様子のおかしいウマ娘が今日も元気に走るようです 作:あーきもてぃー
「あ、そうだ。レコードチャリオットさん、ご飯、どうする?」
「……ご飯」
座学に集中していたはずのユキノサンライズさんから、突然話しかけられた。確かに、そう言われればお腹は空いている気がする。
机に立てておいた時計の針を見る。すでに、午後の一時になろうとしていた。
青色のノートを閉じて、お腹をさする。確かに、何か食べた方が良いのはその通りだ。ただでさえ、これから頭を目一杯に使う予定だから、糖分補給はしておきたい。
失礼なく感謝を伝えるため、椅子を掴んで体ごとユキノサンライズさんの方へ向く。一旦目線を合わせてから、頭が床と水平になるように頭を下げる。
「教えてくれて、ありがとう。私は確かに、お腹が空いていた」
下げていた頭を上げる。ユキノサンライズさんは律儀にもペンを机に置いて両手を自身の太ももに置いていた。どうやらきちんと、私と話をするつもりらしい。
「あ、うん。それは、そうだと思うんだけど。……どうするの?」
「なにか、食べる」
「食べるもの、持ってる?」
「持ってない」
「そっか。なら、食堂、いく? よければ案内するけど」
ユキノサンライズさんはそう言いながら椅子から立ち上がると、ジャージを引き伸ばすように太ももをぱんぱんと払った。
私は、見上げることになった彼女の顔を見た。見続けた。
どうしよう。これは、絶対的に明確な好意だ。まず、拒否するべきことではない。でも、いいのかな。大事な勉強中に、そんなことで中断させるようなことをして。
いや、だめだ。こうやって考えると、また言葉が出てこなくなる。もう、言葉には詰まらせないと誓った。
ここは、覚悟を決める。
「うん。いく」
「ふふ、じゃあ、すぐいく?」
「うん。すぐいく」
ユキノサンライズさんは目の前に一歩出てくると、私の右手をとった。人がたくさんいて、逸れてしまわないようにだろうか。とても温かい好意だ。
「じゃあ、レッツゴー」
空いた手をグーの形にして、天井に向けて伸ばすユキノサンライズさん。
意図が、わからない。
これは、なんだろう。この行動には、何の意味があるのだろう。
手で拳を作り、天に掲げる。その行動そのものには、気合いを入れる意味があるはず。
そうだ。勉強を中断して、貴重な時間をどうでもいいことのために消費する。確かに、気合を入れたくもなるほどの面倒で、無駄なことだ。
私が昼ごはんを用意していればよかっただけなんだから。
やっぱり、私を連れていくのが嫌なのだろう。なのに、中断しようともせず、あくまでも笑顔で嫌な顔ひとつもしない。
優しいな。
「ん? どうしたの、レコちゃん」
「……なんでもない」
上げられた腕を見るばかりで、足を動かすのを忘れていた。
……レコちゃん、か。
おばさんと、同じ呼び方。
「なら、気を取り直して、いこー」
ユキノサンライズさんの足に合わせて、私も足を動かした。
⭐︎⭐︎
食堂は、想定以上に広く、そして思ったよりも人が少なかった。ざっと見た限り数百人程度はいそうだけど、この大きな食堂だから、まるで気にならない。
ユキノサンライズさんは変わらず私の手を握って、食堂の中心へ歩いていく。横広のカウンターには汁物やご飯物などが並び、受付と思しき場所で希望の料理を注文するのだそう。
丁寧に、教えてくれた。
ちなみに、これはパンフレットで知っていた内容だけど、学食は食べ放題だ。
「レコちゃんは、何が好きなの?」
白米が入った大釜の横に置かれているふりかけ類を見ていたところ、横から声がかけられた。
何が好きか、というのは多分食べ物のことだと思う。
これは、予想される有力な会話内容として、紫ノートにしっかり記入済みだ。きちんと抜け目のない入学前の自分を褒めたい。
「食べられないものはない」
「へー、すごいね。でも、聞いてるのは何が好きか、なんだけど」
「大丈夫。食べられないものはない」
食べられる、ということは、つまり好き、ということだ。だから、この返答は完璧だ。
ユキノサンライズさんは、顎に手を置いて一点を見つめたまま、動きが停止した。どうやら、あまりに完璧な返事をしたせいで、次の質問内容を必死に考えているのだろう。
だって、さっきは言葉に詰まる失態を犯した。まさかこんな早くにちゃんとした返事が来て困惑している。
「えっと。じゃあ、今は何が食べたい?」
やっと顎から手を離して動きを再開したユキノサンライズさんから出てきた言葉は、けれどあまり内容に変化がないものだった。
さっきと変わらず、同じように答えればいいか。
「食べられる。だから、問題ない」
「うん。でも、言葉で提案しないとさ、出てこないよ。料理は」
