湯気と熱気が立ち込め、麺を啜る音だけが響いていた。
扉を開けた俺達の前には「ラーメン屋といったらこれ!」と断言できるくらい馴染みのある並びをしたテーブルと椅子、それにアビドス編でよく見た柴大将。
もふもふとした茶色の毛並みが愛らしい。
頼んだら触らせてもらえるのだろうか?
いや、見た目は愛らしいが相手は大人だ。自制自制。
店内は人で溢れ返り、厨房の中も忙しそうだ。
⋯⋯いや、厨房の中2人しかいなくね?柴大将と猫耳黒髪少女の2人だけでよく回ってるな、ここ。
俺が日本でバイトしていた時は7人くらいで仕事していてもてんてこ舞いだったのに、2人だけで回しているとは恐れ入る。
柴関ラーメンが健在だということはまだアビドス編の序盤も序盤、最高でも10話くらいまでだろう。
今日が11話でこの後爆破ということになったら笑えないが。
席に着いた俺は豚骨ラーメンとチャーシュー丼を、黒服は醤油ラーメンと餃子を頼んだ。
厨房で麺の湯切りをしている柴大将の後ろでバンダナを巻いた黒髪の少女が中華鍋をふるっているのが見える。
恐らくあの子がアビドス高校1年の黒見セリカだろう。
ネームドキャラの姿を見てようやくここがキヴォトスだという実感が持てた気がした。
「クックック⋯⋯ところで伽藍堂さん、貴方欲しいものはありますか?」
「⋯⋯なんでだ。」
「先程言ったでしょう?貴方も死なれては困る、と。24時間365日見守り続けることは私達でも不可能ですので、できる限りのサポートはしようと思っていまして。」
「⋯⋯『対価アリで』って言葉がつくタイプのサポートだろ、それ。」
「当然です。『タダより高いものはない』、この世の常識です。」
黒服の言うとおりだ。タダで与えられるものには何かしら裏があるというのは日本で嫌というほど味わってきた。
でも黒服に頼るのはなぁ⋯⋯と思いながらもキヴォトスで生き延びるために必要な物が1つだけ脳裏をよぎったので恐る恐る口を開く。
対価のことは言ってみてから聞けばいいか。
「⋯⋯防弾チョッキ。」
「ん?」
「防弾チョッキが欲しい。⋯⋯服の下に着られて、行動を阻害しないようなやつ。」
それを聞いた黒服の白い口がにぃ……っと左右に裂ける。恐らく笑みを浮かべたのだろうが、どっからどう見てもホラー映画のワンシーンにしか見えない。
ほかの人から黒服の顔はどのように見えているのだろうか?
俺が見えている通りの顔で見えているのなら、間違いなく営業妨害だ。店に入ってきた人が即退店するレベルの怖さ。
頼むからこっちを向いて小首を傾げないでほしい。
「ふむ⋯⋯良いでしょう。薄くて軽くてそれでいてある程度の弾丸を防ぐことのできる防弾チョッキ、貴方に作って差し上げましょう。」
「⋯⋯対価は?」
「そうですね⋯⋯では、その防弾チョッキの着心地や性能、改善点などを都度報告してもらうというのは如何でしょうか?」
「⋯⋯それだけか?」
そう問うと黒服は含みのある笑いをしながら右手の人差し指をぴんと立てる。
「では、それに加えて私の頼んだラーメンと餃子の代金を貴方が払う、というのは?」
「⋯⋯分かった。」
ホントにそれだけでいいのか、という言葉を飲み込んで受け入れる。これ以上聞いたらドンドン対価が追加されていくパターンだし、追加されていく対価が俺の払える範疇を超えてしまっても困る。
近日中にお届けしますね、といつの間にかとっていたメモをポケットに仕舞った黒服が顔をカウンターに向ける。
それと同時に、タイミングを計っていたかのようにラーメン丼と皿が2つずつ俺たちの前に置かれた。
「ほい、お待ちどうさん。」
白い湯気を立てる豚骨ラーメンはてらてらと脂で光り、チャーシュー丼はご飯のうえにこれでもかと載せられたチャーシューが自己主張している。
「「いただきます」」
黒服と声が重なった。今の挨拶といい、先ほどの話の切り上げ方といい、コイツはタイミングを計っていないか?
まあ、そんな疑問も麺を一口啜ると消えてしまったのだが。
少し硬めに茹でられた麺は濃厚なスープに負けないくらいの強い歯ごたえを生み、小麦本来の香ばしい風味が口いっぱいに広がる。
濃厚な豚骨スープも旨味と脂が凝縮され、一口飲んだだけでガツンと口内を刺激する深いコクとポタージュのようなクリーミーさが食欲を倍増させる。
嗚呼、やめられない止まらない。
気がついたら2/3ほどを食べきってしまっていた。
少しがっつきすぎたかな⋯⋯そう思いながらふと横に目をやってみると、黒服もがっつくように口元にラーメンを送り込んでいた。
さっきから口、口いっているが、果たしてあれを口と言って良いのだろうか?本当にあれは口なのか?
