ポケットモンスターLEGENDS オーレ 作:カラス レヴィナ
リオルが消えた。
「右!」
「フィア!」
私が言い切るより早く、ニンフィアは動いていた。
身体を横へ動かすと、黒紫色の拳がその頬のすぐ横を通り過ぎる。
ニンフィアは振り返らない。そのまま尻尾がリオルの足を払うと、その体勢が崩れた。
「スピードスター!」
至近距離から、無数の星がリオルへ叩き込まれる。
また小さな身体が吹き飛んだ。
「今!」
「分かってるのです!」
ラピスがボールを構えると、腕のスナッチマシンが発光。
「スナッチ!」
モンスターボールを投げると、リオルがボールへ吸い込まれた。
「……」
一回。
二回。
――ガンッ!
「駄目なのです!」
「まだ元気すぎる?」
「なのです! もう少し弱らせる必要があるのです!」
「分かった! ニンフィア」
「フィア!」
ニンフィアが構えるのと同時に、リオルも立つ。
足が震えているけど、まだ戦うつもりだ。明らかに格上のニンフィアに。
「……」
やっぱりこういうの、嫌だな。
「何してる! 早くやれ、リオル!」
男の命令に従って、リオルの身体から黒いオーラが噴き出す。
「ニンフィア、左!」
黒い拳を避けるけど、さらにもう一発来る。
「後ろ!」
ニンフィアは見もしない。私の声だけで跳んで、リオルの拳が空を切った。
「何だよ、それ」
男が呟いた。
「…………?」
「なんでいちいち指示が間に合うんだよ」
「え?」
別に普通だけど。
「フィア?」
ニンフィアも同じ顔をしている。
「何年一緒にいると思ってるの」
私がトレーナーになるより前から。
旅に出るより前から。コンテストなんて知るより、ずっと前から。まだニンフィアがイーブイだった頃から。
この子は私の隣にいた。
家で一緒にご飯を食べて。一緒に遊んで。怒られて。喧嘩して。仲直りして。眠るときだって、いつの間にか私のベッドへ潜り込んできた。
だから。
「ニンフィア!」
「フィア!」
それだけで分かる。
リオルが接近してくるけど、ニンフィアは私を見ない。
「一回合わせるよ!」
「フィア!」
スピードスター。でも、リオルには撃たない。星がニンフィアの周囲を回る。
「は? な、何してんだ?」
男が笑った。
「コンテストじゃねえんだぞ」
「知ってる」
リオルが飛び込んでくる。
「今!」
星が散った。
「――!」
光が、リオルの視界を覆う。
一瞬、動きが完全に止まった。
「後ろに向かって___」
ニンフィアが回り込む。
「サイコショック!」
光が直撃して、リオルが床へ叩きつけられた。
「リオル!」
男が叫ぶ。
サイコショックだって、リオルには大ダメージだ。もう、立ち上がれるはずが……
「…………」
やっぱり怖い。もう十分だ。
普通なら、もう休ませてあげるところなのに、見てて痛々しいほどの状態でも、リオルは立ち上がっている。
「ラピス!」
「まだなのです!」
「でも!」
「スナッチできなければ助けられないのです!」
「……」
分かってる。分かってるけど。
リオルがこちらを見る。
その目には、やっぱり何もない。
「……ニンフィア」
「フィア」
「次で止める」
「フィア」
「できるだけ軽く」
「フィア」
「でも確実に」
「フィア!」
「何ごちゃごちゃ言ってんだ! リオル! ダークラッシュ!」
リオルを黒いオーラが包んだ。
「!」
来る。一直線に。
「ニンフィア!」
「フィア!」
そして、大きな爆発がニンフィアたちを包んだ。
大きな激突。だけど。
「フィアッ!」
ニンフィアの触角が動いた。
リオルを捕まえていたんだ。
「なっ!」
男が目を見開く。
そのままニンフィアがリオルを抱え込んだ。
「今、ラピス!」
「任せるのです! 今度こそ――」
スナッチマシンが光り輝き、モンスターボールがスナッチボールになる。
そのとき。