受付カウンターの中にいる、数十人の調理場スタッフ。そのあたりを指さして答えてくれるユキノサンライズさん。
でも、料理か。正直、そういうちゃんとしたものは、必要ない。だって、朝と夜には寮食でちゃんとしたものが食べられる。だから、お昼なんて、最低限でいい。
「別に、いらない。ご飯と味噌汁。あと、野菜。これだけでいい」
「あー、こりゃあ……大物だ」
大物。そう言って、今度は私の顔を直視してくるユキノサンライズさん。さっきから同じ質問ばかりして、大物という意味のわからない言葉を口にして。
だめだ、ユキノサンライズさんが、まるで会話できていない。さっきから、よくわからない言葉の羅列が目立つ。
やっぱり、本来取り組みたい勉強を放棄してまで担うべき役目じゃなかったんだ。嫌な思いを抱えたまま私なんかと向き合うせいで、ユキノサンライズさんまでおかしくなってる。
かといって、せっかくの好意に水を差すような真似はするべきではないし。
あ、そうだ。使えそうなものがある。
「なら、ケーキ。ケーキが好き」
トレセン学園には甘いものも豊富にあると聞く。だから、この返答もおかしくないはず。
なにより、嘘をついていないのが大きい。
ケーキなら、箱や、ケーキを覆うフィルムについたクリームを食べさせてもらえた経験がある。だから、その味は知ってる。
「『なら』が気になるけど……ま、答えてくれたから、よしとしようかな」
ユキノサンライズさんは勝手に納得したようで、またしても私の腕を掴んで歩き出した。受付の前までいくと、私たちに気がついた厨房スタッフの1人がこちらへ小走りで寄ってくる。
「あら、ユキノちゃん。この時間に珍しいわね」
「うん。ドリームパフェひとつお願い。この子に」
「あいよ」
ドリームパフェ。パフェなら聞いたことがあるけど、ドリーム、夢。なんだろう、聞いたことがない。
でも、パフェとケーキは違うんじゃ。
「ユキノサンライズさん。私が好きなのは、ケーキ」
「うん」
「ユキノサンライズさんが頼んだのは、パフェ」
「うん」
「あの、なんで」
「似たようなものじゃない? どうせ、甘いんだから」
いや、違うと思う。パフェって、アイスとかフルーツとか、たくさん入ってる奴。だから、それは絶対に、違う。
でも、ユキノサンライズさんは変わらず自信満々で、そのドリームパフェとやらが届くのを厨房の様子を見ながら待ち構えている。
「ユキノサンライズさんは、何も食べない?」
「うん。私は、11時くらいにはご飯済ませたからね。甘いものも、今は控えてるし」
なるほど。ユキノサンライズさんは食べない、と。
なら、なんで、ここにいるんだろう。
「あの、ユキノサンライズさん」
「なに?」
「もう、案内終わった。ユキノサンライズさんは、食べない。だから、部屋に戻るべき。あ、ありがとう」
私はユキノサンライズさんの方へ体を向け、頭を下げた。貴重な時間を使って、付き添わせた。その上、ただパフェを食べる私の隣にいるなんて、無駄だ。だって、何も得られない。
ユキノサンライズさんは、早く自分の時間を取り戻してほしいな。
「ねぇ、レコちゃん」
「なに」
顔を上げる。ユキノサンライズさんは受付台に両肘を預けて両頬を手のひらで支えながら、僅かに顔をこちらに傾けていた。横目のせいだろうか、なんだか、その瞳が冷たい気がした。
「部屋に戻るべきって、言ったけどさ。それを決めるのって、私の自由だよね」
「……そう、だと思う」
「だよねぇ」
尻尾を振って、視線を前に戻すユキノサンライズさん。無駄な時間だと分かってて、付き合ってくれてるのかな。もしそうじゃないなら、なんとか気がつかせてあげたいけど。
でも、こうなってしまえばユキノサンライズさんを問い詰めるのは、もう不可能だ。善意の否定は、できない。
もう、なにも言えない。
「あ、きたよ」
ユキノサンライズさんの肩を見ながら思考していたところ、その声で現実に戻される。そして、その視線に誘導されるようにその先を見れば、そこには、人が食べるとは思えない巨大な何かが運ばれてきた。
「おまち。ドリームパフェだよ」
スタッフはそう言うと、あっさり厨房の奥へ引っ込んでいく。
カウンターに放置されたもの。その土台は、確かにパフェだ。でも、クッキーやビスケット、色とりどりのアイスなどで埋め尽くされている。
これ、1人用なの、本当に。
「どうしたの? 早く、運んで食べようよ。溶けちゃう」
ユキノサンライズさんに急かされ、私はその器を両手で包んだ。ガラスでできた器は厚くできているのか、意外とひんやりしていない。こういう細かい配慮、憧れる。
私はアイスに刺さったクッキーや細長い茶色いなにかを落とさないよう慎重に歩きながら、人が少ない席へとそれを運び込んだ。
