※ サキュバスとは、不死身で性に寛容な異種族である。見た目が人間女性にそっくりだし社会性もあるから、普通に地球で人間社会に参加して暮らしている。
これはサキという名前のサキュバスと友達になって、お互いの家に出入りするほどの仲になったが、まだエッチはしたことがない男の話。
「話変わるんだけどさ。友達と喋ってる時とかに、今俺が急にブチ切れてこいつのことぶん殴ったらどうなるんだろう……みたいなこと考えるの、人生に一度はない?」
「あるある」
「よな? でさ、逆に、実際それの殴られる側になったらって考えるとさ、たぶんキレるよな。何すんだてめぇって」
「そうだね。いったんキレると思う」
「うん。でもその一方でさ、今みたいに「友達が急に殴ってきたらどうする?」って話を、友達からされる分には、キレないわけじゃん?」
「そりゃそれでキレてたらやばい奴だし」
「だよな、うん。聞かれただけじゃ普通キレないよな。……で、それを踏まえて聞いてほしいんだけど」
「うん」
「サキとヤりたい。……って言ったらキレる?」
「……いいけど、ムカつくからやだ」
「え、どっち……」
「いや、あのさ。突然友達を殴るっていうのが、たとえば実は正当な理由があったとするじゃん。大金借りてるのをいつまでも返さないのに、対等な友達ですよって顔してずっとヘラヘラされてたとか。それで普通にお喋りしてる時とかに我慢の限界が来て、お前いい加減にしろよって手が出るなら、まぁ分からなくはないじゃん」
「あー、うん」
「けどそれがさ、お前金返さないのにヘラヘラしてんのムカつくから一回殴っていい? って事前に確認してきたら、なんかこう、なんだコイツってならない? コイツはコイツで性格悪くね? みたいな」
「あー……。まぁなんか、そういう言い方するくらいなら普通に苦言を呈した方がいい気はする。殴る云々とかじゃなくて」
「でしょ? 私の気持ち、今それ」
「え、サキュバスなのに仲良くなっても全然ヤらせてくれないことに正面から文句言えってこと……?」
「いや、それはやったら最低だからね?」
「俺もそう思ってるんだわ。じゃあどういうことなの」
「殴るなら潔く殴らんかいってことを言いたいの。ヤりたいならこう、そんなへなへなした言い方じゃなくて、ガッと来なよ。じゃないとこっちも、はぁ? ってなっちゃうでしょ」
「ガッていくのはそれこそガチ暴力だし、最低でしょ」
「いや嫌なら普通に抵抗するし。か弱い女の子に対してなら最低だけど、人間がサキュバスに勝てるわけないから」
「基準が分からん……。最低な理屈で文句言われるのと、最低な理屈で手を出されるのの何が違うんだ……?」
「気持ちだよ気持ち。雰囲気、流れ、なんとなく。根が大体同じだったとしても、許せるのと許せないのがあるの、分岐してるの雰囲気で」
「えぇ……? じゃあなに、結局どうすればいいの俺は。今からヤらせて! って言えばいいの?」
「ほら、また疑問形じゃん。学習しない。なんかムカつくからやーだよ」
「えー……。……じゃあ、あれだ、分かった。時を戻しても……戻します。はい、決めた、巻き戻すね最初に。最初からやり直すからこの話、オーケー?」
「え?」
「はいさっきまでの話全部なかったことになりました。……で、サキさぁ、いい加減ヤりたいんだけど、ヤらせてくれない?」
「あ、え、うん。いいよ?」
「おぉ……。(通るのかよ……。「最初からやり直していい?」って聞かずに強引にやり直してよかった〜)」
※文字数少ないからおまけ。質AサNの追加分。
・恩着せがましい
「Nさんは、たとえば僕とご飯に行って、奢るよって言われたらどう思います?」
「え? 丁重に遠慮しとく」
「なぜですか?」
「皆まで言っていいの……? 私の方が経済的に余裕があるからだよ」
「経済的な余裕って断る理由になるんですか?」
「え、逆にならないなんてことがある?」
「男たるもの女には奢るべし、とか」
