ポケットモンスターLEGENDS オーレ 作:カラス レヴィナ
ニンフィアの正面に光が集まった。
「ムーンフォース!」
「フィアッ!」
淡い光が一気に膨れ上がり、ガブリアスへ放たれて、直撃。
爆発と同時にガブリアスの巨体が浮いた。
石畳を削りながら吹き飛び、噴水の縁へ叩きつけられる。衝撃で石造りの縁が砕け、水柱が上がった。
「よし!」
綺麗に入った。
相手はガブリアス。ドラゴン、じめんタイプ。フェアリータイプのニンフィアなら相性では圧倒的に有利だ。
それに、私たちは別にコンテストしかやってこなかったわけじゃない。
二人で旅をしていれば、野生のポケモンに襲われることもある。トレーナーに勝負を挑まれることだって珍しくない。コンテストのために磨いてきた技の制御だって、バトルでは立派な武器になる。
「ニンフィア、まだ警戒して」
「フィア」
ニンフィアが身構える。
噴水から溢れた水が石畳を流れていく。
その向こうで、倒れていたガブリアスの腕が動いた。
「……まだ?」
ゆっくりと身体を起こす。ダメージがなかったわけじゃない。片膝をついているし、呼吸も荒い。身体のあちこちに傷がある。
それなのに、まだ立ち上がっている。
相当レベルが高いな、この子。
「ガァァァァッ!」
咆哮とともに、ガブリアスが地面を蹴った。
「速っ――ニンフィア、右!」
ニンフィアが横へ跳ぶ。
ガブリアスの腕は、空振りに終わる。
――のはずだった。
「フィアッ!」
「ニンフィア!?」
ニンフィアの身体が弾き飛ばされた。
地面を転がる。
「何が……」
避けたはずだ。ガブリアスの爪は届いていなかった。
でも、私はガブリアスの腕を見て、息を呑んだ。
黒紫色の何かがまとわりついている。
あれは煙? いや、炎?
どちらとも違う。腕から溢れ出したそれが、巨大な爪の形を作っている。
「ドラゴンクロー……?」
見たことのある技に似ているけど、色が違う。形も妙に歪んでいる。
いや、そもそもドラゴンクローなら、ニンフィアには効かないはず。
「ニンフィア、大丈夫!?」
「フィア!」
よかった、ニンフィアはまだ戦える。
「スピードスター!」
ニンフィアの周囲に無数の星が生まれる。
「散らして!」
「フィア!」
星が一斉に広がった。
ガブリアスの正面だけじゃない。左右、頭上、いくつもの方向から軌道を曲げる。
コンテストなら、ここからニンフィアの周囲を回転させて見せ場を作るけど、今は違う。
「足!」
星が一斉にガブリアスの足元へ殺到した。
連続して命中して、ガブリアスの身体がぐらつく。
「今! ムーンフォース!」
二発目の光が、ガブリアスの胸へ直撃した。
「ガァッ!」
吹き飛んだガブリアスが、今度は建物の壁へ激突した。
ひびが走って、ガブリアスが地面へ落ちる。
「フィ」
ニンフィアが私の前へ戻ってくる。
私も息を整える。
「今度こそ……」
終わった、と思った。
ガブリアスの爪が石畳を掴んで、立ち上がるまでは。
「嘘でしょ」
さっきより明らかに動きが鈍いし、身体もふらついている。
それでもガブリアスは私たちを見ていた。
逃げようとしない。怯えてもいない。怒っているようにも見えない。
目の前にいる相手を倒す。それ以外、何も考えていないような目。
「……何なの、こいつ」
「フィア……」
ニンフィアも感じている。
強いポケモンなら、今までにも戦った。凶暴な野生ポケモンだって見たことがある。
でも、これは違う。
自分の身体を守ろうとしない。痛みがないわけじゃない。傷ついている。苦しいはずなのに。
それでも戦う。
「自分がどうなってもいいの……?」
答えるはずもない。
ガブリアスの身体から、黒紫色の何かが噴き出した。
今度は全身。
「また……?」
周囲の空気が揺らぐ。
「ニンフィア、離れて!」
直後、ガブリアスを中心に黒い衝撃波が弾けた。
「フィアッ!」
ニンフィアが吹き飛ばされる。
私も腕で顔を覆った。
衝撃が通り過ぎて、後ろから、何かが割れる音が耳をつんざく。
振り返ると、コンテスト会場の飾りが粉々になっていた。
さらにその向こうでは、窓ガラス、街路樹、噴水その他もろもろが全部まとめて傷ついている。
「何、この技……」
見たことがない。
ガブリアスが使う技じゃない。そもそもあれ、何タイプ?
