ポケットモンスターLEGENDS オーレ 作:カラス レヴィナ
ハガネールが飛ぶ。
本来のハガネールなら、果たして気前よくジャンプなんてするのかな。
その巨大な頭部が、私たちの前の床を砕く。
「うわっ!」
スナッチマシンもバッグも落としてはいけない。
私は全身を抱きしめながら、割れていく足場に対して踏ん張る。
一方、ラピスの方は、急いでチルタリスに乗って事なきを得ていた。
「な、なんて乱暴な」
「はは、いいじゃないか。この区画はどうせ僕しかいないんだからさ」
当然、崩れているのは男の足場も同じだ。ひょいひょいと身軽に、ズレていく足場を保っている。
やがて、崩れた足場が私たちの間に走っていた亀裂を埋め立てていった。
これで完全に、ハガネール一体に対して、ニンフィアとチルタリスで戦う構図になる。
でも、よりにもよってハガネールだなんて最悪だ。ニンフィアにとって、有効打がない。
そして、ハガネールの全身から、肉眼でも分かるほどの黒紫の光が発せられた。そして、地面から伸びる無数の黒い刃が、ニンフィアたちを襲う。
「ニンフィア!?」
「チルタリス!」
二匹のポケモンたちは、今の一撃で大打撃だ。地面に伏せて、痛みに呻いている。
「い、今のって……」
「間違いなくダークわざなのです。通常のじめんタイプの技ではないのです!」
ハガネールがとぐろをまわしている。
黒い地面からの攻撃。
「なら――ダーククエイクとか?」
「名前を考えている場合ではないのです!」
「相手の技を区別できないと指示しにくいでしょ!」
「それはそうなのですが!」
「認めるんだ!」
「面白いね、君たち」
それに対して、セトが余裕の笑みを浮かべている。私たちなんて、眼中にないのかな。
「ダーククエイクでいいよ。技名なんて識別できれば十分だし」
「昔からそういう雑なところが嫌いなのです」
ラピスが嫌そうな顔をすると、彼は心外そうに肩を動かした。
「ひどいなあ。昔はもっと褒めてくれたのに」
「記憶を捏造するななのです!」
「知り合いトークは後にして!」
もう、ハガネールは動き出している。
私は急いで、ニンフィアに指示を出す。
「リフレクター!」
ダークポケモンだから能力がどうなっているかは知らないけど、ハガネールである以上は、攻撃手段は物理攻撃に限られているはず。なら、これでしばらくはチルタリス含めて大丈夫なはずだ。
ポケモンたちを覆う半透明な壁を見ながら、私は戦略に頭を動かす。
一方、男はそれを見てせせら笑った。
「サイコショック、スピードスター、それにリフレクターか。いいのかい? 君のニンフィアの技、これで全部こっちは知っていることになるよ?」
「え?」
「まさかそのレベルのニンフィアがムーンフォースを覚えていない、なんてことはないだろ? それとも、隠れ特性フェアリースキンでハイパーボイスでも使うのかな?」
「……私のニンフィアはメロメロボディよ」
「なら確定だ! まあどちらにしろ、君のニンフィアには打つ手なしってことだ」
「かえんほうしゃ!」
だけど、今回話を、チルタリスの口から吐き出された炎が撃ち消した。
ハガネールにとっての大打撃になりうる炎。それが銀色の表皮を焼き焦がし、大きく吹き飛ばしたんだ。
地下で、この場所を起点に地震が起こる。
「ひゅーっ! 珍しい。かえんほうしゃ覚えていたのか」
「りゅうのいぶきなのです!」
チルタリスに乗ったまま、ラピスは指示した。
今度はチルタリスの口から、青い炎が放たれる。ハガネールには効果は薄いけど、きっとそれで麻痺させるのが狙いだ。
「んじゃ、折角ネーミングさせてもらったことだし……ダーククエイク」
それに対して、セトが軽く支持を下す。
すぐに目を覚ましたハガネールが、技を繰り出す。地面が悲鳴を上げて、また黒い岩石が地面から襲い掛かる。
「ニンフィア、一回戻って!」
ニンフィアの言葉を待たずに、私はモンスターボールに引っ込める。
同時に、トレーナーであろうと容赦なく襲い掛かるダーク技を回避して、私は地面を転がった。
「くっ!」
本来、ひこうタイプにじめん技は通用しない。だけど、ダークわざならばその常識は覆るみたいだ。チルタリスは何回か地面の牙を避けていたけど、やがて命中して地面に落ちた。
「チルタリス!」
「チルッ!」
「よかったのです。リフレクターがなければ終わっていたのです」
「よし……ニンフィア! ムーンフォース!」
どちらにしろ、私が撃てる攻撃はこれしかない。
ニンフィアを再度ボールから出して、ニンフィアは即座に光を集める。
だけど。
「ハガネール」
セトは、笑ったままだった。
「ダークウェーブ」
「ガァァァッ!」
黒紫色の波が広がる。全体攻撃なのだろう。
そして、白と黒の波がこのフロアを埋め尽くす。
