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「どこだよ、ここ⋯⋯」
思わずつぶやいた言葉は誰にも届かずに雑踏に消えていった。
着た覚えのない黒いスーツと赤いネクタイ。
来た覚えのない駅のホーム。
座っていたベンチは背もたれが硬くて背中が痛い。
ホームにあった屋根が遮っているので日の光は差し込んでいないが、身体に感じる暖かさは春を思わせる。
着た覚えのないスーツのおかげで少し暑いが、それでも耐えられないほどではない。
何?おかげって言い方はおかしい?皮肉だよ皮肉、ほっとけ。
だが、目に映る景色は故郷の風景でも通っていた大学付近の風景でもなかった。
そもそも、俺が大学に通うために使っていた駅の近くはここまで背の高い建物が並ぶような場所ではなかった。
じゃあ、一体ここはどこなのか。
遠くに見える白亜の巨塔に妙な覚えを感じて目を凝らしてみる。
高くそびえ立つビルの頂上から光線のような一筋の光が放たれ、
その光を白い円が幾重にも取り巻いていた。
⋯⋯見覚えがありすぎる。
ドッキリか、はたまた俺はまだ眠っているかのどちらかだろう。
あれが現実にあるわけがない。
ほんの少しの嫌な予感を振り払おうと視線を正面に戻す。
目の前を通り過ぎていく女学生達の頭には色とりどりで形さまざまな光の輪──ヘイローが浮かび、その間を縫って服を着たロボットや所謂獣人と呼ばれるような人間が闊歩している。
俺の頭上に設置されていた電光掲示板にはアビドスやゲヘナといった地名が右から左に流れていき、振り返ってみると電車がホームに滑り込んでくるのが見えた。
その向こうには巨大モニター付きの飛行船がニュースを垂れ流しにしながら飛んでいる。
『シャーレ』『先生』『連邦生徒会長』などの情報が断片的に画面を流れ、次第に飛行船は遠ざかっていく。
⋯⋯どうしよう、見れば見るほど嫌な予感が確信へと変わっていくんだが。
なんだか頭が痛くなってきた。
握りしめた手の感覚は夢や幻の類なんかではなくて、頬を抓ってみると鈍い痛みが返ってくる。
ドッキリだとしても寝ている人を勝手に着替えさせた上に駅のホームに放置するなんて蛮行は犯さないだろう。
第一、辺りを見回してもカメラらしきものは駅の監視カメラくらいしか見当たらない。
そろそろ認めなくてはならない。
どうやら俺は『ブルーアーカイブ』のキヴォトスに来てしまったらしい。
嗚呼、一体どうしてこうなった?
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一度冷静になって持ち物を確認してみることにした。
シャーレの『先生』は赴任時に、シッテムの箱だの大人のカードだのシャーレという居場所だのを得られていたのだ。
俺にもそう言ったものがあって然るべきだろう。
ポケットをまさぐって中身を取り出してみる。
財布とスマホと飴玉が2個。
飴玉は俺が好きなハッカ飴だった。
とりあえず1つ開けて口に放り込む。
口の中を吹き抜ける清涼感とほんの少し感じる苦味が心地よい。
財布を開けてみる。
バイトして稼いだ2万4千円と小銭が幾らか入っている。あとは交通系ICとポイントカード数枚。
その名義はどれも『伽藍堂シュウ』──俺の名前だ。
記憶にある財布の中身と同じだから盗まれたりすり替えられたりしてないのだろう。
スマホに6桁の暗証番号を打ち込むと見慣れたホーム画面とアプリが幾つか。
消されたり新しく追加されたアプリは無し。
⋯⋯要するに、俺には大人のカードやシッテムの箱といった『凄い力を持つ何か』など与えられていないということだ。
「⋯⋯⋯ふざけんな」
思わず口をついて出た言葉に、慌てて手で口を塞いで辺りを見回す。
幸い誰にも聞かれていなかったようだ。
何も言わず俺をここに連れてきた挙句、居場所も物も与えないで「じゃ、あとは頑張ってください」ってか?
銃弾飛び交うキヴォトスでは1発2発当たった程度じゃ大した傷にはならない。せいぜい少し痛い程度だ。
だがそれは、キヴォトスで暮らす生徒や一般人にのみ適用されるものだ。
作中で先生が撃たれて瀕死になったように、キヴォトスの外から来た人間にはたかが1発が命取り。
そんな世界に何も持たないで人を放り出すのは「お前は死ね」と言っているのと同じことなのだ。
どうして先生には手厚いサポートがあって俺には無い?
俺は招かれざる客だからか?
俺が本来この世界に存在しない人間だからか?
それとも、『ブルーアーカイブ』から手を離したから?
