ポケットモンスターLEGENDS オーレ   作:カラス レヴィナ

3 / 4
砂漠の廃墟

「待ちなさい!」

「待たないのです!」

「待てって言われて待たないの初めて見た!」

「追いかけてくる方がおかしいのです!」

「説明しないで逃げるからでしょ!」

 

 めちゃくちゃになったフェナスシティを、小さな白衣が駆け抜けていく。

 それにしてもあの子、速い。というか、逃げ慣れている。

 

「ニンフィア、先回り!」

「フィア!」

「ぽ、ポケモンを使うなんて卑怯なのです!」

「逃げる方が悪い!」

 

 ニンフィアが横道へ飛び込む。

 私はそのまま直進。この先で挟み撃ち――。

 

「チルタリス!」

「え?」

 

 少女の声に、一瞬思考が止まった。

 すると。

 

「チルーッ!」

 

 頭上から鳴き声とともに、白い影が降ってきた。

 青い身体と、雲みたいにふわふわした翼が特徴で、歌声が最上と言われているポケモン、チルタリスだ。

 

「いつの間に!?」

「待機させていたのです!」

 

 少女は走ったまま跳んで、チルタリスが高度を落とす。

 

「とうっ、なのです!」

 

 ぼふっという音とともに、少女が白い翼へ飛び込んだ。

 一瞬、少女の姿が完全に埋まる。

 私も追いついてきたニンフィアも、その光景を何とも言えない顔で見上げていた。

 もぞもぞと、白い翼の中から少女の頭が出てくる。

 

「予定通りなのです!」

「絶対違うでしょ」

「細かいことを気にしてはいけないのです!」

 

 チルタリスが上昇する。

 

「じゃあ今度こそ、さらばなのです!」

「待って!」

「待たないのです!」

 

 その言葉とともに、チルタリスが飛んでいく。

 私はその場で立ち止まる他なかった。

「……逃げられた」

「フィア」

「何なの、あの子」

 

 答えはない。

 そうしている間に、チルタリスはどんどん小さくなっていく。壁を越えて、フェナスシティを完全に脱している。

 追いかけようにも、空を飛ばれたら――。

 ……いや。

 

「ニンフィア、まだ見えるよね?」

「フィア」

「よし」

 

 私は踵を返した。

 目指すは、コンテスト会場の裏手。選手用の控室のさらに奥にある、関係者用の駐車スペース。

 そこには、私の旅の相棒が停まっている。

 砂埃を被ったバイク。荷物を左右に積めるよう改造してある。

 

「まだ追える! ニンフィア、乗って!」

「フィ!」

 

 キーを差し込んでエンジン始動。

 ニンフィアが慣れた動きで後ろへ飛び乗った。

 アクセルを回して、バイクが走り出す。そのままフェナスの出口から、オーレの大半を埋め尽くす砂漠へ飛び出していく。

 途中、速度を少し落とした。壊れた街並みが目に入ったからだ。

 さっきまでコンテストをやって、観客が笑って、私とニンフィアが優勝した街。

 それがほんの少し前。

 今は、壊れた建物と、怪我人を運ぶ人と、怯えているポケモンで一杯だ。

 

「……ひどいね」

「フィア……」

 

 ガブリアス。あれは何だったんだろう。

 とても普通じゃなかった。何度倒しても立ち上がったし。

 それだけじゃない。

 あの技……黒紫色の爪に、身体から放った黒い衝撃波。どっちもガブリアスが普通に使う技じゃない。

 少なくとも私は知らない。

 そして。

 

『オーラ反応……やっぱりなのです』

 

 あの子は知っていた。

 

「……絶対、何か隠してる。ニンフィアもそう思うでしょ?」

「フィア」

「よし」

 

 私はアクセルを開いた。

 

「捕まえるよ!」

「フィアー!」

 フェナスを出てから先は、一気に景色が変わった。

 水の街から、砂の世界へ。乾いた大地、遠くまで続く岩山、照りつける太陽。これぞまさにオーレ地方って感じがする。

 舗装された道だけが、その中を細長く伸びている。

 

「あの子、どっち行った!?」

「フィア!」

「いた!」

 

 かなり遠いけど、青い点とその周囲を覆う白は何とか見えた。

 チルタリスだ。

 

「逃がさない!」

 