「フィア……!」
「ニンフィア!」
ニンフィアが立ち上がる。
さっきより苦しそうだ。私の胸の奥が熱くなる。
「もう無茶しないで」
「フィア!」
「でも――」
ニンフィアが一歩前へ出た。
まだやる。そういう顔だ。
「……分かった」
なら、私も迷わない。
「もう一回行くよ!」
ガブリアスが突っ込んでくる。
腕を覆う黒紫色の爪。なんだか分からないけど、あれを受けるのはまずい。
「ニンフィア、引きつけて!」
ガブリアスが腕を振る。
「今!」
ニンフィアが身体を沈めた。
黒い爪が頭上を通過。
「後ろ!」
「フィア!」
ガブリアスの脇を抜けて、背後へ。
「サイコショック!」
光の塊が至近距離から叩き込まれて、ガブリアスが前へよろめく。
「そのまま距離を取って!」
ニンフィアが跳ぶ。
ガブリアスが振り返るけどもう遅い。
「ムーンフォース!」
三発目。
光がガブリアスを飲み込んで、爆発。
とうとうガブリアスが倒れた。今度は動かない。
「……終わった?」
「フィア……」
ニンフィアも警戒したまま。
十秒ほど待って、ようやく私は肩の力を抜いた。
「何だったの……」
周囲はひどい有様だ。
フェナスの綺麗な街並みがめちゃくちゃになっている。
壊れた噴水から水が噴き出し続けていて、コンテストの飾り付けも半分以上吹き飛んだ。
さっきもらったリボンはバッグの中だけど、大丈夫かな。
「いや、今はそれどころじゃないか」
倒れているガブリアスを見る。
「トレーナーは?」
周囲に呼びかける。
「このガブリアスのトレーナー、いませんか!」
返事はない。避難した人たちも顔を見合わせるだけ。
最初から、指示を出している人間なんていなかった。
「じゃあ……野生の個体?」
オーレにも、今では野生ポケモンはいる。
昔はほとんどいなかったらしいけど、私にとっては昔の話だ。
ただ。
「こんなところにガブリアスなんている?」
「フィア?」
「いや、細かい生息域とか知らないけど」
少なくとも街中をうろついているポケモンじゃない。
迷い込んだ? それとも何かあった?
考えても分からないけど、このまま放置するわけにもいかない。また目を覚まして暴れたら大変だ。
私は腰から空のモンスターボールを取った。
「一度捕まえてから考えよう」
「フィア」
「大丈夫。今度は戦わせないから」
ニンフィアにも、このガブリアスにも、これ以上は必要ない。
私はボールを投げた。
ガブリアスへ命中して、赤い光が巨体を包む。
――ガンッ!
「え?」
閉じたと思うや否や、ボールがすぐに開いて、ガブリアスが飛び出す。そのまま地面へ倒れたそれを見て、「失敗?」と判断できる。
まあ、相手はガブリアスだ。そう簡単に捕まるとは思っていない。
「もう一回」
二個目を投げて、
――ガンッ!