そんな疑問を他所にラーメンを汁まで飲み干した黒服は餃子を優雅に口に運び、ごちそうさまでしたと一足先に食べ終えた。
「ふぅ、ここのラーメンは予想以上に美味しかったですね。⋯⋯ああ、伽藍堂さん。そんなに焦らなくて結構です。私は先に戻りますが、貴方はゆっくり食べていけばいい。ここに用事があったから来たのでしょう?」
「⋯⋯ああ。さっきの対価通り、ここの代金は俺が持つから気にせず退店してくれて構わないぞ。」
「ええ。それではまた、お会いしましょう。」
余計なお世話かもしれませんが駅前に格安のホテルがありますのでしばらくはそこに泊まることをオススメしますよ、とこそっと耳打ちしてスマートに席を立った黒服は音もなく退店していった。
なんで俺の泊まる場所がないって知ってんだよ。
無視して別の所に泊まることも考えたが、アイツの好意(?)を無碍にするのもなんだかなと思ったので大人しく今日は駅前のホテルに泊まることを決める。
ラーメンとチャーシュー丼を食べ終えて一息つく。
さて、黒服も去ったことだしここに来たもう1つの用件も済ませてしまうとしよう。
人も減ってきていて厨房の中も落ち着きを取り戻しているようだし、柴大将に声を掛けるなら今がチャンスだ。
「大将、ここってアルバイト募集していますか?」
「ん?ああ、まだ募集しているよ。もしかして⋯⋯」
「ええ、応募したいのですが⋯⋯」
「そりゃ助かるよ!ちなみにアルバイト経験は?」
「以前ラーメン屋で2年ほど」
「うん、採用。ウチはとにかく人手が足りなくてね。できれば今からでも入ってほしいくらいなんだが⋯⋯君の名前は?」
「伽藍堂シュウと申します。これから、よろしくお願いしますね。」
トントン拍子に事が進みすぎて怖いくらいだが助かった、少なくとも稼ぎ口で困ることはなくなった。
一度俺と黒服の分の料金を払い、裏の従業員用スペースに杖を預けてエプロンとバンダナ、それに黒い制服を受け取る。
柴大将は「ここに予備の制服があるから、サイズが合ってるのを使ってくれ」と言っていたのでありがたく身体のサイズに合ったものを使わせてもらう。
以前ゲーム内のセリカの立ち絵で見たことがあったので気に留めていなかったが、意外とシックで良い感じのデザインだ。完全に俺の好みの問題だが気に入った。
エプロンの巻き方も、バンダナの巻き方も、以前のアルバイト先では似たような感じの制服を着ていたので手慣れたものだ。
手を洗い、拭いて、消毒液を手に馴染ませる。
飲食業に関わる人なら誰でも行う当たり前のこと。
そんな当たり前のことでも何回も続けていれば、意識を切り替えるルーティーンとして昇華される。
意識が一般人からアルバイターへと切り替わったのを確認して、早速厨房に向かう。
「うちはラーメンだけじゃなくて炒飯やチャーシュー丼とかもやっていてね。それを担当してほしいんだけど⋯⋯一度やり方を教えるから見ててくれ」
「はい、よろしくお願いします。」
柴大将の手解きを受けていると、店の入口付近から扉を開く音が響いてきた。
「いらっしゃいませ!柴関ラーメンで⋯⋯わわっ!?」
「あの〜☆5名なんですけど〜!」
セリカの驚いた声に柴大将が顔を入口に向ける。
背後から聞こえてきた声に俺の身体が硬直する。
聞き間違えるわけがない。彼女は俺が初期から使い続けていたキャラクター──十六夜ノノミの声なのだから。
そして、彼女がここにいて、このセリフを吐いたということは⋯⋯⋯!
こっそり振り返ってみると、思った通りアビドスの面々とどこか頼りなさげな成人男性──『先生』がそこにいた。
自分の顔がどんどん引きつっていくのが分かる。
確かに柴関ラーメンで働くからにはこういう事もあるかもしれないとは思っていたけども⋯⋯まさか今日がその日だとは思わないじゃあないか!
しかも全然進んでいない第一章5話目のストーリーだし!
黒服に会った事といい、目の前に現れた少女達──否、あの成人男性といい、今日は厄日だろうか。
引きつった口元を元に戻しながら、俺はこっそりと溜息を吐いた。
Garandou's Memo
柴関ラーメンは美味しい