月代ユキ「ヒロ。貴女に伝えたいことがあります」 作:( 눈_눈)
腕の中で、まるで何かの魔法であるかのように光となって消えていくメルルを、少しでも傍にと抱き締めて、
夢から覚めるかのように薄れていく意識を、
解けるように無くなっていく身体の感覚を、
抱き締めた手の平から伝わる体温だけを頼りに手繰り寄せて、2人の顔を見つめました。
くしゃりと泣き腫らして、しかしほんの一瞬とて目を離さないようにとこちらを見つめる、2人の顔を。
どれだけ時が経っても、悪い癖というのは抜けないみたいですね。
意地悪にも悪い魔女と自虐した私を、2人はきっと心情的には否定したくて、けれど否定できない、揺るがぬ悪行という事実があって、そしてそんな風に苦しむ2人が、
私のために苦しんでくれる2人が、やっぱり愛おしいのです。
死に際を品隲されたかった訳では、きっと無いはず。
そう思ってはみても、或いは私は、2人の目の前で死ぬことを、ずっと前から望んでいたのかもしれません。
私の死という強烈なインクを以てして、2人の反応を見たかった。2人の心を歪めたかった。
2人の人生へ、私を刻みたかった。
それだけが動機であることはなくて、
今も尚、僅かに燻る復讐心は、恨みは、
間違いなく鈍ってはいても、無くなることは決して無い。
それでも、計画の途中でわざわざ私の死を重要な要素として組み込んだ時点で、その欲望はあったのでしょう。
それは、歪んだ愛情の発露だったのかもしれません。
それは、自分の心を溶かした人間への純粋な興味だったのかもしれません。
それは、私だけが魔女として生き、いつか2人が老いて私を置いていく事への恐怖だったのかもしれません。
死にゆく私の目下で、びしょびしょの顔を向けてくる2人。
その姿を眺めて、穏やかな笑顔が思わず零れてしまいます。
もっと、その酷い泣き顔を見せて欲しい。
或いは、もうそんな顔をしないで欲しい。
そんな矛盾した欲望でさえ、たまらなく愛おしい。
どこか満足したように目を閉じようとして、しかしすぐに、それが出来ないことに気づいてしまう。
振り返って見れば、私の行動原理は押し並べて感情。
憎しみと、殺したくない、そのふたつだけ。
ならばなぜ、今更死ぬのが怖いのでしょうか。
もう、満足しているはずなのに、
良かったと、そう思っているのに。
そう考えて、そしてすぐに思い至りました。
私がいつまでも未練がましく2人の顔を見つめていることに。
そして、同様に見つめてくれる2人を、喜ばしく思っていることに。
使い慣れない魔法すらも使って、何とかしてヒロに遺書を残したことに。
あぁ、…私は、…怖いのではなくて、
…2人と過ごせたかもしれない日常を、諦められないのですね。
エマが語ってくれた甘い理想。
3人でしてみたいこと。行ってみたい場所。
エマの笑顔をもっと、眺めていたかった。
ヒロの笑顔をもっと、見つけてみたかった。
死にたくない。
消えたくない。
今更になって、けれど取り繕うこともできない程に。
「……エ…マ…、……ヒ………ロ…」
まともな声にもならず、2人に聞こえすらしない声。
そこに意味なんて無く、それでも吐き出さないといけない想い。
吐き出さざるを得ない想い。
あぁ、貴女達は、今更すぎるよってきっと怒るでしょうか。
それでも、伝えたいのです。
届かなくても、聞こえなくても、意味がなくても、
それでも胸に灯った暖かいなにかが、
そうしたくてたまらないのです。
どれだけ月日が過ぎても、
春も夏も、
秋も冬も、
雨の日も雪の日も、
それらの一瞬さえも、
どこまでも残酷で、憂鬱で、そして美しいこの世界がどれだけ掻き消そうとしても、
一片の曇りなく、それでもここにあるこの想いが、
今になって、そうであると確信できるこの想いが、
今度こそ少しでも伝わりますように。
貴女達に、届きますように。
「……愛し、…て……います……」
…か細く掠れた声は、2人に届いたでしょうか。