俺がマギカなのか……?改   作:きのこ大三元

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第53話 残ったもの

胸元に残った宝石を、もう何度見たか分からない。

 

 元は透明だったはずなのに、今では内側へ薄い金色が滲んでいる。指で触れてみても返ってくるのは冷たい感触だけで、以前のように魔力が応えることはなかった。

 

 その隣にあった銀色はもうない。砕けたのに、俺はこうして息をしている。

 

「……意味分かんねえな」

 

 独り言は、思ったより近くへ落ちた。

 

 少し離れた場所では、ほむらがまどかに付き添っている。まどかはもう泣き叫んではいなかったけれど、膝を抱えたまま顔を上げようとしない。ほむらも無理に話しかけず、ただ隣へ座っていた。

 

 その向こうには、さやかと杏子、それからマミさんが、もう動かないまま横たわっている。

 

 こんな時に自分の宝石ばかり気にしていることへ、少しだけ後ろめたさを覚えた。それでも、目を逸らして済ませられる話でもない。

 

 昨日まで当たり前だった「俺が何なのか」が、急に分からなくなってしまった。

 

「奇妙だね」

 

「…………」

 

 聞き慣れた声に、嫌な予感しかしなかった。

 

 振り向けば、白い身体と赤い目がこちらを見ている。

 

『まだいたんかい』

 

「さっきの僕なら、もうここにはいないよ」

 

「心読むのやめてもらえる?」

 

「読んでいないよ。君の顔を見れば、それくらいは推測できる」

 

「なお悪いわ」

 

 思わず返すと、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。

 

 今は、それくらいでちょうどよかった。

 

 ◇

 

「で、何が奇妙なんだよ」

 

「君だよ」

 

 即答だった。

 

「でしょうね」

 

 キュゥべえの視線が、白く変わった髪から顔へ移り、最後に胸元の金色で止まる。

 

「外見の変化も興味深い。でも、それ以上に不可解なのは、君が今もこうして活動していることだ」

 

「活動って言い方やめろよ」

 

「会話して、自分で考えて、身体も動かしている。観測としては間違っていないよ」

 

「そういう問題じゃねえんだわ」

 

 キュゥべえは気にした様子もなく続けた。

 

「失われた側が、君の魔法少女としての機能を担っていたと考えれば、魔法が使えなくなったこと自体は不思議じゃない」

 

 俺は右手を軽く開いてみる。やっぱり何も起きなかった。

 

「問題は、君自身が残ったことさ」

 

 赤い目がまっすぐこちらを見る。

 

「もし、砕けた方が君そのものだったのなら、君が僕と話していること自体がおかしい」

 

 ◇

 

「……じゃあ、やっぱり」

 

「何だい?」

 

 口を開きかけて、閉じた。

 

 田中という名前が、また頭に浮かぶ。

 

 銀色の中にいたのは田中だったのか。

 

 そう尋ねれば、何か答えが返ってくるかもしれない。でも、今はまだ、その答えを聞くのが怖かった。

 

「何でもない」

 

「そうかい」

 

 キュゥべえは追及しなかった。

 

 俺は胸元に残った金色を指差す。

 

「じゃあ、こっちは?」

 

 今度はすぐに答えが返ってこなかった。

 

「……何だよ」

 

「完全には分からない」

 

「お前でも?」

 

「僕たちは万能じゃないからね」

 

「初耳だわ」

 

「君たちが勝手にそう思っているだけじゃないかな」

 

 相変わらず腹の立つ言い方だった。

 

「少なくとも、通常のソウルジェムと同じ状態ではない。魔法少女としての機能も確認できないし、君自身もそこから魔力を取り出せていない」

 

「ああ」

 

「ただ、君との結びつき自体は残っている」

 

「……俺の魂ってこと?」

 

「そこまでは断定できないよ」

 

「使えねえなあ」

 

「観測できないことを断定する方が、よほど問題だと思うけれど」

 

「そういうとこだけ妙に真面目だよな、お前」

 

 キュゥべえは気にせず、金色の奥を覗き込むように見つめていた。

 

 ◇

 

「もう一つ、気になることがある」

 

「まだあんのかよ」

 

「君には、一人分では説明しにくい因果の痕跡が残っている」

 

「……因果?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、真っ先にまどかが浮かんだ。

 

 ほむらが何度も時間を繰り返し、その結果として積み重なったもの。それと同じ言葉が、今度は俺に向けられている。

 

「何で俺に?」

 

「分からない」

 

「即答かよ」

 

「分からないものは分からないからね。ただ、普通ではない。それだけは確かだよ」

 

 俺は無意識に金色の宝石へ触れた。

 

『……ループのせいか?』

 

 嫌な考えが浮かぶ。俺は巻き戻されても覚えている。そのことは、ほむらにもキュゥべえにも話していない。けれど、そもそもどうして俺だけ記憶を持ち越せるのか、その理由自体が分かっていなかった。

 

「……」

 

「どうしたんだい?」

 

「何でもない」

 

 また同じ答えが出た。

 

 ◇

 

 しばらく金色を見ているうちに、別の疑問が浮かんだ。

 

「なあ」

 

「何だい?」

 

「じゃあ俺、もう一回契約できたりするのか?」

 

 キュゥべえが止まった。

 

 今度は、ほんの少し長くこちらを見る。

 

「分からない」

 

「そこも!?」

 

「当然だろう? 魔法少女としての機能を失ったあと、本人だけが残るという前提自体がないんだ」

 