対面へと、ユキノサンライズさんは腰をおろす。そして、顎を僅かに上へあげて、スプーンを早く取れと催促してくる。
言われた通り、スプーンを手に取ってみる。でも、わからない。何から手をつけるべきなのか。
「あの、どれから食べれば」
「そんなの、好きに食べなよ」
きっぱり。
これまで優しくしてくれたのに、急に冷たい。答えを教えてくれないなんて、ユキノサンライズさんは、優しかったり怖かったりするようだ。
仕方ない。教えてくれなかったんだから、食べ方を間違っても私のせいじゃない。だから、適当に手を動かした。
まず、白いアイスに突っ込まれてる茶色い棒を指でつまむ。これが一番目立つし、邪魔。だから、テーブルの上に置いた。
「それ、苦手? なら、もらうよ」
まさか。ユキノサンライズさんは腕を伸ばして、それを掴んだ。そして、躊躇いなく口の中へ運ぶ。ボリボリと耳心地の良い咀嚼音が、脳を震わせた。
なんだ。食べ物だったの、それ。
でも、私が指でつまんで、テーブルに置いたやつに変わりはない。普通に汚いと思うけど、気にしないのかな。
豪快。
私は次いで、一番手前のものから素直に食べることにした。アイスを細長いスプーンで掬い、口の中へ。
「甘い」
「そっか」
味は、おいしい。甘さがある分、脳が喜んでいるのがわかる。
この量で、この味の完成度なのに無料で食べられる中央は、さすが入学するだけの価値があると言われるだけはある。
下手したら毎日、これを食べようと思えば食べることができてしまうのだ。
アイスから始まり、さくらんぼやメロンといったフルーツ、そして、クリームのかかったスポンジを食べ進めていく。なのに、まるで量が減っていない。
正直、この量はきつい。アイスの団子を二つ、食べたところで雲行きは怪しかったけど、スポンジがとどめとなった。
まだ、ガラス器の縁にまで到達していないところで、私はスプーンをテーブルに置いた。
「え、もう終わり?」
「うん。お腹いっぱい。しんどい」
「そっか。なら、残りは食べるね」
あれだけ食べないと言っていたのに、ユキノサンライズさんは腕を伸ばして器とスプーンを自身の元へと手繰り寄せた。
ああ、そうか。これでよかったんだ。
ドリームパフェを、美味しそうに食べるユキノサンライズさん。これなら、わざわざ食堂に残った意味が彼女にできた。
私はすっかり安堵して、美味しそうに食べるユキノサンライズさんの顔をまじまじと見た。
一口が大きく、かつ早い。
多分、大袈裟ではなく、私の百倍は早く食べてると素直に思った。
⭐︎⭐︎
部屋へ戻ると、すでに時刻は午後の2時。私はすぐに自分の机へと座り、紫色と青色のノートを横並びで開いた。これからは、明日のための準備の時間だ。甘いものも食べたし、きっと頭はよく動くはず。
まず、ユキノサンライズさんとの会話やこの学園特有の文化から、想定される会話の内容を箇条書きに炙り出していく。例えば
『チームについて。憧れ、または尊敬するウマ娘について。好きなレース』
などのウマ娘ならではの会話は当然外せない。
紫色のノートには、入学前ということもあってこの学園の匂いを上手く取り入れていない側面もあり、しっかりと見直していかなければいつまでも味方してくれるわけではなさそう。
特に、尊敬するウマ娘についての項目を見てみる。紫色のノートには無難さでシンボリルドルフと書いてあるが、意外とこの答えが適切ではないのではないだろうか、と思えてしまう。
現に、入学してまだ初日だけれど、こんな得体の知れないウマ娘の面倒をよく見てくれるユキノサンライズさんを差し置いて、果たしてシンボリルドルフなどと答えられるわけがない。
だから、青色のノートにある尊敬するウマ娘の欄にはユキノサンライズと記す。
そうなると、好意的に見ている系統の質問は全てユキノサンライズさんで答えることが可能だろう。世話になってる人、好きな人、一緒にいて楽しい人。
とても、順調だ。青色のノートには、いきなりユキノサンライズさんの名前が何度も出てくるが、事実なのだから自信をもっていい。
この調子で、好きな食べ物や好きな場所の質問にも答えられる。好物にはドリームパフェ、好きな場所は食堂と、この部屋。
いい。とても良い。今日の経験が、とてもよく活きている。これなら、明日からの生活も問題なくやり過ごすことができるはずだ。
そして、翌日。
「いやぁ、眩しいほどにキラキラしたウマ娘ばかりですなぁ。あんた様もそうは思いません? いかにも今時ーってかんじで」
「……え? あ、うん。思う」
私は青色のノートをこれでもかと捲った。キラキラ? キラキラしたウマ娘って、なんだ。
そんなの、聞いてない。
どこにも、書いてない。
やばい。