「あー。私はそれ系の言葉は一つを除いて嫌いだな。時代錯誤というか差別意識の根というか」
「除く一つは何なんです?」
「据え膳食わぬは男の恥だ、ってやつ」
「なるほど」
「なんでそんなこと聞くの?」
「いや、実は昔、付き合ってた女の子がいたんですけど」
「おお、興味深い」
「当時の僕は時代錯誤と差別主義と見栄によって、彼女とお茶をする時はいつも奢ってたんです」
「逆にお茶以外の時は奢らなかったと」
「僕はべつに最近貧乏になったわけではないですからね」
「ごめん冗談だよ。それで?」
「それで、ある日彼女に言われたんです。A君に奢られるのは嫌だ、恩着せがましいから……って」
「……なるほど?」
「Nさんも、丁重に断りきれずに僕から奢られたら同じことを思いますか?」
「んー、どうだろうなぁ。奢ったあとの君の態度を実際に見てみないことにはなんともだけど、たぶん普通に恩着せがましい顔をされる分には、そこまで気にはならないんじゃないかな」
「そうなんですか?」
「たぶんね。で、気にならないからには、文句をつけるようなことをわざわざ言ったりもしないと思う」
「百円のお菓子で高級ディナーくらいのドヤ顔をされたとしてもですか?」
「彼女にそんな顔してたの……?」
「いやしてませ……………………してないつもりですけど」
「へぇ〜? ……まぁ仮に君がそのレベルの恩着せがましさを持っていたとしても、私は何も言わないと思うよ。正直、多少の不愉快はあるかもしれないけど」
「Nさんってそういう不満を我慢するタイプでしたっけ?」
「いや? でもそのケースだと私はこう返事できるわけでしょ。奢ってもらっちゃって申し訳ないな〜、お礼したいからホテル行こう? A君のしてほしいことなんでもするよ? って」
「……なるほど?」
「で、私はおいしく性欲をいただく。恩着せがましい意識が乗ったさぞ濃くて味わい深い性欲にありつけるんでしょう。それも誘うきっかけ付きで。それだと文句を言う気にはならないかな」
「なるほど」
「それで? 彼女と別れたのはそれがきっかけだったの?」
「いえ? でもまぁ、仲が冷めてはいたんじゃないですかね。そういうやり取りがあったということはすでに」
「あー、そうかもね。…………さっきからちょっと気になってるんだけどいい?」
「なんですか?」
「薄情なことを聞いたらごめんだけど、君は彼女からそれを言われて傷ついたの?」
「いえ全然。衝撃的でしたけど、どちらかといえばむしろ嬉しかったです」
「ほう〜。それはまたなんで?」
「恩着せがましさっていうのは、僕の本音が滲み出た結果だと思うんです。だからそれが伝わっていて嬉しかった」
「本音?」
「お金使いたくないよ〜! です」
「わぁ……相変わらず重症だね。……その彼女とはどれくらい付き合ってたの?」
「一年ですね」
「彼女さん一年も頑張ったなぁ……」
「本当そう思います……」
「一年溜まった鬱憤をちょっと吐き出したら、こうして別れたあとまで偏向的に言いふらされるんだからやってられないよね。ダメだよA君? 他の人に元カノのことをそんな風に話しちゃ」
「大丈夫ですよ。Nさんみたいに、この話を聞いた人は遅かれ早かれ彼女の方に同情するようになりますから。そうなる見込みのない相手には話しません」
「どういう自信なのそれは……」
「……ところで僕は分からないんですけど」
「うん?」
「仮に相手の態度が…………態度だけですよ? 特に見返りを求めるとかではなくただただものすごく恩着せがましかったとして、それで奢られることって不愉快になるものなんですかね……?」
「いや、なるって言われたんでしょ」
「いや、そうなんですけど。分かるんですけど。でも、嫌は嫌だけど、自腹は自腹でそれに匹敵するレベルで嫌じゃないですか……?」
「はぁ、なるほど。君ほどの金の亡者になるとそう考えるのか」