「くっ……!」
腕で顔を覆う。
風が強い。でも。
「フィアァァッ!」
ニンフィアは止めない。ムーンフォースを撃ち続けている。
「押して!」
「フィア!」
「チルタリス!」
「チルーッ!」
横から炎。かえんほうしゃが、黒い波の外側を回り込んだ。
「なるほど、僕を狙うか」
セトが初めて、一歩下がる。
「違うのです!」
「ん?」
「チルタリス!」
「チルッ!」
炎が天井へ向いた。
爆発して、天井が崩れた。
「うわっ!?」
さっきと同じく、大量の瓦礫が降ってくる。それは、ハガネールとセトの間。彼らはもう、互いを視認することすらできないだろう。
「なるほどね」
なのに、瓦礫の向こうから、楽しそうな声がした。
「逃げ道を作るための攻撃か」
「エルサ!」
「分かってる!」
戻ってきたニンフィアと一緒に走る。
チルタリスが高度を下げる。
その向こう。さっきまで穴だった場所に、崩落した鉄骨が斜めに引っかかっている。
「……あれ渡るの!?」
「他に道がないのです!」
「絶対途中で落ちるやつじゃん!」
「落ちなければいいのです!」
「簡単に言う!」
ニンフィアが先に跳んだ。
「フィア!」
本当に私のニンフィアは逞しいな。また鉄骨に捕まって、あっという間に向こう側だ。
「ずるい!」
「フィア?」
「褒めてる!」
私は走って、止まって下を見た。
真っ暗だ。
「見ない方がよかった!」
「早くするのです!」
「分かってる!」
走って、最後はジャンプ。
「ニンフィア!」
「フィア!」
触角が腕に巻きついて引っ張られた。
「いった!」
床へ転がる。
「エルサ!」
「大丈夫! 行こう!」
その瞬間、後ろから轟音が轟いた。
「ガァァァァッ!」
瓦礫が吹き飛んで、ハガネールが迫って来る。全身から黒紫色のオーラを噴き出しながら、瓦礫を粉々にしている。
その頭の上にはセトがいる。
「嘘でしょ」
「急ぐのです!」
「言われなくても! で、どこ行くの!?」
「下なのです!」
「さっきから下にしか行ってない!」
「この研究所は地下複合なのです!」
「知ってる!」
階段の次さらに階段。壊れた扉を曲がったらまた階段。
「来てる!」
「ハガネールなのです!」
「分かるよ! あんな足音するポケモン、そうそういない!」
でも妙だ。少しずつ、空気が変わっている。
「……ラピス」
「なんなのです?」
「ここ」
研究所とは壁の材質が変わっている。
もっと……ずっと古そうな。
「これ……」
壁に残っている看板。文字はほとんど消えていて、何て書いてあるのかは分からない。
ラピスが止まった。
「……繋がっていたのです」
「何が?」
「この施設の地下区画と――」
ラピスが周囲を見る。
「昔のアンダーなのです」
「アンダー?」
「二十年以上前に閉鎖された地下街なのです」
「地下街!? そんなのあるの!?」
「正確には、あった、なのです!」
「じゃあ、ここから外に出られる?」
「……」
「その顔やめて」
「昔なら出られたのです」
「昔って二十年前?」
「なのです」
「また二十年!」
「今そこを気にするななのです!」
そのとき、また轟音が聞こえてきた。
もう、気にしていられない。
私たちはその道を進み、
「……あれ?」
地面に二本の鉄が走っていた。
「線路?」
「これなのです!」
「何が!?」
「アンダーには鉄道があったのです!」
「鉄道って、電車!?」
「なのです! 昔はここから外へ繋がっていたのです」
「じゃあ!」
「今も繋がっている保証はないのです!」
「でも行くしかない!」
「なのです!」
線路へ降りる。
「ニンフィア!」
「フィア!」
「チルタリス!」
「チル!」
暗いトンネル。線路だけが、ずっと先へ続いているけど、今はもうここを走るしかない。
スマホロトムを出す。
「ライト!」
『了解ロト!』
「便利なのです」
「今!?」
「研究者としては気になるのです!」
「後にして!」
必死に走る。
でも、まだハガネールが暴れる音は止まらない。今度は線路そのものが揺れた。
「まさか」
「来たのです!」
振り返ると、暗闇の中に二つの目が輝いていた。
「ガァァァァァァッ!」
「ハガネール!」
トンネルいっぱいの巨体。そして、その頭には。
「やあ、追いついた」
嫌な笑顔のセト。
「しつこい!」
「仕事だからね」
「絶対楽しんでるでしょ!」
「それもある」
「最悪!」
「ハガネール」
黒紫色の光が技を宣言した。
「ダークウェーブ」
「また!?」
この狭いトンネルには、もう逃げ場がない。
「エルサ! 線路を見るのです!」
「線路!?」
見ると、そこには線路が二つに分かれているポイントと、レバーがあった。
「それを切り替えるのです!」
「今それやって何の意味が!?」
「いいから!」
もう、どうにでもなれ!
