【悲報】18歳童貞だけど現実の才能で決まるスキルが【魅了】だった件。しかもこのスキルなんかリアルの女友達にも効いてるけどバグ?【アリスルール・オンライン】   作:ひきさん

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第15話 かくして俺はもう一度恋をする

 あのあと、いったんパーティは別行動ということになった。

 

 火咲は【暗殺風刃】の発明、ツキトは新しい魔術に使う式探しをするらしい。

 そして俺は、錬金に使えそうな素材探しである。

 

 せっかく使えるようになった【錬金精錬】だ。罠を二つ作って終わりというのも、貴重なプレイヤーポイントに対して失礼だろう。

 

 というわけで、俺は第6層≪硝子の湖≫へやってきた。

 

 掲示板に、6層の湖の周囲で薬草や鉱石が採れると書いてあったからだ。

 

 いったんベルは召喚を解いた。一人でぶらぶらするのも、こういうゲームの楽しみ方の一つだろう。単純にうるさすぎるしな、あいつは……

 

 到着した湖は、とんでもなく広かった。

 

 向こう岸は霞んで見えず、遠くにはガラスの帆船まで浮かんでいる。これでまだ、初級資格で入れる階層の一つに過ぎないのだから恐ろしい。

 

 街道沿いの道具屋を覗き、その脇の細道を湖へ向かって歩く。

 

 水際で光っている石は、錬金素材だったりしないだろうか。

 

 そんなことを考えていた、その時だった。

 

「――あなたに、触れたいのです」

 

 突然、声がした。

 

 思わず足を止める。

 

 美しい、透き通るような少女の声だった。

 

 近くに誰かいるのかと思って振り向いたが、その道には俺しかいない。

 

「わたしの目も、耳も、唇も。あなたを愛するために、お使いください」

 

 また、聞こえた。

 

 今度は、どこから聞こえたのか分かった。

 

 ――俺の、内側から、声が響いている。

 

「……は?」

 

 胸に手を当てる。

 

 じんわりと、熱い。

 

 聞こえた声に合わせて、身体の奥から、何かが満たされていく。

 

 おかしい。

 

 俺は今、声を聞いただけだ。

 

 それなのに、誰かに大切に抱きしめられたような、信じられないほど優しい感覚が、胸いっぱいに広がっていた。

 

 この感覚を、俺は知っている。

 

 昨日、あの泉で味わった、あの――

 

==========

 【■■■■■■の大灯】が、祈りに共鳴しています。

 あなたの精神に致命的な変質が発生しています!

 

 【浸蝕度】:7%!

==========

 

 表示を見た瞬間、心臓が跳ねた。

 

「ああ、あなたに全てを捧げることは、かくも幸せなのですね……」

 

 少女の声は、まだずっと続いている。

 

 いったい何が起こっているのか。

 

 分からない中、俺はその声だけを頼りに、細道の先へと進んだ。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 湖畔に、小さな礼拝堂があった。

 

 白い石でできた建物で、入口には≪灯の聖教≫という文字が刻まれている。扉は開いていた。

 

 なんだ、これは……?

 

 この世界にも宗教があるのか?

 

 入ってみると、中に一人の少女がいた。

 

 祭壇の前に膝をついている。

 

 床に広がった純白の衣。長いヴェール。その下から零れた髪もまた、雪のように白い。

 

 俺より、少し年上だろうか。

 

 華奢な背中が、静かに呼吸していた。

 

「たとえあなたがわたしをお忘れになっても――わたしは、あなたを愛しています」

 

 女は、首に下げた金色の指輪を両手で包んでいた。

 

 そっと、それに唇を寄せ、キスをする。

 

 その瞬間――

 

 ――俺の唇が、熱くなった。

 

「っ……!?」

 

 思わず、口元を押さえた。

 

 触れられていない。

 

 誰にも、触れられていないはずなのに。

 

 女は指輪から唇を離すと、それを大切そうに胸へ抱いた。

 

 同時に、途方もない幸福が、俺の胸に押し寄せる。

 

 愛されている。

 

 どうしようもないくらい、愛されている。

 

 そんな霊感のような感覚が、全身を刺激する。

 

 この少女は、全身全霊で、誰かを愛している。

 

 その愛が、その恋が、俺の中に、流れ込んできている。

 

 なんだ、これ……?

