ポケットモンスターLEGENDS オーレ 作:カラス レヴィナ
ナックラー
朝、目を開けると木の天井があった。
知らない部屋――ではない。
「あー……」
そうだ。アゲトビレッジの宿だ。
「終わったんだ……」
「フィア」
「うん」
ベッドの横から返事。ニンフィアはもう起きている。というか。
「近い……近いよ」
「フィア?」
顔の真横には、もうニンフィアの顔があった。うん、朝からこれはいつものことだけど。
「もうちょっとそっち行って」
「フィア」
「なんで嫌そうなの」
押すと、戻ってくる。
また押すと、また戻ってくる。
「ちょ、ちょっと、狭いって!」
「フィア!」
そんな攻防を続けていると、視線を感じた。
部屋の隅で、青と黒の身体が、座ったままこちらを見ていたんだ。
「おはよう、ルカリオ」
「……グルッ」
小さな返事が返ってきた。
「寝た?」
私の質問へ、ルカリオが欠伸で応えた。
聞き方を間違えたかな。
「そりゃ寝るか……ニンフィア。その『何言ってるの』みたいな顔やめて」
「フィア」
絶対馬鹿にしてる。私は身体を起こした。
ルカリオは、昨日進化したばかりだ。リオルだった頃とは背丈も何もかも違う。
何より、その赤い目も、あの何も映していなかった目じゃない。
「改めて、大きくなったねえ。いや、本当に」
昨日まで、私の腰よりずっと低かったのに。
「立ってみて」
「……?」
「いいから」
ルカリオが立つ。
私もベッドから降りて、並んでみる。私の胸くらいまでに伸びた身長を見て、思わず記憶にあるリオルと比べる。
やっぱり大きくなったね。
「フィア!」
「ニンフィア、笑ってる?」
「フィア」
ルカリオが首を傾げた。まだ、少し変な感じがする。
リオルだった頃の癖で、つい頭を撫でようとして止めた。
ニンフィアとは長い付き合いだから、当たり前のようにやっているけど、ココロを取り戻して、本当の意味で出会った。だけど、どう接すればいいのか、まだ分かっていない。
「……まあいいか」
手を下ろす。
すると、ルカリオが一歩近づいて私の手を見る。
「どうしたの? ……あ、もしかして撫でていいの?」
「……」
ルカリオは無言だけど、離れない。
「じゃあ、ちょっとだけ」
頭へ手を乗せる。
青い毛の感触が返ってくる。ビロードみたいで、思っていたより柔らかい。
「グル……」
「嫌……じゃない?」
「ル……」
ルカリオは目を閉じて、撫でられるがままになる。
「そっか……普通に接しても、大丈夫なんだね」
「フィア!」
すると、そこにニンフィアが飛び込んできた。
「ちょっ!?」
私とルカリオの間に頭を突っ込んで、ぐりぐりと頭を擦り付けてくる。
「はいはい、ニンフィアもね」
「フィアー」
右でニンフィア。左でルカリオ。二本の腕ポケモンたちを一斉に撫でまわす。
「私、腕二本あってよかった」
「フィア?」
「……ルォ?」
「そこ二匹で同時に首傾げないで」
◇
「で」
朝食を終えて、私は村の出口に立っていた。
「これからどうしよう」
『決まってないロト?』
「決まってない」
『即答ロト!』
「何か問題ある?」
『昨日あれだけ大事件を解決した人の発言とは思えないロト!』
「解決したからじゃん」
スマホロトムが空中に浮かんでいる。
右にはニンフィア。
左にはルカリオ。
これで、私の仲間が二匹になった。
本当に増えたなあ。つい数日前まで、ずっとニンフィアと二人だったのに。
「フィア?」
「なんでもない」
ニンフィアの頭を撫でる。
ルカリオを見る。
「これから、どうする?」
「……?」
「私と一緒に来る?」
昨日の時点で、もうそんな感じにはなっていた。
でも、ちゃんと聞いておきたかった。
「無理についてこなくてもいいよ」
「フィア」
「アゲトに残りたいなら、それでもいい。ハルバさんに相談できるし」
ルカリオは私を見る。
「一人でどこか行きたいなら、それでも――」
「ガウ」
「え?」
ルカリオが歩き出した。
村の出口へ。
「……」
「フィア」
「これって」
『一緒に行くという意味に見えるロト!』
「だよね」
先へ行ったルカリオが振り返る。
「グル?」
「あ、待って!」
私は走った。
「もう、決断早いなあ!」
「フィアー!」
◇
『次の便は十一時二十分ロト!』
バス停で、ロトムがそう報告してくれた。
今はまだ十時過ぎくらい。
「まだ一時間以上あるじゃん」
『行き先を決めてないからロト!』
「じゃあ決めよう」
ベンチへ座って、スマホロトムにオーレ地方の地図を出してもらう。
フェナス、パイラ、アゲト。
見覚えのある地名が増えた。
「ここ数日で結構移動したなあ」
「フィア」
「でも、せっかくだし行ったことないところ行きたい」
画面を動かす。
うーん、どうしよう。ホウエンからアイオポートで来たけど、まだ詳しく見てないんだよね。それに、そのうち絶対にラルガタワーには行ってみたいし、バトル修行兼ねてバトル山って選択肢も捨てがたい。
「何かない?」
『条件を指定するロト!』
「面白そうなところ」
『曖昧ロト!』
「じゃあ……コンテスト」
『検索ロト!』
「あ、別に絶対出るってわけじゃないよ」
『もう検索したロト!』
「早いって」
画面にいくつか候補が表示される。どれも大きなものではない。
地方大会や、町おこしを兼ねた小さな大会が沢山ある。
「あ、これは?」
『ジェードタウンロト!』
聞いたことがない名前だ。
「こんな街あった?」
『比較的新しい街ロト!』
「へえ」
オーレ地方の北東部。
荒野と砂漠の境界近くに作られた、中継都市だ。
昔は何もなかった地域に、交通路の整備とともに発展したらしい。
『鉱石加工と物流が盛んな街ロト!』
「コンテストは?」
『三日後ロト!』
「おっ! ならちょうどいいじゃん」
「フィア!」
ニンフィアが一気に食いついた。
「ニンフィアも出たい?」
「フィア!」
「ルカリオは?」
「……」
ルカリオは、じっとスマホロトムの画面を見る。
その目線の先にあるのは、コンテスト会場の写真と、その舞台になる華やかなステージ。
「興味ある?」
「……グル」
まあ、まだ分からないか。私だってそうだ。
何をするのかとか、何になりたいのかはまだ決めていない。
だったら。
「行ってみようか。そこでまた決めよう!」
「フィア!」
「ルォ」
「よし」
次の目的地は、このジェードタウンに決定!
