世代が変わっても、世紀が変わっても人間と共に生きる者の需要は変わらない。それがコントロールが容易な機械なのか、生物なのかは今でも派閥が分かれている。しかしながら、それらに向ける感情というものに大きな違いはないのだろう。共生、或いは、共存する存在に無視は出来ない。人間とはそういうものだ。そういう風に創られている。
そう願いたいと、暮れなずむ夕陽を眺める。随分と軽くなってしまった財布を揺らしながら、影を見下ろした。
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昔から物持ちが悪いとは自覚していた。筆記用具はすぐ何処かへと行き、買ってもらった勉強用のタブレットもすぐにヒビが入ってブン殴られた。とにかくモノに対する丁寧さが無い。と通信簿によく書かれたものだ。
特にその点に関して反論は無かったし、そんな悪癖のようなものに対して嫌悪も沸かなかった。ただ長く付き合いのある悪友のようにずっと付き合い続けて、気がつけば築50年過ぎの賃貸のワンルームでミニマリストをやっていても苦でない程に年月が経っていた。
夕陽の射し込む窓からぼんやりと外を見る。あちこちにガタの来ている我が住処は都内という点と、賃貸が安すぎる。という点以外褒めるところは見当たらない。建付けの悪い窓に、ガタガタのフローリング、狭すぎるキッチン。
強いて言うのであれば、古すぎて喫煙可能な事と……。ペットの持ち込みが許されていることぐらいだろうか。特にペットの条項に関してはおおよそ関係ないだろうと思っていただけに、その時はまさか自分に降りかかってくるとは思いも寄らなかった。
「どうすんだよ……。これ」
頭を抱えつつ、目の前の段ボールを見る。そこには十数年前程に流行った家庭用ロボペットの中古品が鎮座していた。何に関しても大らかな大家が処分に困ったと、こちらに押し付けてきたものだ。
普段世話になっているからと受け取ったはいいが、随分と処分に困るものを貰ってしまった。古すぎてサポートは終了しているし、なんせ説明書も紙媒体だ。Wifi接続可能! とご丁寧にパッケージに記載されている事からも接続方式が今とは違う。起動してもスタンドアロン状態なのは避けられないし、ろくなパッチも当たらない。かと言って、処分するには粗大廃棄物扱いで金が掛かる。
まったくもって厄介なモノを……。と、ブツブツと言いながら、タバコに火を付ける。今時廃れてしまったシガレットだが、これはこれで味がある。コスパも税金も掛からない電子タバコとかいうニセモノには存在しない重みがある。それに吸い終わったら捨てられる。その点で時代遅れの紙巻きを評価していた。
箱の中身を改めると、犬を模したメタリックなボディが現れる。虹彩認識もハイセキュリティソフトも無い。その当時最新だったAIが搭載されてはいるが、既に時代遅れだ。スタンドアロンでもなければ速攻で電子インフルの餌食だろう。
まず電源はつくのかと腹のあたりを探すとケーブルが覗いた、どうにもコンセントに差す方式らしい。今時コンセントなんて骨董品ねぇよ!! とツッコミつつ、おんぼろの家屋の骨董品に差し込んだ。
起動を示すスイッチを押すと、目が光り輝き、顔がこちらを向く。それと同時に駆動音と四つ足がバタバタと動き、立ち上がる。そして犬らしく尻尾の部位を振りながら口を開いた。
『ワン!!!!!』
「音うるせぇ!!」
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起動してからの生活は騒がしいの一言だった。
このロッドは音量調整がバグっており、後々に改善されたらしい。しかし、現在サポートは終了しており、改善の見込みがない。つまり朝から爆音で鳴き声砲を発射してくるのだ。
仕事の朝も、休暇を取った朝も、昼過ぎまで寝ていたいと思っていた日ですらも、決まって朝6時に起こしに来る。しかも個別設定が不可能な為(これもアプデで改善された)打つ手はない。元々、初期稼働が不評過ぎたらしいと知ったのは起動してから一週間も過ぎた後だった。大家め、押し付けたな。と恨み言が漏れまくったのも、その時期だ。
しかも問題はそれだけではない。所構わずじゃれついてくるので、足の小指をぶつけた回数が今までの数倍に増えた。微妙に角ばってるから痛いのだ。先祖返りモデルだか何だかは知らないが、きちんと犬の形をしたロボペットであって欲しい(ちなみに売っていたらしい)。
そんな不満にまみれた生活だったが、自身の財布のこともあり、電気代以外は食費も掛からないという大変低コストな生態もあって、このポンコツを捨てると言う事にはならなかった。
ご近所もまた大らかな人間が多いもので、冷やかされる事はあれどクレームにならないというのも、共存生活を後押ししていたのだと思う。
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時が過ぎるのは早いもので、一年、二年と過ごしてきた。
ポンコツ、ポンコツと呼び過ぎたせいで、ポンコツが自分の名前だと認識していたくらいには生活に馴染んでいたロボペット。こちらもまた『ポン』と自然に呼ぶようになり、いつの間にか挨拶をする程になっていた。
「おはよう」「おやすみ」「行ってくる」「ただいま」「おいっ!!」「うるせぇ!!!!」
そんな日々が当たり前になっていた。だからだろうか、『ポン』の動きが鈍くなり、充電しても改善しないと気づいた日は、仕事が全く手につかなかった。
修理をしようにも何処でもやっていないし、やっとの思いで探し当てた店も法外な値段で受けるよ、と言われて通話を切った。つまるところ、ここが潮時で大家との義理を果たしたと言えるタイミングだった。
もう長くは無いのだろう。その事実を覆い隠すように煙を吐いて窓を見る。
メガロポリスに沈んでいく夕陽はいつもの如く真っ赤だった。
「まぁ、元々そうだったよな」
いきなり電源が落ちた『ポン』にケーブルを差してやりながら、一人ごちた。
もう爆音の鳴き声に悩まされる事もなければ、蹴ったりして痛い思いをする必要も無い。何にもない部屋からモノが一つ消えるだけだ。そんな事に執着する必要が今まであったかと問われれば、そんなものは無かった。
自分に必要なのは、シガレットとライター。その信条で今まで生きてきた筈だ。
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それから一週間もしない内に、ついにその日はやって来た。ケーブルを差して充電しても、爆音の鳴き声が聞こえなくなった。瞳に光が灯らなくなった。時折思い出したかのように四肢だけが動くが、それだけ。
終わりか、とそれだけを思って、通話履歴と処理方法の画面を行ったり来たりしていると、爆音が狭い部屋に響いた。
『ワン!!!』
夕焼けの影が、『ポン』に伸びている。もう終わりも近い事が分かっていた。それでも懸命に立ち上がろうとする姿が目に入ると、咥えていた貴重なシガレットを灰皿に押し付けてしまった。
けれど、それが最後の力だったようで、『ポン』は動かなくなった。
元々タダで貰ったものが使えなくなった。だから捨てる。今まで通りの自分であればそうだろう。
けれど、それでいいのかと逡巡してしまう心も何処に存在していて、困惑していた。普段の生活に戻るだけ、それだけだ。けれどそこに『ポン』は居ない。その事実が胸に穴を開けているようで、何処か落ち着かない。
「……。静かだな」
この感情を執着と言うのかもしれない。或いは、もっと別の……。
タバコを一本咥える。くしゃりと紙箱が潰れる。
そして、使い捨てのライターを弄んで、投げ捨てた。
なんでもねぇや。