ポケットモンスターLEGENDS オーレ 作:カラス レヴィナ
よろしくお願いします!
フェナスシティの空は、嫌になるくらい青かった。
砂漠の真ん中にある街だというのに、ここだけは別世界みたいだった。
白い建物の間を水路が走り、何段にも重なった噴水が日の光を弾いている。乾いた風が吹けば、細かな水滴がきらきらと舞った。
その中央に設けられた特設ステージで、私はニンフィアと並んでいた。
「それでは結果発表です!」
司会のお姉さんの声が会場中に響く。
隣にいるニンフィアの耳が、ぴくりと動いた。
「緊張してる?」
「フィア」
「うん、そうだよね。私もものすごく緊張している」
決勝が終わった時点でできることなんて何もないのに、さっきから手のひらが汗でべたべただ。
ニンフィアの頭を撫でると、首から伸びたリボンみたいな触角が、私の腕にふわりと巻きついた。
「え、どうしたの? 大丈夫だって?」
「フィア!」
「どっちが励まされてるんだろうね、これ」
会場の巨大モニターに、二組の名前が映し出される。
私たちと、決勝で戦ったコーディネーター。
一瞬だけ静かになった。
そして。
「優勝は――エルサ選手とニンフィアです!」
歓声が爆発した。
「…………え?」
隣でニンフィアが飛び跳ねる。
「フィア! フィアー!」
「え、ちょ、待って、本当に?」
モニターに表示されている、一位。
そこには、ちゃんと私の名前がある。
「勝った……?」
私とニンフィアは目を合わせる。
次の瞬間、私は思い切り相棒を抱きしめていた。
「やったー!」
「フィアー!」
客席から拍手が降ってくる。
ついさっきまで緊張で潰れそうだったのが嘘みたいだった。
嬉しい。すごく嬉しい。
何度も失敗した。技を出すタイミングを間違えたこともある。私が考えた演技をニンフィアが嫌がって、全部作り直したこともあった。何度も二人で練習した。
その結果が、これだ。
係員のお姉さんから、小さなケースに入ったリボンを受け取る。
光を受けてきらきら輝くそれを、私はしばらく黙って見ていた。
「……綺麗」
「フィア」
「ニンフィアの方が綺麗だけどね」
「フィア!」
得意そうに胸を張る。
「そこは否定しないんだ」
思わず笑った。やっぱり、ニンフィアと一緒にいると楽しい。
旅を始めてからずっとそうだった。
最初からコンテストを目指していたわけじゃない。そもそも私には、今でもこれといった夢がない。
ポケモントレーナーになりたい。そう思ったことはある。
強くなりたい。それも思ったことはある。
色々な街を見たい。知らないポケモンに会いたい。
それも全部、本当だ。
でも、どれも「これだ」とは思えなかった。
旅の途中でポケモンを捕まえたことだってある。
砂漠で出会った子。他の地方から来たトレーナーにもらった子。怪我をしていたところを助け、そのまま一緒に来ることになった子。
でも、長くは続かなかった。
バトルが嫌いだったり。
長旅が苦手だったり。
コンテストの練習を始めたら、露骨に嫌そうな顔をされたり。
だから、そのたびに逃がした。
嫌なことを無理にさせるくらいなら、その方がいい。
そう思ったから。
結局、今も私の隣にいるのは、ニンフィアだけだ。
「エルサ選手!」
「はい?」
ぼーっとしていた。
気づけば、マイクを持った女性が目の前に立っていた。
「優勝おめでとうございます!」
「あ、ありがとうございます」
「素晴らしい演技でした! 特に最後のムーンフォースとスピードスターを組み合わせた演出、会場も大盛り上がりでしたね!」
「ありがとうございます。あれ、最初はニンフィアが全然タイミング合わせてくれなくて」
「フィア!」
「いや、本当じゃん」
ニンフィアが抗議すると、客席から笑い声が起きた。
「仲の良さが伝わってきますね!」
「まあ、長い付き合いですから」
少し誇らしくなる。
「それでは最後に、優勝したエルサ選手へ一つ!」
「はい」
女性が笑顔でマイクを向けた。
「次の目標を教えてください!」
「…………」
その言葉に、私は固まった。
次の目標。
「……えっと」
あ、あれ。何も出てこない。さっきまであれだけ嬉しかったのに。
優勝した。欲しかったリボンも手に入った。
だったら次は?
