昼飯時を少し過ぎ、忙しさのピークを逃れ始めた頃。
柴大将から炒飯作りを教わっている一方で、俺は内心歯噛みしていた。
理由は2つ。
1つ、アビドス勢に加えて『先生』までもが柴関ラーメンに来襲したから。
正直これに関してはここで働くと決めた時に覚悟していたから良いのだ。
厨房で料理を作り、配膳はセリカに任せる。どうしても俺が運ばなくてはいけない時になったら嫌悪感を隠して笑顔で接客すればいいだけの話。
なんで笑顔なのか?そりゃ、初対面なのに嫌悪感丸出しで行ったら怪しまれるか興味を持たれるかのどちらかになると決まっているからだ。
ちなみに彼らは今も談笑しながらラーメンを啜っている。
俺は『先生』に嫌悪感を抱いている。それは純然たる事実であるし、何があっても揺るがない自信がある。
だが、大学2年生といえども年齢的にはもう大人。
嫌いな人がいるからといって嫌悪感丸出しに対応するのはオトナのやることではないからだ。
黒服に対して?あれは別。あれくらいの態度でいかなければ完全にあちらのペースに飲み込まれるからね。
2つ目の理由だが⋯⋯この後の展開がストーリーに少なからず関わってくるからだ。
先生来訪時は1つ目の理由のほうが大きかったが、今となってはこちらの方が気掛かりなのである。
──最終編のシロコ・テラーの回想にて、「セリカが行方不明となったまま帰らなくなった」という情報が明かされた。ストーリー内において行方不明になるタイミングはアビドス編第一章第5話──カタカタヘルメット団による誘拐しかあり得ないのだ。
⋯⋯いや、まあストーリー外なら幾らでもあるかもしれないがそれを考えるとキリがないから止そう。そして、その誘拐というのは今夜起こる出来事である。
ストーリー内では柴関ラーメンのアルバイト帰り、尾行と待ち伏せの二段構えをとったカタカタヘルメット団によって黒見セリカは誘拐される。誘拐された事によって「何故ヘルメット団がこのような武器を持っていたのか」調べる事に繋がるのだが⋯⋯それはさておき。
重要なのはルート分岐。
ここでセリカが誘拐され、アビドス勢がちゃんとセリカを見つけ出せるか否かで本編ルートなのかプレ先ルートなのかに分かれてしまうのだ。
となると俺がここで介入してそもそもの誘拐を阻止してしまえばいいのではないかとも思うのだが、それをしてしまった時にどのような影響を及ぼすのかが想像できない。
もし、俺の行動が本編やプレ先ルートに悪影響を及ぼしてしまったら?そもそも、今進行している時間軸は本当に本編やプレ先ルートなのだろうか?俺がどちらを選んだにしろ、後々バッドエンドが待っているとしたら?
「自分がストーリーのどこにいるのか」がわかっても、「どのルートにいるのか」分からないというまさにシュレーディンガーの猫状態。それにバタフライエフェクトが重なってしまったらもう止めようがない。
たかが俺1人の行動とはいえ、たった1人の行動で崩壊へのカウントダウンを始めかねないのがキヴォトスなのだ。考えすぎなくらいが丁度いい。
「それじゃあ、早速だけど炒飯2人前作ってくれるかい?」
柴大将から声が掛かる。
目の前には空の中華鍋と炒飯の食材。
考えながらもちゃんと柴大将の手つきは見ていたのだ、炒飯2人前くらい余裕余裕。
今はとりあえず、目の前の作業に集中するとしよう。夜のことは落ち着いた頃に考えればいいさ。
──では早速。
「もちろんです、任せてください!」
そう返答して俺は中華鍋を握った───
─────────────────
そんなこんなで夜になった。
結局、良い案は思いついたのかって?答えはNO。そりゃそうだよね、問題を後回しにしただけだもん。
数時間前の自分が出せなかった答えを、たった数時間で考えつくとは限らないのがこの世界だ。
「セリカちゃんも伽藍堂くんもお疲れ様!もう上がっていいよ!」
「「はーい」」
黒見セリカと声が重なる。
タイムカードを切っているセリカの後ろを通り過ぎ、腰に巻いていたエプロンとバンダナを解く。
調理場の熱気によって生まれ、バンダナによってせき止められていたぬるい汗が首筋を伝う感触が気持ち悪い。
バンダナで首筋を拭い、エプロンで包んで小脇に抱えた。
そういえばこの2つはどうしたら良いんだろうか?