「でも俺、いるじゃん」

 

「だから興味深いんじゃないか」

 

「完全に珍獣見る目なんだよな」

 

「今の君を改めて契約対象として扱えるかどうかは、僕にも判断できない」

 

 妙な言い方だった。

 

「試してみれば分かるんじゃないの?」

 

「試すだけの契約には意味がないよ」

 

「お前がそれ言う?」

 

「契約によってエネルギーを回収する。それは今までと変わらない。でも、今の君と契約して何が起きるのか、どれだけ回収できるのかも分からない」

 

 赤い目が淡々と俺を見る。

 

「それなら、まず観測する方が合理的だ」

 

「やっぱお前だわ」

 

 呆れながらも、頭の片隅に別の考えが生まれていた。

 

 もし、本当にもう一度願えるなら。

 

 さやか、杏子、マミさんの顔が順番に浮かぶ。三人を戻せるのか。それとも、もう一度戦えるようにするべきなのか。ワルプルギスの夜はまだ来るのに、今の俺には魔法も刀もない。

 

 考え始めれば、いくらでも出てくる。だからこそ、今決めることじゃない。

 

 可能性があるかもしれない。今は、それだけでよかった。

 

 ◇

 

「君はこれからどうするんだい?」

 

「知らねえよ」

 

 自分でも笑うくらい即答だった。

 

「髪は真っ白、魔法はない、自分が何なのかも分からん。まず考えるところからだ」

 

「そうかい」

 

 キュゥべえはそれだけ言うと、身体の向きを変えた。

 

「じゃあ、僕は行くよ」

 

「今度こそ行くんだな」

 

「次の契約候補も探さないといけないからね」

 

 歩き出した白い背中を見ながら、さっきの言葉が頭を掠めた。

 

 まだ足りない。

 

 何が足りないのかは、結局あいつは答えなかった。

 

「……ほんと自由だな、こいつ」

 

 ◇

 

「……マギカさん」

 

「うわっ」

 

 背後から声をかけられ、思わず肩が跳ねた。

 

 振り向くと、ほむらが少し申し訳なさそうに立っている。両手を胸の前で軽く握り、こちらの反応を窺っていた。

 

「あっ……ご、ごめんなさい。驚かせるつもりじゃ……」

 

「いや、大丈夫」

 

 少し離れた場所を見ると、まどかは壁にもたれて座り、顔を伏せていた。

 

「鹿目さんは……その、少し休んでいます」

 

「そっか」

 

「はい……」

 

 ほむらは俺の白くなった髪へ一度視線を向け、それから胸元の金色へ落とした。

 

「あの……さっき、キュゥべえと話していましたよね」

 

「ああ」

 

「その……何か、分かったんですか?」

 

 胸元へ手が伸びかけて、途中で止まった。

 

 因果。

 

 再契約。

 

 どちらも、まだ何一つ確定していない。

 

「あいつにも、よく分からないらしい」

 

 ほむらが一度瞬きをした。

 

「……そう、なんですか」

 

「ああ」

 

 それだけで終わるかと思ったが、ほむらは少し迷ったあと、眼鏡の位置を直した。

 

「でも……その、ずいぶん長く話していたように見えたので……」

 

「……」

 

 そこで一度、言葉が止まる。

 

 ほむらは俺の顔を窺ってから、ほんの少しだけ声を小さくした。

 

「何か……少しだけでも、分かったことがあったのかなって」

 

 思ったより鋭い。

 

「それだけですか?」

 

 言ったあと、自分でも少し踏み込みすぎたと思ったのか、ほむらの視線が揺れた。

 

「……まあな」

 

 そう答えると、ほむらは何か言いかけてから口を閉じた。

 

「……そう、ですよね。分からないことなら……仕方ないですよね」

 

 完全に納得した顔ではない。

 

 それでも、それ以上は踏み込んでこなかった。

 

「……ごめんなさい。なんだか、疑ってるみたいな聞き方になっちゃって……」

 

「何で謝るんだよ」

 

「その……」

 

 言葉を探すように視線が落ちる。

 

 俺は実際、隠している。

 

 だから謝られると、少し困った。

 

「いいよ」

 

 ほむらは小さく頷き、それからまどかの方を振り返った。

 

「私、鹿目さんのところへ戻ります」

 

「ああ」

 

「マギカさんも……」

 

 一度迷ってから、こちらを見る。

 

「その……あまり、無理をしないでください」

 

「魔法ないのに?」

 

「そういう意味じゃありません!」

 

「……お」

 

 思ったより強い声だった。

 

 ほむら自身も驚いたのか、目を大きくしてから、すぐに視線を落とす。

 

「あ……す、すみません」

 

「いや、分かったって」

 

 思わず少し笑うと、ほむらは困ったように口元を緩め、それから小さく頷いた。

 

「……はい」

 

 そのまま、まどかのところへ戻っていく。

 

 ◇

 

 ほむらの背中を見送りながら、胸元の金色へ触れた。

 

 因果のことも、再契約の可能性も言わなかった。どちらもキュゥべえ自身が分からないと言った程度の話だ。今伝えたところで、余計な期待や不安を増やすだけかもしれない。

 

 そう理由をつければ、黙っていることはいくらでも正当化できた。

 

「因果、か……」

 

 指先で宝石の表面をなぞる。何なのかも、契約が本当にできるのかも、まだ分からない。

 

「……まだ、言わなくていいか」

 

 口にしてから、妙な既視感だけが残った。

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