また重なった。
何だ、その顔。
◇
四人と二人に分かれ、俺とほむらは川沿いの道を歩いていた。
前回ほど気まずくはない。というか、最近この組み合わせが増えすぎて、いちいち気まずがっている方が疲れるようになってきた。
「今日は静かですね」
「それはいいことだろ」
「そうですね」
ほむらは時々ソウルジェムを確認しながら歩いている。
俺も周囲を見つつ、昨日見た杏子の戦い方を思い返していた。長い槍、多節化する柄、迷いのない踏み込み。画面で見ていた時より実際の動きはずっと速く、俺と同じ前衛でも方向性はまるで違う。
俺はスペッキオ・ファントムで相手の認識をずらして攻撃を外し、その隙へ入る。杏子は自分の間合いそのものを押しつけ、逃げようとした相手まで槍で絡め取る。
「佐倉さんのことですか?」
「……何で分かる」
「さっきから槍を振る真似をしています」
見れば、右手が無意識に刀ではなく長物を扱うような動きをしていた。
「してねえよ」
「していました」
「見間違いだ」
「そうですか」
「お前はどうだった?」
「何がですか?」
「杏子。初めて会って」
ほむらは少し考える。
「強いと思います」
「それだけ?」
「それ以外は、まだよく分かりません」
まあ、そうだろう。今回のほむらにとって杏子は、本当に昨日会ったばかりの相手だ。俺みたいに原作を見ていたわけでも、前の時間で関わったわけでもない。
「でも、巴さんの前では少し態度が違う気がします」
「……そう見える?」
「はい」
やっぱりよく見ている。
「昔一緒に戦ってたらしいしな」
「それだけでしょうか」
「さあ」
知っているけれど、言わない。昨日のこともあるし、本人たちが話していない過去まで俺が勝手に説明することじゃない。
「本人に聞けば?」
「聞いていいことなんでしょうか」
「それを考えてる時点で、今はやめとけ」
「……分かりました」
こういうところは素直だ。
そのまましばらく歩いたが、強い反応は出なかった。途中で弱い使い魔らしい気配を一度拾った程度で、それも人のいない方へ消えてしまい、深追いするほどではない。
俺たちは予定より少し早く合流地点へ向かった。
◇
その頃、マミさんたちはというと、後から聞けばかなり騒がしかったらしい。
「お前、また前出すぎ」
「は?」
巡回を始めて十分も経たないうちに、杏子が突然さやかへ言った。
「何よ急に」
「歩き方見りゃ分かる。何か出たら真っ先に突っ込むだろ、お前」
「昨日会ったばっかのあんたに何が分かるのよ」
「昨日見ただけで分かるくらい分かりやすかったってことだよ」
杏子は棒付きの菓子を咥えたまま、さやかの横を歩く。
「それに剣持った時、右側空きすぎ」
「空いてないし」
「空いてた」
「見てないくせに」
「見てたから言ってんだろ」
さやかが露骨に嫌そうな顔をした。
「何であんたに戦い方まで言われなきゃいけないのよ」
「別に教えてねーよ。死にそうな動きしてるから気になっただけ」
「余計なお世話!」
そこでマミさんが振り返る。
「美樹さん」
「ほら、マミさんからも言ってやってくださいよ」
「佐倉さんの言っていること自体は間違ってないわ」
「マミさんまで!?」
杏子が少しだけ得意そうな顔をした。
「ただし、言い方」
「何だよ」
「もう少し優しく」
「無理」
「即答しない」
まどかが隣で困ったように笑っている。
さやかは納得していない顔のまま、自分の右側を確かめるように剣を握る真似をした。
「……そんな空いてた?」
「空いてた」
「杏子には聞いてない」
「じゃあ聞くなよ」
また始まった。
マミさんは一度止めかけたものの、今度は何も言わなかった。喧嘩しているわりに、さやかは杏子に言われたところをちゃんと気にしているし、杏子も本当に興味がなければわざわざ指摘しない。
