ポケットモンスターLEGENDS オーレ 作:カラス レヴィナ
「ダークポケモン? 造ってた?」
「そうなのです」
白衣の少女はあっさり頷いた。
まるで、そこら辺でモンスターボールを作っていました、とでも言うみたいに。
「いや、ポケモンって造るものじゃないでしょ。ポリゴンはともかく」
「だから正確には、普通のポケモンをダークポケモンに変える研究なのです」
「そもそもそのダークポケモンって何? もっと駄目そうな響きだけど」
「駄目なのです」
即答。
「そこは否定しないんだ」
「事実なのです」
少女が歩き出す。
「こっちなのです」
「どこ行くの?」
「説明してほしいと言ったのはそっちなのです!」
「そうだけど」
ニンフィアを見る。
「行こっか」
「フィア」
少女について、廃墟の奥へ進む。
壁には古い配線が剥き出しになっている。入口からここにいたるまで、あらゆる機械は二十年以上放置されているのだろう。
ほとんどが砂と埃に埋もれていた。
「ねえ」
「なんなのです?」
「それでその、ダークポケモンって何?」
少女の足が止まった。
「さっき説明したのです」
「造られたポケモンってことしか聞いてない」
「……そうだったのです。簡単に言うなら」
少し考えて、少女が振り返った。
「ココロを閉ざされたポケモンなのです」
「ココロ?」
「なのです」
「どうやって?」
「それは――」
少女が口を開きかけたけど、止まった。
「……説明すると長いのです」
「省略しないでよ」
「難しいのです!」
「天才じゃなかったの?」
「天才だから専門的にしか説明できないのです!」
「じゃあ私にも分かるように説明できたら本当の天才だね」
少女の眉がぴくっと動いた。
おっ。これは、効果は抜群だったかな。
「いいのです! この天才ラピス博士が、素人にも分かるように説明してあげるのです!」
「君、ラピスっていうんだ?」
「あ」
少女が止まった。
「今、自分で言ったよね?」
「言ってないのです」
「言った」
「聞き間違いなのです」
「ラピス」
「……」
「ラピスちゃん?」
「ちゃん付けするななのです!」
「やっぱりラピスじゃん」
「ぐぬぬ……」
ものすごく悔しそう。
でもようやく名前が分かった。ラピスね。
「私はエルサ」
「聞いてないのです」
「私は名乗ったんだから、これでおあいこね」
「勝手なのです……」
「いいの。こっちはコンテストの中継で名前も顔も出てるし」
「知ってるのです」
「見てたの?」
「たまたまなのです」
「へえ」
「たまたま!」
ちょっと声が大きくなった。
もしかして最初からフェナスにいたのかな。
「それで?」
「なんなのです?」
「ダークポケモン」
「ああ」
ラピスが咳払いする。
「ココロを閉ざすというのは、単に性格を悪くするとか、凶暴にするとか、そういう話ではないのです」
さっきまでとは違う少し低い声で、ラピスの説明が始まった。
「ポケモンが本来持っている感情や、本能に干渉するのです」
「感情……」
「恐怖。躊躇。相手を傷つけることへの抵抗。それから、自分自身を守ろうとする気持ち」
反射的に、何度倒しても立ち上がったガブリアスを思い出した。
『自分がどうなってもいいの?』
私は確かに、そう思った。
「あいつ……だから逃げなかったの?」
「その可能性は高いのです」
「でも最後は逃げたよ? そこは分からない?」
「……今は、なのです」
何か引っかかったけど、それ以上は聞かなかった。
ラピスが説明を続ける。
「そうやってポケモンを、戦うための存在に変えるのです」
「戦うため……」
「昔はこう呼ばれていたのです」
ラピスが言った。
「戦闘マシンと」
「……」
嫌な言葉だ。ポケモンに使う言葉じゃない。
ニンフィアが私の足に身体を寄せて、私はその頭を撫でる。
「それが、ダークポケモン?」
「なのです」
「じゃあ、あのガブリアスが」
「ダークポケモンなのです」
ようやくあの異常さに名前がついた。
「でも、どうしてラピスには分かったの?」
見た目だけならガブリアスは普通だった。
少なくとも、最初に現れた瞬間の私は何も気づかなかった。
「それなのです!」
待ってましたと言わんばかりに、ラピスの顔が明るくなった。
「見せてあげるのです!」
白衣の中をごそごそ。
「これなのです!」
そして出てきたのは、小さな機械。さっき目に付けていたやつだ。
「オーラサーチャーなのです!」
「オーラサーチャー」
「ダークポケモンが発する特殊なオーラを検出する装置なのです」
「へえ」
「もっと驚くのです!」
「すごいね」
「軽いのです!」
「いや、本当にすごいと思ってるよ」
ラピスが不満そう。
「まあ、そのすごさが分からないのも無理ないのです。何しろ、普通の人間には見えないのです」
「さっきから言ってるそのオーラが?」
「なのです。昔は特殊な能力を持った人間が見分けていたらしいのですが」
「なにそれ、超能力者?」
「まあ、似たようなものなのです」
「そんな人いるんだ」
「いるところにはいるのです」
ラピスがオーラサーチャーを操作する。
画面には何も表示されない。
「今ここには反応なしなのです」
「じゃあニンフィアは?」
「もちろん普通なのです」
「よかった」
「疑ってたのです?」
「ちょっとだけ」
「相棒を信じるのです!」
「分かってるって」
「フィア!」
ニンフィアまで怒った。
「ごめんごめん」
しゃがんで頭を撫でる。
「でもさ、そんな危ないポケモンなら、警察とかに知らせた方がよくない?」
「……」
ラピスが黙った。
「何、その顔」
「言ってどうするのです?」
「捕まえてもらう」
「どうやって?」
「あ、そうだ。そういえば、私のボール何度投げても捕まらなかったね。なんで?」
「簡単なのです。あのガブリアスは野生ではないのです」
「……え?」
思考が止まった。
「待って」
「待つのです」
「トレーナーがいるってこと?」
「そうなるのです」
「でも誰もいなかった」
「近くにいる必要はないのです」
突き付けられた事実に、背筋が寒くなる。
なら、誰かがあんな状態にしたガブリアスをフェナスに送り込んだってこと?
