俺がマギカなのか……?改   作:きのこ大三元

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また見直しのチャック体制を調整しました、きっとこれで…(フラグ)


第48話 痛くない

 最初は、ただの遅刻だった。

 

「さやかちゃん、今日遅いね」

 

 朝のホームルームが始まっても、まどかの隣の席は空いたままだった。担任も特に気にした様子はなく、出席簿へ何かを書き込んで、そのまま連絡事項を読み上げている。

 

「寝坊じゃない?」

 

「さやかちゃんならありそうだけど……」

 

 まどかはそう言って笑ったものの、何度か時計へ目をやっていた。俺も田中として、何も知らない顔で適当に頷いておく。

 

 結局、さやかが教室へ駆け込んできたのは、一時間目が終わった後だった。

 

「間に合った!」

 

「どこがだよ」

 

 近くのクラスメイトに突っ込まれ、さやかは悪びれもせず笑っている。髪が少し乱れているくらいで、見たところ体調が悪そうでもない。

 

 だから、その日は誰も深く考えなかった。

 

 次の日、さやかが来たのは昼前。その次の日には、とうとう一日中、席が埋まらなかった。

 

「……最近、美樹さんはどうされたのでしょう」

 

 昼休み、仁美が空いた席へ視線を向けた。

 

「連絡は返ってくるよ」

 

 まどかが携帯をこちらへ向ける。

 

『生きてまーす』

 

 その下には、妙に元気なスタンプが一つ。

 

「なら、よろしいのですけれど……」

 

 仁美はそう言ったが、表情は晴れなかった。

 

 俺も同じだった。理由なら、ある程度分かっている。

 

 学校へ来ていない間も、さやかは休んでいるわけじゃない。

 

 ◇

 

 その夜、魔女の反応を追って結界へ入った時には、すでに戦闘が始まっていた。

 

「さやか!」

 

 青い影が使い魔の群れへ突っ込んでいく。

 

 少し前とは明らかに速い。一本目の剣を投げ、避けた先へ二本目を置く。相手が身を捻ったところへ自分から距離を詰め、至近距離で斬り上げる。

 

 マミさんから教わった足運び。杏子との戦いで覚えた間合いの取り方。教えられたことも、盗んだものも、ちゃんと身についている。

 

 だからこそ、次の動きが余計に目についた。

 

「おい、前!」

 

「見えてる!」

 

 横から使い魔の爪が伸びる。

 

 避けられた。少なくとも、今のさやかなら。

 

 なのに身体を半歩ずらしただけで、完全にはかわさなかった。爪が腕へ深く食い込み、青い衣装の上から血が飛ぶ。

 

「っ!」

 

 俺の方が息を詰めた。

 

 さやかは止まらない。傷つけられた腕をそのまま振り抜き、懐へ入った使い魔の胴へ剣を叩き込む。敵が消えると、ようやく自分の腕を一度だけ確認した。

 

「平気平気」

 

 傷口へ青い魔力が集まり、裂けた肉が塞がっていく。数秒もすれば、そこに深い傷があったことさえ分からなくなった。

 

「平気じゃねえだろ」

 

「治ってるじゃん」

 

「治るかどうかの話じゃ――」

 

「次来る!」

 

 俺の言葉を切るように、さやかはまた走り出した。

 

 魔女そのものは、それほど強くない。問題はさやかの戦い方だった。

 

 避けられる攻撃まで避けなくなっている。一撃を受ける代わりに一歩早く相手の懐へ入れるなら、そのまま身体で受ける。斬られれば治し、治ればまた前へ出る。

 

 効率だけを見れば、確かに間違ってはいない。

 

 でも、前のさやかはこんな戦い方をしなかった。

 

 まだ訓練を始めたばかりの頃、使い魔の攻撃が腕を掠めただけで大騒ぎしていたことを思い出す。

 

『いったぁー! ちょ、これ普通に痛いんですけど!』

 

 そんなさやかへ、マミさんが呆れたように笑いながら言っていた。

 

『治せることと、傷ついていいことは別なのよ』

 

 あの時のさやかは、不満そうに唇を尖らせていた。

 

 今なら、同じくらいの傷を受けても眉一つ動かさない。

 

 次の瞬間、使い魔の爪が肩へ食い込んだ。

 

「っ……!」

 

 今度は剣先が僅かに鈍った。

 

 さやかもそれに気づいたらしい。肩から流れる血より、一瞬遅れた自分の動きを確かめるように目を細める。

 

「……邪魔」

 

「さやか?」

 

 返事はない。

 

