予告しときます。残りは12話程度。
10月半ばぐらいで打ち切りです。
翌朝、横須賀鎮守府を包む天候は、少しばかり機嫌を損ねたような荒れ模様であった。
灰色の雲が低く垂れ込め、吹き付ける海風が鉛色の海面に白波を立たせている。平時であれば出港を見合わせるような海況であったが、ヤン・ウェンリーにとって、そしてこれから見えない深淵の敵と対峙せねばならない艦娘たちにとって、荒れた海はむしろ実戦的な訓練の舞台としてこれ以上ない条件であった。
早朝から、鎮守府の正面海域では激しい対潜哨戒訓練、もとい実戦を兼ねた演習が展開されていた。主役は、昨日付け焼き刃ながらも工廠で『九三式水中聴音機(ソナー)』と『爆雷投射機』を装備した第六駆逐隊の四隻である。彼女たちの上空では、通常装備(戦闘機と攻撃機)のまま発艦した軽空母・瑞鳳の航空隊が旋回し、さらに軽巡洋艦・神通が、水上部隊の統率役として彼女たちの動きに目を光らせていた。
「波の音が強すぎて、ソナーにノイズが混じるわ……! これじゃあ、敵のスクリュー音と波の音の区別がつかないじゃない!」
暁がヘッドフォンを耳に押し当てながら、苛立たしげに声を上げた。海が荒れれば、水中の音響探知は極端に難易度を跳ね上げる。さらに水温躍層の乱れが音を屈折させ、見えない敵の影をいっそう不確かなものとしていた。
そんな中、上空で警戒に当たっていた瑞鳳の偵察機群から、一機の零戦が急降下し、母艦の甲板上空を掠めながら発光信号の瞬きを送ってきた。
現在の彼女たちは、実戦を想定して完全なる無線封鎖下にある。通信機による音声連絡は、海中に潜む敵に自らの存在と作戦行動を暴露する自殺行為だからだ。妖精たちは、古き良き手旗信号とモールス信号、あるいは母艦に直接着艦しての報告という、極めて前時代的な手法で情報を伝達していた。
「……右舷前方、距離六千。不自然な海面の盛り上がりと、極微小な航跡(ウェーキ)を発見。敵潜水艦らしき物体とのことです!」
妖精からの報告を解読した瑞鳳が、旗艦の神通へ素早く伝達する。
「第六駆逐隊、目標海域へ急行! 陣形は単横陣!」
神通の冷徹な号令が飛び、四隻の駆逐艦が一斉に波を蹴り立てて加速した。単横陣――横一列に並んで進むこの陣形は、砲雷撃戦には不向きだが、各艦のソナーを横に広く展開し、海中を文字通り「網で掬い上げる」対潜掃討において最も威力を発揮するフォーメーションである。
「……ソナーに感(かん)! 間違いないです! 敵潜水艦なのです!」
電が、波のノイズの中から、確かな人工物の駆動音を拾い上げた。
「目標補足……! 逃がさないよ、ウラーッ!」
響の静かな、しかし殺意に満ちた号令とともに、四隻から一斉に爆雷が海中へと投射される。数秒の後。鉛色の海が内側から大きく膨れ上がり、次いで、轟音とともに巨大な水柱が天を衝いた。海面に黒々とした重油と、無残に砕け散った深海棲艦の有機的な装甲の破片が浮かび上がる。
「見事な手際だな。いや、しかし……」
沿岸の監視所から双眼鏡を下ろしたヤンは、ボサボサの頭を掻き回しながら独りごちた。第六駆逐隊の対潜戦術の習熟は見事なものだったが、ヤンが気にしていたのは戦果の方ではなかった。
「わざわざ遠くまで出向くまでもなかったか。私たちの目の前、この鎮守府の目と鼻の先に、潜水艦と言う敵の偵察の目が潜んでいたとはね」
ヤンは海図を思い浮かべながら苦笑した。
横須賀の眼前まで敵潜水艦が入り込んでいたということは、ここ数日の艦隊の動き――出撃や物資の積み込みといった兆候は、間違いなく敵中枢へと筒抜けになっていたと考えるべきである。
隠密行動はすでに破綻している。ならば、どうするか。ヤンの脳内で、次なる作戦への修正案が猛烈な勢いで組み上げられていった。
■
同日の昼頃。
横須賀鎮守府の桟橋に、瀬戸内海から長駆駆けつけた三つの影が滑り込んできた。呉鎮守府が誇る精鋭、第一水雷戦隊の旗艦たる軽巡洋艦阿武隈。そして駆逐艦の吹雪、五月雨である。
「こうしてお会いするのは初めてですね、ヤン提督。呉の第一水雷戦隊、ただいま到着いたしました。よろしくお願いします!」
