春葉原は秋葉原。虚妄のサンクトゥム攻略戦の最後に出てきたボス・ペロロジラはゴジラ。キヴォトスで流行っているカードゲーム・ムシクイーンやゲーム開発部が所有しているゲームもそれぞれ元ネタが存在する。
そう、キヴォトスに存在するありとあらゆるモノにはそれぞれ元ネタが存在するのだ。
“あるバイト”までの繋ぎとして受けたバイトもその1つ。その名も『ンーバーミーツ』。
訴えられたら間違いなく負けそうな名前だが、ここはキヴォトスだ。多分大丈夫。
名前から察した人もいると思うが、ンーバーミーツは肉が入った弁当からハンバーガーまで、肉が入ってりゃ何でもいいのか?と問いただしたくなるくらい手広く宅配する肉特化の配達業を行っている。
給与もそれなりに良く、配達を終えたらそのまま帰宅しても構わないとのことで迷わずバイトをすることに決めた。
意外にも利用者は多く、ハンバーガーを3人前頼んだミレニアムのある部活や牛丼10杯を一度に頼んだゲヘナの生徒達に届けることもあった。『牛丼10杯を頼むってどんだけ〜』ならぬ『丼だけ〜』と思ってしまったが⋯⋯え、やかましいわって?それは失礼。
そういうわけで、今日も今日とてンーバーミーツのアルバイト。ゲヘナやトリニティを回り終え、ミレニアムの一軒に届ければ今日のアルバイトは終わりである。昼前なのに。ンーバーミーツのついでに取ってきた造花のアルバイトを進めてしまおうかな⋯⋯?
昼前に仕事が終われば自由な時間が得られるって大人だろうが子供だろうがワクワクするよね。
ちなみにだが最後のお客様は唐揚げ弁当を頼んだようで、ミレニアムの学生寮に届けてほしいと要望があったのだ。俺が知っているキャラだろうか?そうだったらちょっと嬉しいな。ぽかぽか陽気の空の下、そんな事を思いながら回したアクセルはどこか軽く感じられた。
辿り着いたミレニアムの学生寮は近未来的だった。
白い外壁は苔1つなく、窓ガラスはピッカピカ。エントランスでは警備ロボットがお出迎え。
スケジュールのロケーションで確認できるミレニアムタワーに近い感じ、と言えば想像しやすいだろうか?
高い!広い!綺麗!と子供みたいな感想しか出てこないし、旅行先のホテルに足を踏み入れた気分になってしまうのもしようがないのかもしれない。
エレベーターを使って指定された部屋の前まで行き、インターホンを鳴らす。
『⋯⋯はい』
「ンーバーミーツです。ご注文の品、お持ちしました。」
ピッ、とインターホンが切れ、しばらくしてからガチャっと鍵を開ける音が響く。今の声、どこかで⋯⋯?
開いた扉から視界に飛び込んできたのは、吸い込まれるような赤い瞳。ルビーのような光沢を持ちながらじっと見ていると吸い込まれてしまいそうな魅力がある。
次いで目が捉えたのは長くて黒い髪。烏の濡羽色とはよく言ったものだが、光沢があって艶のあるその髪はまるでブラックパールを散りばめたような美しさ。綺麗の一言で表すのはその色に対する冒涜のようにも思えてしまう。
その頭に浮かぶは黒い輪に赤い描きかけのDと逆さまにしたDを左右に並べたような紋様のヘイロー。こんな特徴的な人物は一人しかいない。
俺の推し。俺の天使。俺が欲しいと願い、俺がブルアカをスマホから消すまでについぞ実装されることのなかったキャラクター。
「調月、リオ⋯⋯」
「⋯⋯?ええ、私がリオよ。」
「⋯⋯っ、あ、すみません。ご注文の商品をお届けに参りました」
「ええ、ありがとう。」
背後のカバンから取り出した唐揚げ弁当を手渡し、伝票にサインをしてもらおうと目線を下に⋯⋯
「⋯⋯ん?」
リオの足の下、所謂土間に、何かが廊下の電灯の光を反射したように見えた。よくよく目を凝らしてみるとプラスチックでできた容器の蓋のようにも見える。
多分見間違えだろう。トキが面倒見てるってどっかで聞いたことあるし。
「えっと、それではこちらの伝票にサインを⋯⋯んんん?」
伝票を取り出してペンと共にリオに差し出した所で視線を横切る黒い小さな影。それも1つではなく2つ3つ⋯⋯俺の声に気づいたリオも視線を落とし、『それら』に気づいて小さく悲鳴を上げる。
見た者に生理的嫌悪感を抱かせる、その名を言うのも悍ましい人類の敵。実家にいた時は決まって俺が対峙して退治してたなと要らん事まで思い起こさせる生物。仮称・G。
⋯⋯一匹だけ出てくるならまだわかる。二匹三匹まとめて出てくるのは、それはつまり部屋の中が⋯⋯
「⋯⋯すみません。初対面の人にこういうのはほんっとに失礼な事だと重々承知していますし、何言ってんだって思われるかもですが⋯⋯」
「え、ええ⋯⋯」
「部屋、掃除させて頂いても良いですか?」
丁度仕事終わり。時間はまだたっぷりある。それに何より⋯⋯推しがGが出るほど汚い部屋で過ごしているとして、綺麗な部屋で過ごしてほしいと願うのは当然のことだと思うのだ。
異論は認める!
