ポケットモンスターLEGENDS オーレ   作:カラス レヴィナ

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スナッチ

「……シャドー」

 

 口にすると、不思議な感じがした。

 ほんの少し前まで、私にとっては廃墟の壁に残っていた名前でしかなかった。

 二十年前、ダークポケモンを造っていた組織。

 そして――今。その名前を掲げる人間が、目の前にいる。

 

「三人……」

「見えているだけで、なのです」

 

 ラピスが小さく答えた。

 

「チル……」

 

 チルタリスが翼を広げ、ラピスを庇う。

 廊下の奥には三人。けれど、それだけじゃない。

 別の通路や後ろからも、足音がする。

 

「もしかして、囲まれた?」

「そのようなのです」

「どうする?」

「逃げるのです」

「リオルは?」

「もちろん連れていくのです」

「どうやって?」

「それを考えているところなのです!」

「天才博士!」

「天才にも考える時間くらい必要なのです!」

「今ないよ!」

「分かってるのです!」

「おい」

 

 笑い声をあげるのは、リオルのトレーナーだった。

 

「何ごちゃごちゃ言ってんだ?」

「……」

 

 私は男を見る。

 

「あなた、こいつらの仲間だったの?」

「仲間?」

 

 男は鼻で笑った。

 

「違う違う。俺は客だよ」

「客?」

「ああ」

 

 嫌な予感がした。

 

「まさか……」

「多分、予想通りなのです。ここは、ダークポケモンの研究施設として再稼働しているだけではないのです」

 

 ラピスがリオルを見る。

 

「外部からポケモンを預かって、ダーク化を施して、それ自体を商品にしているのです」

「商品って……」

 

 リオルを見る。

 震えている足、傷だらけの身体。空っぽに戻ってしまった目。

 

「こんなことを?」

「強くなるなら安いもんだ。実際、前より使えるようになったしな」

「……最低」

「好きに言えよ。俺は満足してる」

「リオルは?」

「あ?」

「リオルも満足してるの?」

「ポケモンがそんな――」

「エルサ」

 

 ラピスが遮った。

 

「今は話している場合ではないのです」

「……分かってる」

 

 シャドーの一人が前へ出た。

 

「ここを知られた以上、帰すわけにはいかない」

「やっぱりそうなる?」

「当然だ」

「そういうところだけ悪の組織らしくしなくていいのに」

「エルサ」

「冗談言わないと怖いんだって」

「……それなら許すのです」

 

 男たちが一斉にボールを構えた。そして、光の中から一気にポケモンたちが姿を現す。

 

「グラエナ!」

「ゴルバット!」

「ノクタス!」

 

 ホウエン出身の私にはなじみ深いポケモンたち。それらの目が、一気に私たちを捉えていた。

 

「こいつらも?」

「待つのです」

 

 ラピスがオーラサーチャーを向ける。

 数秒経って出た結論は。

 

「反応なし。普通のポケモンなのです!」

「ならまだやりやすい!」

「二対三なのです!」

「リオル入れて二対四!」

「余計にやりにくくなったのです!」

「リオル!」

 

 黒紫色のオーラとともに、リオルが床を蹴った。

 

「ニンフィア!」

「フィア!」

 

 言葉を全部聞く前に、ニンフィアはもう動いていた。

 リオルの拳を半歩ずれて空振らせて、そのまま触角がリオルの腕へ絡ませて、体勢を崩させる。

 

「グラエナ、かみくだく!」

 

 横から来る。

 

「ニンフィア、離れて!」

 

 ニンフィアがリオルを放した直後、グラエナの牙が音を立てる。

 

「チルタリス!」

「チル!」

 

 その中に白い翼が割って入り、グラエナを弾き飛ばす。

 

「助かった!」

「チル!」

「お礼は後なのです!」

「ゴルバット、エアスラッシュ!」

「チル!?」

 

 風の刃が吹きすさぶ。

 

「避けるのです!」

 

 チルタリスが上昇して、風の刃が翼を掠めた。

 一方で、ニンフィアが前へ出ようとする。

 