リオルの身体から黒いオーラが爆発した。
「フィアッ!」
「ニンフィア!」
ニンフィアが吹き飛ばされる。
ラピスも腕で顔を覆った。
「くっ……!」
リオルが着地。
息が荒くて、身体が揺れている。
「今の何!?」
「暴走しかけているのです!」
「暴走?」
「ハイパーモードなのです! ダークポケモンは精神状態が不安定になると、ダークオーラが急激に活性化することがあるのです!」
「じゃあ止めないと!」
「だからスナッチするのです!」
「待って!」
「なんなのです!?」
「ニンフィアが近い!」
リオルのすぐそばで、ニンフィアが立ち上がろうとしている。
その瞬間。
「今だ! ニンフィアを倒せ! ダークラッシュだ!」
リオルが拳を振り上げる。
ニンフィアはまだ立てない。
「やめて!」
考えるより先に、身体が動いた。
「エルサ!?」
ニンフィアとリオルの間へ走る。ニンフィアに抱き着いて、リオルに私の背中が目前に来るようにする。
「馬鹿なのです!」
ラピスの声。
分かってる。でも、昔からずっとそうだった。
ニンフィアがイーブイだった頃。
野生ポケモンに追いかけられたとき。
私の後ろに隠れていた。
今では、いつもニンフィアが私の前に立つ。
だから。
「たまには私が守ったっていいでしょ!」
「チルタリス!」
「チル――!」
そのとき。
「……!」
拳が止まった。
私の顔、ほんの数センチ前。
「……え」
黒いオーラが頬を掠める。
痛いけど、殴られていない。
「リオル……?」
目が合う。
空っぽだと、そう思っていた。
でも一瞬だけ、何かが揺れたような。
リオルが腕を下ろす。
「何やってんだ!」
男が叫んだ。
「おいリオル! 倒せって言っただろ!」
リオルが男を見る。
「お前は俺のポケモンだ! 言うこと聞け!」
その言葉に。リオルの身体が震えた。
「……」
私にはそれが、怖がっているように見えた。
「ラピス」
「……なのです」
「この子」
私はリオルから目を逸らさない。
「本当に心がなくなったわけじゃないんだよね?」
「……」
ラピスが答える。
「なくなったのではないのです。固く、閉ざされているだけなのです」
閉ざされている。だったら。
「開けられる?」
「そのためのリライブなのです」
「リライブ……」
「ダークポケモンのココロを開いて、元の状態へ戻すことなのです」
「……分かった」
この子を、元に戻せる。
「だったら……助けよう」
「最初からそう言っているのです!」
「そうだったね」
「今さらなのです!」
私は笑った。
ニンフィアも立ち上がる。
「フィア!」
「大丈夫?」
「フィア!」
「よし」
ラピスを見る。
「もう一回」
「なのです!」
ラピスがスナッチボールを構える。
そのとき。
ピピッ。
「……?」
ラピスが止まった。
「何?」
「これは……」
スナッチマシンじゃない。オーラサーチャーでもない。
ラピスの白衣の中で、別の端末が鳴っている。
「……まずいのです」
「何が?」
端末を見たラピスの顔色が変わった。
「どうしたの?」
「この研究所……廃墟ではないのです」
「……え?」
男が笑った。
「気づくの遅えよ」
その言葉を合図にしたのか、暗かった廊下に突然照明が点いた。
「え……?」
一つ、また一つ。
証明はどんどん奥へ向かっていって、死んでいたはずの研究所に光が戻っていく。
機械の起動音や低い駆動音。二十年間眠っていたはずの設備が目を覚ます。
「ラピス。これって」
「エルサ、予定変更なのです
ラピスがチルタリスの横へ下がる。
「リオルをスナッチして――」
廊下の奥から、複数の足音が近づいてくる。
「すぐに、ここから逃げるのです」
暗闇から、人影が現れた。
一人。二人。三人。
彼らの胸元に刻まれていたマークを。
私はもう知っている。
「……シャドー」
ラピスの顔から、笑みが完全に消えていた。