────────────────
戸惑うリオに「部屋が綺麗なことで得られる2つのメリット」と「部屋が汚いと作業効率が下がる理由3選」を力説し、その熱量に若干押され気味のリオから許可を得たところで部屋に押し入る。
やってること押しかけ強盗じゃないかって?失敬な、強盗じゃない。清掃だ。いや、押しかけ清掃ってなんだ。
「Oh⋯⋯」
部屋に踏み入るとお弁当の容器やプラスチックボトル、資料の束に段ボールなどが散乱していた。黒いカーテンで閉め切られた隣の部屋はモニターの光がぼんやりと照らすだけで室内の物品の輪郭しか掴むことができない。
あ、アヴァンギャルド君のフィギュア発見。俺、アヴァンギャルド君好きなのよ。カッコいいし、造形もイカしてる。できることならリオと話をしてみたいものだ。
床の隅には積み上げられた服の山。着たのか着てないのかも分からないそれらはしわだらけになって散らかっている。
トキは一体いつから休んでるんだ⋯⋯?
荒れてた頃の俺の部屋よりヤバいかもしれない。
思わず顔を片手で押さえそうになり、それは失礼かと思ってやめる。が、声だけは漏れ出てしまっていたようだ。
それに気づいたリオが小さく言い訳を並べ立てる。
「いつもは私の補佐をしてくれるトキ⋯⋯ミレニアムの仲間が、熱を出していないから⋯⋯」
可愛い。言い訳してる姿も可愛いとか最高かよ。
頬を2回叩いて気合を入れ、トキがいつも使っているという掃除用具入れからゴミ袋やら雑巾やらを取り出す。割り箸に輪ゴム、キッチンペーパーまで入ってるのは⋯⋯なるほどね。セスキ炭酸ソーダは⋯⋯あった。
これでも掃除の腕には多少自信があるのだ。今ある知識を総動員して快適な部屋を作り出しましょうとも、ええ!
なによりもまずは窓とカーテンを開けて新鮮な空気を供給。
「それじゃ、始めますね。捨てていいものかどうかは都度聞くのでダメなものは言ってください。」
「ええ、わかったわ。」
それでは始めようか、楽しい楽しい大掃除。まずは要るものと要らないものに分類だ。
物が散乱している室内で明確にいらないと断言できるのは弁当のプラスチック容器やペットボトル。ティッシュや使い終わった割り箸などだ。プラと燃えるゴミに分けて袋に放り込んでいく。
「この書類は?」
「いるものよ」
「このお菓子の箱は?」
「いらないものよ」
「この書類」
「どちらかといえばいるものね」
「この書類」
「どちらかといえばいらないわね」
「二段階評価でお願いできますか!?」
いるものの中から書類をファイリングしたり、ボックスの中に詰めていく。ボックスはナンバリングして何が入っているのか分かりやすいようにファイリング。
同時並行で雑巾に水とセスキ炭酸ソーダを混ぜた混合液を散布し、床やら棚やらを拭いていく。
セスキ炭酸ソーダ水は油汚れやら皮脂汚れを落とすのに超便利。これで落とせないものは⋯⋯まあ、あるけども。それでも掃除には万能な液体なのだ。
部屋の隅やらコードが絡み合っている所には割り箸にキッチンペーパーを巻いて輪ゴムで留めた棒でホコリなどを絡め取っていく。狭くて手が届きにくいところやサッシにはこれが便利なのだ。2、3本作っておくと掃除のときに使い分けできて便利だぞぅ!
