少しずつ主人公の掘り下げとかもできたらなと思っています。
百花爛漫都市百鬼夜行
いつもと同じ夢を見る。
いつから見ていたのかはもう思い出せない。少なくともキヴォトスに来る前は見ていなかった⋯⋯と思う。けれども、「昔から見ていた」ということだけは確証はないのに確信を持って言える。
微睡みから目を覚ますとそこは本棚が所狭しと並ぶ真っ白な空間だった。焦げ茶色の本棚の中には日に焼けた本がぎっしりと詰まっている。おかしな話だ、ここには日の差し込む窓ガラスも扉も有りはしないというのに。
試しに一冊手に取ってみる。厚さ8cmほどあるにも限らず腕にずっしりと掛かるような重さも、革表紙の手触りも、特有の本の匂いも存在しない。本の背表紙には金色で何かが書かれているが何が書かれているのかは全くもってわからない。腹立たしいほどに達筆な文字なのに肝心の内容が読めないというのはもどかしい。
いつも通りの夢の中。四方は塞がれていないというのに、溺れるような閉塞感に沈んでしまいそうだ。
視線を遠くへ向けてみる。先が見えないほどに続いていた本棚が途切れ、広いスペースに出る。壁のようにも見える真っ白な空間に何か巨大な物体が張り付いているのが本棚の陰から覗くことができた。
ほんの少しの好奇心。殺されるのは猫であって人間ではない、と誰に向けたのか分からない言い訳で歩を進める。安定感のない床を踏みつけるが、反響する足音も衣擦れの音も聞こえない無音の世界。
開けたスペースに出た瞬間、視界いっぱいに飛び込んできたのは両開きの大扉。身長の3倍ほどもある焦げ茶の木扉にはくすんだ銀色の鎖がこれでもかと巻き付き、締め上げ、からみついていた。
扉に近づくと、門の頂には小さな文字で『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』の文字が刻まれているのが見える。彫刻刀で削り取ったようなその文字は扉の装飾とは裏腹に粗雑で稚拙だ。
触れてみると、金属に触れたかのような冷たさが全身を駆け巡る。まるで心臓を直接鷲掴まれているかのように背筋に悪寒が走り、脳に楔を打ち込まれたように連続した痛みが頭に走った。
これは触れてはいけないものだ。これは触れなければならないものだ。ここから離れなければならない。ここから離れたくない。思い出してはいけない。思い出さなくてはならない。相反する2つの思考が俺を蝕んでいく。
酷くなっていく頭痛に耐えきれず、その場に崩れ落ちる。痛みから逃れるための現実逃避なのか、はたまた扉の最奥に隠された秘密なのか。引くことのない痛みとともに頭の中を幾重にも重なった声が響き渡る。
「恨めしい」
「なんで私が」
「死にたくない」
「なんであの子ばっかり」
「アイツのせいで私は」
「逃げてしまいたい」
「いやだ、まだ」
「お前のせいで」
「魔女のせいだ」
「先生がいるから」
「誰も見てくれない」
「私は悪くない」
「こんなところで」
「天罰だ」
「助けて」
「まだ生きたい」
「いやだ」
「いやだ」
「いやだ」
「いやだ」
「いやだ」
「いやだ」
「いやだ」
「いや」
「嫌」
「厭」
「い」
扉から手を離すと反動で尻餅をついてしまう。地面に思い切りたたきつけられたはずの尻に痛みは走らない。それと同時に頭の中に響いていた声も頭痛も消え去っていく。
地の底から響くような怨嗟の声と迫りくる死を拒むような悲痛な叫び。それから誰かを責めるようなヒステリックな女性の声。そのどれもが、年頃の女子生徒が死の間際に発した言葉のようにも聞こえた。
はっきり聞こえたのがこれだけだっただけで、背後で聞こえていたうめき声も含めたら何千何万何億もの人が声を発していたのではないかとも思わされる。
扉に触れたのは今日が初めて。今まではこんな事なかったはずだ。ましてや夢のなかでこのような事になるとは思いもしなかった。
ため息1つついて扉から視線を外し、背を向けて本棚の群れへ戻ることを決める。これ以上の詮索は無駄だろう。それに、そろそろ目覚める時間だ。
視界に広がる本棚の輪郭がぼやけだし、水中から水面へ浮かび上がるような浮遊感が体を包んでいく。