もっと大きな大会? 別の街のコンテスト? 優勝を重ねて、トップコーディネーター?
その先は?
「……次のコンテスト、ですかね」
自分でも驚くくらい弱い声が出た。
「なるほど! さらなるリボンを目指すんですね!」
「あ、はい。まあ……たぶん」
客席から拍手が巻き起こった。インタビュアーも笑っている。
ただ、ニンフィアだけが、私を見上げていた。
気づいたのだろう。私が本気でそう思っていないことに。
「…………」
ケースの中のリボンを見る。
嬉しい。それは間違いない。
なのに、胸の奥に、ぽっかり何かが空いている。
優勝すれば分かる気がしていた。
これが自分のやりたいことなのか。
このままコンテストを続けていいのか。
その答えが何も分からなかった。
「フィア?」
「ん?」
ニンフィアの触角が、私の手首に巻きつく。
「大丈夫。別に、今日決めなくてもいいでしょ」
旅をしているんだから。
次の街へ行けばいい。
また何か見つかるかもしれない。
見つからなかったら、その次へ行けばいい。
「とりあえず今日は――」
ドォンッ!
まだ言い終わっていないのに、言葉が吹き飛んだ。
「きゃっ!」
会場の悲鳴。
ステージ上のモニターが大きく揺れる。遠くで、水柱が上がった。
「な、何!?」
私は反射的にニンフィアを抱き寄せた。
今、地面が揺れたことにようやく意識が向いた。
そしてもう一度轟音が響く。
今度は近い。
白い建物の壁が崩れ、破片が水路へ落ちていく。
「ポケモンだ!」
誰かが叫んだ。
「ポケモンが暴れてるぞ!」
叫び声が呼び水になって、観客が出口へ殺到する。
スタッフが必死に誘導を始めた。
「エルサ選手も避難してください!」
「でも――」
そのとき。
巨大な影が建物の上を飛び越えて、地面へ着地した。
石畳が砕けて、砂煙の中から現れた青い身体が現れる。
頭部から伸びる突起と、腕についた巨大なヒレ。
その姿を視界に入れた途端、私の口は反射的に動いた。
「ガブリアス……?」
ガブリアス。その名前を知らない人は、この世界にはそんなに多くないんじゃないかな。
最強クラスの素早さと攻撃性能を誇り、それでなお耐久性能もそこそこある。オーレとは遠く離れた土地では、長年このガブリアスでチャンピオンに君臨している女王がいるとさえ聞く。
そんなガブリアスが、目の前で暴れている。
この子は、野生?こんな街の真ん中に?
ガブリアスがゆっくり顔を上げた。
目が合う。
ぞくりと、何かが私の中を駆け巡る。
理由は分からない。
ただ、何かがおかしい。
怒りや怯えとか、そんなものじゃない。
何もない。
目の前に何があろうと、ただ壊せばいい。そんな目だった。
ガブリアスが腕を振り上げる。
だけど。
「フィア!」
ニンフィアが、もう私の前に立っていた。
「……やる?」
「フィア」
返事は一度だけ。さっきまでコンテスト会場で笑っていた相棒の顔が変わっている。
私も息を吐く。
「分かった」
リボンの入ったケースをバッグへ突っ込む。
答えの出なかったインタビューなんて、もう頭から消えていた。
「ニンフィア!」
ガブリアスが地面を蹴る。
「ムーンフォース!」
光が弾けた。