外の世界での自分のアルバイト先では店側が回収してまとめて洗ってくれていたものだが⋯⋯
「お、言い忘れてた。そのエプロンとバンダナは外の洗濯機に入れておいてくれ。つっても分かりづらいよな?⋯⋯セリカちゃん、案内してやってくれるか?」
「あ、はーい。」
迷っているとタイミングよく顔を出した柴大将が助け舟を出してくれた。
タイムカードを切ってエプロンとバンダナを解いたセリカが駆けてきて、「こっちだ」と言うように目配せする。
「ここにエプロンとバンダナは入れてくれればいいわ。」
「ありがとうございます。⋯⋯まだ名乗っていませんでしたね。伽藍堂シュウです、よろしくお願いします。」
「黒見セリカ、です。」
大人しくついていくとあれこれ説明してくれた。
ついでに自己紹介すると彼女も返してくれる。
ストーリーを進めていた時にも思ったが、この子は真面目な良い子だな。
騙されやすいという欠点はあるものの、初対面の大人に警戒心を持ったり考える場面ではしっかり考えることのできる。社会で生きていく上で大事な事はきちんと身につけている子なのだ。
だからこそ、俺がこれから下す決断は重いものになる。
今後に悪影響があるからといって見捨てるのか、それとも悪影響なんて知ったこっちゃねえ!と啖呵を切って助けるのか。
セリカがついでにと案内してくれた男性用の更衣室で着替えを終え、荷物をまとめて杖を持つ。思えばこの杖も俺もゲーム内には存在しなかったものだ。
そう考えると、今俺のいるルートは本編ルートから外れたまた別のルートと捉えることもできなくはない。
こんな時、どうすれば良いんだろうな。
「伽藍堂くん、お疲れ様。もう帰るんだよな?」「ええ、まあ。」
「それなら、申し訳ないんだがセリカちゃんを送っていってくれないか?最近この辺りも物騒だし心配なんだ。」
幸か不幸か、大将がそんな事を言い出した。突然のことすぎて俺もセリカもフリーズする。
「え、大将大丈夫よ!?例え襲われたとしても、ヘルメット団くらいなら私一人で何とかできるだろうし⋯⋯!」
「それに、送ってくにしてもほぼ初対面の俺より柴大将の方が良いのでは⋯⋯?」
「それでも、さ。1人よりも2人で帰ったほうがトラブルに巻き込まれる確率は減るだろうし、2人組の片割れが大人なら尚更相手もトラブルを起こしづらいだろうさ。」
わたわたしながら大将に話すセリカ。
そんなセリカを、親が子を見守るような瞳で見ながら柴大将はセリカを諭すように言葉を紡ぐ。
柴大将と先生はブルーアーカイブの中にいる大人の中で最もまともな大人である。ブルアカをプレイしていた誰かがそう言っていたのを思い出した。
先生が立派かどうかの議論は徹底抗戦の構えを見せるが──ああ、そうだな。柴大将はホントにまともで、誰かを気遣うことのできる立派な大人だよ。
それが当たり前のことだとしても、当たり前のことを当たり前にできる人っていうのは意外と少ないもの。
俺なんかじゃ到底なれないくらい立派だ。
「分かりました。黒見さんさえ良ければ、駅前まで送っていきますよ」
だから、見習うことにした。
俺の言葉に柴大将の左隣にいるセリカの目が大きく見開かれる。柴大将は虚を突かれたような顔をした後、すぐにニッと笑みを浮かべた。
「ありがとな。セリカちゃんもそれでいいかい?」
「⋯⋯はい。」
渋々か根負けか納得か。セリカもコクリと頷く。
「それじゃあ2人ともお疲れ様!次もまたよろしくな!」
─────────────
2人で揃って店を出る。
隣り合って歩くものの、肩は触れない程の距離を保つ。女性と歩く時の最低限のマナーくらいは俺も弁えているのだ。
街灯やビルの明かりはあるものの、街灯と街灯の間は暗闇で満ちている。まるで黒いペンキを辺り一面に塗り拡げたような暗闇だ。
本能的に何かいるんじゃないかと思わせるような、そんな黒色。原初の時代から人は暗闇を恐れてきたというが、それは光溢れる現代であっても変わらないらしい。
遥か昔から変わらないもの。これから起こることを考えればそんな事を言っていられないが、変わらないものがあるというのはどこか安心感を覚えさせる。
俺はどこか、変わらないものに安心感を抱くことが多かった気がする。
学校生活でも日常生活でも、何にでも。
じゃあ、キヴォトスにおける変わらないことって一体何だ?
本編のストーリー進行?──NO。それはプレ先ルートが違うと証明している。
世界が滅亡しないこと?──これもNO。これもプレ先ルートが証明している。
答えはきっと、「苦難を迎えても生徒が子供らしく過ごせていること」だ。
アビドス廃校対策委員会が小鳥遊ホシノをカイザーから取り戻し、後にリゾート地へ遊びに行けたように。
ゲーム開発部がパヴァーヌ編第二章を乗り越えて、アリスと再びゲーム開発を続けられたように。
──なら、黒見セリカは何をもって「子供らしく過ごせている」と言える?