まどかが小声でマミさんへ聞く。
「……仲悪いんでしょうか」
「どうかしら。少なくとも、遠慮はしてないみたいね」
マミさんは少しだけ笑った。
◇
俺たちが合流地点へ着いた時には、向こうの四人はもう待っていた。
「お疲れさま」
まどかが手を振る。
「そっちは?」
マミさんに聞かれ、ほむらが答えた。
「使い魔らしい反応が一度ありましたが、特に問題はありませんでした」
「こっちも魔女はなし」
俺が続ける。
「そっちは?」
さやかが即座に杏子を指差した。
「誰がだよ」
「遅刻して、人の戦い方にいちいち口出してきた人」
「お前が危なっかしいからだろ」
「ほら!」
「何がほらだ」
合流して五秒でこれか。
「……元気だったみたいだな」
「元気じゃない!」
「こっちの台詞だ!」
二人の声が重なった、その時だった。
胸元のソウルジェムが反応し、ほぼ同時に他の五人も顔を上げる。さっきまで言い合っていた杏子とさやかの表情まで、一瞬で戦う側のものへ変わった。
「近いわ」
マミさんが道路の先を見る。
反応は強い。使い魔ではない。
「魔女ですね」
ほむらが盾へ手を添えた。
「行きましょう」
マミさんの声で、六人が同時に走り出した。
◇
結界へ入ってすぐ、昨日戦った相手より明らかに強いと分かった。
広い空間を巨大な布のような壁が何枚も横切り、その隙間を歪んだ人形の使い魔が走り回っている。さらに奥では、何本もの腕を持った魔女が壁へ張りつくように浮かんでいた。
「昨日より多いな」
杏子が槍を出す。
「人数も多いから大丈夫でしょ」
さやかが剣を構えた。
「そういう考え方をしない」
マミさんが即座に釘を刺す。
「人数が増えれば、それだけ動きが重なる可能性も増えるわ。まずはいつも通り――」
言い終わるより先に、使い魔が飛び込んできた。
「来た!」
さやかが前へ出る。
「おい、待て!」
杏子も追う。俺も横から回り込んだ。
前衛が三人。
実際に並んでみると、思っていた以上に狭い。
「そっち邪魔!」
「お前が前出すぎなんだよ!」
「二人とも寄るな!」
さやかの剣を避けながら杏子の槍が伸び、その内側へ俺が入りかけて慌てて止まる。個々では強いのに、三人とも一人で前へ出る時の距離感のまま戦っているせいで、互いの間合いを食い合っていた。
後ろでは、まどかが矢を構えたまま射線を探している。
「撃てない……!」
「一度広がって!」
マミさんのリボンが三方向へ飛び、使い魔を押し戻す。
その隙にほむらの盾が動いた。
視界の端で見えた瞬間、俺の身体がほとんど反射で一歩下がる。
ほむらが消え、次に見えた時には魔女の側面へ移動していた。足元には小型の爆弾が置かれている。
停止した時点では、俺たち三人から十分離れた場所だったはずだ。ただし、俺以外の二人はそこへ爆弾が置かれたことを知らない。
「行ける!」
さやかが踏み込む。
「そっちはあたしが――」
杏子も同じ方向へ走った。
「二人とも下がれ!」
俺はもう後ろへ跳んでいた。
「何――」
爆発。
「ちょっ!?」
「おい!!」
杏子とさやかが左右へ飛び退き、爆風の向こうで使い魔がまとめて吹き飛ぶ。
杏子は着地すると同時に俺を見た。
「……お前」
「何?」
「何で一人だけ普通に避けてんだよ」
「勘」
「嘘つけ。今の初見で分かるか」
反論できない。
「そうだよ!」
さやかまで俺を見る。
「ほむらが消えたと思ったら爆発するし、マギカだけ逃げてるし!」
「時間を止めています」
ほむらが真面目に説明した。
「それは知ってる! 爆弾の話!」
「停止した時点では十分距離がありました」
「時間戻ったら前出るに決まってんだろ」
杏子の指摘に、ほむらが黙る。
単独で戦うなら、ほむらのやり方は恐ろしく強い。時間を止め、攻撃を置いて離れ、再開する。それだけで相手はほとんど対応できない。
