死んだら人は何処へ行くのでしょう?何なに、こんなことを聞いたらエピクロスに馬鹿な質問と言われてしまうって…確かにそうかもしれないね。
だけど想像するくらいは良いかもしれません、生きているからこそ死を身近に感じられるのですから。
これから死後の世界の3人を観察しに行ってもらいます!
行ってらっしゃい

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極楽浄土

 死んだ人間が最初に目にするものは、天使でも、三途の川でも、ましてや閻魔大王でもない。

 役所である。

 少なくとも、佐伯蓮司にとってはそうだった。

受付嬢「次の方、二番窓口へどうぞー」

 妙に明るい声が響いている。

 白い床。白い壁。白い天井。窓口には番号札を配る機械があり、その横には、

『死後の世界へようこそ!』

 という、場違いなほど陽気な看板が立っていた。

蓮司「……ここが、天国?」

受付嬢「いえ、受付です」

蓮司「受付?」

受付嬢「はい。極楽浄土への入国審査を行っております」

 受付嬢はにこやかに答えた。

 蓮司は自分の胸を見た。

 心臓が動いていない。

 息もしていない。

 なのに意識だけは妙に鮮明だった。

蓮司「俺、死んだのか?」

受付嬢「はい」

蓮司「即答するんだ」

受付嬢「ここで嘘をつくと始末書なので」

蓮司「天国にも始末書あるのかよ」

受付嬢「天国だからこそ、書類には厳しいんです」

 受付嬢はそう言って、蓮司に一枚の紙を渡した。

 紙の一番上には、

『死後審査申請書』

 と書かれていた。

受付嬢「氏名、年齢、死亡理由、現世での善行、悪行、未練などをご記入ください」

蓮司「死亡理由まで自分で書くの?」

受付嬢「自己申告制です」

蓮司「それ絶対ダメな制度だろ」

 蓮司はため息をついた。

 そのとき、隣の窓口から声がした。

黒田「おい兄ちゃん」

 振り向くと、妙に偉そうな老人が座っていた。

黒田「ここ、極楽浄土って聞いてきたんだがな」

受付嬢「はい」

黒田「飯は?」

受付嬢「あります」

黒田「酒は?」

受付嬢「あります」

黒田「女は?」

 受付嬢が無表情になった。

受付嬢「そういう質問をする人は、だいたい地獄寄りです」

黒田「なんでだ!」

 老人が叫んだ。

 蓮司は思わず笑った。

 死んだ直後だというのに、どういうわけか笑えた。

 それが少し不思議だった。

 ◇

 審査は三日かかった。

 死後の世界に三日という時間の概念があること自体、蓮司には理解できなかったが、とにかく三日待たされた。

 その間に、蓮司は二人の人間と知り合った。

 一人は、先ほどの老人。

 名を黒田という。

 生前は教師だったらしい。

 もう一人は、十七歳ほどに見える少女だった。

 名前はユキ。

 彼女は審査室の隅で、ずっと黙っていた。

黒田「君、何をしたら死んだんだ?」

 黒田が聞いた。

黒田「暇なんだ」

ユキ「先生、それ聞くんですか?」

黒田「暇なんだ」

ユキ「最低ですね」

黒田「死後くらい正直に生きたい」

ユキ「もう死んでますけど」

 ユキが小さく笑った。

 蓮司も笑った。

 奇妙な三人だった。

 死んだ人間ばかりなのに、まるで生前より生き生きしている。

 そして四日目。

 ついに審判の日が来た。

 ◇

神「佐伯蓮司さん」

 巨大な扉の向こうで、神が言った。

神「あなたは極楽浄土へ行く資格があります」

蓮司「……本当に?」

神「はい」

 蓮司は安堵した。

 しかし神は続けた。

神「ただし、一つ質問があります」

蓮司「なんですか?」

神「あなたは、なぜ生きていたのですか?」

 蓮司は黙った。

 簡単な質問のようで、答えられなかった。

 金のため。

 学校のため。

 家族のため。

 誰かに褒められるため。

 将来のため。

 どれも間違いではない。

 けれど、それらを全部並べても、

蓮司「生きたいから生きていた」

 という答えにはならなかった。

 神は待った。

 蓮司は考えた。

 そして、ようやく口を開いた。

蓮司「……わかりません」

神「そうですか」

蓮司「でも」

 蓮司は続けた。

蓮司「わからないままでも、朝が来たら起きてました」

 神は何も言わない。

蓮司「嫌なことがあっても、飯を食って、眠って、また次の日になって……。別に大した理由なんてなかった。でも、たぶん……それでよかったんだと思います」

 神は微笑んだ。

神「合格です」