阿武隈は桟橋に立つヤンを見上げ、快活に、そして少しばかりの緊張を交えて敬礼した。天才と名高い横須賀の提督。どんな気難しい人物かと思いきや、そこに立っていたのは、アイロンの掛かっていないヨレヨレの軍服を着て、ベレー帽を無造作に被った、どこか眠たげな青年であった。
「こちらこそ。二度も君たちの働きに助けられた。改めて、ヤン・ウェンリーだ。遠いところをご苦労だったね、よろしく頼む」
ヤンはそう言うと、桟橋の上からひょいと腰をかがめ、海上にいる阿武隈へ向けて、気さくに右手を差し出した。階級や立場の差など全く気にしていない、一介の人間としての握手の求め。阿武隈は驚きに目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに破顔し、ヤンの手を取った。
「改めて、こちらが吹雪。こちらが五月雨です」
「吹雪です! よろしくお願いします!」
「五月雨です、微力ながら頑張ります!」
二人の駆逐艦もヤンと挨拶を交わし、力強く握手を結ぶ。その様子は、決死の作戦を前にした軍隊というよりは、久方ぶりに親戚の家に集まった少女たちのような和やかさであった。
「長旅で疲れているところ申し訳ないんだが、実を言うと、先ほどこの近海で、敵の潜水艦を一隻撃沈したばかりなんだ。君たちにとってはいいタイミングだったかな?」
ヤンが苦笑いしながら告げると、阿武隈は、あちゃーという顔をして頭を掻いた。
「やはり、横須賀の目の前に張っていましたか」
「……読んでいたのかい?」
「はい。出発前、井上提督が仰っていたんです。『ヤン提督は用兵には長けているが、潜水艦の泥臭い掃討戦はまだ素人だろうから、君たちが到着次第、横須賀の目の前にいるお邪魔虫を轟沈したまえ。ま、相手も戦力に余裕はないだろうから、張り付いている偵察用が一隻ぐらいだろうがね』って」
見え透いた井上提督からの「からかい」の伝言を聞いて、ヤンは、
「いやはや、手厳しい」
と苦笑するほかなかった。幸いにして、井上の読みは完璧であったが、それを先んじて第六駆逐隊が沈めてみせたことで、横須賀の面目もどうにか保たれたというところだろうか。
■
午後からは、阿武隈たち呉の面々を交え、出撃に向けた横須賀・呉の合同訓練が実施された。海上の覇権を賭けた実戦まで、残された時間はあとわずか。しかし、その短い時間の中で、彼女たちは驚異的な適応力を見せつけた。
特に、阿武隈を旗艦とし、第六駆逐隊を組み込んだ臨時編成の動きは特筆に値した。
史実において、暁、響、雷、電の第六駆逐隊は、阿武隈率いる『第一水雷戦隊』に所属していた時期がある。オカルト的な魂の記憶がそうさせるのか、彼女たちは言葉を交わすまでもなく、阿吽の呼吸で陣形を変化させ、海中に沈められた標的(デコイ)へ向けて完璧なタイミングで爆雷の十字砲火を浴びせたのである。
「す、すごいです……!」
それを見学していた吹雪と五月雨は、感嘆の声を漏らした。
「あの第六駆逐隊の皆さん、昨日初めて対潜装備(ソナー)を付けたばかりなんですよね? まるでずっと昔から、対潜掃討を専門にやってきたみたいに動きが洗練されています」
「阿武隈さんの指揮も、全然迷いがないし……。さすがは横須賀の精鋭部隊だね」
そして、少し離れた海域では、神通が水雷戦隊の統率役としての視点から、自らの戦術と陣形移動の確認を黙々と行っていた。夜戦の鬼と呼ばれる彼女だが、対潜戦闘においてもその緻密な計算能力は遺憾なく発揮されていた。
さらに遠方の上空では、軽空母・瑞鳳が、天龍と龍田がワイヤーで牽引する「浮き沈みする木製のデコイ」を海中から発見すべく、文字通り汗だくになって苦心していた。
雲の隙間から海面を凝視し、僅かな航跡の違いを見分ける。無線が使えないため、発見した妖精は急降下して瑞鳳の甲板スレスレを飛びながら翼を振り、発光信号で座標を伝える。
その極めてアナログで神経をすり減らす作業に、空母の先輩である加賀がストイックなアドバイスを送っていた。
「索敵機の旋回半径が大きすぎるわ、瑞鳳。敵の浮上時間は限られているの。もっと海面スレスレまで高度を下げさせて、波の乱反射の奥を見透かすように妖精たちに指示しなさい」
