ポケットモンスターLEGENDS オーレ 作:カラス レヴィナ
ヴァイスが新しいモンスターボールを取り出すのを見て、私も慌ててスナッチマシンへボールをセットした。
目の前では、フライゴンが荒い息をしている。
「……!」
だけど、その目はまだ何もない。ただ、虚無の眼差しで私たちを睨んでいる。
「エルサ!」
ラピスが叫ぶ。
「無理に追い込まないでくださいなのです! これ以上傷つけたら――」
「分かってる!」
「俺も分かってる!」
「ヴァイスには言ってないのです!」
「何でだよ!」
「信用がないからなのです!」
「ひでえな!」
そう言いながらも、ヴァイスはペンドラーを前へ出す。
「ペンドラー! 動きを止めろ!」
また真正面から……。
「やっぱり力ずくじゃん!」
「止まりゃいいんだろ!」
ペンドラーが走り出す。
だけど、フライゴンはもう捕まらないとばかりに翼を広げて飛び上がる。
「ニンフィア! 上に行かせないで!」
「フィ!」
ニンフィアのムーンフォースが、フライゴンの頭上を通過する。
光を避けて、フライゴンが高度を下げた。
「今だ!」
「俺が言おうとした!」
「知らない!」
「ペンドラー!」
ヴァイスも指示を飛ばす。
「横から押せ!」
ペンドラーの巨体が側面から迫る。
それに対して、フライゴンが黒紫色の鉤爪を振るって、ペンドラーが弾かれる。
「まだだ!」
「いい加減に休ませろなのです!」
「立ってるから問題ねえ!」
「それを基準にするなって何回言わせるのです!」
言い合っているけど、ペンドラーが作った隙は大きい。
今、フライゴンは地上にも上空にもいられず、地上からほんの少し浮かび上がっているだけだ。
「ルカリオ!」
「ガウッ!」
「ボーンラッシュ!」
ルカリオが駆け込む。
狙うのは胴体じゃなくて地面。
「ガウッ!」
骨状のエネルギーが叩きつけられて、砕けた岩が跳ねる。
「フリャッ!」
フライゴンが進路を変えた。
でもそっちには、ニンフィアが待ち受けている。
触角が伸びて、フライゴンの脚へ巻きついた。
「捕まえた!」
「フィアァ!」
「フリャァァ!」
フライゴンが翼をばたつかせて、ニンフィアが引きずられる。
「フィ……!」
「ニンフィア、無理しないで!」
だけど離さない。そのまま、ルカリオもニンフィアの体を支える。
「今なのです!」
「分かってる!」
私はボールを握って、スナッチマシンが作動する。
光がボールを包んだ。
「もらった!」
「え?」
隣からも、ヴァイスのスナッチボールが投げられた。
「ちょっと、先に!」
「遅えんだよ!」
ヴァイスのボールがフライゴンへ当たり、その身体が光へ変わった。
「フライゴンが!」
吸い込まれた。
地面に落ちたボールが揺れる。
一回。
「よし!」
二回。
「……!」
三回――。
ばしゅっ!
