昔から逃げる事だけは得意だった。
鬼ごっこ然りドッジボール然り、とにかく「逃げること」だけは何の取り柄もない俺でも得意だった。
鼠のようにコソコソ動き回るのも、空を飛ぶ鳥のように堂々と逃げるのも好きだった。
その瞬間だけは注目されることの少ない俺でも追いかけてくる人たちの視線や注目を集めることができていたから。今思えば滑稽な程に逃げ回っていたと思う。
そんなもの、成長して社会にでる頃には何の役にも立たないというのに。
成長していくにつれてやるべき事が多くなって、それから逃げたら後々悲惨な事になると分かっているから逃げるという選択肢が浮かぶことが少なくなった。
逃げたくて仕方ないのに、逃げても何も変わらないと分かってしまったから逃げることを諦めた。
でも、今日だけは。この瞬間だけは。逃げることが得意だった過去の自分を褒めてやりたいと心の底から思った。
カタカタヘルメット団の追跡を躱しながら走り回っていた俺達は、俺の耳の負傷というハンデを負いながらも確実に病院に近づいていた。
何分走り回っていたのかは分からない。もしかしたら何時間かもしれない。それでも俺達はヘルメット団員を撒き、足止めし、転倒させて逃げ続けたのだ。
体力はとっくに尽きていたけれども、足を止めれば今度こそ死ぬかもしれないという火事場の馬鹿力的何かが俺の体を突き動かしていたのだと思う。
あとは目の前に見える大通りを渡れば病院⋯⋯というところで、俺の背筋に悪寒が走って思わず足を止める。
俺の手を引いて先導していてくれたセリカの身体がぐんっと硬直して倒れそうになったので思わず手を伸ばしてその背中を支える。
こんな時に言うべき言葉じゃないのは重々承知だが、凄い華奢。キヴォトスの人達はもっと筋肉質なのかと思っていた。
こちらを振り向いたセリカは耳をピンっと立てて、うがーっと抗議してきた。
「ちょ、危ないじゃない!」
「ごめん。でも、このまま大通りに出るのは危険な気がして⋯⋯」
「なにそれ⋯⋯」
「とりあえず、様子を窺ってみたほうが良いかも。」
電柱の陰から顔を出して様子を窺ってみる。
その隣からセリカも顔を出して様子を窺う。
「嘘、ヘルメット団があんなに⋯⋯ていうか、何よあのトラック!」
セリカの控えめに上げられた叫び声に完全同意だ。
俺の目に映ったのは病院に通じる道をトラックと20人くらいのヘルメット団員で封鎖している光景。
なんで病院前を?と思ったが、恐らく俺に傷を負わせたのを確認した彼女達は俺達が病院に行くと予想したのだろう。
確かに地面に血の跡ができていたし、俺が逃げている時も耳を押さえ続けていたのを目撃していたならば想像するのは確かに容易い。
それに、病院の横を通ってまっすぐいけば駅に通じる道。俺達が駅に向かおうとしてもそれを阻止できるポジショニングというわけだ。
そしてなにより、トラックの荷台に無理矢理積まれた巨大な砲身。恐らくあれが原作で言及されたFlak41改だろう。
あのまま大通りに突っ込んでいたら、ヘルメット団に蜂の巣にされていたかFlak41改に木っ端微塵にされていた事だろう。
マジで突っ込んでいかなくてよかった。ナイス俺の悪寒。
「で、どうしようか。」
「分かんないわよ。でも、早めに突破しないとあんたの傷が⋯⋯」
そう言って心配そうに俺の左耳を見るセリカ。
今は出血は止まっているので失血死のリスクは無いが、それでも血塗れの人間を見るのは精神衛生上良くないだろう。
⋯⋯問題は耳の痛み。走ってるときはアドレナリンが出ていたから痛みを感じなくて済んだが、立ち止まって冷静になり始めた今は痛みが再燃してきている気がする。
それでも、子供の──それに加えて女の子の前でみっともない姿は見せられない。
顔に笑顔を貼り付けてセリカの目を見つめ返す。
「さっきも言った通り大丈夫だから、まずはどうやってここを突破するか考えよ?」
「⋯⋯ホントに大丈夫なの?」
⋯⋯多分、貼り付けた笑みが偽物だとこの子は分かっているのだろう。真面目で、常識人で、警戒心が強いが故にこの子は人をよく見ている。
「大丈夫。」
「⋯⋯なら良いけど。無理して動かれても困るんだから、大丈夫じゃないなら大丈夫じゃないって早めに言いなさいよね」
「⋯⋯うん、ありがとね。」
素直じゃないけど、俺を心配してくれているのは十分伝わってくる言葉だった。こういう言葉のほうが胸に刺さる俺は捻くれているのだろうか?
