ポケットモンスターLEGENDS オーレ   作:カラス レヴィナ

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リライブ

「……見るな。そんな目で見るなよ」

 

 男が顔を背けた。

 どれだけ時間が経っただろうか。彼はやがて、背中を向けたまま語り出した。

 

「最初は普通だったんだよ。こいつを捕まえたときは」

 

 弱かった。小さかった。でも。

 

「ルカリオになれば強くなる。だから育てた。戦わせた。鍛えた。技を覚えさせた。でも……」

 

 進化しなかったんだ。

 私は無意識に、リオルの頭を撫でた。今のリオルは、彼をじっと見つめている。どんな目で見ているのか、私からは見えない。

 

「何度戦わせても進化しない。レベルが足りないのかと思ってもっと戦わせた。育て方が悪いのかと思ってもっと鍛えた。それでも……」

「進化しなかったのか」

 

 ハルバさんが引き継いだ。

 男が頷いて、くっくっと笑い出す。

 

「そのうち腹が立ってきた。俺がこんなにやっているのに、なんでこいつは応えないんだって」

「それで、ダークポケモンにしたんだ」

 

 私の言葉に、彼は「ああ」と閉める

 

『リオルがルカリオへ進化する条件は――』

「ロトム」

『なんだロト?』

「今はいい」

『了解ロト!』

 

 ごめん。今は、本当に黙っていて。きっと彼も知っている。

 

「ああ。俺も後から知ったさ。なつき進化ってやつなんだろ。笑えるよな。強くしようとして。戦わせて。追い込んで。進化しないことに怒って、結局俺が、自分で進化できなくしてたんだからな」

「それでも、ダークポケモンにしていい理由にはならない」

「ああ」

「普通の技も、ココロも……全部」

「分かってる!」

 

 今の彼の叫びには、どんな気持ちが籠っているのだろう。彼の顔を知るのは、もうこの森だけだ。

 

「研究所に頼んだのも俺だ。進化なんかしなくていいから」

 

 一拍。

 

「戦えるポケモンにしろって」

 

 きっと、その場面を覚えているんだろう。リオルは俯いている。

 

「リオル」

 

 私は、リオルから手を離した。

 今はこの子が聞く時間。

 

「……」

 

 男はようやく振り返る。さっきまでの鬼気迫る人と同一人物とは思えないほどの崩れた顔で、彼は一歩前に踏み出た。

 

「悪かった。リオル。本当に……悪かった」

「……」

 

 リオルからの返事はない。

 彼は。さらにリオルへ近づこうとする。

 

「待て」

 

 けど、その前をハルバさんの杖が立ちふさがった。

 

「それ以上行くな。お前は確かに謝った」

「……ああ」

「なら、リオルの返事を待て」

「返事?」

「許すか、許さないか」

 

 今、全員の目がリオルに集まっていく。

 ハルバさんは続けた。

 

「お前のところへ戻るか、戻らないか。全部。その子が決める」

「……」

「お前が謝ったからといって、許してもらえると思うな」

「……」

 

 長い沈黙が流れる。この中に発せられたのは、男の自嘲気味な声だけだった。

 

「……そうだな」

 

 男は一歩下がる。

 

「俺、最後まで自分のことばっかりだ」

 

 そしてリオルへ向きなおる。

 

「もう返せとは言わない。お前が決めろ。戻りたいなら……戻ってこい」

 

 今、彼は初めて、しっかりとリオルを見ているんじゃないか、と思えた。

 

「嫌なら……」

 

 男の顔が歪む。そして。

 

「行け」

「……」

 

 リオルはしばらく、男を見つめていた。

 長い長い時間。

 そして一歩、男へ歩み寄った。

 そしてもう一歩。

 

「リオ」

 

 男は手を伸ばしかけたけど、そこで止まった。

 

「……」

 

 リオルは拳を、男の足へこつんと叩く。

 それだけで、背中を向けた。

 

「……リオル」

 

 それは彼の声だったのか、私の声だったのか、はたまた他の人の声だったのかは分からない。

 ただ、リオルはこっちに歩いてきていた。

 

「リオル」

「リオ」

「私? こっちでいいの?」

「リオ!」

 

 そっか。

 

「じゃあ、よろしくね」

「……」

 

 リオルの小さな拳が、私の手に収まった。

 

「フィア!」

 

 ニンフィアも飛び込んできた。

 

「わっ!」

 

 ニンフィアの触角が、私とリオルを一気に抱きしめる。

 

「リオ!?」

「ニンフィアが、大歓迎だって!」

「フィア!」

「苦しい!」

「リオ!」

「フィアー!」

 

 ほんの少し、リオルが笑った。

 

     ◇

 

 聖なるほこら。

 

「ここが……」

 

 空気がとても澄んでいる。

 木々のざわめきも、差し込む陽の光もとても優しい。

 