「また? じゃあ……あれ? ハイパーボールってなかったかな……?」
「無駄なのです!」
「え?」
突然、背後から知らない声がした。
振り返ると、そこには女の子が立っていた。
「…………子供?」
「誰が子供なのです!」
即座に怒られた。
小さい。どう見ても小さい。
白衣を着ているけど、むしろ白衣に着られているみたいだ。
背中には身体に不釣り合いな大きな機械を背負っていて、そこから片目にはゴーグルのような装置が及んでいる。
腕にも見たことのない機械が装着されていた。
「何者?」
「説明している暇はないのです!」
女の子が手元の端末を見る。
電子音とともに、画面に何か表示される。
すると、女の子の表情が変わった。
「オーラ反応……やっぱりなのです」
「オーラ?」
「しかもこの数値……かなり深いのです」
「だから何の話?」
「あなた!」
いきなり指を差された。
「はい?」
「よくこれと正面から戦ったのです!」
「これってガブリアス?」
「そうなのです!」
「普通に戦ったけど」
「普通に戦っていい相手ではないのです!」
「先にそれ教えてよ!」
「今来たのです!」
「じゃあ仕方ないか」
「納得が早いのです!」
何なの、この子。
女の子がガブリアスへ走る。
「ちょっと、危ないよ!」
「分かってるのです!」
腕の機械が動いた。
金属音とともに、装置が展開する。
「なに、それ」
女の子がモンスターボールをセットした。すると、機械が発光して、ボールを光が包み込む。
「スナッチマシン、起動なのです!」
「スナッチ……?」
聞いたことがあるようなないような。
女の子がボールを取った。
「今度こそ――」
ガブリアスの目が開いた。
「危ない!」
身体を起こすけど、女の子は逃げない。
「捕まえるのです!」
ボールを投げる。
命中して、ガブリアスが赤い光になる。
吸い込まれて、ボールが落ちる。
「…………」
一回。
二回。
「お願いなのです……」
三回。
――ガンッ!
「なっ!?」
弾けて、またガブリアスが飛び出す。
女の子が固まった。
「そんな……」
さっきまでの勢いが消えている。
「どうしてなのです……?」
ガブリアスが立ち上がる。
「また!?」
私はニンフィアを前へ出す。
「もう一回やるよ!」
「待つのです!」
「何!?」
「様子が――」
ガブリアスはこちらを見ていなかった。
顔を上げている。何かを探すように。
「……?」
そして突然、背を向けた。
「え?」
走り出す。
「待つのです!」
女の子が追う。
ガブリアスは建物の壁を蹴った。
屋根へ、さらに次の建物へ飛び移る。
「逃げるの!?」
「逃がさないのです!」
女の子も走る。でも追いつけない。
ガブリアスはそのまま街の外へ。砂漠の向こうへ消えていった。
「…………」
静かになった。
壊れた街。水を噴き続ける噴水。遠くから聞こえる人の声。
そして。
「……くぅぅぅぅ!」
目の前の女の子が、拳を握って震えている。
「また失敗なのです!」
「ねえ」
「なんなのです!」
すごい勢いで振り返られた。
私はまず、女の子の腕を見る。女の子の体には似合わない、無骨な機械がある。
次にガブリアスが消えた方向。
最後に、自分が投げたモンスターボールの残骸。
「説明して」
「…………」
「今のガブリアス、何?」
「ガブリアスなのです」
「うん、それは知ってる」
「なら問題ないのです」
「あるよ」
一歩近づくと、女の子が一歩下がる。
「さっきの変な技は? あなたが持ってる機械は? オーラって何? それから、私のボールじゃ捕まらなかったのに、どうしてあなたは捕まえようとしたの?」
女の子の目が泳ぐ。
明らかに何か知っている。
「それは……」
「それは?」
「…………」
女の子が胸を張った。
「企業秘密なのです!」
「は?」
「では!」
踵を返す。
「さらばなのです!」
走り出した。
「ちょっと待て!」
「フィア!」
ニンフィアと追いかける。
女の子は振り返らない。
そのまま、残骸となったフェナスシティでの追いかけっこが始まった。