心が読めるスキルを持って貞操逆転世界に転生したので、エッチな妄想が可愛い聖女様を徹底的に堕として曇らせようと思う 作:ひきさん
わたしの名前はモモ・セイント。この国でただ一人、聖女の称号を拝命するに至った、誰よりも深く自らの神を信じる少女である。
いま、わたしは、自ら犯してしまったとある致命的な過ちに、恐れおののいていた。
そう。
わたしは、祈ってしまったのだ。
神様が、幸せでありますように、と。
その祈りは、叶った。
――わたしの、いないところで。
*****
「ただいま戻りました、聖女様」
日曜日の夕暮れ。屋敷の玄関に立つ神様は、そう言って、可憐に微笑まれた。
そのお顔には、何やら赤い跡がある。
あれは……聖痕だろうか?
それにしても――
ここに至るまで、わたしは今日、いったい何回この玄関を通っただろう?
もちろん聖女にも自分の屋敷の中を移動する自由はある。
ゆえに、廊下を歩き、階段を下り、玄関の時計を確認してから、廊下を歩き、階段を上り、やはり時計が間違っていた可能性を考慮して階段を下りた。
それは、聖女として当然の務めを当然のごとく果たしていただけであり、決して、神様のお帰りを今か今かと待ち望む飼い犬のように待っていたわけではない。断じて違うので、勘違いしないように。
この二日間、わたしは神様のお顔をよく見られずにいた。
といってもその間、神様は、わたしのことを何度か呼んでくださっていた。
だがそのたびに、わたしは逃げた。
神様を見るたびに、あのお茶会で、ナツミちゃんに向けていたあの何とも言い難い表情を、思い出してしまうから。
それを思い出すと、胸の中の大切なところが、ぎゅうっと、小さく、硬く、潰れてしまうような感覚を覚えるから。
だから、見たくなかった。ゆえにわたしは二日間にわたって逃げ続けた。
一方、昨日公爵家から神様を招く正式な招待状が届いた。わたしは聖女としてそれを受け取り、召使長に渡し、神様にもお伝えするよう命じた。すべて、わたしの目の前で、わたしの許しによって、滞りなく進んだ。
そして今日。朝からサマー公爵家へ出かけておられた神様がなかなかお帰りにならないので、わたしはこのまま神様をひと目も見られないうちに死んでしまうのではないかという、極めて現実的な危機に直面していた。
そろそろ10時間はこうして待っただろうか。
いや、時計を見ると2時間しか経過していない。時計が間違っているのか?
そう思ったわたしは、今度は時計を見つめながら、30分ほど時間を過ごす。
結論からいって、時計は、間違っていなかった。
わたしの一秒が、長すぎただけだった。
「……お、おかえり」
そうしてようやく、ようやく会えた神様に、わたしはなんとか、聖女として恥ずかしくないお返事をした。
神様は、微笑んでおられた。
美しい。
あまりにも、美しい。
だが、違う。
いつもの、わたしを見てくすりと笑う、あの微笑みとは、なにかが違う。
もっと穏やかで、もっと無防備で、まるで、この世には恐れるべきものなどなにひとつ残っていないと、そう知ってしまったかのような――そんな表情。
――わたしは、その表情を、知っていた。
ついに真の神を見いだしたわたしが、鏡の中で見た、あの表情。
すべてを手放してしまって、なのに、すべてを与えられてしまった者の、そんな顔が――
――なぜか、神様の表情に浮かんでいた。
「……楽しかった?」
聞かなければよかった。
「はい」
聞かなければ、よかった。
「とっても」
そこまで聞いてないぃいいいいいいいいっ……!
追加! 追加で来たんだけどぉおおおおおおおお!
「はい」だけでもすでにわたしの魂は致命傷を負っていたというのにっ!
今のは必要だったか!? その「とっても」という無慈悲な追撃はっ……!
神様は、ほんの少し、目を伏せられた。
そうして、なにか大切なものを胸の中でもう一度そっと抱きしめるように、微笑まれた。
「……聖女様。ぼく、今日、分かったんです。人は、抗わなければ、幸せになれるんですね」
ああ。
知っている。
その、すべてを理解し受け入れきった人間の至る場所を、わたしは知っている。
「神って、いたんだなって」
そう。
一度そこに至った者は――
至ってしまった者は――
――もう、それしか、言えなくなる。
どうしようもなく、そうなってしまうのだ。
人間が、そのちっぽけな頭でいくら言葉を探しても、自分の見たものを、自分に与えられたものを、言い表すことができなくなる。
そういう時に、人は――
――神を、見ているのだ。
神様が。
わたしの、神様が。
神を、見ている。
ん……?