だから俺には何もないのか?
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思えばずっと、『シャーレの先生』が嫌いだった。
『生徒すべての味方』だなんてできるわけ無いのに堂々と胸を張ってそれを言えてしまうのが癪に障った。
誰かの味方になるという事は、誰かの敵になるという事と同義なのだから。
ナギサやリオ、カヤへの対応が他の生徒よりもキツく感じたのが俺には耐えられなかった。
確かにナギサのやったことは過剰で他の人のことを考えていなかったのかもしれない。
でも、高校生の少女が自分も殺されるかもしれない状況で疑心暗鬼にならないほうがおかしいじゃないか。
そもそも、ナギサの疑心は『ヒフミを銀行強盗に巻き込んだこと』が原因だったじゃないか。
確かにリオは他の人に相談して頼ることはできていなかった。
でも、そもそも彼女の悩みは『シャーレの先生』が無断で廃墟に立ち入って連れ帰り、セミナーに事情を説明するでもなく文書を偽造してまでミレニアムに入学させたアリスだったじゃないか。
自分ができていない『人に頼る』という事を生徒には押し付けるのか?
確かにカヤのやった事は沢山の人に迷惑を掛けた事だった。
でも、それ以前に普段から『大人』を連呼している人間が生徒であるカヤの作った資料を1つも読まずにカヤの提案を拒否するのは果たして『大人』のやることなのか?
責任を負うと言いながら、『先生』は一体何の責任を負ってきた?
不良生徒は褒められて、その影で努力や試行錯誤を繰り返してきた子達は先生と敵対することになる。
カイザーコーポレーション然り、ゲマトリア然り、先生然り、『ブルーアーカイブ』では大人という存在がかなり大きな意味を持つ。
悪い影響を与えることもあれば良い影響を与えることもある。それが大人だ。
そんな大人の1人である『先生』に否定されるというのはどれだけ辛く苦しいことだろう。
それに気づいた時、いよいよ俺は見ていられなくなった。
不信、疑心、不満、困惑⋯⋯その全てが臨界点に達した時、俺は『ブルーアーカイブ』から離れることを決意した。
生徒は嫌いじゃなかった。キラキラしてて、眩しくて、それでいて「現実じゃ叶わない青春」を謳歌してる姿が愛おしかった。
だからこそ俺は背を向けた。
綺麗だった思い出がこれ以上穢れていかないように手放した。
だから、俺には何も与えられなかったのか?
『先生』を嫌い、『先生』から目を背けた人間であるが故に?
そもそもこの世界はどのルートのどの時間軸なのだろうか。
プレ先ルート?本編ルート?それともそのどちらでもないどこか?
アビドス編なのかパヴァーヌ編なのかはたまたエデン条約編なのかすら分からない。
俺はこの世界でどうやって生きていけばいい?
いろんな疑問が頭の中をよぎって思考がまとまらない。
だから、誰かが近づいてきたことに気づくのが遅れた。
空気が揺れ、衣擦れの音が耳を掠める。
「お隣、よろしいですか?」
「⋯⋯あ、はい。」
聞こえてきたのは低い大人の声。
⋯⋯低い大人の声?
慌てて顔を上げるとそこに居たのは漆黒としか形容し得ない人間が立っていた。
黒いスーツに黒いズボン、黒い革靴。
それだけでなく、手や顔も真っ黒。
ひび割れたように顔中を走る亀裂からは光が漏れ出し、こちらから見た時に左目に当たる位置には光が寄り集まってできた目のような何かが存在していた。
俺は知っている。
目の前の男を知っている。
アビドス編や最終編に登場した『ゲマトリア』の一員。
先生と同じような大人で、俺と同じような外から来た人間。
名を────
「黒、服⋯⋯」
「おや、どこかでお会いしましたか?」
しまった、口に出ていたか。
目だけを動かして辺りを見渡す。
まるで人払いが行われたかのように誰もいない。
さっきは行き交う人達で溢れかえっていたというのに、だ。
「クックックッ⋯⋯そう警戒することはありません。今からお時間をいただけますか?」
「⋯⋯なにが目的だ」
「そう焦らず。場所を変えましょうか、伽藍堂シュウさん。」
そう言って立ち上がる黒服。
警戒しながら俺も腰を上げる。
さて、俺はどう立ち回ろうか。
Name:伽藍堂シュウ
Age:19
Birthday:4/1
Profile:大学2年生の青年。かつてはブルーアーカイブをプレイしていたが、先生の行動と言動の乖離に嫌気が差してブルーアーカイブから離れてしまう。先生が嫌いなのであって生徒は嫌いではなかった。離れたあともたまに気になって動向を追っていた模様。アビドス3章まではクリア済み。