答えは決まっている。
「誘拐されて『自分がこれからどうなるのかを考えながら怯えなくてはいけない』状況下に無いこと」。
それに気づかせてくれたのは間違いなく柴大将。
守りたいもののためにまだ会って間もない人間を信じて託してくれた。ただそれだけのことではあるが、それでも彼の行動は俺に一筋の光をもたらしてくれたのだ。
俺のやるべきことは決まった。
愚かでも無謀でも、たとえそれが未来に悪影響を与えるとしても、だ。セリカを実の子供のように心配している大人にセリカを送り届けるよう頼まれたのだから、理由なんてそれだけで十分だ。
それに、だが。
聖人君子でもなんでもないタダの一般人ではあるけども、誘拐されると分かっている人間を素知らぬ顔で放置するような人間に俺はなりたくない。
柴大将の姿を見ていて、そう思った。
「⋯⋯ずっと気になっていたんだけど、なんであんたは杖を持ってるの?脚が悪いわけじゃないんでしょ?」
無言に耐えきれなくなったのか、セリカが話題を振ってきてくれた。せっかくだし少しは交流してみようか。
「杖のように見えるけれど、これは銃なんだ。俺の──知り合いに、貰ってね。」
「え、嘘。それ銃なの!?」
黒服と俺の関係をなんて言うか迷って少し言葉に詰まった。確かに傍目から見たら杖にしか見えないよな。俺も初見ではそうだった。
持ってみる?と差し出すと、恐る恐る受け取るセリカ。杖の石突にあたる部分を指で示すと、銃口になっていることに驚いた表情を見せる。
次第に構造が気になってきたのか、山羊の頭の意匠や銃口辺りを触り始めた。
⋯⋯ゲームの立ち絵だけじゃ見られなかった表情を見れただけでも、ここに来た意味はあったのかもな。
そんな事を思いながらも歩を進めていると目の前には歩道橋。階段を上がりながらこっそり後ろを覗いてみると、ヘルメットを被った二人組が影からこちらを覗いていた。
あれが恐らくカタカタヘルメット団のメンバー。
となると、次のブロック──歩道橋を降りて次の交差点辺りで襲撃してくるに違いない。
アクションを起こすなら今だ。
杖を返してもらいながら顔を近づける。
「そのままの状態で聞いてほしいんだけれども。」
「な、なによ?」
声のボリュームは落とす。
「俺達──というより、君目当てで
「⋯⋯え、嘘!?」
「静かに⋯⋯っ!声は落として、後ろはちらっと見る程度で。相手はヘルメットをつけた2人組なんだけど心当たりは?」
「⋯⋯ある。ヘルメット団は私達の学校を襲ってきてたし⋯⋯でも、
「⋯⋯実は、俺たちが店を裏口から出た時に電信柱の影にいたんだよね、彼女たち。来店していたお客さんのなかにもいなかったし、さっきから電話しながら誰かと連絡とってる。だから多分、
相手を信じ込ませるには嘘に真実を混ぜるのが良いんだそうだ。子供相手に心苦しいが、非常事態につき堪忍してほしい。
ちらりと後ろを見てヘルメット団の姿を認識したのか、随分と不機嫌そうに呟くセリカ。
まあ、ゲーム内でも帰り道はアビドス勢と先生のせいで不機嫌だったしそこは変わっていないのだろう。
「多分、どこかで挟みうちにするつもりだと思う。いつもの帰り道をマークされてるかもしれないんだけど、そういうのある?」
「歩道橋降りてまっすぐいけば駅だからいつもそこ使ってるけど⋯⋯」
「少しルートを変えた方がいいかもしれない。駅前に向かう道は他にもあるかい?あるなら、その道をダッシュだ。」
小声でコソコソと作戦を話し合う。気づけば歩道橋も下り坂。最後の一段を踏みつけて──俺達は走り出す。
「「なっ!?」」
後ろから焦ったような声が聞こえた。
それにセリカも気づいたのだろう。こっち、と口には出さずに目で伝えてくる。
走りながら器用なものだ。
誘拐するなら人の目につかないところでやりたいはず。なら、俺達は誘拐される前に駅前の人通りの多い所に辿り着いてしまえば良いのだ。
かくして、ヘルメット団との壮大な逃走劇が幕を開けた。
Garandou's Memo
気になった事は調べたいタイプ。「バタフライエフェクト」も「シュレーディンガーの猫」も気になって調べたので記憶に残っている。
時間停止の力を手に入れたら、「時間停止中の出来事は、時間停止された側も認識できるのか」「時間停止中に物体を動かすことはできるのか」「時間停止された生物の意識はどうなるのか」などを最初に観察しだす。