蓮司「……それだけ?」

神「はい」

蓮司「極楽浄土の審査、意外と適当じゃない?」

神「人間の人生なんて、もっと適当ですよ」

 神はそう言った。

 ◇

 極楽浄土は、想像していたより普通だった。

 花が咲いている。

 川が流れている。

 空は青い。

 腹が減れば飯が出る。

 疲れれば眠れる。

 誰も争わない。

 誰も老いない。

 誰も病まない。

 誰も失わない。

 何もかもが満たされていた。

 それなのに。

 蓮司は、次第に不思議な感覚を覚え始めた。

蓮司「……退屈だ」

 黒田が言った。

黒田「先生も?」

蓮司「はい」

黒田「酒を飲んでも酔わん」

蓮司「飯を食っても腹いっぱいにならない」

黒田「寝ても眠くならん」

蓮司「欲しいものも、全部ある」

 二人は顔を見合わせた。

 そして同時に、

蓮司・黒田「つまらん」

 と言った。

 ユキだけが黙っていた。

蓮司「ユキはどう思う?」

 蓮司が尋ねると、少女はしばらく考えてから言った。

ユキ「私は、ここが好きです」

蓮司「そうか」

ユキ「でも」

 ユキは空を見上げた。

ユキ「ここには、明日がないんです」

 蓮司は何も言えなかった。

 極楽浄土。

 苦しみがない場所。

 悲しみがない場所。

 失うことも、後悔することもない場所。

 けれど同時に、

 望む必要もない場所だった。

 ◇

 ある日、蓮司は神に尋ねた。

蓮司「神様」

神「なんでしょう」

蓮司「極楽浄土って、本当に幸せなんですか?」

 神は答えなかった。

蓮司「じゃあ、地獄は?」

神「苦しい場所です」

蓮司「地獄の人間は、不幸なんですか?」

神「それも、一概には言えません」

蓮司「どういう意味です?」

 神は遠くを見た。

神「苦しみがあるからこそ、人はそこから抜け出そうとする。失うからこそ、大切にしようとする。明日がわからないからこそ、今日を選ぶ」

蓮司「……」

神「極楽とは、何も失わない場所です」

 神は静かに言った。

神「だからこそ、何かを大切にする必要もない」

 蓮司はその言葉を聞いて、初めて極楽浄土という場所を恐ろしいと思った。

 ◇

蓮司「神様」

 蓮司は言った。

蓮司「俺、帰りたいです」

神「どこへ?」

蓮司「現世に」

神「死者が生者の世界へ戻ることはできません」

蓮司「じゃあ地獄でもいい」

神「地獄も空いてません」

蓮司「満員なの?」

神「最近、人気なので」

蓮司「地獄に人気とかあるの?」

神「SNSの影響です」

蓮司「死後の世界までSNSに侵食されてるのかよ!」

 神は初めて笑った。

 そして、蓮司に一つだけ尋ねた。

神「それでも帰りたいですか?」

蓮司「はい」

神「なぜ?」

 蓮司は少し考えた。

 そして言った。

蓮司「嫌なことがあったから」

神「……」

蓮司「後悔したから」

神「……」

蓮司「まだ、やりたいことがあるから」

 蓮司は笑った。

蓮司「それに」

 少しだけ間を置いて、

蓮司「腹いっぱい飯を食って、眠くなって、明日が来るっていうのが……今になって、すごく贅沢なことだったんだなって思ったんです」

 神は目を閉じた。

 ◇

 蓮司は極楽浄土を出た。

 ユキも、黒田も一緒だった。

 三人が次にどこへ行くのかは、誰にもわからない。

 ただ、三人は歩いた。

 何もない道を。

 目的地もないまま。

 途中で黒田が言った。

黒田「腹減ったな」

蓮司「死んでるのに?」

黒田「だから腹減ったんだよ」

蓮司「意味わからないですね」

黒田「人間なんてそんなもんだ」

 ユキが笑った。

 三人も笑った。

 その笑い声は、どこまでも続く道の中へ消えていった。

 そして、誰も知らない。

 極楽浄土とは、本当に天国だったのか。

 それとも、

 何も苦しまなくていい代わりに、

 何も求めなくていい場所だったのか。

 幸せとは、苦しみのないことなのか。

 それとも、苦しみながらでもなお、

 明日を望めることなのか。

 答えは、誰にもわからない。

 ただ一つ確かなことがある。

 人間は、生きている間には「死にたくない」と言い、

 死んでから初めて、

「生きていたかった」と思う。

 そしてその二つの言葉の間にあるものこそが、

 もしかすると――

 人間が「生きる」ということなのかもしれない。


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