「えぇ考えます。だってほら、たとえば男女の関係に置き換えて考えてみてくださいよ。めちゃくちゃ恩着せがましくてもヤらせてくれる女の子がいたら、慎ましい性格だけどヤらせてくれない女の子よりも、ヤれる方をうっかり好きになっちゃう可能性だってあると思いません?」
「は〜なるほど。それは、その二択だったらそういうこともあり得るかもね。男性諸君にはそのくらいであってもらわないと、サキュバスは飢えてしまうし」
「でしょう? だから微妙に腑に落ちないんですよね。相手が金に少しも困ってないというなら分かりますけど、そんな人そうそういないでしょう。もちろん元カノだって経済事情は人並みだったはずです」
「それはそうだね。……でもそうだなぁ、例え話で言うなら、私も男女の話に置き換えて言ってみようかな」
「おお、なんですか?」
「……A君をサディストと見込んで聞くんだけど、性的虐待を受けていた過去を持つ女の子から、A君になら性欲のはけ口にされてもいいよ……って言われたらどうする? どう思う?」
「えっ……? ……………………まぁ困るんじゃないですか?」
「どうして? やった〜セックスしよう! とはならないの?」
「いや、そりゃ内心そうしたい気持ちは山々ですけど。でもどう考えても、その子にとっての性行為は明らかな地雷原じゃないですか。そんな地雷原に踏み入ろうものなら、どこでどんな取り返しのつかない悲劇が生まれるか分かったものじゃないですよ。だから困る。なまじヤりたいからこそ困るんです。その内心……性欲を悟られること自体、地雷かもしれないし」
「ふふ、だよね。私が君の立場でもそうなると思う。どこからどこまでが地雷なのか分からないし、そもそも「されてもいい」って言葉自体が本心なのかどうかすら疑っちゃうよね。家庭環境が悪かった子は自己肯定感が低いことが多いから、そうでもしないと嫌われると思って言ってるのかもしれないし、本当は怖いのに、好意を表現したいあまりに自己犠牲の気持ちで言ってるのかもしれない。……かといって、大切に扱おうと思って申し出を断ったら、それが一番その子を傷つけたり不安にさせちゃったり……なんてこともあるかもしれないし。本当に一瞬のうちに困り果てちゃうよ、何を選んでも不正解な気がして」
「ですよね」
「……まぁ、君から奢るよと言われた時の私の気持ちも、大体そんな物になると思うんだけど」
「え?」
「こっちは君の経済事情も重症なメンタルも知ってるからさ。奢るなんて言われても本心なのかどうかすら分からないし、どれくらいなら負担にならないのかとか、断った方がかえってプライドを傷つけるのかもとか、考えることは山ほどあるわけだよ。だから彼女さんの苦悩も分かるってわけ」
「な、なるほど……。でもさっき丁重に断るって即答してましたよね?」
「うん。君の性欲と違って、私に奢られたい欲はないからね。何を選んでも不正解ならせめて自分の手は汚したくないから、そう答えるよ」
「なるほど……」
「だからでもA君、頼むからお金で見栄は張らないでね」
「えぇ、まぁ、そのためにこの話をした節もありますから」
「それならよかった」
「…………でもそれはそうと今の話で一つ気になったんですけど」
「なに?」
「Nさんは、もし自分が男で、かつて性的虐待を受けていた女の子からわたしを性欲のはけ口にしていいよと言われたら、それを恩着せがましいと捉えるんですか……?」
「……………………イエスだね。抱いてほしいと言われるなら話は別だけど、はけ口なんて言い方は、いかにもそうだよ」
「じゃあ、何度かその子を抱いたあとで、恩着せがましいから本当は嫌だったと言う時の心境って、どんな物なんでしょう……?」
「それは知らないよ。私は男じゃないし、男ほどの性欲もないんだから。分からない」
「想像の話じゃないですか」
「それを言うなら君は、ただ女だからって理由でドヤ顔で奢られる人がどんな気持ちなのか想像できるの?」
「……………………僕がもし女の子だったら、まず怖くて男と食事になんか行けませんよ」
「あっ、それは私にも分からない感覚だ」
「サキュバスですもんね」