心が読めるスキルを持って貞操逆転世界に転生したので、エッチな妄想が可愛い聖女様を徹底的に堕として曇らせようと思う 作:ひきさん
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
朝のサマー公爵家に、絶叫が響き渡った。
落ち着け。
わたしの名前はモモ・セイント。この国でただ一人の聖女である。
一般に、聖女は、朝から公爵家の玄関で絶叫したりしない。
思わずしてしまったが……冷静に自らを振り返るならば、少なくともあまり推奨はされない行為だ。
だが、考えてもみてほしい。
靴下である。
我が敵の、靴下。
それが、神様の、お顔に――
靴下というものは、足に履くものである。これは聖典に書かれるまでもない、この世の常識である。ゆえに、神様の頬にこの女の靴下の跡があったということは、論理的に明晰に思考するならば、この女の足が、神様のお顔の上に――
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああ!!」
「モモちゃん、二回目ですよ?」
我が敵は、ちっとも悪びれない顔で、くすくすと笑っている。
踏んだ。
この女は、神様を、踏んだ。
あの、わたしをたった一日で作り変えてしまった、絶対にして無慈悲にして慈悲深い、わたしの神様を。
足で。
お顔を。
これは、この国の法がなんと言おうと、教会がなんと言おうと、死に値する大罪である。神の顔を足で踏んだ女など、聖典のどの頁を開いても、地獄の一番底より下に落ちると書いてあるに決まって――
……待て。
神様は、どんなお顔で帰ってこられた?
あの時、神様は満ち足りた表情で――
――人は、抗わなければ、幸せになれるんですね。
――神って、いたんだなって。
……。
抗わなければ、と神様は言った。
つまりそこから導き出される理論的な解は、神様は、踏まれるにあたって、抗わなかった、ということではなかろうか……?
抗わずに、踏まれて。
幸せになって。
そして、神様は――
――そして、神様は、神を、見た。
……分かってしまう。
どうしようもなく、分かってしまう。
これでもわたしは、そのような行為に神を見出すことにかけては、この国で唯一至高の専門家である。
カーペットに落とされた。
耳をぺろりとされた。
愚かなモモと呼ばれた。
――それは、わたしの、わたしだけの、聖域だったはずだ。
その聖域に。
神様が。
わたしより先に、入っておられた……?
――わたしが、さきに、いじめられたかったのにっ……!!
いや、違う。落ち着け。問題はそこではない。
もっと、根本的な、恐ろしい問題がある。
これまでの神学体系において、神様は、わたしを踏む方だった。
わたしを落とし、わたしを焦らし、わたしを監視し、わたしを罰してくださる方こそ、神様その人であった。
今、その神様が、踏まれる側に、なってしまった。
ということは。
いま、この世に、わたしを踏んでくださる方が――
……いない?
神様は、踏まれたい方になってしまった。
そうなった今、この世で、神様を踏んだ者は、ただ一人。
それが、わたしの、目の前にいる、この女。
「モモちゃん」
我が敵は、わたしの手を握ったまま、にこっと笑った。
「モモちゃんも、踏んであげましょうか?」
「い、いらないっ!!」
即答した。
即答したのに――
気づけば、わたしは、公爵家の玄関の床に、正座していた。
……なぜ。
なぜわたしは、正座している?
誰が座れと言った?
わたしは聖女である。この国でただ一人の聖女が、公爵家の玄関で、公爵の前で、正座している。膝が、勝手に、折れた。
この膝は、いつから我が敵の命令に屈するようになった?
違う! これは公爵家の玄関に対する礼儀であって、断じて、踏まれる準備ではない! 決して、敗北を認めたわけではないのであるっ!
わたしは立ち上がった。
膝についた埃を払い、聖女の顔を、作り直す。
「……わたしは、踏まれに来たんじゃない」
「ふふ。そうでしたね」
「あなたに、愛を、与えに来た」
「はい。伺ってます」
この女は、朝からわたしの愛の宣言を何度も聞いているはずなのに、まだ一回も恋に落ちている様子がない。想定外である。だが、想定内でもある。なぜなら、まだわたしは宣言しかしていないからだ。
愛とは、宣言ではない。
愛とは、なにか。
わたしは、知っている。誰よりも知っている。この国最高の権威にして、最も深く神を知り、そして最も深く神に堕ちたこの聖女モモ・セイントは、愛がなにであるかを、誰よりも深く知っている。
あの朝。わたしは、神様の名前を呼んだ。
タカフミしゃまタカフミしゃまタカフミしゃま、と、四百回は呼んだ。
そして神様は、そのたびに、わたしを見てくださった。
あれが、愛だ。
呼ぶ者と、応える者。
それ以外の愛など、この世に存在しない。
であるならば。
我が敵にも、それを与えればいい。
「ナツミちゃん」
「はい?」
「わたしを、呼んで」
*****
朝食の席には、召使が三人控えていた。
「少し、下がっていてください」
我が敵がそう言うと、三人は一礼して部屋を出ていった。
テーブルを挟んで、向かい合う。我が敵の右手と、わたしの左手は、テーブルの上で、繋がれたままである。愛を与えるためである。断じて、それ以外の理由ではない。
「では、モモちゃん」
「うん」
「……モモちゃん?」
「ちゃんは、いらない」
「え?」
「モモ、って、呼んで」
我が敵は、きょとんとした。
それから、少しだけ首をかしげて、言った。
「……モモ」
――呼ばれた!
呼ばれたぁあああああああ!!
我が敵が! あの、この国で公爵として全員を跪かせ、神様まで踏んで跪かせた、この女が! わたしの名前を! ちゃんも様も付けずに! 呼んだ!
作戦どおり! 完璧に作戦どおりである!