ヘルメット団を突破して病院まで行く方法について2人で頭を寄せ合って考える。
原作では『先生』がバレたら怒られるような手段でセリカの端末から位置を特定し、アビドス勢を引き連れて救出に向かっていた。
その通りに事が進んでいるならば、セリカの移動ルートがおかしいことや最終位置がここで止まっていることも気づいているはず。
2人であの量を捌けるとは思えないし、『先生』に率いられたアビドス勢が来るまでここで待つしかないか⋯⋯
待つ、しか⋯⋯
「⋯⋯なわけねえだろ」
思わず口に出していた。
びくっ、とセリカが背筋を震わせてこちらを見た。怖がらせてごめんね。
『先生』に頼る?俺達じゃ捌けないから?
ふざけるな。そんなの俺は認められない。
たとえそれが自己満足だとしても、後から来た彼に「私たちが助けました」みたいな顔をさせたくない。
何より、先生が助けに来た時点で確実に先生と話をしなくてはならないのだ。
そうなれば「なんでセリカといるの?」「そもそも貴方は何処の誰なの?」って根掘り葉掘り聞かれる事になるだろう。
嫌いな奴に自分の話をしないといけない状況ほど屈辱的なことはない!それだけは、何としてでも避けなければならない。
考えるんだ、何かほかの方法を。
アビドス勢の介入がなくても突破できる方法を⋯⋯!
大通りを封鎖しているヘルメット団。Flak41改。これらを相手取らずに、かつ俺がこれ以上傷ついてセリカの歪んだ表情を見なくて済む方法⋯⋯あった。
考えてみれば簡単な事だった。
「⋯⋯黒見さん。」
「な、なによ改まって。」
「ヘルメット団を突破する方法思いついたから、聞いてくれる?」
道がなければ、新たな道を開拓してしまえばいいのだ。
────────────
「おい、あれアビドス高校の黒見セリカじゃ⋯⋯がっ!?」
「なっ⋯⋯なにをぶべっ!?」
鬼ごっこのしっぱなしで頭が回っていなかったのだろう。俺達は真正面から突破することにこだわり過ぎていた。
別に大通りを閉鎖されたところで、病院に至るためのルートが全て閉ざされたわけではない。
細い路地などに10人配置しても戦闘のときに邪魔になるだけだし、配置しているにしても一人二人程度だろう。
ならば人がいなさそうな道を選び、Flak41改とその周りのヘルメット団員を無視して病院まで辿り着いてしまえばいいのだ。
たとえ移動中に見つかっても、見張っているのはたったの1人や2人。
銃を発砲すると場所がバレてしまうため、銃を使用しての戦闘は行わない。
俺たちがやるのは──
「えーいっ!⋯⋯なんかこれ楽しいかも」
「でしょ?」
「へ、ヘルメット返してぇ⋯⋯」
ヘルメットを脱がして戦闘不能にすることだ。
アニメ版ブルーアーカイブでカタカタヘルメット団が素顔を見られるのを恥ずかしがる描写があった。
つまり、強制的にヘルメットを脱がしてしまえば行動不能にすることができるというわけなのだ。相手が銃を撃つ前にヘルメットを脱がすというなんとも間抜けすぎる案だが、案外効果的であった。
⋯⋯まあ、この作戦を話したら「何考えてんのよ!?」とセリカにツッコまれてしまったが。
とりあえず、この路地でヘルメット団の子を制圧するのは3回目。
「順調に進めているわね。⋯⋯まあ、こんなふざけた作戦で上手くいくとは思ってなかったけど。」
「俺も一か八かの賭けだったよ。⋯⋯にしてもヘルメット団の子も素顔美少女なのね。キヴォトスは美人さんだらけかよ」
取ってみて驚いたことに、キヴォトスはヘルメット団の子も美人さんだった。立ち絵がヘルメット被ってるやつ以外ないから素顔を見てみて驚いた。
多分、ヘルメットを被ることで気が大きくなっちゃっただけで根は顔を見られただけで動けなくなるくらいの恥ずかしがり屋の集団なんだろう。
「きゅう⋯⋯」
俺の言葉を聞いたヘルメット団の子はさらに顔を真っ赤にしてうずくまってしまう。きゅう⋯⋯って口で言う人初めて見た。漫画じゃあるまいし。
⋯⋯だがまあ、これだけ恥ずかしがっているなら追ってこないだろう。わざと褒め言葉を口に出したわけではないが、結果オーライというやつだ。
「『も』ってどういう事よ、『も』って。ヘルメット団以外に顔立ち整ってる子見つけたの?」
「⋯⋯鏡と周り見てから言いなね。」
自分も美人さんでもあると気づかない猫耳少女にそう告げながら、路地を駆け抜ける。
次の角を右に曲がって1人制圧し、直進して2人制圧。後ろから迫ってきていた1人を振り向きざまにヘルメットを脱がし、路地裏に転がす。
ついでに会敵して奪っていたヘルメット達もその横に置いておく。俺が持っていたのは全部で6個。
⋯⋯なんかもう流れ作業になってきたな。
そのまま通りに出ると病院は目と鼻の先にあった。
「やった、これなら⋯⋯」
「これなら、なんだ?」
セリカの独り言に割り込むかたちで誰かの声が聞こえた。恐る恐る隣を見ると、Flakの照準と銃口をこちらに向けたヘルメット団の子たちが立っていた。
リーダーらしき立派なヘルメットを被った少女が片手でライフルを持ってこちらに銃口を向けていた。
「な、なんで⋯⋯」
セリカのつぶやきに答える余裕はないが、それでもなんとなく想像はつく。
恐らく、羞恥から回復したヘルメット団の子が通信機か何かで連絡を取ったのだろう。通信機を持っている可能性にまでは頭が回らなかった。
まあ、持っていることに気づいていたとしても急いで逃げていたあの時じゃあどうしようもなかった気はするが。
「大人しく投降しろ。そうすれば命までは取らない」
大人しく投降しなければ殺す、と。
よくよく考えなくても学生が言っていい言葉じゃない気がする。
まあ、でもキヴォトスの不良生徒の中には殺人したことのある子もいるらしいし⋯⋯
まあ、そんな事より今どうすべきか考えるべきか。
横でセリカが「ここまで来たのに⋯⋯」って呟いてるけど、まだ諦めるには早いと思うよ?