「そうだ」

 

 ハルバさんは頷いた。

 

「リオルを前へ」

 

 リオルは私を見た。

 

「一緒に行く?」

「リオ」

「うん」

 

 じゃ、一緒に前に。

 

「フィア」

「ニンフィアも?」

「フィア!」

「じゃあ三人で」

 

 リオルの両手に、私の手とニンフィアの触角が握られる。これで一緒。三人で進む。

 ほこらには、緑色の光が時折点滅している。石で出来ていそうなのに、どこから光っているんだろう。

 

「リオルを、ほこらに触れさせるのじゃ」

 

 指示に従って、私とニンフィアは、一緒にほこらに触れる。もちろん、握っているリオルの手も一緒に。

 

「……!」

 

 その時、リオルの身体が光に包まれ始めた。

 

「リオル?」

「フィ!?」

 

 思わず、リオルの手を放してしまう。

 リオルも、自分に起こっていることに戸惑っているみたいだ。

 ただ一人、平然としているのはハルバさんだけ。

 

「慌てるな。始まったぞ……リライブだ」

 

 光が、黒紫のオーラを少しずつ、リオルの身体から抜き取っていく

 

「リオル!」

「触るな」

「でも!」

「信じろ。その子を」

「……」

 

 リオル。

 

「リオ……!」

「頑張って」

「……」

「もう少し」

 

 黒が消えて、光が弾けた。

 

「リオル?」

「リオ」

 

 リオルの目が開く。

 あの暗い目じゃない。

 

「戻ったの?」

「ああ」

 

 ハルバさんが笑顔で頷いた。

 

「リライブ完了だ」

「……! リオル!」

「リオ!?」

 

 思わずリオルに抱き着いた。

 

「今度はいいでしょ!」

「リオ!」

「嫌!?」

「フィア!」

 

 ニンフィアも一緒に抱き着いた。

 

「フィア!」

「リオー!」

「苦しい!」

「リオ!」

 

 でも、笑ってる。

 リオルも今度は、ちゃんと。

 

「……」

 

 元トレーナーも、私たちのことを少し離れたところから見ていた。

 

「戻ったんだな」

 

 リオルも男を見る。

 

「リオ」

「……よかったな」

 

 それだけ言って、彼は背を向けた。

 

「行くの?」

「ああ。自首するよ。その前に」

 

 男は、少し振り返ってリオルを見る。

 

「元気でな」

 

 どこかそっけなく、だけど悲しそうに、彼は歩き出す。

 

「行かなくていい?」

「リオ」

「そっか……それじゃあ」

 

 私とニンフィアとリオル。うん、これからはこの三人で旅だね。

 

「じゃあ」

 

 私たちも行こうか。

 そう言いかけたとき、もう一つの異変が起こった。

 

「リオ!?」

 

 リオルの身体が輝き出したんだ。

 

「え?」

「フィア!?」

「リオ!?」

「何!?」

 

 光が強くなっていく。

 

「ハルバさん!」

「おおっ……」

 

 ハルバさんの目が見開かれる。

 

「これってもしかして……!」

「うむ。進化だ」

「……!」

 

 元トレーナーの足も止まる。

 

「嘘だろ」

 

 光とともに、リオルの身体が伸びていく。

 形も、幼さが残る形から、波導を受け継ぐ勇者のものへと変わっていく。

 

「…………」

 

 声が出ない。

 そして光が消えたとき、そこにはもうリオルはいなかった。

 青と黒。長い耳。胸の突起。そして、心が通った赤い眼。

 そしてスマホロトムは、お決まりのセリフを言い放った。

 

『おめでとうロト! リオルはルカリオに進化したロト!』

「……」

 

 はどうポケモン、ルカリオ。

 その真っすぐな目が、 私をじっと見つめていた。

 

「グルッ」

「進化した……」

「フィアー!」

「グルッ!」

「やった!」

 

 抱きつこうとして、止まる。

 一回嫌がられたし。

 

「……いい?」

 

 私はゆっくりと、手を広げる。

 そんな私を、ルカリオはじっと見つめた。

 そして、自分から抱きついてきた。

 

「……! ルカリオ!」

「フィア!」

 

 三人で、今度は私が苦しくなるくらい抱きしめる。

 

「すごい!」

「グルッ!」

「進化した!」

「フィア!」

「本当に!」

「グルッ!」

 

 その向こうで、元トレーナーが立っている。

 笑ったような。少し泣きそうな顔で。

 

「……そっか。俺じゃなかったんだな」

「違う。お前じゃなかった、ではない」

 

 それは、ハルバさん。私は正直よく聞こえないけど、このセリフだけは聞き取れた。

 

「その時ではなかった。ポケモンは、人間の予定表通りには育たん。だから一緒に歩くんだ」

 

 男は。少し笑った。

 

「それを……もっと早く知りたかったよ」

 

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