「またかよ!」
フライゴンが飛び出した。
あれだけ戦っても、まだ元気なんだ。
「フリャァァァ!」
黒紫色のオーラが爆発する。
「下がって!」
「フィア!」
「ガウッ!」
ニンフィアとルカリオが私の前へ戻る。
フライゴンはすぐには襲ってこない。
苦しそうに頭を振っている。
もう、何度も戦ってる。
町でもここでも。
このまま続けたら――。
「ヴァイス! ペンドラーを下げて!」
「はあ? 何でだよ? 聞く義理もねえし、ペンドラーもまだいける!」
「フライゴンが先に限界になる!」
「……」
ヴァイスがフライゴンを見る。
一見、フライゴンはまだ激しく動いているけど、もう全身の動きに覇気がない。このままだと、動きながら倒れそうだ。
「だから、私が捕まえる!」
「何でお前なんだ!」
「返すためだよ!」
ヴァイスが止まった。
「は? ……返す? 何を言っていやがる?」
「このフライゴンを返すの! ナックラーたちに」
「ナックラー? 何だそれ」
「この子には帰る場所があるの!」
昨日見た群れと、私たちを睨んでいたナックラー。
人間を信じなくなったポケモンたち……あの子たちは、このフライゴンを待っているんだ。
「助けたら、元いた場所に帰す」
「何だよそれ、折角捕まえたのによぉ!」
「だから何?」
「捕まえたなら自分のだろ」
「違う……! ポケモンは物じゃない」
「はあ?」
ヴァイスが眉を上げる。
「何言ってやがんだ? ポケモンは捕まえて自分のものにしてナンボだろ! お前だって、そこのニンフィアにルカリオを……」
「私だって……」
多分、私の声は小声だったんだろう。
だけど、ヴァイスを睨んでいると声が少しずつ大きくなっていく。
「私だって、今まで捕まえたポケモン全部と旅してるわけじゃない」
「は?」
「合わないことだってある。やりたいことが違うことだってある。その度に、何度も出会いと別れを繰り返してきた……!」
ニンフィアを見る。
「フィア?」
「この子は、一緒にいたいって思ってくれたから一緒にいる」
ルカリオを見る。
「グル」
「ルカリオにも聞いた。一緒に来てくれるって……!」
私は、ニンフィアと繋がっているモンスターボールを握りしめた。
「
そしてこのフライゴン。
「この子は違う。この子には……帰りたい場所がある」
「ああ……面倒くせえな」
ヴァイスが鼻から息を吐いた。
「捕まえて、助けて、また返すんだろ? 二度手間じゃねえか」
「そこ!?」
「最初から捕まらなきゃいいのに」
「捕まえたの、あんたたちでしょうが!」
「あー」
「思い出した!?」
「そこはそうだな」
「軽い!」
ヴァイスが頭を掻いた。
「でもな」
その手が、またボールへ伸びる。
「俺は捕獲担当だ」
「……」
「逃がしたポケモンを、そのままにして帰ったら怒られる」
「知らないよ!」
「俺も怒られんの嫌だ!」
「もっと知らない!」
「だから捕まえる!」
駄目だ、話し合いが一周して戻った。
「っつーわけで、アイツは俺が捕獲する! ペンドラー!」
「またやるのです!? このままでは、本当にフライゴンがもたない!」
「だったら一発で捕まえる!」
「それができてないのです!」
フライゴンが翼を広げた。
「来る!」
黒紫色のオーラが全身を覆う。
その攻撃は、さっきのダークブレイクの比じゃない。
「ダークエンドなのです!」
もう、名前からしても物騒の極みだ。
迫って来るフライゴン。
「ニンフィア! 左へ! ルカリオは右に!」
二匹が左右へ分かれて、フライゴンの動きが止まった。
ほんの一瞬だけ。
「今しかない!」
「エルサ!」
ラピスに説明している暇はない。
フライゴンにめがけて、私は突っ走る。
当然、その空虚の眼差しが私を捉える。すぐさま、緑の翼に闇色の色が加えられていくけど、構っていられない。
走りながら、私はモンスターボールをスナッチボールへ変化させる。
フライゴンが大きく口を開けて、迫って来る直前に。
「お願い……! 少しだけ、入っていて!」
スナッチボールが光になって、フライゴンの身体が吸い込まれた。
あとは、三回揺れれば。
「フリャァァァァァ!」
だけど、今度は一瞬でフライゴンが飛び出した。