『お前は、何者だ?』
目覚めの刹那、誰かの声が聞こえた気がした。
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百夜ノ春ノ桜花祭。または桜花祭。
それはグルメや温泉といった観光業が有名な百鬼夜行連合学院で行われる春の祭り。お祭り運営委員会の委員長、河和シズコが企画・運営したブルーアーカイブ内最初のイベントである。
会長のニャン天丸の魑魅一座と久田イズナを利用した妨害工作を先生が解決し、無事祭りの開催に漕ぎ着ける⋯⋯といった内容だったと記憶している。
そんなイベントに参加している理由はただ一つ。桜花祭のアルバイトがあったからだ。報われないキャラの救済⋯⋯とまではいかないが、目的を持って俺がストーリーに介入する以上どうしても金は必要になる。それ故に金を稼ぐことが当面の目標とし、たまたま目に入ったこのアルバイトに飛び入りで参加したというわけだ。
アルバイト内容は至って簡単。祭りの屋台設営や当日振る舞われる料理の仕込み、会場の飾り付けにビラ配り。要するに人手が必要な単純作業というわけだ。
『次は〜百鬼夜行連合学院〜百鬼夜行連合学院〜』
耳に入ってきた電車のアナウンスに思わず窓の外へ目をやると、天高く咲き誇る巨大な桜の木が目に入る。ファンタジーでいうところの世界樹と同じくらいの大きさの桜の木は、高層ビルを複数寄せ集めたくらいの太さ。ああ言う木のことを御神木というのだろうなとなんとなく思ってしまった。
桜は好きだ。未練を残さずにパッと咲いてパッと散る姿も、昼でも夜でも光を浴びて淡く色を落とすその花弁も、そのどれもが綺麗で、可憐で、美しい。
「花は桜木、人は武士」とよく言われたものだが、大きさは違えど昔の人も同じように桜の木を眺めていたのだろうと考えると感慨深いものがある。
それに桜関連のお菓子も多く発売されるからね。定番の桜餅に三色団子、桜羊羹に桜大福。アンパンに載ってる桜の塩漬けとかも美味しいし、桜どら焼きも欠かせない。いかん、涎が⋯⋯
電車から降りると雨のように桜の花弁が風に乗って降ってきた。桜の花びらの淡い匂いに混じって硝煙の匂いが鼻の奥を刺激する。手持ち花火をやり終えて後片付けしている最中を思い出すような匂いだ。
銃火轟くキヴォトスでは珍しいことではないのだが、生徒がやたら滅多ら銃を撃っている影響で何処へ行っても硝煙の匂いが漂っている。ノスタルジーもここまでくればやりすぎだ。
一瞬の硝煙の匂いなら郷愁を感じるが、何処へ行ってもいつまで経っても匂うその香りは最早狂愁。いつになったらこの匂いは消えるのやら。
ちなみに今日の俺の格好は『グリタヴォル』を腰に差し、いつもの黒シャツに袖を通したラフなスタイル。肉体労働なので赤いネクタイは外してきた。
以前黒服から贈られた薄い防弾チョッキは勿論服の下に着用してきている。これ無いと死んじゃうからね。
電車の扉が開く。
駅から徒歩10分。祭りの会場に辿り着いたので現場を監督している狐面を被った少女に指示を仰ぐ。床に置かれた平面の赤白提灯の入った箱と巻かれた頑丈な金属ワイヤー、それにソケットの付いた提灯コードを持ってこれまた指示通りに指定された地点まで移動する。
世間では指示待ち人間が問題視されるが、時には指示待ち人間であった方が良いこともある。特に「これまで一切やった事のないことを今日初めて行おうとしている人」は、下手に手を出すと取り返しのつかない事態になりかねないからね。
指定された地点につくと、箱に入った説明書通りに組み立てを開始。まずは金属ワイヤーを店の軒下から軒下へ、アーケードの骨組みの間から間へとピンと張り巡らせる。たわみのないように端を固定してから伸ばして商店街を一周させる。
そのワイヤーに沿うように提灯コードを固定し、等間隔に並んだソケットの溝に広げた提灯の上部にある輪を嵌め込む。そうしたら提灯の下部から電球を入れ、ソケットにねじ込んで固定して完成である。
これをいくつも繰り返して会場全体に提灯をつけるのが俺の今日の仕事。まだたった一つつけただけなのだ、頑張るぞぅ!