棚の上などの届きにくいところは高所用モップを使ってホコリを取り去る。ふわっふわのモップがホコリを絡め取り、俺では届かないはずの天板の汚れをたちまち綺麗にしていく。さすが文明の利器。
「手慣れてるわね」
「まあ、掃除するのは好きなので。あ、手ぇ空いてるなら部屋の隅に積み上げられている服の山を何とかしてください。洗濯ネットはありますよね?」
「ええ、ここにあるわ。」
「それならその中に服を突っ込んでください。上着やスカート、タオルなどじゃなくて⋯⋯その、何と言いますか。」
「言いたいことがあるなら早く言いなさい。はっきりと言わずにしているのは合理的じゃないわ。」
「⋯⋯洗濯ネットの中に下着類を入れておいてください。干すのはさすがに俺はやれませんので、洗濯機を回し終えたらご自身で干してください。」
「⋯⋯分かったわ。」
「自分ではっきり言えと言っておきながら、耳真っ赤じゃないですか⋯⋯」
どんどん綺麗になっていく部屋の中。汚かった部屋が片付いていく爽快感と充実感。多分、年末の大掃除というものはこの感覚を得るためにやっているのではないかな?でなければ年末にドタバタしながら掃除なんてしないと思うのだ⋯⋯っていうのは過言すぎるか。
山になった洗濯物を洗濯機に放り込み、洗濯している間に棚へボックスやファイルをナンバー順に並べていく。長らく使っていなかったと思われる物が入ったボックスは下の段に。
よく使っていると思われる物が入ったボックスは手に取りやすい中段や上段に。
アヴァンギャルド君のフィギュアは棚の真ん中に鎮座させる。うん、カッコいい。
「そう言えば、なのだけれど。」
「はい、何か?」
「私はまだ貴方の名前を聞いていないわ。一方的に名前を知られているのはフェアではないと思うのだけれど。」
「⋯⋯俺の名前は伽藍堂シュウ、です。」
「私の名前は調月リオよ。⋯⋯ああ、なるほど。貴方がアビドスで確認された『先生』じゃない方の大人なのね。」
げ、なんかバレてる。俺そこまで派手に暴れまわってないし、なんなら目に留まるようなことはしてないぞ⋯⋯!?
「⋯⋯なんで調月さんが俺のことを知ってるんです?」
「ミレニアムの生徒の中にはクラッキングを得意としている子もいるのよ。」
考えろ。リオが伝えたのがこれだけってことは、彼女が『これだけでも分かる』と判断したからだ。それなら、俺の足りない頭脳でもフル回転させれば考えられるはずだ。
考えろ、答えを導き出せ。
リオはわざわざ『先生じゃない方の』と言っていた。『先生』と俺を区別するためにそう言ったのかもしれないが、見方を変えるなら「俺と『先生』が一緒にいるところを見ていたから区別する必要があった」とも取れる。
俺が『先生』と同じ場所にいたのは2回。1回目は柴関ラーメン。2回目はゲヘナ風紀委員会が侵攻してきた時。多分、リオが指している方は後者だ。1回目の時の俺は厨房にいてほとんど接客をしていなかったので店内のカメラに姿を晒すことはなかったし、厨房にいる時は頭にバンダナを巻いていた。
いくら監視カメラをクラッキングできると言っても、余程の興味がなければ厨房にいた俺を視認することは不可能だろう。ゲヘナ風紀委員会の侵攻時は周りに建物がたくさんあり、俺が視認できていなかっただけで監視カメラは沢山あったはずだ。そこから導き出せる答えは1つ。
「⋯⋯アビドスのどっかにある監視カメラにクラッキングしちゃった生徒がゲヘナ風紀委員会のアビドス侵攻を目撃しちゃったってわけですか。」
「⋯⋯ええ、そうよ。よく分かったわね。」
「そりゃ、ヒントがあったので。⋯⋯よし、終わり。」
ボックスの収納も終わり、洗濯の終わりを告げるアラームが鳴り響く。洗濯機のなかの服を洗濯籠に放り込み、洗濯ネットをリオに手渡す。
「その中の服は御自分でお願いします、調月さん。」
「わかったわ。」
2人でやればすぐ終わる。ハンガーにTシャツを掛けて洗濯ばさみで止める。ピンチハンガーにハンカチやタオル、靴下やストッキングなどを止めて日当たりも考えて配置する。
俺が担当した分を干し終えて窓を閉めるのと、リオが伸びをしながら室内に戻ってくるのは同時。
「終わったわ」
「こちらも終わりました。」
