あるところに、サキュバスが人間と共存している世界があった。サキュバスは皆、人間の性的興奮を食べて生きているため、それをより高めるためのセックスに積極的で、なおかつ彼女らは不死身で怪力の、見た目が可愛いくて人間に友好的なだけのれっきとした怪物だった。
これから見る物語は、そんな世界で人間の男女二人に起きた、ある危機的な状況の話。
「終わった……」
「完全に閉じ込められたね」
「というか生き埋めだ」
「……私たち、このままここで餓死するのかな」
「いや、助けが来るはず。たぶんこれ、土砂崩れとかだろ? 自衛隊とかなんか、災害の時に助けてくれる機関がさ、来るって絶対」
「どうかな……。人間って、食料がなくても一週間はギリギリ生き延びられるけど、水がなかったら三日ももたないらしいよ。ここ、どう見ても水すらないけど。救助って本当に間に合うかな」
「…………間に合うと思うしかないだろ」
「うん。……でも、土砂崩れだったら、きっと他にも助けないといけない人とかいっぱいいるよね。その中でさ、もし優先順位をつけなきゃ間に合わないってなったら、私が神様だったら、他の人を助けると思う、絶対……」
「なんでそんな卑屈なこと……」
「だって大雨が降ってるのを知ってて、地下倉庫に入ったのは私たちでしょ!? すぐそこが山なのに、天気予報を知ってて、立地も知ってて、それでも帰省をやめなかったのも私たち……! 自業自得じゃん!」
「帰省は! 俺たちじゃない、俺たちの親が決めたことだろ。俺たちはただ、こんなド田舎に来て、雨で山にも海にも行けなくて、退屈で、地下の倉庫を見てみようって、ちょっとそう思っただけだろ……?」
「でも反対もしなかった。帰省にも倉庫にも」
「だからって自業自得ってことないだろ。それに、今上がどうなってるのか分からないからなんとも言えないけど、もし地下にいなかったら、今頃死んでた可能性だってあったんじゃないか? 神様に見放されるどころか、むしろ幸運だったのかも」
「じゃあ私たちの親はみんな上で死んだんだね……」
「…………分かんないだろ。本当に土砂崩れかどうかも分からないんだから。ただ、すごい音がしたあと、地上への扉がビクともしなくなっただけで」
「……ごめん。喧嘩しても嫌な気持ちになるだけだよね。ただでさえ最悪な時なのに」
「いや、分かるよ。正直俺もマジで今の状況にはびびってるし。ピリピリした気持ちにもなるって」
「うん……。ありがとう」
「おう」
「……………………」
「……………………」
「…………ねぇ○○くん。嫌な話、してもいい?」
「なんだ?」
「喋ってる方が気が紛れると思うんだけど、黙ってた方がマシな話だったらごめん」
「なんだよ」
「…………餓死ってさ、死に方の中でどのくらいつらいんだろうね?」
「…………あー、まぁ相当つらそうなイメージはあるよな」
「普通に殺されるよりもつらいかな」
「普通にってなんだよ?」
「首絞めたり刺されたり。そういうのよりつらいと思う?」
「…………分からん。でもそうかもしれない。単純に、なんていうか客観的に見て、苦しんでる時間が長すぎるもんな、餓死は。体感時間の方がどうかは分からないけど」
「だよね」
「……なぁでもまさか、だからここで自殺した方がマシなんて話にはならないよな? 俺たちには救助されて助かるって可能性が」
「分かってるよ」
「よかった」
「……そこは分かってるんだけどね。でも○○くん、災害で死ぬにしても、餓死はちょっとひどすぎるって思ったりしない?」
「ど、どうかな……。まぁ他の死に方だと、ひどいとか考えてる暇もなさそうだもんな。そういう意味では思うかも」
「ね、そうだよね。……それで、じゃあ、ひどすぎるって思ったらさ。せめて何かで埋め合わせをしたいとかって、思う?」
「埋め合わせ? ……なんか縁起でもない響きだな」
「真面目に聞いてよ」
「あ、うん。……で、埋め合わせってなんだ? 具体的には……?」
「うーん……。たとえばこの倉庫の中に、すごくいい香りのする、何百万円もするお線香があったりしたら。もうそれを燃やして楽しんじゃおうって思ったり」
「窒息しないか……? それ」
「たとえばの話だよ。……あぁでもそうか酸素、酸素ってどれくらいもつんだろう……」
「いや、まぁ、考えないようにしようぜそういうのは。ポジティブ、ポジティブ」
「……すごいね○○くんは。メンタルが強いね」
「いや、そういうわけじゃない。ただリアルな話、ネガってそれこそ自殺でもして、その瞬間に救助が来たりしたらマジで笑えないだろ? ほらなんか、そういう映画があったじゃんか。ミストだっけ?」
「そうだけど……。それでも私は、ネガティブなことばかり考えちゃうから」
「ネガティブってどんな……?」
「話したら伝染しちゃうよ」
「いや、話した方が楽になるかも。……それにこんな密室に二人きりでいたら、黙ってても伝染はするだろきっと」