返事! 返事をしなければ! 呼ばれたら、返事をする! それが愛!
「なに?」
言った。
わたしは、慈悲深く、返事をした。口の端がにまにまと勝手に持ち上がるのを、聖女の威厳で、懸命に押さえつけながら。
「……それだけですか?」
「うん」
「モモ、って呼んだら、なに、って返事をする……それだけ?」
「うん。何回でも繰り返す」
我が敵は、しばらくわたしの顔を見ていた。
それから、ふふ、と笑った。
「変なの」
「変じゃない。これが愛」
「……モモ」
「なに?」
呼ばれたぁああああ! 二回目! 二回目である! 一回目より、すこし、笑いを含んだ声だった! 効いている! これは効いている!
「モモ♡」
「なに?」
――これは神学的にいえば、祈りである。
祈りとは、神の名を呼ぶこと。そして、それに応えるのが、神。
つまりわたしは、いま、我が敵の神になりつつある。
神様の神様の、神。
神の神の神。
……神学的に、これはどう表記すればいいのだろう。
あとで聖典の余白に重厚にして明晰なる考察を書き込んでおかねばならない課題を見つけてしまったが、今は目の前の女が最重要だ。
「……モモ」
今度は、冷たい声だった。退屈そうな、なんの興味もなさそうな声。
「なに?」
だが、呼ばれた。
呼ばれたのなら、返事をする。
「モモ」
「なに?」
「モ・モ」
「なに?」
「もーもー」
「なに?」
我が敵は、椅子から立ち上がった。手を繋いだまま、テーブルを回って、わたしの隣に来た。そして、わたしの耳元に、唇を寄せて――
「……モモ♡」
――うにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃーーーっ!?
耳! 耳に! 息が! 我が敵の息が、わたしの耳にかかった! なんだこれは! なんなんだこれは! 耳がじんじんする! 神様に耳をぺろりとされた、あの夜と同じところが、じんじんする! ヤりたい……いや違う! 誰と!? 違う! いまのは神様の耳ぺろを思い出しただけであって、断じて、我が敵の息が、そういう――
「返事は?」
「な、なにっ……!?」
我が敵は、心底楽しそうに笑った。
「ふふ。飽きないんですか? モモちゃん……じゃなくて、モモ」
「飽きない」
「本当に?」
「わたしは、神様のお名前を、何百回呼んでも、飽きなかった。呼ばれるのも、同じ」
「……なんびゃっかい」
「もっとかもしれない。途中で、数えるのをやめた」
我が敵は、わたしの隣の椅子に腰を下ろした。まだ、手は繋がれている。
そして、少し、声の調子を変えた。
「じゃあ、これは?」
「うん」
「……愛しています、モモちゃん♡」
そう耳元で囁いてから――
この女は、ぺろりと、わたしの耳を舐めた。
「……ぎゃああああああああああああああああああああああ!!」
舐めた! 舐めたぞ! こいつ今! 聖女であるわたしの! わたしの耳を! あろうことか舐めてしまった! 舐められてしまったっ……!
「お耳、弱いんですねっ♡」
なんだ……!? なんなんだこの感情は!?
わたしが愛しているのは、崇拝しているのは、このはしたない情欲を催すのは――
すべて、神様、タカフミしゃまだけのはずだった。
だが、いま……
いま、たしかに――
――たしかにいま、わたしは性欲を感じていた……!
「ふふっ……♡」
エロい! この女のなんでもない微笑みすら、無性にエロく感じるっ!
なんなんだ!? 一体何が起こっている!?
わたしの心の中には今、途方もない嵐が吹き荒れ、未知の現象、未知の快楽に押し流された我が魂は、もはや誰も見たことが無い地平に行きつこうとしていた。
認めよう。
この女は、エロい。
我が魂は……
我が情欲は……
今、誰も見たことが無い禁断の花園に至ろうとしているっ……!
落ち着け。
こういう時こそ、聖典を開くのだっ!
果たして、聖典に、神様以外の者に情欲を催すことを禁じる条項は、あるか?
……ない。
神様は、わたしに絶対服従しろとおっしゃった。
だが、他の女にヤりたいと思うなとは、一言もおっしゃっていない。
ということは、いいのか……?
わたしは、この女に情欲を感じても、ヤりたいと思っても、いい、のか……?
……はっ!
待て。
待つんだモモ。
わたしはいま、なにか、もっと重大な過ちを犯していないか。
さっき、わたしは、呼ばれた。
愛しています、モモちゃん、と。
たしかに、呼ばれた――
呼ばれたのに――
わたしは、まだ、返事をしていない。
絶叫した。舐められて、絶叫して、ヤりたいと思って、エロいと認め、聖典を振り返る――
――そのあいだ、一度も、返事をしていないのであるっ!
何回でも返事をする、と言った。それが愛だと、この女に、宣言した。
その愛が。
耳を舐められただけで、止まった。
……なんということだ。
わたしの愛は、耳ぺろ一発で止まる程度のものだったのか。
いや、違う。
強すぎるのだ。
神様の耳ぺろがわたしの理性を一撃で粉砕したように、この女の耳ぺろもまた、わたしの愛を一撃で沈黙させた。
さすがは、神様の神様。さすがは、我が敵。その耳ぺろ、まさしく神域に達している――
いや、褒めている場合ではない。
返事だ。
「……ナツミちゃん」
「はい?」
「もう一回、言って」
「え?」
「さっきの。もう一回。今度は、返事する」
我が敵は、目をぱちくりさせた。
それから、いつもの、涼しげな笑みを浮かべて、わたしの耳元に、もう一度、唇を寄せた。
「……愛しています、モモちゃん♡」
そうして、ペロリと、もう一度耳を舐めた。
「……ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!」