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なんて息巻いてた時代が俺にもありました。いや、まあ数十分前の話なんだけど。
よくよく考えてみれば当たり前の話だ。ソケットも電球もワイヤーも俺の目線より上にあるのだから、必然的に俺は長時間上を向いて作業しなければならない。
上げっぱなしだった腕や肩は当然のこととして、凝らし続けた目も背伸びし続けた足も物凄く痛い!嗚呼、だから労働は嫌いなんだ!労働反対!けれども働かなければお金を貰えぬ。何という板挟み。これを仕事人のジレンマと名付けよう。
嗚呼、何処かに週休2日で犬を撫でるだけの仕事みたいなものが転がっていないものか⋯⋯と、思いながら提灯の入っていた箱に手を伸ばすも指先が触れるのはただ硬い底のみ。あちこち触ってみても提灯はなく、どうやら持ってきた分は全て飾りきってしまったようだ。
(さっきのところから新しいの持ってこないとか⋯⋯)
ここと先ほどの会場は少しだが距離がある。また往復するのは手間だが、行かないと飾り付けは終わらせられない。仕方ないから一度会場へ戻ろうと重い腰を上げようとした矢先。
「これ、ここに置いておくよ」
澄んだ少女の声と共にカタン、と音がして俺の目線の先に置かれたのは折り畳まれた提灯が入った箱2つ。俺が取りに戻ろうとしていたものと同じものだ。箱の向こう側には白い靴下と色素の薄い脛が並んで見える。
視線を上げてみると、俺の知らない生徒がそこにいた。
プラチナブロンドの髪を片側だけ三つ編みにして前へ垂らし、紺色のライフルを腰に差した女子生徒。紫色の瞳はまるでアメジストのようで吸い寄せられるような魅力がある。だが、その瞳の奥には快活以外の何かが浮かんでいるようにも見える。頭の上に浮かぶヘイローは金の水引をそのまま写し取ったのではないかと思わせるほど。
そして何より特徴的なのはその制服だろう。白を基調とし、紺色のタイでアクセントをつけたセーラー服のような制服。その上から纏っている濃い水色の羽織は少女の快活そうな雰囲気をより際立たせている。
──百花繚乱紛争調停委員会。ゲーム内では御稜ナグサや勘解由小路ユカリらが所属し、その羽織をまとっていた。だが、こんな生徒はいただろうか?少なくとも俺が進めていたところまででは出てこなかったはずだ。
「あ、ありがとうございます。貴女は百花繚乱の⋯⋯」
「私は百花繚乱紛争調停委員会の委員長、七稜アヤメ。お祭りの準備お疲れ様!これ、運営の人からの差し入れ。どうぞ。」
「ど、どうも。」
受け取ったのはまだ水滴のついているペットボトルのお茶。指先に触れたプラスチック容器は冷たくて心地よい。俺にペットボトルを差し出したアヤメは挨拶もそこそこに仲間と合流して去っていく。合流した仲間は全体的に白い生徒。こちらは俺も見たことがある、御稜ナグサだ。
真っ白で足元まで伸びる長い髪に、これまた真っ白で花の花弁のように展開しているヘイロー。後ろ姿はまるで新雪のようだ。
百花繚乱の委員長と副委員長が揃い踏み、ということは桜花祭の準備期間中に騒ぎを起こす生徒を取り締まるために百花繚乱が出張ってきており、その途中で作業をしている人たちへ道具などを補充しに来てくれたといったところだろうか?
それにしても七稜アヤメ⋯⋯彼女は最終編前に百鬼夜行から姿を消していた生徒だ。今ここにいるということはそういうことなのだろうが、快活に振る舞う彼女はどこか無理をしているようなそんな印象が見受けられた。気のせいかもしれない。俺の思い過ごしかもしれない。だけれども、どうしても俺には彼女が全く問題がないようには見えないのだ。
そんな事を思いながらアヤメが運んできてくれた提灯に手を伸ばすと──
「⋯⋯え?」
──ぐらり、と視界が揺れる。貧血の時みたいに視界が白と黒のモザイクで埋め尽くされていく。頭にノイズが掛かり、やがてそれは一つの像を結ぶ。
浮かび上がった光景は『赤く染まったヘイローにプラチナブロンドと紫のオッドアイとなったアヤメが、灰の制服と黒い羽織を纏ってナグサと戦闘を繰り広げる』といったもの。記憶を探ってみてもこんな光景を見た覚えはない。
俺の脳が勝手に作り出した妄想?それにしては急すぎるし脈絡もない。「これ以上考えてはいけない」と理性が叫び、本能が「考え続けろ」と脳を揺らす。俺はこれと似たような光景を見たことがある。思い出せ、落ち着いてゆっくりと。
⋯⋯ああそうだ、ブルアカのバッドエンドスチルだ。ヒナやサオリやミカ達の『
ようやくふらつきが止まり、頭を振って立ち上がるとどこからかふと、少女の可愛らしい声が聞こえてきた。
「あっ、あっ!危ないです──っ!?」
「そ、そこを退けぇぇぇぇぇっ!?」
「え?──え?」
振り返った時には時すでに遅し。身体に勢いよく激突してきた少女たちにふっ飛ばされる。走馬灯を見る暇もなく、街灯の柱に背中を強打した俺の意識は結構簡単に刈り取られた。