心が読めるスキルを持って貞操逆転世界に転生したので、エッチな妄想が可愛い聖女様を徹底的に堕として曇らせようと思う 作:ひきさん
わたしの名前はナツミ・サマー。
この国の公爵家当主にして、前の人生から数えて二つ目の人生を、それはもう楽しく暮らしている女です。
いま、わたしは、耳を舐めるたびに絶叫する聖女を、朝食の席で可愛がっています。
モモちゃんの耳は、今、真っ赤に染まっています。
そして繋いだままの手からは、モモちゃんの心が流れ込んできます。
(返事……返事をしていない……返事をしないと……舐められた……エロい……エロすぎる……なぜだ……この女の舌は、神様の舌と、同じ効き方をする……)
ふふっ。
同じ効き方、ですって。
そうでしょうね。だって、わたしはこの子がそれを思い出す過程で、タカフミくんがその日どこを舐めたのか、どんな順番で、どんな速さで舐めたのかを、それはもう鮮明に、見せてもらいましたから。
モモちゃんの欲しいものは、すべて聞こえていました。聞こえたものを、そのまま、お届けしただけなんです。
……ところでさっき、この子は、神様の名前を何度呼んでも飽きない、と言いました。
わたしは、
人の頭の中というのは、だいたい3日もあれば読み終わってしまいます。
甘い顔の底には計算があって、忠誠の底には値踏みがあって、恋の底には、わたしを手に入れたあとのエッチやらなんやらの計画があって。
すべては、条件と、条件に対する反応でできています。
はいと言えばはい、いいえと言えばいいえ。
底が見えたら、もうおしまい。
読み終わった心は、面白くもなんともありません。
前の人生でも、心は読めなくても結局のところそれは変わりませんでした。
そういえば、一人だけ、3日より長く遊んであげた子がいました。
タカフミくんです。
あの子の頭の中は、わたしのことでいっぱいで、しかもその全部が、夢中で、必死で、隠す気もなくて。わたしが名前を呼ぶだけで、哀れなくらい赤くなって――
面白くて、可愛くて。
なぜか、飽きませんでした。
だから、一カ月で、やめました。
向こうが飽きる前に、こちらからやめておく。
本当になんとなく、思いつきレベルのなんとなくで、そうしました。
それで適当に、その一週間後、隣の席のちょっと格好いい男の子と付き合った。
――あの時のタカフミくんは、それはもう、面白い顔をしていました。
……エッチしてあげればよかった、というのは、もちろん冗談です。
冗談ですけど、そう言ったときにタカフミくんが吹き出したのは、本当に、本当に可愛かったですね。
さてさて。
モモちゃんの頭の中で、次の可愛らしい作戦が組み上がっていくのが聞こえてきます。
(呼ばれても、返事ができない。舐められると、止まる。ならば――逆だ。あの夜、わたしは、呼ぶ前に、なにをしていた? ……
……ふふっ。
どう考えても、順番が、因果が、完全に逆向きです。
でも、この子の頭の中では、もう証明が終わっています。
可愛いですね、本当に。
「……ナツミちゃん」
「はい?」
「わたしに、お願いして」
なんて、なんて可愛らしいんでしょう……
「今度は、お願いですか?」
「うん。なんでもいい。わたしに、お願いして」
「ふふふ。モモちゃんは、次から次へと、面白いことを思いつきますねぇ」
「ちゃんは、いらない」
「はいはい、モモ」
繋いだ手を、ぶらぶらと揺らしてあげます。
「でも、ごめんなさい。わたし、お願いって、したことがないんですよ?」
この子の頭の中が、突然強制停止しました。
「欲しいものは、お願いする前に、みんなが持ってきてくれますから♪」
実際は、少し違います。
持ってきてくれるのを待つのではなくて、わたしが、先に、持っていくんです。
相手の欲しいものを。
欲しいと言われる前に――
(お願いを……お願いを、したことがないぃいいいいいいいいいっ!?)