 速度を上げる。当然、向かい風も強くなる。

 ニンフィアが身体を低くした。

 距離を詰めるけど、向こうも気づいたらしい。チルタリスが速度を上げているみたいだ。

 

「気づかれた!」

「フィア!」

「でも道路ならこっちも――」

 

 チルタリスが右へ曲がって、道路から外れた。

 

「あっ! ずるい!」

「フィア!」

「いや、飛んでるんだから当たり前だけど!」

 

 私も舗装路から砂地へ飛び込む。すると、砂漠の洗礼とばかりにバイクが大きく跳ねた。

 

「うわっ!」

「フィアッ!」

「大丈夫!?」

「フィア!」

 

 タイヤが砂を巻き上げる。走れないことはない。旅用だから、こういう場所だって何度も走っている。

 ただし。

 

「舌噛みそう!」

 

 これは何度やっても慣れない。うん、やっぱり道路の方がいい。

 それでも追う。

 どうしてここまでしているんだろう、と一瞬だけ思った。

 ガブリアスは逃げて、多分それで事件は終わった。

 私には関係ない。あの子が怪しかったなら、フェナスの警察にでも任せればいい。私はコンテストに出ていただけ。旅をしているだけ。

 だったら、ここまで追いかける必要なんて――。

 

「……」

 

 でも、アクセルを緩める気にはならなかった。

 

「フィア?」

「ん?……何でもない。さあ、追いつくよ」

「フィア!」

 

 それから、どれくらい走っただろう。

 フェナスはとっくに見えなくなった。

 周囲には建物一つない。遠くにラルガタワーが見えるけど、他にあるのは砂と岩ばかりになった頃合に、チルタリスが高度を下げ始めた。

 

「あれ? 降りるみたい」

 

 私もバイクの速度を落とす。見失わない程度に距離を取っていると、やがてチルタリスが岩山の向こうへ消えた。

 

「……あそこ?」

 

 追いかけると。

 

「…………何、これ」

 

 私はバイクを停めた。そこには、建造物があったんだ。

 いや、建造物だったもの。

 外壁は崩れて、鉄骨が剥き出しになり、赤茶色に錆びている。

 いくつもの窓は割れたままで、場所によっては壁そのものがなくなっていた。その上、砂が内部まで入り込んでいる。

 入口らしい場所には、巨大な鉄扉があるけど、その片側は完全に倒れて、もう片方も斜めになっている。

 

「何これ、廃墟……?」

「フィア……」

 

 ニンフィアがバイクから降りて、私もエンジンを切った。

 途端に、急に静かになった。風の音しか聞こえない。

 遠くで何かの金属板がギィギィ。と揺れている。

 

「こんなところ、地図にあったっけ」

 

 スマホロトムを出して、現在地を確認するけど、表示されるのは、ほとんど何もない場所。施設名も出てこない。

 

「……怪しすぎる」

「フィア」

「だよね。さっきのチルタリスは……いた」

 

 建物の横、崩れかけた壁の近くに、チルタリスが降りている。と思えば、すぐにその姿が消えた。モンスターボールに戻されたのか。

 そっちに近づいてみるけど、あの女の子の姿はもうない。

 

「中に入ったみたい……ニンフィア、どうする?」

「フィア」

 

 ニンフィアが廃墟と私を交互に見比べる。

 

「……行く?」

「フィア」

「だよね」

 

 ここまで来て帰れるわけがない。

 私はバイクからバッグを取った。

 さっきもらったリボンのケースが入っていることを確認する。

 

「……無事。じゃなくて」

 

 自分で突っ込んで、ライトを取り出す。

 

「行こう」

 

 ニンフィアと一緒に入口へ向かった。

 一歩中へ入ると、空気が変わった。

 外より涼しい。

 でも、それ以上に。

 

「……なんか不気味だね」

「フィア……」

 

 ニンフィアも警戒している。

 床には砂、壁にはひび。天井の一部は落ちている。

 古い機械がそのまま残っていたけど、当然、動いていない。

 端末らしきものや割れたモニター、何に使うのか分からない巨大な装置が威圧するみたいに私を出迎えた。

 

「ここ、何かの研究所?」

 

 白衣の女の子が入っていったことだし。白衣のイメージとよく合う。

 

「あの子と関係あるのかな」

 

 さらに奥へ進んでいく。だけど、私たちの足音以外は――。

 