「右!」

 

 すぐに、リオルの拳を避ける。

 

「ノクタス! ニードルアーム!」

「フィアッ!」

「ニンフィア!」

 

 横から攻撃を受けて、ニンフィアの身体が床を転がる。

 

「フィア……!」

「大丈夫!?」

「フィア!」

 

 立つ。でも、相手が多い。

 しかもリオルはできるだけ傷つけたくない。

 

「ラピス!」

「分かってるのです!」

 

 ラピスがスナッチマシンへボールをセットした。

 

「リオルを先にスナッチするのです! ニンフィアで動きを止めるのです!」

「ニンフィア!」

「フィア!」

 

 昔から、こういうときだけは、説明なんていらない。

 私が指差す。それだけで、ニンフィアが走った。

 リオルも迎え撃つ。

 

「フィア!」

 

 正面からぶつかる。

 触角の一本が腕、もう一本が胴へ。

 

「そのまま!」

 

 ニンフィアがリオルを押さえる。

 

「今なのです!」

 

 ラピスがボールを構え――。

 

「グラエナ!」

「!」

 

 ラピスの横から牙が迫るけど。

 

「チルタリス!」

「チルッ!」

 

 白い翼が間へ入る。

 

「ゴルバット! 超音波!」

「チル――!?」

 

 でも、チルタリスの動きが止まった。

 

「しまっ――」

 

 無防備になったラピスへ、グラエナが飛び込む。

 

「ラピス!」

「きゃっ!」

 

 ラピスの小さな身体が吹き飛んだ。

 

「ラピス!」

「だ、大丈夫なのです……!」

 

 チルタリスが駆け寄る。

 

「チル! チル!」

「平気なのです……!」

 

 でもその拍子に、ラピスの腕から外れたものがあった。

 ガシャンと床を滑って、私の近くで止まったそれ。

 

「……」

 

 スナッチマシン。

 

「エルサ!」

「!」

 

 振り返ると、リオルが暴れてニンフィアの触角を振りほどいていく。

 そこへノクタスの追撃までされて、ニンフィアは壁へ叩きつけられていた。

 

「ニンフィア!」

「フィ……」

 

 立ち上がるけど、ふらついている。

 

「もういい!」

「フィア!」

「いいから下がって!」

「フィア!」

 

 聞かない。

 

「もう……!」

 

 昔からそうだ。

 私が危ないと、絶対に退かない。

 まだイーブイだった頃から。身体なんて私よりずっと小さかったくせに、私の前に立とうとした。

 今も変わらない。

 

「リオル!」

 

 男が叫ぶ。

 

「止めだ! ダークラッシュ!」

 

 黒いオーラがリオルを包んだ。そしてその矛先は、ニンフィアに向かう。

 このままじゃ、もう間に合わない。

 そして足元には、スナッチマシン。

 

『他人が所有しているポケモンでも捕獲可能にする装置なのです』

 

 リオルを、これ以上戦わせなくて済むなら。

 

「……っ!」

「エルサ!?」

 

 ラピスの声が遠くに聞こえるけど、もうお構いなしだ。

 腕へ通して、装着する。

 

「ちょっと、何をしてるのです!?」

「これ使う!」

「は!?」

「これならリオルを捕まえられるんでしょ!」

「そうですが――勝手に装着するななのです!」

「仕方ないでしょ!」

 

 留め具がある。ラピスがつけていたところは見ていた。

 

「これ……!」

 

 ガチャン! と機械が腕を締め付ける。

 

「痛っ!」

 

 ランプが灯って、電光掲示に表示が浮かんだ。

 

『USER――UNREGISTERED』

「何か言ってる!」

「当たり前なのです! あなた用ではないのです!」

『EMERGENCY MODE』

 

 機械が動く。

 

『SNAG SYSTEM――STANDBY』

「動いた!」

「なんで緊急モードが作動するのです!?」

「知らない!」

「わたしも知らないのです!」

「作った人でしょ!?」

「想定外の使い方なのです!」

「それより!」

 