「……そうかな。黙っておけばよかったって思うことは、ありそうだけど」
「大丈夫。今の俺はポジティブだから、どんな話でもポジティブに返せる自信がある。……もちろん無理に話せとは言わないけど」
「……そうだね。でも確かに、なんか、黙ってる方がつらい気がしてきた。まだこのあと、どんなに短くても数時間は、今のままの状況が続くんだもんね」
「まぁな……」
「じゃあ、言うね……?」
「おう」
「…………気持ち悪いこと言うよ?」
「はぁ。どんな……?」
「気持ち悪いことは気持ち悪いこと」
「分かった聞くよ」
「うん。…………じゃあ本当に言うよ?」
「おう。ドンと来い」
「……………………もし私が男の子だったら。それで、女の子と一緒に閉じ込められて、このまま餓死するかもってなったら。…………どうせ死ぬなら、最後にいい思いをしたいって、考えるかもなって……」
「……………………」
「…………だ、だってさ。線香は燃やしちゃったらなくなるけど。自殺は、しちゃったらそこで全部おしまいだけど。人にしたことはさ、口封じしとけば、助かったあとだって問題ないだろうし……」
「あの、△△ちゃん」
「なに?」
「俺たち、確かに男と女だけど、それ以前に親戚だよな?」
「そうだね」
「親戚同士でそういうのはないだろ」
「…………本当にそう思う?」
「当たり前だ」
「このあともずっと、救助が来るのかとか生きていられるのかとか、どんなに不安になっても絶対に?」
「あぁ。最悪飢えすぎて、お互いのことが食料に見える時が来たとしても、それくらいあり得ない精神状態になっても、いくらなんでも変な目では見ないよ」
「……そっか。じゃあ、ちょっと安心」
「よかった」
「うん。ごめん」
「謝ることないって。……たしかに実際、俺だって逆の立場だったら不安になると思う。男なんてみんなケダモノだもんな」
「そ、そんなことは、ないと思うけど」
「いや、偏見とかじゃなくてさ。そうじゃなかったら、人間社会の中でサキュバスって生きていけないだろ」
「えっ? あ、あぁ、たしかに。それはそうかも」
「な? 男が全員紳士だったら、それこそ餓死しちゃうぜ、あのエロエロモンスターたちは」
「エロエロモンスターって。ひどい言い方」
「いや、だってさ? そりゃ見た目は美女だけど、素手で車をひょいと持ち上げるような奴らだぜ、サキュバスって。昔キャンプに行った時、駐車場でタイヤが泥にハマって動かせなくなってさ。通りがかりのサキュバスに助けてもらったんだけど、マジで絵面やばかったから」
「え、そんなことがあったんだ? ふふっ。ちょっと見てみたかったな」
「わりと見れるんじゃないか? 案外、今からでも。瓦礫の山を干し草みたいにかき分けてきたサキュバスが、生存者発見〜!って、そこの扉を開いてくれたり」
「あ〜。そっか、そういうこともあるよね」
「うん、きっとある。天職じゃんかそういうのって、サキュバスにとって。風俗の次くらいに」
「うわっ、最後の一言が余計」
「えっ、あぁ、コンプラ的に? やべぇミスった」
「あはは。いや、知らないけど」
「言うて俺もよく知らないわサキュバスのこと」
「だよね。ふふ」
「はははっ」
「……………………」
「……………………」
「…………なんか、本当ネガティブでごめんなんだけど」
「なに?」
「どうせなら、私がサキュバスならよかったのにって。今ちょっと思った」
「はぁ?」
「だってそしたら、自力で脱出できるし、○○くんも助かるじゃん」
「いや、どうだかな。内側から無理に扉を開けたら、土砂がなだれ込んで来て生き埋めになったりしないか?」
「あ、そっか。そんなことになったら、不死身の私だけが助かるんだ」
「うわぁ。だとしたら俺ってもしかして今、△△ちゃんがサキュバスじゃなかったおかげで生きてるってこと?」
「え、ひどい。いくらなんでも見捨てないよ、私だけ不死身だったとしても」
「それはよかった」
「いや、そりゃそうでしょ。……ていうかサキュバスって、エッチなことしないとエネルギーが湧いて来ないんじゃなかったっけ? もし自分がサキュバスだったとしても、○○くんとそういうことしないと脱出できないとかだったら、かなりキツいんだけど」
「え、うわ、その言い方はさすがに傷つくぞ。なんだよかなりキツいって」
「いや、だって親戚だし」
「それはそうだけど」
「でしょ? …………けど言い方悪すぎたのは本当だね、ごめん」
「えっ、いや冗談だよそれは。ごめん、分かりづらかったか」
「えっ、あ、そっか。……うわぁどうしよ、なんか気まずい」
「本当だよ。どうしてくれるんだよ」
「うぅ、ごめん、私が空気読めないせいで……。こんな時に最低だよね……」
「えっ、いやいやいやいや」
「冗談だよ」
「おい! そうかもと思ってても冷や冷やするわ!」