「誰なの?」
「……」
ラピスの顔が変わった。
「ねえ」
「知らないのです」
「嘘」
「知らないのです!」
即答したけど、この子分かりやすいなあ。
「知ってるでしょ」
「知らない!」
「…………」
今度は私が黙った。
また語尾が消えた。
ラピス自身も気づいたのか、顔を背ける。
「……知らないものは知らないのです」
「分かった」
「……聞かないのです?」
「今聞いても答えないでしょ」
「賢明なのです」
「そのうち聞くけど」
「しつこいのです!」
でも、やっぱり何かある。
あのガブリアスとラピスには。
「じゃあもう一個」
「まだあるのです?」
「スナッチって何?」
またラピスが固まった。
「あれなら人のポケモンでも捕まえられるの?」
「……なのです」
「それって……ただの泥棒じゃない?」
「違うのです!」
ものすごい勢いで否定された。
「スナッチはダークポケモンを救出するために――」
そこまで言って、止まった。
「何?」
「厳密には……元々は盗むための機械なのです」
「やっぱり泥棒じゃん!」
「歴史があるのです!」
「犯罪の歴史!?」
「違うのです!」
ラピスが両腕を振る。
「スナッチマシンはモンスターボールに特殊な処理を加えて、他人が所有しているポケモンでも捕獲可能にする装置なのです!」
「どっからどう聞いても完全にアウトじゃん!」
「だから現在はダークポケモン救出用なのです!」
「現在はって言った!」
「いちいち細かいのです!」
「全然細かくない!」
頭が痛くなってきた。
「……つまり」
整理すると。
「あのガブリアスにはトレーナーがいる」
「なのです」
「だから普通のボールじゃ捕まらない」
「なのです」
「でもスナッチマシンなら、トレーナーがいても捕まえられる」
「なのです!」
「そして、あなたはそんな機械を持っていて、さっきもトライしたけど失敗した」
「なのです!」
「……犯罪者?」
「どうしてそうなるのです!? わたしはダークポケモンを助けているのです!」
「分かった分かった」
「絶対分かってないのです!」
「じゃあ、なんでそんなもの持ってるの? その機械、普通に売ってるものじゃないでしょ」
「当然なのです」
「オーラサーチャーも?」
「なのです」
「ダークポケモンにも詳しい」
「…………」
「それに」
私は壁を見る。
SHADOWの組織名が、ただ無感情に私たちを見返していた。
「ここにも詳しい」
ラピスは黙った。逃げないし、否定もしない。
「あなた、何者?」
「……」
長い沈黙が降りた。風が廃墟の隙間を抜けて、どこかで金属が軋む音がした。
ラピスが白衣のポケットへ手を入れた。
そして。
「……ラピスなのです」
「それは聞いた」
「天才なのです」
「それもさっきから聞いてる」
「博士なのです」
「……その歳で?」
「年齢は関係ないのです!」
「はいはい。それで?」
ラピスが頬を膨らませるけど、すぐに戻った。
「元」
「元?」
「……元シャドーなのです」
「……」
今度は私が固まる番だ。
「この研究所を使っていた、ダークポケモンを造った組織」
そして、自分の胸へ指を向けた。
「わたしは――」
一瞬だけ、あの得意そうな顔が消えた。
「そこの研究者だったのです」
「……」
「……」
「フィア……」
そうか。そういうことか。
白衣、謎の機械、スナッチマシン、ダークポケモンの知識、この廃墟への慣れ。
全部納得してしまった。
「……ニンフィア」
「フィア?」
「帰ろっか」
「ちょっと待つのです!?」
「だって悪の組織の人じゃん!」
「元なのです! 元!」
「もっと早く言ってよ!」
「言ったら逃げると思ったのです!」
「今逃げてる!」
「待つのです!」
私の服を掴まれた。
「いや! 離して! 悪の組織に改造される!」
「話を最後まで聞くのです!」
「絶対ろくでもない話でしょ!」
「違うのです!」
「じゃあ何!?」
「わたしは――」
ラピスが叫ぼうとして。
ピピッ。
どこからか電子音が聞こえて、ラピスが止まった。
「今の何?」
「…………」
ピピッ。
まただ。
オーラサーチャーの画面に光が点滅している。
ラピスの顔色が変わった。
「嘘……」
「どうしたの?」
「反応なのです」
「反応?」
ラピスが廃墟の奥を見る。
「ダークオーラの反応が」
私も同じ方向を見る。
暗い廊下。さっきまで何もなかった場所の奥から、カツンと音が聞こえてきた。
何かがいる。
「もしかして……さっきのガブリアス?」
「違うのです。反応が小さい」
カツンと、また一歩。
暗闇の中に、二つの赤い目が開いた。
「……」
小さい。確かにガブリアスとは全然違う。
人間の子供くらいしかない。
青と黒の身体。耳のように垂れた突起。それは。
「リオル……?」
知っているポケモンだった。
でも、フェナスで見たガブリアスと同じで、その目には、何もなかった。
「エルサ」
ラピスが腕のスナッチマシンを展開する。
「下がるのです」
いつものふざけた調子が消える。
「あの子も――」
オーラサーチャーが警告音を鳴らした。
「ダークポケモンなのです」