……ものすごい反応の良さですね。
(お願いを!? したことがない!? 一度も!? そんな人間が、この世に、いるのか!? わたしは毎日している。百回はしている。朝起きて、神様の顔を見て、お願いをする。お茶を淹れて、お願いをする。夜、ベッドに入って、お願いをする。断られる。また、お願いをする。それが人生というものではないのか!?)
ふふっ。この子は、本当に、面白い。
(……いや。落ち着け、モモ。この女は、お願いをしたことがない。ということは、断られたことがない。ということは――断られても、大丈夫だということを、知らない。……この女は、天国を、知らない)
……天国、ですか。
(わたしは毎日、神様に断られている。ごほうびが欲しいと言って、もらえたことは一度もない。それでも、神様は、いる。断られて、断られて、それでも神様がそこにいる。それが、天国というものである。この女は、それを知らない。……教えて、あげなければ。この女に、天国を、教えてあげなくては……!)
……。
……変な子です。
断られて、それでも相手がそこにいるのが、天国。
……今なにかわたしは読み間違いをしたでしょうか?
いえ。読み間違いではありません。この子の頭の中では、本当に、そうなようです。思わず、三回読み直しました。
……変な子。
「教える」
「え?」
「わたしは、お願いの専門家。この国で、わたしほど神様にお願いをした人間はいない。そのわたしが、あなたに、お願いを教えてあげる」
この子は、わたしの手を、両手で握り直しました。
「まず、相手を見る。目を、逸らさない」
「……はい」
「それから、両手を組む。こう」
わたしの右手も、一緒に組まれました。祈りの形です。ただし、二人分の。
「それから、声。本当に真剣なとき、人の語尾は『しゃい』になる」
……はい? 今なんと?
「しゃ、しゃい?」
「くだしゃい。ばっしてくだしゃい。こわしてくだしゃい。しゃい、が付くと、本気だと伝わる」
「へぇ……」
ちょっと何を言っているのか分かりませんね??
「やってみて」
ふふっ。いいでしょう。
わたしは、人の欲しいものを、その人がイメージしたより上手にやってあげるのが、特技です。この子の頭の中には、あの夜の見本が、角度も、声の震え方も、涙の量も、それはもう鮮明に再生されています。
少し、首をかしげて。
両手を、組んで。
上目遣いで、この子を見て。
声を、ほんの少しだけ、震わせて。
「……ごほうび、くだしゃい?♡」
(――うにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃーーーっ!? なんだこれは! 上目遣い! 両手! くだしゃい! わたしが教えたよりもずっと完璧な、あの夜のわたしそのもの――いや、違うっ! わたしはこんなに可愛くなかった! これは、エロい……! エロ過ぎるお願いだっ! いや、違う! いまわたしの役割はなんだ! わたしはお願いを教えていたはずだ! 落ち着け! 教師として、今のを採点するんだ、モモっ!)
……我ながら、完璧すぎたようですね。返事はもちろん……
「……だめ」
あれれ?
「だめですか?」
「上手すぎる」
だめだったようです。
「上手だと、だめなんですか?」
「お願いは、上手だと、だめ。下手だから、伝わる。あの夜のわたしは、世界でいちばん、お願いが下手だった」
……。
上手だと、だめ。
そんなことを言われたのは、二つの人生で、初めてです。
わたしは、いつも、上手でした。相手の欲しいものを、相手より上手に、差し出してきました。それで、みんな、喜んでくれました。
下手な方がいい、と言われたことは、一度も、ありません。
「……難しいですね」
「本当に欲しいものを、お願いして」
「本当に、欲しいもの、ですかぁ」
天井を見上げて、考えるふりをします。
ふりです。本当に欲しいものなんて、ありませんから。
でも、この子の欲しいものなら、分かります。この子は、断りたがっている。断ることが愛だと、さっき、頭の中で決めましたから。ですから、断りやすいものを、差し出してあげます。
「じゃあ……タカフミくんを、一晩、貸してください♡」
「だめっ!」
……速い。
「ふふっ、即答ですね」
……なんでしょう。
これ、ちょっと、面白いですね。
この子の「だめっ」は、タカフミくんを誘惑した時の返事と同じくらい、速い。
「ナツミちゃん」
「はい?」
「本当のお願いをして。わたし、断るから」
「……断るんですか?」
「うん。断る。神様が、あげなかったから。わたしも、あげない」
「……断るのに、お願いしろって言うんですか?」
「うん」
(断られても、大丈夫だと、教えてあげたい。断られても、いなくならないと。わたしは、毎日断られて、それでも毎日、神様がいる。それが、天国。この女は、天国を知らない。断られたことが、ないから)
……。
……あまりにも、変な子です。
この子の頭の中には、いま、わたしを泣かせてやろうとか、わたしを恥ずかしがらせてやろうとか、そういうものが、一つも、入っていません。あくまでわたしを、天国に連れていこうとしている。それも、なぜか断ることで。
……変だなぁ。
あまりにも変な子だから、笑ってあげました。いつもの笑い方で。涼しい、きれいな、なにも入っていない笑い方で。
当然、この笑いをする者に、お願いなどあるはずもありません。
(この顔から、お願いは、出てこない。分かる。わたしは、お願いの専門家である。人が、いつ、お願いをするのかを、知っている)
……え?