右手に持った杖で後ろの方に転がっている
そのまま杖を目の前に突き出すと、セリカはもちろんのことヘルメット団の子達も動揺したようにざわめきだす。
「あ、あんたそれでどうしようって言うのよ!」
突き出したのは、さっきヘルメット団の子の隣に置いておいたヘルメット。
山羊の角に顎紐が上手いこと引っかかって鈴なりになっていた。もちろん、これを手繰り寄せたのは作戦があってのことだ。
一か八かだが、俺にはこの作戦が成功する確信があった。だってヘルメット団だもの。
「お前達こそ、銃をおいて手を挙げろ。でなければ、このヘルメットを壊すぞ」
「ひ、卑怯者⋯⋯っ」
ヘルメット団はヘルメットを取られたら羞恥によって動けなくなる。
すなわち、ヘルメットは文字通りの生命線なのだ。それがなくなってしまったら外を歩けなくなってしまうほどの。
俺が手繰り寄せた6個とセリカの持っている7個──計13個。つまり、こちらは13人分の生命線を握っているというわけだ。
それに、仲間を見捨てて俺らを捕らえようなものなら仲間からの信用はガタ落ち。この場におけるカタカタヘルメット団のリーダーが俺等の要求を呑んで仲間の生命線を優先するのが最適解というわけだ。
「あんた、これを見越してヘルメットを⋯⋯」
「偶然だ。それより、耳を貸してくれ」
セリカにある事を耳打ち。
セリカは少し口角を上げた後、コクリと頷いた。
「ぐっ⋯⋯全員、銃を降ろせ。」
⋯⋯リーダーは賢い選択をしたようだ。
団員達は銃を地面に落としていく。
見たところ全員銃を降ろしたな⋯⋯
「全員銃を置いた!仲間のヘルメットを返せっ!」
「ああ、もちろん。──ほらよ」
俺達はヘルメットを上に投げる。
リーダーはもちろん、団員たちは上に投げられたヘルメットに目が釘付けになり──
「ほら、逃げるぞ!」
「分かってるわよ!」
──俺達は病院目掛けて駆け出す。
後ろから「しまった」だの「卑怯だぞ」だの聞こえてくるが、それを無視して走る。
別に置き方指定されてないんだから文句言われる筋合いはない!
隣を見ると口角が上がりすぎて目につくんじゃないかってくらい笑っているセリカと目が合う。
でも、まあ気持ちは分かる。
俺たちの作戦勝ちだ。
高揚した気分のまま病院前の階段に足をかけ──
「っ、隣!危ないっ!」
──視界の端に銃を構えたヘルメット団の子が一人見えた。
多分、別行動していた子なのだろう。
銃口はまっすぐ俺の頭に向けられていた。
セリカの慌てた声が耳に響く。
回避行動は間に合わない。
というより、走っている態勢じゃどうにもできない。
全てがスローに見える。
これが走馬灯ってやつか──────
「大丈夫だよ、セリカちゃん。」
カァンッ!
俺の視線の先にピンク髪の誰かが割り込むのと同時に甲高い金属音が響いた。
ピンクの長い髪にぴこんっと頭から生えたアホ毛。背は低いものの、手に持ったショットガンと特徴的な黒い盾。そして何より、ホルスの目を象ったヘイロー。
間違いない、あれは──
「ホシノ先輩っ!?」
「やほやほ〜。セリカちゃんここはおじさんが抑えておくから〜」
アビドス高校3年生、小鳥遊ホシノだ。
ほかの生徒や『先生』の姿が見えないことから恐らく、位置を特定した後にここまで先行してきたのだろう。
気の抜けた声とは反対にショットガンから放たれた弾は全弾正確にヘルメット団の子を撃ち据えた。
セリカと目線を合わせ、どちらともなく頷くと階段に再び足を掛けて走り出す。
そしてそのまま体重を掛けて病院の扉を押し───
「「着いたぁ⋯⋯っ!」」
──俺たちはようやく、病院にたどり着くことができたのだった。
Garandou's Memo
疲れた