暗い路地に2人分の足音が響く。
バイト帰りの重い身体は足取りを鈍らせるけど、そんな事は気にしてられない。
後ろから追いかけてくるのは多分カタカタヘルメット団のメンバー。アビドス高校を襲撃してきていたヘルメット団の1つだ。
隣を走るのは私より少し背の高い男性──伽藍堂シュウ、さん。突然アルバイトとして柴関ラーメンに入ってきて、帰り道で私達を追っているヘルメット団の存在にいち早く気づいた男性だ。
実のところ、私はまだ伽藍堂さんを信用しきれていない。
ラーメンを食べに来たのかと思えば、食べ終わったタイミングでアルバイトとして応募してきてその上即採用。何か裏があるんじゃないかって思ってしまう。
それに見たところ、彼は大人よね?
アビドス高校が借金で困っていた時に大人は誰も助けてくれなかった。誰も話を聞いてくれなかった。
だから私は大人を信じていない。
アビドスに突然現れた『先生』もこの人も信用なんてしてやるものか⋯⋯!
⋯⋯まあ、そう意気込んだところで今はヘルメット団から逃げている最中だからどうにもできないんだけど。
「意外と脚早いな⋯⋯」
後ろを見ながら走る伽藍堂さんがそう呟いて突然足をとめると、勢いよく走ってきていたヘルメット団の2人組が伽藍堂さんの背中にぶつかって転倒する。
「ごめんね」
そう断ってから伽藍堂さんはスピードを上げて私に追いついてくる。なるほど、こうやって相手を足止めして逃げ切ろうって作戦なのね。
伽藍堂さんの服の袖を掴んで左に曲がり、近くの電柱の陰にしゃがみ込む。同じように曲がってきた2人組は私達を通り過ぎ、私達はその隙に曲がる前の道に戻って駅の方に走り出す。
⋯⋯幼い頃にやった鬼ごっこみたいでちょっと楽しくなってきたかも。
ちらりと後ろを見てみると騙されたことに気づいたヘルメット団の2人組が銃を抜いてこちらを追い掛けて来ているのが見える。怒り心頭のようだ。
拳銃を片手に構えてこちらに発砲しようとしているみたいだけど、走りながらじゃ照準定まらないんじゃないの?
案の定、放たれた銃弾は明後日の方向に飛んでいく。
それに苛立った2人組は走りながら引き金を引き続けているようで、私の足元や頭の上を銃弾が通り過ぎていった。
放たれた銃弾は11発。あの2人が持っている拳銃は六発装填なので、あと1発を凌げばあの2人は銃を使えなくなる。
使おうとしても弾を込めるのに立ち止まらなくちゃいけないから、その隙に私たちが引き離しちゃえば私達の勝ちだ!
反撃はしない。仲間を呼ばれても面倒だし、足を止めればその分近づかれてしまう可能性がある。
多少撃たれても問題無いので銃弾は無視して進むのが正解だよね。
そう思いながらちらりと後ろを見ると、最後の1発が放たれた。銃弾は伽藍堂さんの左の耳元を掠めて明後日の方向に飛んでいく。
「⋯⋯っ!」
がくっと頭が右に傾いだ伽藍堂さんはそれでも体勢を立て直して走り続けているが、まるで痛みを堪えるかのような息を呑む音が聞こえたような気がした。
視線だけ動かして伽藍堂さんを見てみても、険しい顔をして走っているだけで何の変哲もない。
気の所為だったのかな?
そう思って視線を前に戻そうとしたその時。
丁度街灯の真下を走っていたようで白い光が私達を照らし、視界の端に赤色が映り込む。⋯⋯赤色?
見えたのはほんの一瞬だったが、視界の端に映っていた赤色の正体は伽藍堂さんだと気づく。
いや、正確に言うなら赤色の正体は──伽藍堂さんの耳から滴り落ちる血だった。片手で左耳を押さえながら、それでも走ることをやめない。押さえた指の間から止めどなく血が溢れ出している。走っているからか、流れた血が左頬をべったりと汚していた。
歯を食いしばりながらも彼は目線を前に見据えていた。
よく見てみれば走っている地面にも点々と血が道標のように流れているのが見えた。
さっき掠めた銃弾で傷を負ったの?キヴォトスの人は銃弾を受けても傷を負うことなんて滅多にないのに?どうしてこの人は傷を負ってるの?