「は、はいっ! 加賀先輩、もう一度試してみます!」
それらの訓練風景を監視所から見下ろしながら、ヤンは温くなった紅茶を喉へ流し込んだ。
「……完全な付け焼き刃だが、無いよりはずっといいだろう」
ヤンは誰に言うともなく呟いた。軍事において、完璧な準備が整うことなど永遠にあり得ない。指揮官にできるのは、与えられた不完全な手札の中で、生存確率をコンマ数パーセントでも引き上げるための工夫を凝らすことだけである。
■
日が傾き始めた頃、最終的なブリーフィングが行われた。
集められたのは、今回のバシー海峡強行偵察に赴く全九隻。
阿武隈、神通の軽巡洋艦二隻。暁、響、雷、電、吹雪、五月雨の駆逐艦六隻。そして空の目となる軽空母・瑞鳳。
「今回は、港にいる敵艦や、基地周辺の防衛艦隊をまとめて偵察する任務となる。英語で言えば、『Submarine & Military-installation Reconnaissance』、略してSMRとでも言うべきかな」
ヤンは海図の前に立ち、手元の指示棒を太平洋のど真ん中へと突き立てた。
「そして、ルートの変更を伝える。当初予定していた『日本海沿岸から瀬戸内海を抜け、道後水道から太平洋へ大回りする欺瞞ルート』は、全面的に破棄する」
その言葉に、瑞鳳や神通が微かに目を見開いたが、阿武隈だけは「やはり」と納得の表情を浮かべていた。
「阿武隈からの進言――ひいては呉の井上提督からの伝言があってね。『敵の潜水艦が広大な太平洋のどこに潜んでいるか全く不明であるならば、小細工をして海上にいる時間を延ばすより、最短距離を最大戦速で突っ走るのが一番安全だ』とね」
ヤンは海図に引かれた赤いラインをなぞった。
「横須賀を出て道後水道まで迂回するのは、距離が長すぎる。海上にいる時間が長ければ長いほど、偶然にせよ敵の哨戒網に引っ掛かる確率は跳ね上がる。ならば、欺瞞などかなぐり捨てて、伊豆七島から真っ直ぐ南へ向け、最短距離をぶち抜く」
ヤンの黒い瞳が、冷徹な用兵家のそれへと変わる。
「敵の潜水艦が待ち構えていたとしても、ある程度の速度で突っ切れば、敵は魚雷の照準を合わせる間もなく君たちを取り逃がすことになる。速さこそが最大の防御だ。瑞鳳には無理をさせてしまうがね。あとは、燃料との兼ね合いもあるから、よく作戦を聞いてくれたまえ」
ヤンは指示棒を南方の海域――フィリピン周辺へと移し、極めて具体的なタイムスケジュールを提示し始めた。
「予定を説明する。本日の夜半二二〇〇に出撃。そして『20ノット』で太平洋を横断、南下する。この際、対潜水艦警戒を厳としてくれ。敵艦隊が居た場合は引き返すように。ここで艦隊と出会うという事は、私の戦略が間違っているという事だからね。そして無事に航海を続けられた場合、三日目の一六〇〇時。沖ノ鳥島の手前三百キロ地点に到達した段階で、瑞鳳は偵察機を発艦させてくれ。沖ノ鳥島周辺が敵の泊地として要塞化されていないかを確認し、問題がなければそのまま通過する。
五日目の〇六〇〇時。ミンダナオ島北東四百五十キロ地点にて、28ノットの全力航行に切り替える。夜明けとともに瑞鳳は第一波の偵察機を発艦。無線封鎖を維持したまま、ミンダナオ島およびスールー海周辺の敵情を広域偵察させる。艦隊本隊はそのまま最高速を維持し南西へ直進。
同日一三〇〇時。ミンダナオ島沖百キロ地点にて、帰還した第一波の艦載機を回収。その報告を元に、休む間もなく第二波を発艦させる。本隊はそこから北西へと転進し、敵の懐を深く抉り取る」
息もつかせぬ強行軍のスケジュールに、艦娘たちは生唾を飲み込んだ。敵の巨大な支配水域のど真ん中で、これほど大胆に機動し続ける作戦は前代未聞であった。
「第二波の偵察機は、夕方までの約五時間を使って、敵の中枢たる『スールー海の奥深く』、ビサヤ諸島(セブ島など)の飛行場の有無、そしてレイテ島周辺の海域を徹底的に張り付いて情報収集してくれ。そして一七三〇時。サマール島東方沖、約百キロ地点で偵察隊を全機回収。その後は、夜の闇に紛れて敵の哨戒の目を搔い潜りながら、北上を開始する」