(あの夜、神様は、今日はここまで、と言った。そして、去ろうとした。その瞬間、わたしの口から、お願いが出た。であるならば)
そして、この子は、わたしの手を、離しました。
――聞こえなく、なりました。
「じゃあ」
「……え?」
「わたし、帰る」
立ち上がって、椅子を戻して、扉の方を向いて。
「今日は、ここまで」
……ふふ。
タカフミくんの真似ですね。この子の頭の中で、あの夜の場面は、それはもう何度も再生されていましたから、知っています。タカフミくんは、こう言って、一瞬去ろうとして、そして、帰らなかった。ベッドの横に寝転んで、一晩、監視した。
ですから、この子も帰りません。三歩くらい歩いて、戻ってきます。
……たぶん。
手が離れているので、確かめられませんけど。
一歩。
白い背中が、扉の方へ。
……ふぅん。
本当に、歩くんですね。
二歩。
……。
……あれれ?
なぜでしょう。
胸の、真ん中のあたり。
なにかが、きゅうっと、小さく、硬く、潰れていくような――
この感じは、知っています。
前世、お母さんが、六つの時にわたしを捨ててどこかに行った時の――
三歩目。
白い背中が、扉に、手をかけて――
「――行かないで」
……。
……。
……。
……。
わたしの、声でした。
わたしの口が、勝手に、開いて。
わたしの声が、勝手に、出て。
気づけば「行かないで」と、そう言っていました。
……。
モモちゃんは、こちらを振り向きました。
にまにまと口の端が持ち上がるのを、懸命に押さえつけている顔でした。
「だめ」
……。
なぜでしょう。
無性にその言葉が、寂しく感じてしまいます。
まるで、お母さんに何回行かないでって言っても、だめって言われた、あの最悪の瞬間を焼き直しているようで――
でも、わたしはこういうときのカバーの仕方も、知っています。
六つのときから、知っています。
笑うんです。
笑って、こう言うんです。
「……ふふ。冗談ですけどね?」
声が、少し、遅れました。でも、ちゃんと、笑えました。
「行かないで、なんて。……冗談ですよ。帰って、いいですよ。タカフミくんが、待ってるんでしょう?」
扉の方を、手で示します。
どうぞ、と。
これで、元どおりです。
この子は帰って、わたしは、なにもお願いしなかった女に戻って、明日、この子はまた来て、また面白いことをして、わたしはまた――
「……うん」
この子は、頷きました。
そして、こちらへ、戻ってきました。
椅子に座り直して、わたしの手を、両手で握って――
(愛していますよ、ナツミちゃん……)
……!
なぜでしょう。
わたしの目から、涙が漏れていました。
だって、これはずるいです。
わたしはずっと、あの時お母さんにこっちに帰ってきて、こうやって手を握ってほしくて……
(神様は、あの時、やめると見せかけて、やめなかった。そうしてわたしを監視した。一晩中、地獄のような監視の中で、わたしの全ての邪念を焼き尽くしてくれた。愛し続けてくれた……!)