ダークウェーブから逃げるようにレバーにしがみつく。
もちろん錆びている。
「動かない!」
「二十年以上放置なのです!」
「知るかぁぁぁ!」
全体重を乗せて、ようやく動いた。
ガチャンという音とともに、線路が切り替わる。
「それで!?」
「走るのです!」
「だから何が――」
そこに、遠くから、別の音が割り込んできた。
「……え?」
「トロッコなのです」
「動いてるじゃん!」
「シャドーが資材運搬に使っているようなのです!」
「先に言って!」
無人の運搬車両が、ポイントからもらった許可を経て、私たちの前に向かってくる。
かなり速い。
「乗るのです!」
「どうやって!?」
「飛び乗るのです! それ以外ないのです!」
「ええ、もうっ! ニンフィア、戻って!」
「フィア!」
ニンフィアをボールに戻す一方、ラピスはチルタリスに捕まる。これ危ないの私だけじゃん!
そして。
「来る!」
トロッコに、飛び乗った。
「痛っ!」
「成功なのです!」
「成功なのこれ!?」
痛い思いをした私を横目に、ラピスもチルタリスから安全に飛び降りた。
トロッコはそのまま速度を上げて、ハガネールをどんどん引き離していく。
セトが初めて驚いた顔をした。
でもやがて、その顔には笑顔が戻っていった。
「ラピス!」
声が響く。
「また会おう!」
「会いたくないのです!」
「エルサも!」
「私はもっと会いたくない!」
「はははっ!」
声が。
遠ざかっていった。
◇
「…………」
トロッコが走る。
暗い。風が冷たい。けどようやく逃げられた、その高揚感で少し体が熱くなっていた。
「……疲れた……」
「本当なのです」
ラピスが、チルタリスの白い翼を撫でた。
今なら、聞ける。さっきまでずっと聞けなかったこと、聞きたいことが山ほどある。
シャドー、ダークポケモン、リライブ。
それから。
「ラピス」
「……なんなのです?」
「セトって人、知り合いなんだよね?」
「……」
「それと、二十年ぶりって何?」
「……」
ラピスが露骨に目を逸らした。
「ラピス、何歳なの?」
「今それを聞くのです!?」
「今しかないでしょ!」
「乙女の年齢を聞くのは失礼なのです!」
「そういう問題じゃない!」
「そういう問題なのです!」
「セトも二十代くらいにしか見えなかった!」
「世の中には若く見える人もいるのです!」
「二人揃って!?」
「偶然なのです!」
「絶対嘘!」
「嘘ではないのです!」
「じゃあ何歳!?」
「秘密なのです!」
「ほら!」
「何がほらなのです!」
暗い地下をトロッコだけが走っていく。
どこへ向かっているのか、私は知らない。アンダーってところに向かっているみたいだけど、それがどこかも分からない。
そもそも、この旅がどうしてこうなったのかも。よく分からない。
今日の午前は、フェナスでコンテストに出て、優勝。それだけだったはずなのに。
今は、腕にスナッチマシン。ボールの中には、ダークポケモン。隣には、元シャドーを名乗る謎の博士。
そして後ろには、シャドーの幹部。
「…………」
「どうしたのです?」
「いや、ポケモンとの旅ってこんなに命懸けだったっけって」
「知らないのです」
「だよね」
その言葉を最後に、私の意識はごとごとという音に飲まれていった。