あったかポカポカな日差しが差し込む部屋は俺が足を踏み入れた時よりすっきりクリーン。
「ありがとう、部屋を片付けてくれただけでなく掃除までしてくれて。」
「いえ、俺が言い出したことなので気にしないでください。というより、感謝を述べるのは俺の方です。突然部屋の片付けを言い出した俺を信じて部屋に入れてくれて、ありがとうございます。」
「確かに最初は怪しかったわ。でも、汚い部屋では作業効率が下がるというのを根拠付きで熱弁されては信じるしかないもの。」
そう言って穏やかに微笑むリオ。この笑顔が見れただけでもこの2時間掃除した甲斐があったというものだ。
「その、何かお礼をさせてもらえないかしら?してもらいっぱなしは性に合わないわ。」
「いや、俺から言い出したことなんで⋯⋯」
「いいえ、それでもしてもらった事には変わりないわ。例え貴方が突然言い出した事であったとしても「してもらった」事実に変わりない。私にできる範囲でお礼をさせてもらうわ。」
「⋯⋯そんな事言われてもなぁ」
そんなつもりじゃなかったんだけどなぁ⋯⋯だが、多分彼女はこうなったら梃子でも動かない。できることなら何でもするだなんて言われたけど、特に思いつかないし。
でも、できることならここで縁を結んでおきたい。せっかくできた縁を途絶させたくはない。ならば、選び取る必要がある。この縁を持続させ、角が立たない選択肢を。なんか無いか、なんか無いか⋯⋯?
部屋に視線を彷徨わせると目についたのは棚に置いたアヴァンギャルド君。
──『できることならリオと話をしてみたいものだ。』掃除の前に思ったことを思い出した。⋯⋯ああ、これなら角が立たない。それでいて、縁を継続させられる画期的な案だ。
「⋯⋯なら。」
「?」
「なら、1週間に一回⋯⋯いや、2週間に一回でも構いません。俺と一緒にカフェでお茶しませんか?」
「そんなことで良いのかしら?」
「そんなこと、が良いんです。調月さんとは一度話をしてみたいと思っていたので。特にアヴァンギャルド君の良さを。」
「貴方、アヴァンギャルド君の良さが分かるのかしら!?⋯⋯ええ、分かったわ。その時はたくさん話しましょう。」
静かに口角を上げるリオ。鉄面皮みたいなイメージがあったけど⋯⋯なんだ、年相応の表情するんじゃん。この娘も、この世界でちゃんと生きてるんじゃん。
⋯⋯守りたい。いや、守らなくちゃダメだ。リオのこの表情がこの先の未来で曇ることのないように、リオがこの先の未来で傷つかないように。傲慢だと嗤われても、蛮勇だと嘲られても、俺には守りたいものがあるのだから。
俺が守りたいと思ったもののために、子供達のために、この不条理な世界に抗い続けよう。
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「1つ、お願いしてもいいかしら?」
帰り支度をしていた彼が振り向いた。
黒い鷹の目は鋭さを失い、瞳の中に私を映す。
彼が私を見る目は他の人よりも柔らかく感じる。
「はい、なにか?」
「調月さん、じゃなくてリオと呼んでくれないかしら?そういう風に呼ばれるのは慣れていないの。」
そう告げると彼の眉が少し上がって、瞳が黒い満月のように見えた。
視線が水を得た魚よりも泳ぎ、しばらくの逡巡の末に押し殺したような声が耳を打つ。
「⋯⋯分かりました、リオさん。」
もう一声。
「リオでいいわ。それに、敬語もいらない。貴方のほうが年上でしょう?」
今度は彼の口が半開きになり、「困った」と言外に伝えるように首筋を右手で掻き毟る。
⋯⋯この人はこんな反応もするのね。
「⋯⋯年上の男が『名前を呼び捨て』かつ『敬語なし』って、馴れ馴れしくないですか?」
「別に私は構わないわ。それで円滑なコミュニケーションが取れるなら、その方が合理的だもの。」
今度は唇を固く結び、喉の奥から絞り出したような「ぐ⋯⋯っ」という声が聞こえてきた。
打てば響く太鼓のようで、面白い。
いつまでもこの人の反応を見てみたいような、悪戯心が湧いてくる。
「⋯⋯分かった。俺の負けだ、リオ。」
「⋯⋯ええ、それでいいわ。」
長い逡巡の末、彼の口から飛び出した砕けた口調。
何故か彼にはその口調が似合っているような気がして、意識せずとも口角が上がってしまった。
次回から第二章です。