「あははっ。ごめんって」
「ったくもう」
「あはは」
「ハハハ」
「……………………はぁ」
「…………どれくらい時間経ったんだろうな」
「スマホは?」
「家で充電してた」
「私も」
「…………持ってたら助け呼べたかな。それとも圏外か」
「やめようよ、そういうこと考えるの」
「だな。悪い」
「…………さっきの話の続きなんだけどさ」
「うん?」
「もし、私がサキュバスだったら。それで、○○くんと親戚同士じゃなかったら」
「うん」
「○○くんのことを助けられなくても、結果として自分だけ生き残っちゃうんだとしても、その前にさ。最後に相手に、いい思いをさせてあげることは出来たのかな」
「……エッチなことをってこと?」
「そう」
「それこそ、そんなこと考えたって仕方ないだろ」
「○○くんが言葉を濁すから」
「濁すって何を」
「さっきの質問の答え。じゃあ私が親戚じゃなかったらどうなってたの? って。思っちゃうでしょ、普通」
「どうって……」
「たとえば、クラスの好きな子とかだったら。…………どうなの?」
「なんの意味があるんだよ、その話」
「なんの意味があると思う?」
「…………そりゃまぁ、潜在的にやばい男と一緒の空間に居るかもと思ったら、嫌なんだろうとは思うけどさ。いや、でもしないよ、普通に。相手が誰でも、こんな状況で、どうせ死ぬならとか言ってそんなこと。それこそ相手がサキュバスで、脱出のための力が必要になった時くらいにしか、あり得ないだろそんなのって」
「本当に……?」
「…………まぁ今際の際まで絶対にとは言いきれないかもしれないけど」
「ほら〜」
「いやいやいや、いいだろべつに。実際には起こってないことなんだから、言いきれないことくらいあったって。そもそも相手が身内でもなければ、二人きりで地下倉庫を探検しようぜなんて話になんかならないだろうし」
「あぁ、それはたしかに。一理ある」
「だろ?」
「…………けど本当のところさ、なんで好きでもない男とエッチするのって嫌なんだろうね?」
「え?」
「サキュバスには平気で出来るのに、人間はなんでこんな嫌って感じるんだろう」
「それは、種族の差としか言いようがないんじゃないか……?」
「じゃあやっぱり私が親戚じゃないサキュバスだった方がよかった? そしたらエッチできるもんね。救助が来ても来なくても」
「俺そこまで飢えてないよ」
「え、モテるんだ」
「そういうわけでもないけど……」
「…………まぁ、私が言いたいことってべつにそこじゃないんだけど」
「うん。なんかさっきから話が見えてこない気はしてる。つまりは何が言いたいんだ……?」
「言いたいっていうか、つまりはね。「基本的にエッチなんかしたくない」って気持ちと、たとえば、「人前でトイレをしたくない」って気持ちは、通じあってる物だと思うの」
「はぁ」
「サキュバスって人前でも平気でそういうこと出来そうじゃない? 人に見られながらトイレとか」
「いや知らんけど。…………えっ、ていうか、おい、まさか」
「うん。そのまさかなんだけど……」
「分かった。後ろ向いて耳塞いどくから」
「そういう問題……!? ねぇだってここ、何もないよ? なんかその、こう、何も……、本当に何もない、床しかない! パーテーションとかなんにも!」
「知らねーよ! しょうがないだろ!」
「三日生きられるかどうか以前に、三日もトイレに行かない人間なんていないもんね!? ねぇどうしようこれ、今だけじゃないよ。今後お互いずっと、死ぬか助かるかするまで、ずっとこれだよ? どうする……?」
「いや、だからどうしようもないって。大人の対応をするしかないだろお互いに」
「大人の対応ってなに……? 具体的になに!? 私、○○くんがまともだったおかげでレイプはされないけど、でも実質はほぼされてるようなものじゃないのこれは!?」
「不可抗力! 不可抗力とレイプは相反する物だから! 大丈夫!」
「大丈夫ってなにが!?」
『おっす〜二人とも! よ〜し生きてるね、ナイスナイス。元気?』
「あ?」
「えっ?」
『いや〜生存者を探してるんだけどね、もうそこらじゅう土砂と瓦礫まみれでさすがにしんどくて。助かったよ〜そこの彼氏くんが性欲ビンビンにしてくれてたおかげで。サキュバスのセンサーにバチーンって来たから、おかげで見つけられたってわけ。で、なに? 今ちょうどいいところだった? まぁでもそれはあとでも出来るからさ、とりあえずお姉さんと安全なところまで行こう。ね?』
「……………………」
「…………は? えっ、なに……?」
「…………あのすいません。彼女、御手洗に行きたいそうなので、どこか案内してあげてください」
『あ、そうなの? 了解了解。じゃあ彼女さん行こっか』
「え、いや、えっ? ○○くん……?」
「……無事に脱出できてよかったな。サキュバスに感謝しないと」