ただ、敵へ張り付く前衛が三人もいると事情が変わる。停止中のほむらには全員の位置が見えていても、止められている俺たちには、その間に何が変わったのか分からない。その情報差が、人数が増えたことで初めて大きな危険になった。
「いったん下がって!」
マミさんの声が飛び、六人全員が距離を取った。
◇
「人数が増えた分、強くなったと思わないで」
マミさんは魔女から目を離さないまま言った。
「一人一人が強くても、動きが合わなければ人数が多い方が危険になることだってあるわ」
誰も反論しなかった。今まさに体験したばかりだ。
「役割を変えます。佐倉さんと美樹さんが前。二人とも同じ相手へ飛び込まないで、左右を分ける」
「分かった」
「はい」
杏子とさやかが答える。
「マギカさんは二人の間へ入らないこと。少し下がって、スペッキオ・ファントムで援護して」
「了解」
「鹿目さんは後方。私が射線を作るから、見えた時だけ撃って」
「うん」
「暁美さんは時間停止そのものは自由。ただ、爆発物を使うなら止める前に場所を知らせて」
「分かりました」
マミさんは一度だけ全員を見る。
やっぱり、この人は強い。
単純に魔法が強いという意味じゃない。人数が増え、今までのやり方が通じなくなっても、誰かを責めて終わるのではなく、その場で次の形へ組み直せる。
「来るわ!」
魔女が腕を広げた。
今度は全員が同時には動かなかった。
「右、止めます!」
「了解!」
さやかは左へ、杏子は右へ一度距離を取る。俺も後ろへ下がったところで、視界が一瞬飛んだ。
次に見えた時には、ほむらが魔女の右後方へ回っている。
爆発。
今度は誰も巻き込まれない。
「美樹さん、左!」
「はい!」
さやかが使い魔を受け止める。
「佐倉さん、右をお願い!」
「分かってる!」
杏子の槍が反対側から伸び、別の一体を押し返した。
俺はその中間へ魔力を広げる。
魔女の視線が僅かにずれ、こちらへ伸びてきた腕が空を切る。
「鹿目さん!」
「うん!」
マミさんのリボンが左右へ開き、ほんの一瞬だけ一直線の射線ができた。そこを桃色の矢が抜け、魔女の身体へ直撃する。
「今だ!」
杏子の槍が多節化して魔女の腕へ巻きついた。
「美樹!」
「分かってる!」
さやかが踏み込み、空いた胴体へ剣を叩き込む。さっきまで互いに邪魔をしていた二人が、今度は同じ場所へ入らず、片方が止めたところへもう片方が攻撃を重ねていた。
「やればできんじゃねーか」
「そっちこそ!」
「喋ってないで戻って!」
マミさんに二人まとめて怒られる。
俺は少し笑いそうになった。
◇
魔女が大きく身体を捻り、使い魔をまとめて吐き出した。
そのうちの一体がさやかの死角へ回る。
「美樹!」
「え?」
さやかが振り向くより先に、赤い槍が飛んだ。
使い魔を横から叩き落とす。
「また……」
「今は同じ獲物殴ってんだろ。邪魔されると困るだけだ」
杏子はそれ以上何も言わず、別の敵へ向かった。
さやかは一瞬だけその背中を見てから、すぐ自分の前へ向き直る。
俺も余計なことは言わなかった。
この二人がこの先どうなっていくのか、原作を見た俺なら知っている。それでも、だからといって間へ入って「仲良くしろ」と言う必要はないし、分かり合えると未来を知っている俺が保証するのも違う。
「マギカさん!」
「っと!」
マミさんに呼ばれて、慌てて魔女へ意識を戻す。
考え事してる場合じゃない。
最後は杏子とさやかが左右から動きを止め、俺が認識を外し、まどかの矢で大きく体勢を崩したところへマミさんの砲撃が入った。
魔女の身体が砕け、結界がほどけていく。
◇
現実へ戻ると、地面へグリーフシードが転がった。
杏子は一度そちらを見たものの、すぐマミさんへ視線を移す。
「好きに分けろ」
「珍しい」
さやかが言う。
「何が」
「昨日は取りにいってたじゃん」