 

 女が、ゆっくりと振り向いた。

 

 純白のヴェールが、肩から滑り落ちる。

 

 その下にあった顔を見て――

 

 

 

 

 ――俺は、息をすることを忘れた。

 

 あの、少女だった。

 

 忘れられるはずもない。

 

 何度も、何度も思い出した。思い出すだけで、おかしくなりそうだった。二度と考えない方がいいと分かっていて、それでも、どうしても忘れられなかった。

 

 あの泉で、俺に口づけをした少女。

 

 ――アリスルール。

 

 その顔が、目の前にあった。

 

 美しかった。

 

 眩暈がするほどに、美しかった。

 

 頬を伝っている一筋の涙さえ、この人を美しくするために流れているのではないかと思った。

 

「……どなた、ですか?」

 

 問いかけられて、ようやく、()()()()()()と気付いた。

 

 瞳だ。

 

 あの少女、アリスルールの瞳には、全てを焼き尽くさんばかりの虹が宿っていた。

 

 今、こちらを見つめる少女の瞳は、透き通った薄紫色をしている。

 

 髪にも、虹色の彩りはない。

 

 そして何より、あの女神は、こんなふうに――誰かに恋し、泣いてはいなかった。

 

「すまない。声が、聞こえて……」

 

 それだけ言うので、精一杯だった。

 

 女は、はっとしたように俺を見た。

 

「……聞こえたのですか?」

 

「ああ。外を歩いてたら……」

 

 俺は、自分の胸に触れた。

 

「ここから、聞こえた」

 

「……なるほど」

 

 女が立ち上がる。

 

 白い衣の裾が、音もなく床を滑った。

 

 まっすぐに俺のところへ歩いてきた女は、目の前で足を止めると、俺が胸に当てていた手へ、自分の手を重ねた。

 

 祈りの声が、途切れた。

 

 代わりに、女の身体が、びくりと震える。

 

「……あ」

 

 薄紫色の瞳が、大きく見開かれた。

 

 俺の手を包む指に、力が籠る。

 

「あたたかい……」

 

 囁くような声だった。

 

 その頬に、また、涙が零れた。

 

「本当に、聞いてくださったのですね……」

 

 女は、俺の手を見つめていた。

 

 まるで、そこに、自分が捧げてきた祈りの行方を見つけたかのように。

 

 俺には何のことなのか、さっぱり分からなかった。

 

 けれど、その手を離すことだけは、絶対にしてはいけない気がした。

 

「ミナエルと、申します」

 

 女は、涙を指で拭いながら、そう名乗った。

 

「≪灯の聖教≫で、巫女を務めております」

 

 巫女。

 

 そういうNPC、ということなのだろうか。

 

 あまりに現実離れした美しさに、彼女が仮想の存在であることを、俺は完全に忘れていた。

 

 夢中になっていた。

 

 だって――

 

 だって、この少女は――

 

 俺が狂おしいほどに恋したあの少女、アリスルールと、まったくもって瓜二つだったのだから――

 

「俺は、キョウスケだ」

 

「キョウスケ、さま……」

 

 名前を呼ばれただけで、胸の奥が、どうしようもなく疼いた。

 

 近い。

 

 こんなに近くで、その顔を見ていられない。

 

 だが、目を逸らすことは、もっとできなかった。

 

「……その格好は?」

 

 なんとか別のことを考えようとして、訊いた。

 

 白いヴェール。純白の衣。首から下げた指輪。

 

 どう見ても、花嫁の衣装だった。

 

「聖婚の祈りのための、衣です。わたしたちは、神に祈るとき、神の花嫁となるのです」

 

 ミナエルは、指輪に触れた。

 

「わたしは神に会いたい。触れたい。抱きしめられたい。……そして、わたしを、愛してほしい」

 

 最後の一言に、俺の胸が締め付けられた。

 

 祈りだと聞かなければ、恋人にねだっているようにしか聞こえなかった。

 

 いや――きっと、同じなのだ。

 

 この少女にとっては――

 

「そんなふうに、思っていいものなのか。神様に」

 

「はい」

 

 迷いのない返事だった。

 

「わたしたちは、大灯に恋をしておりますから」

 

 大灯。

 

 その言葉に、また心臓が跳ねた。

 

 さっき見たばかりのスキル名を、思い出す。

 

 まさか。

 

 この人が、恋をしているのは――

 

「でも、神が、わたしの願いを叶えてくださるとは限りません」

 

 ミナエルは、静かに続けた。

 

「お会いできないまま、一生を終えるかもしれません。……それは、とても寂しいです」

 

 指輪を包んでいた手が、胸元で、きゅっと握られる。

 

「でも、それでも、わたしは神に祈り、神を愛します」

 

 女神と同じ顔で、ミナエルは微笑んだ。

 

「わたしがどれほど寂しくても、あの方には、愛されていてほしいから」

 

 何も言えなかった。

 

 触れたい。抱きしめたい。口づけが欲しい。

 

 そんな、俺が昨日のあの時から持て余し続けているものを、この人も抱えている。

 

 それなのに、この人は、誰もいない祭壇の前で、自分の恋を差し出していた。

 

 あの指輪に、唇を寄せて。

 

「……あなたの唇にも、灯が宿っております」

 

 ミナエルが、そっと言った。

 

 俺は、びくりとした。

 

「そこに、神がいらっしゃるのですね」

 

 否定できない。

 