……なんなんですか。
「……帰るんじゃ、なかったんですか?」
「いまは、監視が必要」
「……監視?」
「ナツミちゃんが、勝手にいけないことをしないよう監視する。それが、神の手順」
神の手順。
ふふっ。
……ふふっ、ふふふ。
この子は、あの夜のタカフミくんの手順を、最初から最後まで、わたしにやるつもりなんですね。お願いをさせて、断って、監視して、それから――
……いえ。
待ってください。
わたしは確かにさっき、この子に冗談ですよと言いました。
つまり、わたしが何度も何度も帰ってきてとお母さんにお願いしても、決して帰ってこなかったあの時とは逆に――
わたしが帰っていいと言ったのに、この子は確かに帰ってきたのです。
それは……
認めたくないことに……
このわたしの、ナツミ・サマーの、あまりにもクリティカルな弱点を、これ以上ないほど的確に突いた一撃でした。
「……冗談だって、言いましたよね?」
「うん」
「行かないで、っていうのは、冗談です。だから、モモは、帰っていいんです。わたしは、なにも、お願いしてません。……ね?」
手を、ほどこうとしました。
ほどけませんでした。
「ううん。お願いしなくても、いる」
(だって、わたしは、ナツミちゃんを、愛しているから……)
……。
……。
あれれ?
……あれれ?
なぜでしょう。
――嬉しい。
――無性に、嬉しい。
なんなんだ。
なんなんだ、このモモという女の子は。
わたしがお願いをしても、取り消しても、この子は、最初から最後まで、同じところにいる。
……そんなことが、この世にあるんですか?
手が、震えています。
わたしの手が。二つの人生で、一度も震えたことのない手が。
「……なんで」
「監視だから」
「なんで……いなくならないんですか……」
声も、震えています。
「……どうすれば、いいんですか……そんなの……どうすればいいのか、分かりません……」
本当に、分かりません。
好きなものを取るか、与えるか。
わたしの持っている手札は、その二つだけです。
今、その二つの手札で、まったく処理できない、まったく対処できない、未知のなにかが起こっています。
こんな意味の分からない相手の前で、なにをすればいいのか、わたしは、知りませんでした。
……知らない、ということが、こんなに、怖いことだなんて――
「……ずっと一緒にいる」
……。
……いま、誰が、言いましたか。
……。
モモでした。
このモモが――
誰よりも愚かであったはずのモモが――
いままでどんなに望んでも与えられなかった、わたしが望んで望んで止まなかった、何よりも大切な何かを与えてくれていました……
「……おかあしゃま」
六つの、わたしでした。
二つの人生の底に、ずっと閉じ込めておいたはずの、六つのわたしが、いま、この子の手の中で、口を開けました。
「……いい子に、しますから……だから……」
だから、なんでしょう。
行かないで、なのか。行ってもいい、なのか。六つのわたしにも、分かっていません。
「いっしょにいてくだしゃい……」
モモは、にこりと、聖女のような、天使のような、神のような笑みで――
いえ、まるで真の母のような笑みで、こういいました。
「……いい子じゃなくても、いるよ」
……。
……。
この子の頭の中を、探しました。
打算。計算。下心。
あるはずです。
当然ないといけません。
……なのに、ない。
どこにも、ありません。
この子の頭の中には、いま、こう書いてあるだけです。
(わたしは、この子を愛する。愛しきる。それこそが神の示した道。その道に今、わたしは殉じる。それこそが、わたしの、このモモ・セイントの本当の生きる道っ……!)