 傷を治している様子もなかった。代わりに青い魔力が肩から首筋へ、それから身体全体へ薄く広がっていく。

 

「……あ」

 

 さやかが肩を回した。

 

 傷はまだ開いている。血も流れている。それなのに、さっきまであった苦痛の色だけが顔から消えていた。

 

 もう一度腕を動かし、確かめる。

 

「これなら……もっとやれる」

 

 嫌な言葉だった。

 

「さやか、待て!」

 

 呼び止めるより先に、地面を蹴った。

 

 そこからのさやかは、明らかに強くなった。

 

 痛みで身体が止まらない。多少の傷なら構わず踏み込み、敵が腕を狙えば、その分だけ空いた懐へ剣を入れる。傷そのものは戦闘が終わってから治せばいい。

 

「美樹さん!」

 

 マミさんの声にも振り返らなかった。

 

「今ならいける!」

 

 剣が一本、二本、三本と魔女へ突き刺さり、最後の一撃がその中心を貫く。

 

 結界が崩れた。

 

 ◇

 

「美樹さん」

 

 現実へ戻るなり、マミさんがさやかを呼び止めた。声がいつもより低い。

 

「何ですか?」

 

「さっき、痛みを魔法で抑えていたでしょう」

 

 さやかは少し驚いたようだった。

 

「分かります?」

 

「分かるわ」

 

 魔法少女の衣装、その肩口には乾きかけた血が残っている。傷そのものはすでに閉じているのに、その痕だけが戦い方を物語っていた。

 

「便利ですよ、これ」

 

「美樹さん」

 

 マミさんは正面からさやかを見る。

 

「治せることと、傷ついていいことは別よ」

 

 前と同じ言葉だった。

 

 さやかも覚えていたのだろう。一瞬だけ、目の動きが止まった。

 

「でも、結果的には誰も怪我しなかったじゃないですか」

 

「あなたが怪我をしているでしょう」

 

「私なら治ります。だったら、一番頑丈な奴が前に出た方がいいじゃないですか。私が一発受ければ、その分ほかの人が攻撃されなくて済むんだから」

 

 返ってきた言葉には迷いがなかった。

 

 少し前まで、杏子の効率をあれほど嫌っていたさやかが、今は自分にだけ同じ計算を当てはめている。

 

 マミさんも、それに気づいたようだった。

 

「自分の身体も、守る対象でしょう?」

 

 さやかの表情が止まった。ほんの一瞬だけだった。

 

「……そうですかね」

 

 軽く笑う。

 

 だから余計に、背中が冷えた。

 

 マミさんの顔からも、僅かに血の気が引いている。さやか本人だけが、その言葉のおかしさに気づいていなかった。

 

 ◇

 

 危ない。

 

 それだけは分かる。

 

 俺が知っている未来でも、さやかはこの辺りから急速に追い詰められていった。でも、今はもう同じ状況じゃない。

 

 マミさんは生きている。杏子も一緒に戦っている。魔法少女の魂がソウルジェムへ移されていることも、その先で魔女になることも、さやかはすでに知っている。

 

 それでも、別の道を通って同じ場所へ近づいている。

 

 何を止めればいいのか分からない。魔女狩りをやめさせるのか、正義感を否定するのか。恭介や仁美のことへ口を出すのか、それともソウルジェムを浄化させ続ければいいのか。

 

 全部が繋がっていて、どれか一つを引き抜けば済むようには見えなかった。

 

 未来を知っている。

 

 なのに、その知識は「危ない」と警告してくるだけで、どこを変えれば助かるのかまでは教えてくれない。

 

 それが、思っていた以上に怖かった。

 

 ◇

 

## ――美樹さやか視点

 

 数日ぶりに朝から学校へ行くと、まどかが真っ先に寄ってきた。

 

「さやかちゃん!」

 

「何その顔」

 

「だって最近、全然来なかったから……」

 

「ちょっと夜更かししただけだって」

 

「夜更かしで何日も休まないよ」

 

「細かいなあ」

 

 笑って返す。

 

 制服を着て、鞄を持って、いつもの席へ座る。それだけで、以前と何も変わっていない気がした。

 

「お元気そうで安心しました」

 

 仁美も声を掛けてくる。

 

「心配性だなー」

 

「だって、本当に……」

 

 そこで仁美の言葉が止まり、目が合った。

 

 恭介のことを思い出しているのは分かった。

 

「おはよ、仁美」

 

 さやかの方から笑う。

 

「……おはようございます」

 

 仁美もそれ以上は言わなかった。

 

 もう、その話をする必要はない。

 

 自分が何も言わなかった。ただ、それだけだ。

 

