心が読めるスキルを持って貞操逆転世界に転生したので、エッチな妄想が可愛い聖女様を徹底的に堕として曇らせようと思う 作:ひきさん
【死に戻り】のスキルを得た少女は、死んで、覚えて、魅了して、レベルドレインして、どんどんと最強になっていく。
その果てに、上位存在すら超える至高の存在を目指していくが――
「……人間って、可愛いんだねっ」
「ちょ、ちょっと待って! ちょっとだけ待ってほしい、ナツミちゃん……!」
無条件降伏寸前のぼくの口は、かろうじてその言葉だけを発することができた。
目の前の小悪魔系美少女ナツミちゃんは、不思議そうに首をかしげてきょとんと見つめてくる。
可愛い。あまりにも可愛い。
――違う。
可愛いことなど、とっくの昔に分かっている。それはもはや考察するまでもない大前提、この世界に重力が存在することと同じくらい自明な真実である。問題は、その重力によって地の底まで引きずり込まれようとしているぼくが、いったいどうすればこの場において生存できるのかという、極めて切実かつ現実的な一点にあった。
考えろ。
たとえ恋に狂っても、明晰な思考だけは手放してはいけない。
ぼくには、心を読む力がある。
相手にも同じ力があるとはいえ、この力によって、前世では決して得られなかった貴重な情報を手に入れられるという事実に変わりはない。ナツミちゃんの笑顔、ナツミちゃんの言葉、ナツミちゃんがぼくの名前を呼ぶ時の、あの、あまりにも、あまりにも可愛らしい萌え声。それらの裏に何が存在しているのかを、ぼくは今世では見極めることができるのだ。
確かに先日のお茶会では失敗した。
だが、あれは紛れもない不意打ちであった。
では――
――もし先に、彼女の言葉が本気でないと、分かっていたとしたら?
ぼくに残された数少ない理性は、その暗闇の中に、確かな光を見出した。
まずは、彼女の意識をぼくへの電撃的攻勢から反らしつつ、勝機への一歩を踏み出さねばならない。
であるならば――
「ナツミちゃん……ちょっとぼくに、嘘をついてみてほしいんだ」
「……おや?」
ナツミちゃんは、少しだけ目を丸くした。
それから、にこっと微笑むと、こう言った。
「いいですよ。可愛らしい実験ですね」
ナツミちゃんは楽しそうに返事をしながら、ベッドの上でぼくのお腹の上にまたがるように座りながらぼくの両手と恋人繋ぎするという致命的攻撃を繰り出した。
(うおおおおっ!? うおおおおおおおおおおっ!? 今、ナツミちゃんの! ナツミちゃんのスカートが、スカートがぼくのお腹の上に乗っている!? しかもスカートの下の大事な布まで、さらにはその下の女体の神秘までもが完膚なきまでにお腹に乗っているぅうううううう!?)
(いやそうじゃない! 落ち着けぼく! たとえ窮地に陥っても、タクティクスを見失ってはいけない! まずは冷静に素数を数えるんだ。1,3,5,7,9、11……
(くすくす、それは素数ではなく奇数ですよ)
(13,15,17,19……)
(では、これから、嘘をつきますね?)
(お、おう! 来るがいいさ!)
素数を数えて落ち着いたぼくの準備は完璧だった。
いまから発される言葉は、嘘である。
そのことを、ぼくも、ナツミちゃんも、双方が事前に確認している。そこに誤認の余地はない。万が一、ぼくの愚かな心が一瞬でも迷おうものなら、この手を通じて、これは嘘だという声が流れ込んでくる。
欺かれようがない。
こんな簡単な対策に、なぜいままで気づかなかったのか。知性とは、問題の核心に触れた瞬間、これほど鮮やかに解決策を導き出せるものなのか。
さあ、来い。
ぼくは、もう、君の言葉に――騙されない。
「ナツミは、タカフミくんのこと、大好きですよ♡」
――ひぐっ!
(あれれ、はたしてこれは嘘だったでしょうか?)
――ひぐぐぐぐっ!
分かっている。
分かっているとも。
この念押しするように追加された親切な心の声が届くまでもなく、ぼくは最初から最後まで、いまの言葉がどのような前提で発されたのかを、完全に理解していた。
だが、理解しているということと――
今の言葉があまりに嬉しすぎることとの間には――
もしかして、なにか、あまりにも遠い、あまりにも断絶した、途方もない差異があるのでは……?