神様が、別の神様を、見ている……?
「……聖女様?」
「つ、疲れたでしょう。今日はもう、休んで」
「ありがとうございます。では、お先に失礼しますね」
わたしは微笑んだ。
神様が階段を上っていかれるまで、微笑みつづけた。
なんと素晴らしいことだろう。
我が神は、幸福であらせられる。
その幸福を、自分の目でたしかに見届けたわたしは、胸にあふれるこの思いを、余すところなく、神に捧げなければならない。
わたしは自室の扉を閉め、聖典の前に膝をついた。
「……神様」
祈る。
生涯で、もっとも、真剣に。
「死にたいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
わたしは今、この世の地獄には果てが無いという言葉の真の意味を知った。
*****
わたしは、知っている。
人は、己を苦しめる者を、自分の手で裁く必要はない。
神が、裁いてくださるからだ。
九歳の頃のわたしは、その教えによって紛れもなく救われた。わたしをいじめていた少女たちに、わたしは一人一人微笑みかけながら、神様は見ている、神様はなにもかもご存じだ、と、そう信じつづけた。
やがて、本当にいじめはなくなり、わたしは誰よりも深く聖典を理解し、誰よりも信仰深い、この国でただ一人の偉大な聖女となった。
「神様、我が敵を罰してください」
ゆえに、この祈りは、正しい。
長年の実績によって、その正しさはすでに証明されている。
我が敵は、確かにわたしを苦しめた。
偉大なる神は、当然そのことをご存じだ。
であるならば、あとはただ、神の公正なる裁きを待つだけでいい。
わたしの胸に、久しぶりに、温かいものが灯った。
神様が、ナツミちゃんのところへ行ってくださる。
そして、あの女に、こうおっしゃるのだ。
――な、ナツミちゃん……♡
……。
なぜだ。
なぜ、裁きを下すべき神様の方が、顔を赤くしておられる!!
しっかりしてください! そこはもっと毅然と! わたしに偉大なお言葉をくださる時の、あの、逆らうことなど到底許されない、絶対的な神の威厳をっ……! 発揮してくださいよぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!
だが、いくら考えても、浮かんでくるのは、あのお茶会で見た神様のお姿だった。
ナツミちゃんに声をかけられて、びくっとして。
見つめられて、なにも言えなくなって。
嬉しそうに。
どうしようもなく、嬉しそうに――
まるで恋をしているかのような、あの表情――
……はっ!
神様が、ナツミちゃんを、好き。
その事実は、わたしの中で、初めて言葉の形になった。
好き。
神様も、好きなのだ。
誰かに会いたくて、誰かに呼ばれたくて、誰かが自分を見てくれるだけで、胸の中がいっぱいになる。
そんな、わたしみたいなことを。
処女の権化たるわたしのようなことを――
神様が、あの女に――感じておられる?
「……やだ」
口から、勝手に、声が出た。
「やだよ……」
神様が、わたしみたいな思いをしている。
それ自体は、嬉しかった。
神様のことが、ほんの少し、分かった気がしたから。
なのに、その相手がわたしでないことが、どうしようもなく、嫌だった。
嬉しいのに、嫌で。
分かってしまったから、もっと、嫌で。
わたしは聖典を胸に抱きしめた。
この二日間、何度も何度も願った。
神様が、もう一度わたしを見てくださいますように。
神様が、わたしの名前を呼んでくださいますように。
そのたびに、神様は本当にわたしを呼んでくださった。
なのに、わたしは逃げた。
わたしは、なにが欲しかったのだろう。
呼ばれたかった。
ただ、わたしだけを、呼んでほしかった。
そのことを神様に言えないまま、わたしは、呼んでほしかった名前を、呼ばれるたびに、置いて逃げたのだ。
……帰ってきてくださったのに。
今日も、神様は帰ってきてくださったのに。
わたしは、もっともっと、欲しいのだ。
帰ってきてくださるだけでは、足りない。
微笑んでくださるだけでは、足りない。
その微笑みの、理由に、なりたい――
わたしは震える手で、聖典を開いた。
泣いている場合ではない。
これは、わたしと神様の幸福に関わる、極めて重大な問題なのだ。
だが、仮にわたし自ら我が敵を罰すれば、神様が悲しまれる。
神様を悲しませることなど、わたしにはできない。
ならば、どうする。
わたしは、このまま、あの女に微笑みかけながら、毎日毎日、神様を送り出しつづけるのか? 今日も明日も明後日も、神様の幸福を祈りながら、あの女の幸福までいっしょに祈りつづけるのか?