今回は誰かに追われてるわけでもないし、ダークポケモンを助けに行くわけでもない。
普通に、私が行きたいから行く。
「こういうのでいいんだよ、こういうので」
『何の話ロト?』
「こっちの話」
◇
数時間後。
「暑っ!」
『オーレ地方だから当然ロト!』
「アゲトから出た途端これ!?」
バスを降りて十分、ジェードタウンまではまだ少しある。
ジェードタウン途中の停留所から歩くことにした。
理由は、景色が見たかったから。
「早速後悔してるよ」
「フィア……」
ニンフィアの耳も垂れている。
ルカリオだけは割と平気そう。
「じめんタイプ入ってないのに何でそんな平気なの?」
「……」
「もしかして、精神力?」
『ルカリオのタイプは、かくとう・はがねロト!』
「知ってる」
『特性は――』
「今聞いてない」
『最後まで説明させるロト!』
スマホロトムを軽く押し返す。ルカリオの特性がせいしんりょくってことくらい知ってるよ。
周囲は砂と岩、時々、枯れた植物。遠くには山。
うん、これぞオーレ地方って感じ。
「野生ポケモン、本当に少ないね」
『過去と比較すればかなり増えているロト!』
「それでも、ホウエンとは全然違うじゃん」
そのまましばらく歩いていると、ルカリオが止まった。
「ん? どうしたの?」
「グル……」
耳が動いている。
何かを探すように周囲を見渡している。もしかして、ルカリオ特有の波導で何か感知しているのかな。
「何かいるの?」
「……グルッ!」
ルカリオが右を見る。
でもそこには、ただただ砂地が広がっているだけだ。
「何も――」
と言いかけて、足元が沈んだ。
「え?」
「フィア!?」
ずるっ。
「うわぁっ!?」
砂がすり鉢みたいな形に崩れていく。
「な、何これ!?」
「フィアー!」
私とニンフィアが一気に中央へ引きずられる。
「ルカリオ!」
「ガウッ!」
ルカリオが私の腕を掴んだ。
「ありが――」
でも、私とニンフィアの二人分だ。いくらルカリオにとっても、これは重い。
「ルカリオ、無理!」
「グルル……!」
そして、私は見た。この流砂の中心に、何かいるのを。
小さい、オレンジ色の体と、大きな頭が特徴。私の故郷である、ホウエン地方にも沢山生息しているあのポケモンは。
『ナックラー! ありじごくポケモン!』
「知って――」
『砂漠にすり鉢状の巣穴を――』
「だから知ってるって!」
「ナック!」
ナックラーが叫んだ。
「え?」
でも、その星みたいな目は、私ではなくルカリオを見ている。
「ナック……」
「グル……」
二匹が見つめ合う。
そしてナックラーの目が、私へ移った。
明らかに、さっきとは雰囲気が違う。
「ナァァック!」
途端に、ナックラーがものすごい勢いで砂を蹴り上げた。
「わっ!」
「フィア!」
「どうしたの!?」
攻撃というより追い払っている。
「分かった! 出るから!」
「ナック!」
「だから出るって!」
ルカリオに引っ張ってもらう。
ニンフィアも触角を地面の岩へ巻きつけて、どうにか穴から脱出。
「は、はあ……」
振り返る。
ナックラーは砂の中から追ってこない。
巣穴の底で、じっとこちらを睨んでいる。
「怒ってたね」
「フィ」
『ナックラーは縄張り意識も――』
「それだけかな」
『ロト?』
変だった。
ルカリオを見た時と私を見た時で、明らかに態度が違っていた。
私を見た瞬間、あの子は怒ったんだ。
「何かあったのかな」
「グル……」
ルカリオも穴の底を見ている。
「まあ、今は嫌われてるみたいだし、先を急ごう」
体にまとわりついた砂を払って、結局そんな結論になった。
私たちに続くけど、最後にルカリオはもう一度だけ、ナックラーに目を落として、ようやくそのまま歩き出した。
私たちは、まだ知らなかった。
あのナックラーが、どうして人間を嫌っているのかを。
そしてそれは、これから起こる事件のほんの幕開けに過ぎなかったんだ。