 リオルがニンフィアへ迫っている。

 私は即、空のモンスターボールを取り出して、スナッチマシンにセット。すぐに機械がモンスターボールを読み込む。

 

『SNAG BALL――READY』

 

 普通のモンスターボールで、見た目は何も変わらない。

 でも。

 

「ニンフィア!」

「フィア!……フィ?」

 

 ニンフィアは振り返って、一瞬私の腕を見て固まった。

 

「説明は後!」

「フィア!」

「あと一回だけ!」

 

 ニンフィアが身構える。

 黒い拳を躱して、触角で両腕へ絡む。

 

「引いて!」

 

 体勢が崩れた。

 

「スピードスター!」

 

 至近距離で、星が炸裂する。

 リオルが吹き飛んだ。

 床を転がるリオル。また機械的に立とうとするけど、一度崩れる。でもまた、震える手足で起き上がろうと___

 

「もういいよ」

 

 思わず声が出た。

 

「もういいって。戦わなくていいから」

 

 スナッチボールを握る。

 

「エルサ!」

「うん!」

 

 そして、投げられた。

 

「お願い!」

 

 ボールがリオルへ命中する。

 ボールが五個の赤い光になって、リオルを捕縛。

 そのまま床へ落ちたモンスターボール。

 一回。

 

「……」

 

 二回。

 

「お願い……」

 

 三回。

 カチッ。

 

「……」

 

 静かになった。

 

「……捕まえた?」

「成功なのです!」

「……!」

 

 ニンフィアを見る。

 

「やった!」

「フィア!」

 

 駆け寄って、床のボールを拾う。

 手のひらの中。この中に。

 

「リオル……」

 

「何しやがる!」

「!」

 

 男が走ってきた。

 

「返せ!」

 

 反射的にボールを胸元へ。

 

「俺のリオルだ! 返せ!」

「嫌」

「あ?」

「返さない」

「泥棒が!」

「……そうかもね」

 

 スナッチ。確かに、やっていることだけ見れば泥棒だ。

 でも。

 

「返したら、またダークポケモンにする?」

「もうなってるだろ!」

「じゃあ元に戻したら?」

「は?」

「この子を元に戻しても……また強くするために同じことする?」

「当たり前だろ」

「……なら、返さない!」

「ふ、ふざけんな!」

 

 男が掴みかかろうとする。だけど。

 

「フィア!」

 

 ニンフィアが間へ入った。

 

「チル!」

 

 チルタリスも。

 

「この……!」

「感動している場合ではないのです!」

「え?」

 

 ラピスが、チルタリスに支えられながら立っている。

 

「まだ敵がいるのです!」

「あ」

 

 グラエナに、ゴルバットに、ノクタスと、そのトレーナーたち。

 さらに。

 

「なんか、足音増えてない?」

「増えているのです」

「何人?」

「数えたくないのです」

「それは同感!」

 

 リオルのボールをバッグへ入れる。

 

「どうする?」

「逃げるのです!」

「どっちに!?」

「正面!」

「囲まれてるよ!」

「なら突破するのです!」

「天才博士の作戦が力技!」

「今はこれが最適解なのです!」

「本当に!?」

「多分なのです!」

「多分!?」

「今はツッコミ不要なのです! 行くのです、チルタリス!」

「チル!」

「ニンフィア!」

「フィア!」

 

 二匹が並ぶ。

 私も、腕に慣れない機械をつけたまま、その後ろへ。

 ほんの少し前まで、私はフェナスでコンテストをしていただけだった。

 優勝して、リボンをもらって、次はどこの街へ行こうか考えていた。

 それが今は、元シャドーの天才博士と一緒に、シャドーの研究所で、他人のリオルを奪って、悪の組織に囲まれている。

 どうしてこうなったんだろう。

 

「エルサ!」

「分かってる!」

 

 いや、考えるのは後だ。

 

「突破するよ!」

「フィア!」

「なのです!」

 

 二匹が飛び出した。

 

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