わたしは、我が敵を幸福にするために、九歳から聖典を暗記し、十二歳で聖女になり、十六歳になるまでひたすらお勤めに励んできたというのかっ……!?
そんなはずはない。
いかに深遠なる神の摂理といえども、そのような事は、あっていいはずがない。
聖典の中に、答えはある。
必ず、ある。
わたしは、この国で誰よりも聖典を知る女なのだから――
「すべての生き物を愛せよ。汝をぶつ者、汝を虐める者だとしても、愛せよ」
……これか?
この状況で、まだ、これなのか?
我が敵を、愛せ、と。
あの、わたしの目の前で神様を隣に座らせて、わたしの知らないお顔をさせて、それからわたしのいないところで神様をあんなにも幸福にしてしまった、あの、あの女を――?
……いや。
待て。
わたしは、何かを見落としている。
いったい、なにを見落としている?
……恋。
神様は、恋について、なんとおっしゃっていた?
そして、わたしは、思い出した。
あの朝。
天使のように微笑んで、神様は、この世界を貫く絶対の法則を、わたしにお告げになった。
――恋っていうのは、した方が、された方に、絶対服従しないといけないんです。
絶対、服従……
――それだっ!!
わたしの魂に、雷鳴の如き衝撃が走った。
そういう、ことだったのか――!
神は、敵を愛せ、とおっしゃった。
敵に、愛を、与えよと。
そうして愛を与えられた敵は、恋をする。
そして、恋をした者は、された者に、絶対服従するのだ!
つまり――
我が敵は、わたしに、絶対服従するっ……!
ああ……!
なんと、慈悲深い……!
なんと恐ろしくも慈悲深い、神の教えなのだ……!
殴る必要はない。
罵る必要もない。
ただ愛せばいい。愛して、愛して、愛し尽くして、わたしなしではいられないほどの恋を、その魂に与えてやればいい!
そうすれば敵は、自らわたしの前に跪く! 自らわたしの名を呼び、自らわたしにお願いしてくる! わたしが一度微笑むだけで、わたしが一度名前を呼ぶだけで、世界が終わったり始まったりしてしまうような、あの、あまりにも甘く、あまりにもみじめで、あまりにも幸福な――
恋を。
あの女に、教えてあげればいいのだ――!
なぜ、気づかなかった。
このわたしこそが、その教えの正しさを、全身全霊全人生をもって証明しているというのに!
このモモ・セイント――この国最高の権威、最も深く神を知る、この世で一番偉大な聖女であるところのこのわたしですら、たった一人の少年の微笑みに、なにもかも全てを明け渡してしまい、真の神を見出すに至ったのだ。
であるならば、我が敵ごときが――
ナツミちゃんごときが、真の愛に耐えられるはずがない――!
そして、あの女がわたしのものになれば……
神様がお会いになりたがるのは――あの女。
だがあの女がわたしのものである以上……
神様がわたしのものになるのだ……!!
すごい!!
これは神学的革命、歴史に残る史上空前の大事件である!!!
わたしはなんて天才的な聖女なんだろう。
自らの才能が恐ろしくてたまらない。
だが――
仮に今のわたしの雷鳴のごとき神託が正しければ――
――その時こそわたしは、心の底から、微笑むことができるのではないか?
神様。
どうぞ。
どうぞナツミちゃんを可愛がってあげてください。
なにしろこの子は、わたしのものですから――!
……勝った。
わたしは、聖典に額を押し当てながら、喜びを噛み締める。
勝ってしまったっ。
あの絶望的な状況から、誰ひとり傷つけず、誰ひとり不幸にせず、神様を幸福にしたまま、あの女をわたしのものにするという、完全なる勝利の道が、神によって示されたのだ。
これが、愛。
これが、慈悲。
これこそが、わたしが生涯を懸けて探し求めていた、敵すらも救う、聖女の真なる務めであった――!
