ポケットモンスターLEGENDS オーレ 作:カラス レヴィナ
「ダークポケモン……」
暗い廊下の向こうで、二つの赤い目が、こちらを見ていた。
「リオル……」
知っているポケモンだった。珍しいけれど、スマホロトムの図鑑で見たことはあるし、町中で見かけたこともある。
でも、フェナスで戦ったガブリアスと同じ目をしている。私たちを見ているはずなのに、その奥に何もない。
「エルサ、下がるのです」
ラピスが一歩前へ出た。
「チルタリス」
「チル」
モンスターボールから飛び出したチルタリスが、ふわりと翼を広げた。
さっきまでラピスを乗せて飛んでいたときとは雰囲気が違う。
白い翼を広げ、ラピスを庇うように前へ。
「フィ」
ニンフィアも私の前に立った。
「チル」
「フィア」
二匹の視線が、一瞬だけ合う。
何か通じたらしい。
「何話したの?」
「今はそれどころではないのです!」
ラピスはオーラサーチャーの画面の表示を確認する。
「やっぱり間違いないのです。ダークオーラを検出しているのです」
「それって、フェナスのガブリアスと同じ?」
「なのです。ただし、ガブリアスほど深くはないのです」
「じゃあ、まだ元に戻せる?」
「……もちろん戻すのです」
ラピスは言い切った。
「そのためにわたしは――」
リオルが消えた。
「え?」
「チルタリス!」
「チルッ!」
白い翼が広がる。直後、ドンッ! と黒紫色の拳が、チルタリスへ叩き込まれた。
「チルッ!」
チルタリスの身体が後ろへ滑る。
「速っ……!」
リオルは追撃する。また、拳を覆う黒い光が現れた。
「またあれ! シャドーパンチ……とか?」
「ダーク技なのです! チルタリス、避けるのです!」
チルタリスが飛び上がって、リオルの拳が空を切った。
そのまま床へめり込む拳。すると、コンクリートにひびが走る。
「え!? リオルって、こんな力あるの?」
「普通ならここまでではないのです! ダーク化によって、戦闘能力が異常に引き出されているのです!」
「でも……」
リオルを見る。
小さな身体と拳。そして、それに不釣り合いな破壊力。
「でも、ガブリアスよりは……」
「当然なのです。元々の能力差がありすぎるのです。チルタリス! 一度動きを止めるのです!」
「チル!」
チルタリスが翼を広げる。
「待って! だったら、私がやる」
「は?」
ラピスが振り返った。
「ニンフィア」
「フィア!」
私の隣から飛び出す。
チルタリスと入れ替わるようにリオルの前へ。
「どうしてあなたが戦うのです!」
「だって」
ラピスの腕を見る。
スナッチマシンが、薄暗い中鈍色の光を放っていた。
「それで捕まえるんでしょ?」
「もちろんそのつもりなのです」
「だったらそっちに集中して。戦うのは私がやる」
「初対面の相手に役割分担を決められたのです!?」
「嫌なら二人で同時にやる?」
「効率が悪いのです!」
「じゃあ決まり」
「ぐぬぬ……! チルタリス、こっちなのです」
文句を言いながらも、ラピスはチルタリスを下がらせた。
「チル」
チルタリスがラピスの横へ。そして入れ替わって、ニンフィアが前へ。
「ニンフィア」
「フィア」
「できるだけ傷つけたくない」
「フィア」
「まず動きを止めよう」
だけど、私たちの話が終わる前に、もうリオルが床を蹴っていた。
「来るよ!」
またあの黒い拳だ。
「避けて!」
ニンフィアが横へ跳ぶと、すぐさまリオルが方向を変える。
「速い! ニンフィア、跳んで!」
「フィア!」
リオルの頭上を取った。
「スピードスター!」
煌めく星が降り注ぐ。
それらはリオルへ直撃して、小さな身体が床を転がった。
「止まって!」
私は思わず叫んだ。
でも、リオルは無表情に起き上がる。
やっぱり。
「同じだ」
「なのです」
ラピスが低い声で答えた。
「痛みがないわけではないのです」
リオルの足は震えている。
「痛いのです。苦しいのです。なのに……
「戦うことを止めない」
私が引き継いだ言葉に、ラピスは頷いた。
フェナスのガブリアスも、何度ムーンフォースを受けても立ち上がった。
「これが……ダークポケモン」
「なのです」
リオルの身体から肉眼でも見えるほど黒いオーラが溢れた。これが、さっきのダークわざの予備動作だ。
「来るのです!」
「ニンフィア!」
そのとき。
「リオル!」
男の声が響いた。
「…………え?」
すると、リオルの動きが止まった。
続いて、廊下の奥から足音とともに一人の青年が現れる。
二十歳くらいだろうか。
砂漠を旅するためなのか、軽いジャケットを羽織っている。
腰にはモンスターボールが付けられていて、肩を鳴らしながらリオルへ近づいた。