いや、そんなはずはない。そんな馬鹿なことがあってたまるか。
ぼくはたしかに今、最適な戦術、これ以上ない最強の一手を繰り出したはずだ。
この美少女は、たったいま、自分が嘘をつくと宣言したばかりなのだぞ? それをこのぼくは、これ以上ないほど、あまりにも精密に正確に把握しているのだぞ?
にもかかわらず――
にもかかわらず、なぜ……
――なぜ、こんなにも嬉しい?
なぜ、ただ名前を呼ばれ、大好きだと告げられた、それだけの音の並びに、ぼくの魂は根こそぎ引きずり出されようとしている?
落ち着け……これはただの音だ。空気が震えただけ。単なる物理現象にすぎない。この物理現象を、ぼくの脳が、勝手に、あまりにも勝手に、永遠に保存しておくべき人類の至宝であると誤認してしまっているだけだ。
ゆえに、誤認を正せばいい。
簡単な話だ。
いまのは嘘。
いまのは、ぼくの大好きなナツミちゃんが、ぼくの名前を呼び、まっすぐにぼくを見つめながら、可愛らしく大好きだと言ってくれた、嘘――
「ナツミは、タカフミくんのこと、大好きですよ♡」
――ダメだぁあああああああああああああああああ!
訂正するたびに、再生される!
今のが嘘であると確認する、そのたびに、ナツミちゃんの声が、ナツミちゃんの笑顔が、ぼくに向けられたあの天使の囁きが、もう一度、鮮烈に、どうしようもなく鮮烈に、脳の中で再生されてしまう!
いったいどういう仕組みだ!?
これでは嘘を見破れば見破るほど、ぼくは何度も告白されていることになってしまうではないかっ……!
「……ふふっ」
ナツミちゃんが、笑った。
ただ、それだけだった。
……ああ。
なんて、いい声なんだろう。
ナツミちゃんは、その天使のような美少女ボイスで、さっきぼくの名前を、たしかに呼んでくれたのだ。
大好きだと、言ってくれたのだ。
そのときぼくは、唐突に、一つの事実に気づいてしまった。
それは――
――嘘では、ない。
ナツミちゃんが、ぼくの名前を呼び、大好きといったこと。
それ自体は、少しも、嘘ではないのである!
もちろん嘘の告白だ。分かっている。それはあまりにも分かっている。だが果たして、あの声を出したのは誰だ? ぼくが知らないどこかの誰かか? 見も知らぬどうでもいい女の子か?
否! 紛れもなくぼくが前世恋焦がれ狂いそうになったその人、ナツミちゃんである!
前世からずっと、ずっとずっとずっと忘れられなかった、ほかならぬナツミちゃんなのだ!
そのナツミちゃんが、このぼくのために、あの言葉を選び、あの声で、ぼくの名前を呼んでくれた! ぼくの耳に届くように! ぼくの目を見つめながら! それらはすべて、紛れもなく、現実に起きた出来事《奇跡》ではないかっ……!
結論として、今のはぼくの妄想ではない。
夢でもない。
誰にも見られないところで、誰にも聞こえないように、頭の中でこっそり都合のいい展開を思い描いていた、あのみじめな過去とは違う。
本人が、ここにいるのだ。
本人が、その言葉を、くれたのだ。
これが、偽物《フェイク》?
この、いま、たしかにぼくの胸の中にある圧倒的な喜びまでが、偽物《フェイク》だというのか?
――違う。
ぼくは、なんという浅はかな勘違いをしていたのだろう。
嘘であることと、価値がないことは、まるで違う。
いや、価値があるなどという、生ぬるい言葉で語っていいものですらない。
先ほどまでの愚かなぼくは、ナツミちゃんの嘘を見破ることによって、ナツミちゃんを恐れる理由が一つ消えるのだと思っていた。なにを考えているのか分かりさえすれば、どこからが冗談で、どこまでが本気なのか区別さえできれば、ようやくこの女の子の前で、人間らしく立っていられるのだと、そんな儚い希望に縋っていた。
だが、目の前の少女は、その希望の前提を、根こそぎ消滅させていた。
区別など、最初から、必要としていないのだ。
真実であるかどうかなどという、ちっぽけな条件を、満たしてもらう必要すら、なかったのだ。
大好き。
それだけで、よかった。
それだけで、よかったのだ。
それは、あまりにも、あまりにも、恐ろしい至高の真理だった――
世の詐欺師は、相手に嘘を本当だと思わせなければならない。言葉を弄し、証拠を繕い、相手の判断力を鈍らせ、そうしてようやく偽物に価値があると思わせる。なんと遠回りで、なんと不自由で、なんと人間的な営みだろう!