 ◇

 

 事故は、戦いとは何の関係もない場所で起きた。

 

 休み時間。教室を移動する生徒で混み合った階段を下りている途中、上ってきた誰かと肩がぶつかった。

 

「あっ」

 

 足が滑り、一段、二段と踏み外す。とっさについた手も滑り、肩を強く打ったまま、膝と脛を階段の角へぶつけながら踊り場まで転がり落ちた。

 

 周囲から悲鳴が上がる。

 

「美樹!?」

 

「大丈夫!?」

 

 さやかは床へ手をついたまま、自分の身体を確認した。

 

 膝の皮が大きく擦れて血が滲んでいる。掌も赤く、肩もまともに打ったはずだった。

 

「あー……やっちゃった」

 

 立ち上がろうとすると、近くにいたクラスメイトが慌てて止めた。

 

「いや、待って待って! 立たない方がいいって!」

 

「保健室呼んだ方がいいんじゃない?」

 

「大丈夫だって」

 

 普通に足へ力を入れて立ち上がる。

 

 動く。骨も折れていない。

 

 それなら問題ない。

 

 そう思ったのに、周囲の空気が妙だった。

 

 誰かが自分の膝を見ている。別の誰かは顔をしかめていた。本人より、見ている方が痛そうな顔をしている。

 

「……美樹、それ痛くないの?」

 

 聞かれて、初めて考えた。

 

「え?」

 

 膝を見る。赤い血が脛へ細く流れていた。

 

 昨日なら、いや、少し前までなら、こんな傷を見ればそれだけで顔をしかめていたと思う。

 

 今は何も感じない。

 

「……うん。痛くないよ」

 

 自分でも確かめるように答えると、周りの表情がまた変わった。

 

 怖がっているわけじゃない。ただ、理解できないものを見る顔だった。

 

 その視線の意味を考えるより先に、まどかが人混みを掻き分けて駆け寄ってくる。

 

「さやかちゃん……?」

 

 その声だけで、まどかには分かったのだと思った。

 

「だから平気だって。ほら、普通に歩けるし」

 

 学校で傷そのものを治すわけにはいかない。でも痛みだけなら、誰にも見えない。

 

「美樹さん! 何をしているんです、保健室へ行きなさい!」

 

 教師の声が飛んでくる。

 

「はーい」

 

 仕方なく返事をした。

 

 ◇

 

「これで痛くないなんてこと、ないでしょう」

 

 保健室で、養護教諭が傷を洗いながら眉を寄せた。

 

「そう言われても、本当に痛くないんですよ」

 

「我慢しているんじゃなくて?」

 

「うーん……違いますね」

 

 消毒液が赤く擦れた皮膚へ触れる。普通なら染みるし、前にも転んだ時、消毒液を塗られて痛がった覚えがある。

 

 なのに、今は冷たい感触が少しあるだけだった。

 

 さやかは綿が傷口を擦る様子を、まるで他人の膝を見ているみたいに眺めていた。

 

 ◇

 

 保健室を出ると、廊下の先でまどかが待っていた。

 

「ねえ、さやかちゃん」

 

「何?」

 

「本当に痛くないの?」

 

「うん」

 

「魔法で?」

 

 周囲に人がいないことを確かめてからの、小さな声だった。

 

「まあね」

 

 まどかの顔が曇る。

 

「それ……やめた方がいいよ」

 

「何で?」

 

「だって、痛いって、身体が危ないって教えてくれてるんじゃないの?」

 

「でも治せるんだよ?」

 

「でも……」

 

「だったら問題ないじゃん」

 

 自分でも不思議なくらい、自然にそう思えた。

 

 傷は治る。痛みは消せる。戦う時に邪魔なら、消してしまえばいい。

 

「さやかちゃんの身体でしょ?」

 

 まどかが言った。

 

 足が止まる。

 

「……身体、ね」

 

 自分の口から出た声が、思っていたより冷たかった。

 

 まどかが黙る。

 

 昨夜、マミさんにも似たようなことを言われた。

 

 自分の身体も守れ、と。

 

 でも、魂はここにはない。この身体が傷ついても、魔力で直せる。

 

 じゃあ、何をそんなに大事にしろというのだろう。

 

「……ごめん。先、教室戻るね」

 

「さやかちゃん」

 

 呼ばれたけれど、振り返らなかった。

 

 ◇

 

 放課後、校門から少し離れたところに杏子がいた。

 

「よう」

 

「……何?」

 

 今はあまり会いたい相手ではなかった。

 

「怪我したんだって?」

 

「誰から聞いたの」

 