「フィア?」

「今、聞こえなかった?」

 

 耳を澄ますけど、何もない。今何か聞こえたような気がしたんだけどなあ。

 

「気のせい?」

 

 もう少し歩くと、奥から金属音が聞こえてきた。間違いない。

 

「いる」

「フィア」

 

 ニンフィアが前へ出て、私は後を追った。

 廊下を曲がる。

 

「……あ」

 

 何で建物内部に付けているんだろう。古びたプレートが斜めに残っている。

 砂を手で払うと、文字が出てきた。

 全部は読めない。でも、いくつかだけ残っていた。

 

『――ポケモン研究――』

「やっぱり研究所?」

 

 さらに砂を払うと、その下からは、別の文字が浮かび上がってきた。

 

『SHADOW』

「……シャドー?」

 

 聞いたことがある気がする。でも何だっけ?

 

「昔の会社?」

「違うのです」

「うわっ!」

 

 背後からの突然の声に、飛び上がった。

 振り返ると、あの白衣の少女が立っている。

 

「いつからいたの!?」

「少し前からなのです」

「声かけてよ!」

「勝手に入ってきた侵入者に言われたくないのです!」

「あなたも勝手に入ってるでしょ!」

「わたしはいいのです!」

「なんで!?」

「わたしだからなのです!」

「理由になってない!」

 

 少女が腕を組む。

 

「まったく……フェナスで撒いたと思ったのです。どうして追ってきたのです?」

「聞きたいことがあるから」

「わたしにはないのです」

「私はある!」

「一方的なのです!」

「逃げるからでしょ!」

 

 少女の頬が膨らむ。

 

「しつこい女なのです」

「怪しい子供に言われたくない」

「子供ではないのです!」

「じゃあ何歳?」

「……」

「何歳なの?」

「天才に年齢は関係ないのです」

「子供じゃん」

「むきーっ!」

 

 本当に何なんだろう、この子。

 

「ねえ」

 

 私は壁を指した。

 

「それよりここ、何? シャドーって?」

 

 さっきまで怒っていた少女の顔が変わった。

 ほんの少しの沈黙の後、彼女は口を動かした。

 

「……知らないなら、知らないまま帰った方がいい」

 

 語尾が消えた。

 初めて、この子が普通に喋った。

 だから余計に。

 

「嫌」

「どうしてなのです!?」

「だって絶対何かあるじゃん」

「あるのです!」

「認めた!」

「あっ」

「今認めたよね?」

「わ、忘れるのです!」

「無理!」

「こうなったら今すぐに忘却装置を作るのです!」

「怖い怖い!」

 

 少女が頭を抱えた。

 

「どうしてこんなのに見つかったのです……」

「こんなのって何よ」

 

 ぶつぶつ言っている。

 私は一度目を逸らして、もう一度、壁を見る。

 

『SHADOW』

 

 あのガブリアスの黒い爪と、何度倒れても立ち上がる姿。

 少女が使った機械や、オーラ、スナッチといった単語。その全部がここへ繋がっているんじゃないだろうか。

 

「ねえ、教えてよ」

「嫌なのです」

「あのガブリアス、普通じゃなかった。だけど、あなたは最初から知ってた」

 

 少女が黙る。

 

「私はあいつと戦った」

 

 足元のニンフィアにも傷が残っている。

 

「ニンフィアも怪我した」

「フィア」

「だから、何だったのかくらい知りたい」

 

 少女はしばらく何も言わなかった。

 やがて。

 

「……はぁ」

 

 子供とは思えないくらい大きなため息。

 

「仕方ないのです」

 

 彼女はそのまま、腕の機械を操作する。

 ピッピッと、彼女の指に合わせて電子音が鳴り響いた。

 

「でも、聞いたらもう『知らなかった』には戻れないのです」

「大げさだなあ」

「大げさではないのです」

「……いいよ」

「では」

 

 壁に描かれた、古びたシャドーの紋章へ目を向ける。

 

「まず、ここが何だったのかから説明するのです」

 

 一歩廃墟の奥へと足を向ける少女。

 

「ここはかつて――」

 

 そして、彼女は言った。

 

「ダークポケモンを造っていた研究所なのです」

「…………え?」

 

 知らない言葉だった。

 でも、なぜか。

 あのガブリアスの目が、真っ先に頭に浮かんだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。