南溪が自然と眠りから覚めた時、朝日がすっかり昇ったころだった。趙活に煎じられた薬湯のせいだろうか。昨日身体中を蝕んでいた痛みや吐き気は、影も形もなくなっていた。
南溪は趙活の薬学にすっかり感心した。
ふと南溪はその唐門の人間であり、今となっては自分の恩人でもある趙活を探すため、キョロキョロと見回した。彼はどうやら
南溪はとっさにお腹を隠すが、物音に気付いた趙活が南溪へ視線を送った。趙活は物音がお腹の音だと気付かなかったが、南溪はとにかく恥ずかしく、耳を真っ赤に染め、片手で口元を隠しながら、彼から視線を外す。
「……おはよう」
「おはよう、女侠。
「粥? そんなので足りるのか?」
「あぁ、これは君の分だ。昨夜から何も食べないでいるだろう? 粥でもいいから食べたほうがいい」
南溪は驚き、すぐにムッとした。
いくら何でも、昨日今日あったばかりの人間に食事の世話までしてもらうわけにはいかない。
「趙侠、私は――」
南溪が趙活を制しようと声を上げた瞬間、きゅうぅと、お腹の虫がひときわ大きく鳴いてしまい、彼女は顔一面を赤くしてバツが悪そうにうつむき、それ以上の言葉が言えなかった。
「ほら女侠、粥が出来たぞ〜」
「……何から何まで申し訳ない」
趙活から椀に盛られた粥と箸を渡された南溪は一拍ほど逡巡するも、行為を
(しかし、粥か。趙侠には悪いが、あまり好きじゃ――ん?)
南溪は驚きを禁じ得なかった。粥というのは味がないか、味があってまずいかの2択だった。今までは。
「お、おいしい……ッ!?」
「カカカッ、そうだろう、そうだろう。粥がまずいとだれが決めた~? 俺の手にかかれば粥も至極の一品になるんだ、カカカーッ!」
趙活が語る間も南溪の箸が止まらない。止められない。あぁ、身体は食物を求める。
(おいしい、おいしい! どうしよう、おいしい! おいしいしか言葉が思いつかない! これも唐門の毒なのではないか!?)
箸を夢中で動かす。米の一粒、汁の一滴も残すこと許されず。
粥の美味さときたら、南溪は椀が
趙活は
「女侠、申し訳ないが2杯目まではないんだ」
「え? あ、いや、その、これは粥が美味いから、名残惜しかっただけで、そういう意味では、なくて……」
「ははは、そう言ってもらえると励みにもなる。そういえば女侠、これからどうするんだ? この辺りに住んでいるのか?」
「まさか。当てもない旅の途中だ。……あぁ、くそっ。そういえば襲われた時に荷物を捨ててしまったんだ」
「なら、荷物は諦めたほうがいいだろうな。襲ったやつらが間抜けじゃなければ、すでに持ち出されているだろう。知人は近くにいるか?」
「……聞くに飽きた言い分とは思うが、私は家を捨てた身だ。唯一の知人も皆亡くなっている」
趙活は一瞬、数多の武侠達が語る、
彼女の善性を信じたのではない。己の悪意を振り払ったのだ。
ふと、趙活は名案が浮かんだ。
「女侠、唐門の
「趙侠、私は既に命の恩まで受けている身だ。申し出は非常にありがたいが、これ以上の施しを受けるわというのは……」
「元を辿れば
趙活の言葉にぐらりと南溪は心が揺れ、だからこそ彼女は言わねばならない事だと意を決した。
「私はまだ貴方に自分の名も明かしていない。私の名を知れば、今の言葉をきっと後悔する」
「伺おうか」
「南溪。
「そして七星剣を奪った冷血非道の魔人だろ?」
趙活は南溪の名乗りにさらりと返す。するりと流された南溪は虚を突かれてしまった。
「知ってたのか?」
「いいや。ただ、講談師気取りの嶺南の門人が金切声で語っていてな。嶺南の外衣だったし、もしかしたらとは思ったんだ」
「だったら、分かるだろう。私を匿うような事をすれば唐門に悪評が立つ」
悪評が立つ。の言葉に、趙活はハハハと笑った。
「南女侠、唐門に悪評が立たないようにするのは、火を氷にするより難しいな。大師兄がした悪行の数々を聞くだけで、寧ろ君が後悔することになるさ」
趙活は続ける。
「それに俺は君が噂通りの人とは思えない。
「その人達が誰かは知らないが、殺してほしいなら分かるように言え。喋りやすいように頭を胴から断ち切ってやろうか?」
「そういった意味はない! からかったのは俺が悪かっ……あっ!? 七星剣を手にするのは待ってくれ!」
南溪が殺気を込め、七星剣へ手を伸ばすと趙活は少し調子に乗り過ぎたことを詫びた。
「南女侠。そこまで気難しく考えなくていい。さっきも言ったが路銀が貯まるまでの宿屋替わりだ。
「……」
南溪はそれでも悩んだ。ここまで言われて断るのは流石に無礼だろうとも思ったが、彼女がここまで人々から受けた仕打ちが、誰かを頼るということに臆病にさせていた。
趙活は自分と目を合わせようとしない南溪に、寂しさを覚えながら席を立ち、別の誘いを投げた。
「どっちにしろ、ずっとここにいるのは危険だ。いったん街までいかないか? 頼りになる女性を知っている」
趙活の言葉にひとまず同意した南溪は、嶺南の外衣を纏い、廃寺を後にした。