 女神に似た女が、俺の唇を見ている。

 

 昨日その唇に触れたのは、彼女が一生をかけて恋い慕っている相手かもしれない。

 

 俺は、何も知らないまま、その唇を貰ってしまった。

 

 そして今、その女神と同じ顔の女に――

 

「……触れたいです」

 

 ミナエルの声が、思考を遮った。

 

 もう一度、手を取られる。

 

「神様に?」

 

 馬鹿みたいな問いが、口から出た。

 

 ミナエルは、俺を見上げた。

 

 吸い込まれそうな宝石のような紫色の輝きが、俺を、捉えて――

 

「いえ、あなたに」

 

 ――そして、囚われる。

 

 何も、考えられなくなった。

 

 どくん、どくん、と到底ゲームとは信じられない興奮と恋情が全身を満たす。

 

「あなたがどなたなのかは、存じません。でも、あなたはわたしの祈りを聞いてくださった。この手に、触れてくださった……」

 

 ミナエルは俺の手を、そっと、自分の頬に当てた。

 

「――もっと、お傍にいたいです」

 

 訊き返そうとした俺を、ミナエルが抱きしめた。

 

 柔らかな身体が、触れ合う。

 

 白いヴェールが肩にかかり、視界の端で、湖の光を透かした。

 

 甘い桃のような香りがした。

 

 すぐ傍で聞こえる呼吸が、思ったよりも、ずっと速かった。

 

 まるで少女が俺に興奮しているように……

 

「え……?」

 

「わたしの祈りを、あなたにも」

 

 背中に回された手が、俺を包む。

 

 さきほど神へ差し出されていた身体の温かさが、今は、俺を包んでいる。

 

 自分の全てで、全身をもって、俺を愛そうとしている。

 

 それが分かることが、恐ろしかった。

 

 俺は、もっと強く抱きしめてほしかった。

 

 こんなにも大切にされているのに、まだ足りない――

 

 ――俺の欲望は、こんなにも果てがなかったのか。

 

「あなたにも、どうか、愛を」

 

 ミナエルが顔を上げた。

 

 涙の残った瞳が、俺を映す。

 

 唇が、重なった。

 

 ――その瞬間、少女の祈りそのものが、俺の中へ入ってきた。

 

 言葉ではなかった。

 

 少女が、ずっと、ずっとずっと、会えない誰かを想ってきた時間。

 

 触れられなくても、愛されなくても、それでも消えなかった恋。

 

 それが今、目の前にいる俺へと差し出されている。

 

 暖かな口づけとして。

 

 それらの暖かさが、一気に、俺の胸の奥で溢れかえる。

 

 視界が、白く染まる。

 

 あの泉のような、すべてを焼き尽くす光ではない。

 

 ミナエルの身体を通って、ある光が、俺の中で灯る。

 

 その光の名は――

 

 ……唇が、離れた。

 

 俺は、そっとその頬に手を添えた。

 

 女神と同じ顔をした女が、涙の残った瞳で、俺を見ていた。

 

 この人は、何度、あの指輪に口づけてきたのだろう。

 

 何度、誰もいない場所へ手を伸ばしたのだろう。

 

 気付くと、ミナエルは、泣いていた。

 

 幸せそうに、本当に幸せそうに、声を殺して泣いていた。

 

「……返って、きた」

 

 小さな声がした。

 

「わたしが差し上げたものが……返って、きた……」

 

 少女の顔が、くしゃりと歪んだ。

 

 あの女神と同じ顔なのに、こんな表情は、知らなかった。

 

 俺は思わず、彼女を強く抱きしめた。

 

 神の花嫁が、今、俺の腕の中にいる。

 

 神を愛して、神に恋をして、それでも、俺にこんなに優しくしてくれた少女が――

 

 少女の涙が、神から返事を貰えたと思ったからなのか、俺に触れられたからなのかは、分からない。

 

 分からないが、今の俺は、無性に、無性にこの少女を大切にしたかった――

 

「キョウスケ、さま……」

 

 少女が、顔を上げた。

 

 神様の名前ではなかった。

 

 俺の、名前を、少女は呼んでいた。

 

「もう一度、お会いしたいです」

 

 祈るような声で、そう言われて――

 

 俺は、ようやく思い知った。

 

 ――たとえこの少女が誰を愛していても、もう、手遅れなのだと。

 

 そして、俺は――

 

 神に恋しながら、神の花嫁にも、恋をしてしまった――

 

==========

 <警告!>

【■■■■■■の大灯】があなたを浸蝕しています!

 あなたの精神に致命的な変質が発生しています!

 

 【浸蝕度】:12%!

==========

 

「わたしの普段の住処は、200層、女神の愛宿る神聖都市グランセリア――いつか、いつか、来てくださいね……」

 

 それは、俺にとって、初めて、このゲームにおける絶対の目標ができた瞬間だった……!

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