それだけでした。
わたしがいい子かどうかなんて、この子は、一度も、考えたことがない。
……。
……。
「ひっ……」
……あれ。
「……ぐ、ぅ……ひっ、く……ぅあ……」
あれ、あれ、なんですか、これ。
止まりません。
目から、なにか、落ちて、落ちて、止まらなくて、喉の奥がひくひくして、口が勝手に開いて、変な音が――
「……あぁ……あぁああ……あぁあああああああああああああああああああああっ……!!」
……泣いて、います。
わたしが。
この国の公爵家当主が、朝食の席で、聖女の袖を両手で掴んで、六つの子供みたいに、声を上げて、泣きわめいています。
「なんで……なんでぇ……いい子にするって、言ったのに……お母さんは、いい子にするって言ったのにいなくなったのに……! いい子じゃなくても、って……そんなの……そんなの、聞いたこと、聞いたことないよぉおおおおおおおおっ……!!」
止まりません。
二つの人生で、一度も、こんなふうに泣いたことがないので、止め方がわかりません。
そんなわたしの頭を、モモがそっと抱えました。
濡れた頬を、白い聖衣に押しつけて、ぎゅっ、と。
……あたたかい。
なんて暖かい胸の柔らかさ。
……。
(……ずるい)
……はい?
(この女、いま、わたしの胸の中で、あの夜のわたしと同じくらい、気持ちよさそうに泣いている。……わたしが、さきに、泣きたかったのにっ……!!)
……。
……ふ。
……ふ、ふふ……。
この子、いま、わたしが泣いているのを、羨ましがっています。
わたしを抱えながら。
わたしの頭を、ぎゅうっとしながら。
……ふふ、ふふふ……あは……。
泣きながら、笑いました。
そんな笑い方を、わたしは、二つの人生で、したことがありませんでした。
「大丈夫」
この子は、わたしの頭を抱えたまま、真の聖女の顔でわたしに道を示します。
「これは、恋獄と呼ばれる地獄の入り口。わたしは、この国で一番、それに詳しい」
……。
なんなんですか、本当に……
……。
それから、どれくらい、泣いていたでしょう。
しゃくり上げる間隔が、長くなって。
この子の聖衣の胸元が、絞れるくらいに、濡れて。
わたしは、この子の胸の中で、口を開きました。
「明日……」
「うん」
「……明日また、来て、くだしゃい」
わたしのその、魂からのお願いに――
「……はい、いいですよ」
この子は、答えました。
まるで、神そのものがわたしに啓示をもたらしたような感動が、わたしの全身を浸します。
……。
(お願いをさせた。断った。監視した。泣かせた。抱えた。あの夜、神様がわたしにしたことは、ここまでで、あと一つを残すのみである)
……あと一つ。
なんなんですか。
これ以上、わたしに何をしようと……
混乱が大きすぎて、感情が大きすぎて、頭がよく働きません。
「それじゃあ、ナツミちゃんは――」
「……」
緊張で、張り裂けそうになりながら、わたしは目の前の聖女を見つめます。
「わたしに、ぜったいふくじゅうってことで、いい?」
永遠のような沈黙が、場を支配しました。
「……はい?」
といっても。
実のところ、答えは、決まっていました。
最初から、決まっていました。
でも、わたしの口は、二つの人生の癖で、いつもの言葉を、出しました。
「……いやです」
……途端、この子の頭の中が、しゅん、と暗くなるのが、聞こえました。
(だめか。やはり、この女は、最後の一線だけは――)
……ふふ。
だから、続きも、言いました。
「……嘘ですけどね」
(……え?)
(どっちだ。いやです、の後に、嘘ですけどね。いやです、が嘘なら、いやではない、ということであり、いやではない、ということは、つまり――いや、待て、この女の嘘ですけどね、の後になにが来るのかは、極めて困難な問題であり――どっちだ!? 絶対服従するのか、しないのか!? 神学的に、これは、どう解釈すればいいんだ!?)
……どっちでしょうね?
わたしにも、分かりません。
(……その顔を、今のこの女の顔を、わたしは知っている。あの朝、鏡の中に見つけた、わたしの顔。神と出会った者の、顔。……誰と、出会ったんだ? この部屋には、わたしと、我が敵しか、いないはずだが……いったい、この女は、なにに神を見出したのだ……?)
……。
……本当に、この子は――
なにに神を見出したか、って……?
この部屋には、わたしと、あなたしか、いないんですけどねっ……!