「別にいいだろ」

 

「まどか?」

 

「さあな」

 

「絶対まどかじゃん」

 

 杏子は答えず、膝の包帯へ目を落とした。歩き方が普通なのも見ている。

 

「痛くねーの?」

 

「痛くない」

 

 即答すると、杏子の眉が僅かに動いた。

 

「便利な身体だな」

 

「でしょ?」

 

「褒めてねえよ」

 

 思っていた返事と違って、少し苛立った。

 

「杏子だって言ってたじゃん。魔力は効率よく使えって」

 

「……それが何だよ」

 

「多少怪我したって治せるなら、避けることばっかり考えるより、その分攻撃した方が早いでしょ」

 

 杏子の顔が険しくなる。

 

「あたしが言ったのは、そういうことじゃねえ」

 

「何が違うの?」

 

「全部だよ」

 

「説明になってないじゃん」

 

「うるせえな」

 

 杏子が腕を掴んだ。少し強い。

 

 でも何も感じない。

 

 さやかの表情が変わらなかったせいか、杏子の方が先に手を離した。

 

「お前さ、自分まで使い捨ててどうすんだよ」

 

 笑いが消える。

 

「……別に、使い捨ててないし」

 

「同じだろ。魔女を斬るために腕一本差し出して、後から治ったから問題ありませんってか?」

 

「治るんだからいいじゃん」

 

「次は脚か?」

 

「……」

 

「腹でも首でも、治せりゃ何でも差し出すのかよ」

 

「そんな極端な話してないでしょ」

 

「もうしてんだよ」

 

 杏子の声が低くなった。

 

「痛みまで消して突っ込んでんだろ」

 

 さやかは返事をしなかった。

 

 杏子が一歩近づく。

 

「人助けすんのも、魔女狩るのも好きにしろ。あたしが止めたって、お前は行くだろうしな。けど、お前まで勘定から外してんじゃねえよ」

 

 胸の奥へ何かが引っかかった。

 

「……杏子に何が分かるの」

 

「分かるから言ってんだろ」

 

「分かんないよ。杏子には関係ないじゃん」

 

「さやか」

 

「うるさい」

 

 背を向ける。

 

 杏子は追ってこなかった。少し歩いたところで、後ろから舌打ちだけが聞こえた。

 

 ◇

 

 夜になると、またソウルジェムが魔女の気配を拾った。

 

 行かない理由はなかった。

 

 誰かが襲われるかもしれないなら、倒す。

 

 その気持ちだけは、まだ何も変わっていない。

 

 結界へ入り、剣を握る。

 

 魔女の爪が腹を掠めた瞬間、痛みが走るより先に魔力を流す。感覚が遠のくと、そのまま一歩踏み込み、剣を振った。

 

 次は肩を裂かれた。血は出ているが、痛くない。

 

 傷そのものを治すのは後でいい。戦いながら治癒へ回す魔力を減らせば、その分だけ剣へ回せる。

 

 以前より速い。

 

 以前より迷わない。

 

 攻撃を受けることへの恐怖がなくなれば、それだけ深く踏み込める。

 

 最後の一撃が魔女を貫き、結界が砕けた。

 

 ◇

 

 誰もいない路地へ戻り、壁へ背を預けた。

 

「……はぁ」

 

 息を整えながらソウルジェムを見ると、青い宝石の中には以前よりはっきり分かる濁りが溜まっていた。

 

 グリーフシードは持っている。使えば、もっと綺麗にできる。

 

 手の中でしばらく見比べた。

 

 まだ戦える。今すぐ危険なほど濁っているわけじゃない。グリーフシードだって無限に手に入るわけではないし、次にもっと強い魔女が出るかもしれない。

 

「……まだ、いける」

 

 必要だと思う分だけ浄化し、そこで止めた。

 

 青は戻った。完全ではないが、それで十分だと思った。

 

 ふと腕を見る。

 

 戦いの途中で裂かれた傷から、まだ少し血が滲んでいる。

 

 指先で触れると、ぬるい。赤い。傷口を押してみても、何も返ってこない。

 

 少し前までなら、こんなことをすれば反射的に手を引っ込めていたはずだった。

 

「……ほんとに、痛くない」

 

 青い魔力を流すと、裂けていた皮膚がゆっくりと閉じ、最後には跡すら残らなくなった。

 

 さやかはしばらく、その何もなくなった腕を見ていた。

 

 それから制服の袖を下ろすような何気なさで腕を隠し、壁から身体を離した。

 

 誰にも見られていない。誰にも心配されない。そして、痛くもない。

 

 だから、そのまま家へ帰った。

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