「下がって!」
「フィア!」
「ガウッ!」
ニンフィアとルカリオが私の前へ飛び込む。
フライゴンは大きく翼を打った。
「待って!」
「逃がさねえ! もう一回だ!」
私とヴァイスがボールを取り出す。
それぞれのスナッチマシンに光が付いて、一気にボールを___
「エルサ、ヴァイス、やめるのです!」
「え?」
「あ?」
「これ以上は危険なのです!」
ラピスが叫ぶ。
「装置を外した直後なのです! ダークオーラも不安定です! ここで追い込めば――」
「でも逃げるぞ!」
「今は逃がすのです!」
「はあ!?」
フライゴンが上昇する。
「フリャァァ!」
「ま、待って!」
私は手を伸ばすけど、届かない。
その一方、ヴァイスはスナッチボールを構えた。
「今ならまだ届く!」
「やめろなのです!」
「一発だけ!」
「駄目です!」
フライゴンはさらに高度を上げた。
そして一度だけ、こちらを振り返った。
「……」
さっきまでの、ただ暴れているだけの目じゃない。
ほんの少し、何かを見ている。そんな気がした
そしてそのまま、フライゴンは岩山の向こうへ飛び去っていった。
「……逃げられた」
「逃げたな」
ヴァイスはずいぶんと平気な顔をしている。
「……そっちだって、フライゴンを捕まえようと躍起になっていたんじゃないの?」
「んなもん、捕まらなかったんだから仕方ねえだろ。別に次に捕まえりゃいい」
「切り替え早っ!」
「引きずっても捕まらねえしな」
ヴァイスはペンドラーを見る。
「戻れペンドラー」
「……」
赤い光に包まれ、ペンドラーがボールへ戻る。
かなり戦わせていたけど、さすがにここでは休ませるらしい。
私も、今あのペンドラーとバトルできるほどの体力は残っていない。ニンフィアもルカリオも、もうボロボロだ。
「ヴァイス」
ラピスが低い声で呼ぶ。
「あ?」
「ドンファンは返さないのです」
「……だろうな」
「フライゴンも、次に見つけてもあなたには渡さないのです」
「そりゃ困る」
言葉のわりに、全然困っている顔をしていない。
「じゃあ、次に会った時に取り返す」
「また力ずくで?」
「当たり前だろ。他にあるか?」
「少しは考えるのです!」
「考えた結果、力ずくが一番早い」
「考えてないのです!」
ヴァイスは笑った。
それから、私を見る。
「エルサとか言ったな? あのフライゴンは、俺たちシャドーのものだ」
「ポケモンは道具じゃない。……戦闘マシーンとしか見なさないあんたたちに、モンスターボールを使う資格なんてない!」
「言ってくれるねえ……」
ヴァイスはくっくと笑いながら、別のモンスターボールを取り出した。
そして現れるのは、新たなポケモン。
「アーマーガア!」
黒いひこうタイプのポケモン。
あっという間に、ヴァイスはそのポケモンの足に掴み、浮かび上がっていく。
「ま、待って!」
「じゃあな!」
それ以上、彼は私たちとの会話を試みるつもりはないみたい。
アーマーガアごと、その姿は虚空の中に消えていった。
「……」
「……」
静かになった。
もう、戦場となった採掘場は、沈黙しか流れていなかった。
「……あのアーマーガアは普通のポケモンだったみたいなのです」
ラピス、あの一瞬でもちゃんと確認していたんだ。
「それにしても、嵐みたいな人だったね」
「昔からああなのです」
「昔から?」
「……」
ラピスの肩がぴくっと動いた。
「何でもないのです!」
「今、昔からって――」
「昔というのは、少し前という意味なのです!」
「この流れでそれ言い切るのはちょっと苦しくない?」
「苦しくないのです!」
怪しいな。
でも。
「カイル」
「ん? あ、ああ」
カイルがライオットの入ったボールを見る。
「まずこいつだな」
「うん」
それから、私の手元のダーク・ドンファンのボール。
そして、フライゴンが飛び去った空。
「……やること増えたね」
「元から増え続けているのです」
「そうだっけ?」
「そうなのです!」
ラピスがため息をつく。
「とにかく、一度ジェードタウンに戻るのです」
「賛成」
身体も疲れてる。
ニンフィアもルカリオも戦いっぱなしだ。
だから今は。
ポケモンセンターで気絶することしか考えられなくなっていた。