「勝手に動くなって言っただろ」
リオルは攻撃しない。男を見向きもせず、その場に止まっている。
「な、何者なのです?」
「誰だ、お前ら」
男は吐き捨てるように聞いてきた。
「質問に質問で返すななのです」
「ラピス、それ私もさっきやった」
「今は黙るのです!」
「はいはい」
ラピスが男を見る。
「このリオルのトレーナーなのです?」
「ああ。俺のリオルだ」
あっさりと認めた。
私とラピスが顔を見合わせる。
「じゃあ、やっぱり、この子も」
「なのです」
普通のモンスターボールでは捕まえられない。すでにトレーナーがいるから。
「あなた」
ラピスが一歩前へ。
「この子がダークポケモンだと知っているのです?」
「……」
男の眉が動いた。
「何だ、お前」
「質問に答えるのです」
「その言葉をどこで知った?」
「知っているのですね」
「……」
男の視線がラピスの腕へ向かう。その視界にスナッチマシンが入ったんだろうけど、目つきが変わった。
「お前、その機械……」
「このリオル、誰にダーク化されたのです?」
ラピスが遮った。
「答えるのです」
男はしばらくラピスを睨んでいたけど、やがてそれは笑みに変わった。
「俺が頼んだんだよ」
「……え? 今……何て言ったの?」
「だから! 俺が頼んで、こいつをダークポケモンにしてもらった」
「……」
意味が分からない。
「どうして?」
「強くするため」
「強く……それだけ?」
「それ以外に何があるんだよ」
男がリオルの頭へ手を伸ばす。
リオルは避けない。無造作に頭を撫でられても、リオルの顔は一切変わらない。
「こいつ、いつまで経っても進化しなかったんだ」
「進化?」
「ああ。俺が欲しかったのはルカリオだ」
その言葉にも、リオルは反応しない。
「強くて、格好良くて、バトルでも使えるルカリオ。だからリオルから育てた。戦わせた。鍛えた。時間だってかけた」
「だったら」
「でも進化しなかった」
男の声に苛立ちが混じる。
「いつまで経っても」
リオルを見る男の目が、ひどく歪んでいる。
胸の奥に、嫌なものが湧いてきた。
「……こいつのままって……リオルじゃ駄目なの?」
「だから弱いんだよ。だったら別の方法で強くするしかないだろ」
「それでダークポケモンに?」
「ああ、そうだ」
全く悪びれない。むしろ当然のように言い切った。
「実際、成功だった。見ただろ? 普通のリオルとは比べ物にならない。いや、下手なルカリオよりも強いかもな。ああ、そうだ」
リオルの肩を叩く。
「強くなったんだよ、こいつは」
リオルは何も言わない。
嬉しそうでも、嫌そうでもない。
ただ立っているだけだ。
「ふざけないで」
「あ?」
自分でも驚くくらい低い声が出た。
「そんな理由で?」
「そんな理由?」
「進化しないからって」
「お前には関係ないだろ」
「あるよ!」
声が廃墟に響いた。
「この子は――」
「エルサ」
ラピスに腕を掴まれた。
「離して」
「落ち着くのです」
「でも!」
「怒るのは後でもできるのです」
ラピスは男ではなく、リオルを見ている。
「先にこの子を助けるのです」
「……」
そうだ。今は。
「あなた」
ラピスが男を見る。
「リオルを渡すのです」
「は?」
「こちらで保護するのです」
「何言ってんだ? 俺のポケモンだぞ」
「だから何なのです?」
「お前のそれ、知ってるぞ? 他人のポケモンを奪える機械だろ」
彼の指先にあるのは、スナッチマシン。
「だったら、泥棒じゃねえか」
「……」
ラピスが黙った。
私もそこについては、さっき同じことを言った。
でも、ラピスは全く動じない。
「泥棒でも構わないのです」
「ラピス?」
「この子を元に戻せるなら」
ラピスの手が、ほんの少し震えていた。
「何と呼ばれても、わたしは構わないのです」
「……」
さっきまで元シャドーだと話したとき、一瞬だけ見せた顔と同じだった。
「へえ……じゃあやってみろよ。リオル! こいつらを叩き潰せ!」
リオルの身体から、黒紫色のオーラが噴き出した。
「フィア!」
「チル!」
ニンフィアとチルタリスが同時に前へ。
「エルサ!」
「分かってる!」
「チルタリスはわたしを守るのです!」
「チル!」
ラピスがスナッチマシンを展開する。
「戦闘は任せるのです!」
「最初からそのつもり!」
「偉そうなのです!」
「今それ言う!?」
「そんなことより来るのです!」
「そっちが言い出したくせに!」
リオルが地面を蹴り、黒い拳を振り上げる。
「ニンフィア!」
「フィア!」
私はリオルを見る。
倒すためじゃない。勝つためでもない。
「この子を止めるよ!」
「フィア!」
そして、私たちの最初のダークポケモンとの戦いが始まった。