*****
「……モモちゃん?」
翌朝、サマー公爵家の玄関で、ナツミちゃんは不思議そうに首をかしげた。
朝食の途中だったのだろう。いつもは二つに結われている黒髪が、今日は肩のあたりにさらさらと流れていて――
……きれいだ。
なんということだろう。この女は、髪を結ぶ手間を省くことで、いつもとは別種の美しさを発揮するという、あまりにも不当な天使の恩恵を受けている。
だが、それも今日までのこと。
わたしは、この美しい女を、愛によって滅ぼしに来たのだ。
「どうしたんですか、こんな朝早く。タカフミくんに、なにか――」
「ナツミちゃん」
わたしは、その小さな右手を、両手で包みこんだ。
もう、目を逸らさない。
もう、逃げない。
わたしは聖女。愛を与える者。神の教えを、この世に実現するために選ばれた、ただ一人の少女。
この手を取られた時点で、ナツミちゃんの運命は決まっていた。
この子は、わたしに恋をする。
わたしに恋をして、わたしが何度も何度も神様のお名前を呼んでしまったように、モモ、モモ、と、情けなくわたしを呼ぶようになる。
そうだ。呼べばいい。
いくらでも、呼べばいい。
わたしは、そのたびに、返事をしてあげる。
わたしが、そうしてほしかったように。
「あなたに、わたしの愛を与えに来た」
ナツミちゃんの瞳が、わずかに大きくなった。
効いた。
すでに、効いている。
わたしは、握った手に、いっそう力を込めた。
「だから、わたしに、恋をして」
――言った。
言い切った。
あとはただ、この女に神の愛が降り注ぐのを、待つばかりである。
沈黙。
ナツミちゃんは、わたしを、まっすぐに見つめていた。
やがて、その小さな唇が、ゆっくりと開いて――
「……ふっ」
ふ?
「ふふっ……あはっ……あははははっ……!」
笑った。
笑ったぁあああああああああああああっ!?
なぜだ! いまの宣言には、笑うべきところなど一つもなかったはずだ! わたしは神の慈愛について述べたのだぞ!? この国でただ一人の聖女が、公爵家の玄関まで出向いて、直々に、愛を与えると宣言したのだぞっ……!?
それを、この女は――
「あははっ……ご、ごめんなさい、モモちゃん……ふふっ、ちょっと、待って……」
……楽しそう。
見たことがない。
この女が、こんなふうに笑うのを、わたしは見たことがない。
いつもの、わたしがなにか言い間違えるたびに浮かべる、あの、涼しげな微笑みではない。
もっと子供っぽくて、もっと無防備で――
ナツミちゃんが、わたしを見て、笑っている。
わたしのせいで、笑っている……?
「……そんなに、面白い?」
「はい……とっても」
……っ。
わたしの胸に、なにかが、刺さった。
昨日、神様に同じ言葉を言われた時とは、まるで違うところに。
「……モモちゃんは、わたしに恋をさせて、どうしたいんですか?」
ようやく笑いやんだナツミちゃんは、まだ少し涙のにじんだ目で、わたしを見つめた。
決まっている。
あなたを、わたしのものにする。
そうして、我が神を手中に収め――
「……いいですよ」
へ?
まだ、なにも、言ってな……
「わたしも、もっとモモちゃんを好きになってみたいです」
ナツミちゃんは、そう言って、わたしの手を握り返してきた。
「だから、これからは、わたしのところにも会いに来てくださいね」
あれ……
これは、もしかして……
もう、勝った……?
勝ってしまった……?
わたしは、我が手に与えられたあまりにも速やかな勝利に、震え上がった。
神の愛、ここにあり。
今、あのナツミちゃんが、圧倒的に強大に思えた我が敵が、自分から、自らわたしに会いたいと願っている。
わたしに、お願いしている――!
「……うん」
わたしは、慈悲深く、頷いた。
「来る。明日も、来る」
「ふふ。約束ですよ?」
「うん」
何度でも、来てあげよう。
だって、わたしは聖女なのだから。
聖女は、人々の願いに、応えるものなのだから――
「では、明日も楽しみにしていますね。モモちゃん」
楽しみに。
この女は、明日、わたしを待つのだ。
わたしが来ることを考えながら、わたしの来る方を見て、わたしの姿を見つけたら――
また、あんなふうに、笑うのだろうか。
「ひとまず、朝ごはん、ご一緒しませんか?」
ナツミちゃんは、そっと、わたしの手を引いた。
敵からの誘い。
これは当然、慎重に対処するべきところだ。
わたしの目的を見失ってはいけない。ここまでのところ、すべてはわたしの計画どおりに進んでいる。この女に恋をさせ、わたしなしではいられなくする。そのためにも、まずは神様についての話をしなければ。あの女と神様の関係を、わたしの思いどおりに作り変えるための、これは極めて重要な最初の一手なのだ。
わたしは、その明晰な思考によって、なにより先に伝えるべき言葉を、鮮やかに導き出した。
「……ナツミちゃん」
「はい?」
「タカフミしゃ……タカフミの顔についていた赤い跡は、なんだったの……?」
ナツミちゃんは、にこりと微笑んで、こう言った。
「あれは……わたしの靴下の跡ですよ?」
……。
ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!