分からない事だらけで、頭が混乱してきた。
そんな私の視線に気がついたのか、伽藍堂さんは気まずそうに目を逸らしながら独り言のように呟く。
「大丈夫、大丈夫。俺の事は、気にしなくていいから。」
瞬間、頭が沸騰したように真っ白になった。身体中の血が頭に集まってきたのかってくらい顔が熱い。
自分でも分かるくらい熱いのだから、多分私の顔は真っ赤だろう。
──それくらい、私は怒っていた。
伽藍堂さんの左腕を掴んで路地裏に引っ張り込み、壁際に身体を密着させながらしゃがみ込む。
息を潜めた私達の横をヘルメット団の2人が通り過ぎていった。足音が遠ざかっていく。
それを確認してから思い切り声を吐き出す。
「っ⋯⋯気にするわよっ!」
「え」
「そんな怪我負ってるのに気にしないわけないじゃないっ!しかも血もたくさん出てるし⋯⋯大丈夫なわけないじゃない!」
「ちょ、黒見さん!?声、抑えて!?」
伽藍堂さんが何か言ってるけど気にせずまくし立てる。
怪我しているのに、明らかに痛みを堪えているのに大丈夫だなんて言って。全然大丈夫じゃないのはバレバレなのに、それでも無理して気丈に振る舞おうとする彼に怒っている。
ヘルメット団が狙ってるのは私かもしれないのに、巻き込んで怪我をさせてしまった罪悪感と私への怒りも合わさって感情はぐちゃぐちゃだ。
未だ伽藍堂さんの指の隙間から溢れている血が止まらないことへの恐怖で震えが止まらない。
「巻き込んで、ごめんなさい⋯⋯」
視界が滲む。ぽたぽた、と地面に涙が零れ落ちた。
「⋯⋯それは違うよ。俺は自ら飛び込んだ側だし、君が罪悪感を持つ必要もないんだよ。だから、謝らないで。」
顔を上げると私を心配させないようにか、痛みを堪えながらも笑みを浮かべる伽藍堂さんの顔。
暗闇でも無理をしているのが分かる。
「⋯⋯もしそれでも君に罪悪感があるなら、行き先を少し変更してもいいかな?」
「行き先の、変更?」
「駅前じゃなくて、病院に変更してもいいかな?」
「⋯⋯うん」
ありがとう、と伽藍堂さんが呟いて杖を突いて立ち上がる。差し伸べられた右手を掴んで私も立ち上がる。
⋯⋯なんか、伽藍堂さんの方が手が大きくて温かい気がする。
遠くの方から「見つけたぞ、こっちだ!」という声と大勢の人々が走ってくるような音が聞こえてきた。
「それじゃあ、病院までの道案内お願いしてもいいかな?」
「⋯⋯うん。」
目を手で擦って涙を拭い、伽藍堂さんの手を掴んで走り出す。
願わくば、このままヘルメット団から攻撃を受けずに、病院まで逃げ切れますように。
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しまった、と思った。
君にそんな顔をさせるつもりはなかったのに、涙まで流させてしまった。
俺──伽藍堂シュウの右手を引いて先を走るセリカの背を見ながら俺の脳内は後悔で満たされていた。
相手が発砲してきた時点で警戒するべきだったのだ。俺はキヴォトスの人たちと違って頑丈な身体を持っていない。
走っているときは尚更無防備なのだから、銃弾が身体を掠めることも、直撃することもあり得たのだ。
もう少し慎重になるべきだった。
もしくは当たった時、セリカに俺が怪我したということを気づかせないようにすればよかったのだ。
そうすれば、あのように泣かせることはなかった。
銃弾が掠った耳の痛みよりもセリカを泣かせてしまった事による胸の痛みのほうがヤバい。
願わくば、これ以上セリカを傷つけないためにも怪我することなく逃げ切れますように。
Garandou's Memo
生徒の事は内心呼び捨てにしているが、言葉に出して呼ぶときは苗字呼び。
大人が生徒をいきなり名前呼びは馴れ馴れしいよねって事で常に心掛けている。たとえそれが相手に「壁を作られている」と思わせてしまっていても。
⋯⋯もちろん、相手が名前呼びを望めばきちんと名前で呼ぶ
現在の彼の悩みは才羽姉妹に出会った時にそれぞれどう呼ぶのか