だがこの少女には、その必要すらない。
嘘だと分かっていても、なお無上の価値がある。
偽物だと明かしても、本物以上に、ぼくはそれを欲してしまう。騙されてしまう。
いや、もはや、騙してすらいない――
最初から騙す必要すらなかったのだから……!
であるならば、だ。
ぼくはもはや、彼女に裏切られることすら、ないのではないか?
最初から嘘であると分かっている言葉に、嘘だったという失望は存在しない。彼女の言葉の意味を探り、顔色を窺い、もしかしたら自分だけが特別なのかもしれないと期待して、勝手に傷つく必要など、もうないのである。
もはや、彼女にぼくのことを好きになってもらう必要すらない。
そこまで手放してしまっても、もはやこれらは同値であるのである。
だって――
――ただこの女の子に好きだと言ってもらえるだけで、ぼくはこんなにも、こんなにも幸せなのだから……
今、ぼくは、理解してしまった。
ナツミちゃんという存在の、あまりにも途方もない本質を。
この少女は、嘘を本当に見せかけるのではない。
自分の言葉に、真偽などという、人間が勝手に作り上げた区別を必要としないのだ。
それは、あまりにも自由で、絶対で、傲慢で、人間には到底許されない――
一柱の、神の言葉であった。
ああ――
分かっていたはずだった――
ぼくは前世からずっと、この少女が自分にとってどのような存在なのかを、身をもって思い知らされていたはずなのに――
なぜ、少しばかり人の心を覗けるようになった程度で、その海よりも深い御心の底を見通せるなどと思ってしまったのか?
見えれば、勝てると思ったのか?
分かれば、抗えると思ったのか?
愚か。
あまりにも、愚か。
ぼくはその力によって、ただ、何をされているのかを正確に理解しながら、何一つ抗うことができないという、いっそう救いようのない現実を知っただけだった。
(あれれ、おかしいですねぇ? ご希望どおりの嘘を、そのまま提供しただけなんですけどね?)
その通りだった。
彼女は、何一つ、間違っていない。
間違っていたのは、ぼくだった。
ナツミちゃんは、ただ、ぼくの望みを叶えただけ。
それを勝手に解釈して、勘違いして、天国に昇り、彼女への信仰に目覚めるところまで行きついたのは、すべてぼくだ。
……なんと、慈悲深い。なんと慈悲深い神なのだ。
「そ、それで……」
ぼくは、口を開いた。
考えて口を開いたわけではなかった。
どうすれば自分の望みが叶うのか、魂が、とうに知っていた。
ぼくは嘘をついてくれと言った。
彼女は、嘘をついてくれた。
たしかに、願いは、叶えられたのだ。
であるならば――
「もっと……」
「はい?」
「もっと、ぼくを踏んでください……」
言った。
言ってしまった。
だが、それでいい。
いいのだ。
ぼくが望んだ、ぼくのためだけの、神の愛。
そこに、傷つく余地など、残っているはずがないのだから――
ナツミちゃんは、ぼくを見つめていた。
そして、可愛らしく、微笑んだ。
「嫌ですよ」
――ひゅっ。
その瞬間、たしかに、ぼくの息が止まった。
「嘘ですけどね」
なん、だと……?
あまりにも目まぐるしく変わる戦況に、とてもじゃないがぼくの理解が追い付かない。
ああ――
そうだったんだ――
最初から無理だったんだ――
ぼくごときが神に抗おうなど――
なんて――
なんて愚かだったんだろう、ぼくは――
「ほら、タカフミくんの大好きな、ナツミちゃんの足ですよー♡」
ナツミちゃんは、ぼくにまたがったままの体勢からの自然な変化として、そのお御足で、黒色のオーバーニーソックスで、ぼくの顔面を踏み踏みした。
――我が人生に、一片の悔いなし。
その時、ぼくは確かに、神の足元に全てを放棄して跪く、途方もなく幸せな平穏の中にいた――