「今日は大して使ってねーからいらねえよ」
そう言って、杏子はポケットから菓子を取り出した。
「また食べてる」
「腹減ったんだよ」
「戦ったから?」
「そう」
「それ本当なの?」
「知らねーよ。あたしは減るんだ」
何だその理屈。
少し休憩しようというまどかの提案で、近くの公園へ移動することになった。
◇
ベンチへ座ると、杏子はすぐ袋を開けた。
さやかも自分の鞄から菓子を出し、一つ、二つと食べたところで途中で手を止める。
「もういらない」
「食わねーの?」
杏子が即座に反応した。
「お腹いっぱい」
「ならもらう」
「そこは遠慮しないんだ」
「食いもん残すよりマシだろ」
杏子は何の躊躇もなく残りを受け取る。
少しして、今度はさやかが杏子の袋を覗き込んだ。
「それ新しいやつ?」
「そう」
「美味しい?」
「結構うまい」
「一個ちょうだい」
「やだ」
「私のは食べたじゃん!」
「あれはお前がいらねえって言ったんだろ」
「ケチ!」
「知らねーよ」
ほんの少し前まで戦い方を巡って本気で言い合っていた二人が、今度は菓子一個で喧嘩している。
「……さっきまで喧嘩してたよね?」
まどかが小声で言う。
「そうね」
マミさんも同じくらい小さな声で返した。
「意外と合ってないか、あいつら」
俺も口を挟む。
「そうでしょうか」
隣のほむらが真面目な顔で首を傾げた。
「少なくとも、遠慮なく喧嘩できるくらいには」
「それは仲がいいと言うんでしょうか」
「知らん」
杏子とさやかが同時にこちらを向いた。
「どこがだよ!」
ぴったり重なる。
「ほら」
「何がだよ!」
今度は杏子だけが叫んだ。
まどかが笑い、さやかは露骨に嫌そうな顔をする。杏子も似たような顔をしていて、その二人を見ていたマミさんの目元だけが、一瞬柔らかくなった。
◇
「じゃ、あたし帰るわ」
休憩が終わる頃、杏子が立ち上がった。
「もう?」
まどかが聞く。
「今日はまだ風見野ほとんど見てねーし」
「こっちの巡回は?」
さやかが言う。
「ここはマミの縄張りだろ。それに、あたし抜いても五人いる」
杏子が俺たちを見回す。
「十分だ」
確かに。
「気をつけてね」
マミさんが言う。
「子供扱いすんな」
「あんた私らと同い年くらいでしょ」
「うるせー新人」
「また新人って言った!」
「新人だろ」
「昨日契約したわけじゃないし!」
「大差ねーよ」
最後まで喧嘩している。
杏子はさやかを適当にあしらいながら俺の横を通り、そのまま帰るかと思ったところで足を止めた。
「お前」
「何?」
「今度、一回あたしと組め」
思っていなかった言葉に、俺が杏子を見る。
「何で?」
「あの変な魔法。ちゃんと見てみたい」
「気味悪いって言ってたやつ?」
「だから気になるんだろ」
「その理屈は分かんねえ」
杏子は肩を竦め、それからマミさんへ一瞬だけ視線を向けた。
「それに、マミが何教えてんのかもちょっと気になる」
「だから弟子じゃねえって」
「どう見ても弟子だろ」
「違う」
「違わねーよ」
それ以上言い合わず、杏子は背を向ける。
少し離れたところで、もう一度だけ声が飛んできた。
「マギカ」
「何?」
「何に?」
さやかがすぐに反応した。
「何それ、私とはやらないの?」
杏子が肩越しに振り返る。
「お前はまず突っ込む癖直せ」
「はぁ!?」
杏子は楽しそうに笑い、そのまま今度こそ離れていった。
「……気に入られたみたいね」
隣でマミさんが言う。
「あれで?」
「多分」
「全然嬉しくねえ」
そう言いながら、別に嫌でもなかった。
次は杏子と二人で戦う。その時、こいつがマミさんから何を教わってきたのか。俺の戦い方を見て、何を感じるのか。
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