ヤンは指示棒をさらに北、ルソン島周辺へと進めた。
「六日目の〇六〇〇時。夜明けとともに、ルソン島中部東方沖――マニラの真東よりわずか北の海域で、偵察機を二方向に分けて飛ばす。片方は陸地の方へ向かい、マニラ周辺やリンガエン湾などの拠点状況を偵察。もう片方は北方……すなわち君たちの前進する方角である『バシー海峡』に、敵の大艦隊の待ち伏せがないかを確認してくれ。
同日一七〇〇時。日没前にすべての偵察任務を終了。一九三〇時。完全な闇夜に紛れてバシー海峡の東側に到達し、一気に海峡を突破する。
そして翌〇九〇〇時、作戦開始から七日目の朝には……佐世保鎮守府からの哨戒機が飛んでいるであろう安全圏、東シナ海へと到達する。そこからは20ノットに減速すれば、燃料も持つことだろう」
ヤンが息を吐きながら海図から指示棒を離すと、作戦会議室は水を打ったような静寂に包まれた。
見つかれば即座に全滅しかねない、深海棲艦の絶対防衛圏を縫うように疾走する片道数千キロのデス・ドライブ。緻密な時間計算と、それを可能にする艦娘たちの超人的なスタミナを前提とした、魔術師の面目躍如たるマスタープランであった。
「……補足します」
沈黙を破ったのは、呉の精鋭を率いる阿武隈であった。彼女は海図のバシー海峡を指差し、真剣な顔つきで言った。
「バシー周辺は、地形の影響で極端に海流が乱れます。ただでさえ夜間の突破になるのですから、海流に舵を取られて陣形を乱さないよう、操艦には細心の注意を払わなければなりません」
「阿武隈の言う通りだ」
とヤンが頷いた。
「海は我々の味方ではない。しかし、敵にとっても条件は同じだ」
ヤンは、集まった九人の少女たちを、誇り高き勇者を見るような目で見渡した。
「今回の編成は、駆逐艦六隻、軽巡二隻、軽空母一隻という、極端に小回りと対潜・夜戦に特化した部隊だ。これだけの対潜火力が密集していれば、敵の潜水艦も容易には手を出せない。昼間は瑞鳳が空の脅威を退け、夜は神通と阿武隈の目、そして駆逐艦たちの爆雷と魚雷が敵を粉砕する。……恐れることはない。君たちは、現時点で人類が編成しうる最強の強行偵察部隊だ」
ヤンはベレー帽をかぶり直し、いつものボサボサ頭を隠して、司令官としての完璧な敬礼を見せた。
「呉の井上提督が言っていた。『犬は噛み付き、猫は引っ掻く』と。戦いにはそれぞれに適したやり方がある。君たちは海を翔ける風となり、存分に敵の懐を荒らし回り、そしてすべての情報を持ち帰ってくれ」
ヤンの声が、熱を帯びて静かに響き渡る。
「……そして、一番大切な事を伝える。死なないために戦ってほしい。では、各員の奮闘に期待する」
「「「了解!!!」」」
九人の少女たちの清冽な声が重なり合い、横須賀の空へと響いた。
夜闇が迫る桟橋。人類の未来を分かつ壮大な情報戦(インテリジェンス・ウォー)の火蓋が、いま静かに、そして猛烈なスピードで切って落とされようとしていた。
「犬は噛み付き、猫は引っ掻く、か。ならば私は……、彼女たちが存分に暴れ回り、そして必ず生きて帰ってこられるように。帰るべき家たるこの鎮守府を何が何でも守り抜くとしようかね」
■
暗闇に包まれた横須賀の軍港から、九つの影が静かに滑り出していく。
完全な灯火管制と無線封鎖。かつての大艦隊の出陣を彩ったような勇ましい汽笛も、軍楽隊の演奏もない。阿武隈を先頭とした高速偵察艦隊は、まるで見えない夜風そのもののように波音だけを残し、漆黒の海へと溶け込んでいった。
「……行ってしまいマシタね」
桟橋の先端で、いつの間にかヤンの隣に立っていた金剛が、夜の海風に髪を靡かせながらぽつりと呟いた。その声には、武勲を立てに出撃する妹分たちへの期待と、自分が同行できないことへの僅かな歯がゆさが混じっている。その後方には、加賀や天龍、龍田といった留守番を預かる面々も、無言のまま見送りに立っていた。
「ああ。彼女たちは私たちの目から離れた。ここから先は、我々には何の手出しもできない。……指揮官にとって一番辛い仕事の始まりだ」
「辛い仕事、デスか?」
「『何もせずに、ただ待つこと』さ。前線で血を流す兵士たちに比べれば、怠惰で安全で、最高に退屈な仕事だがね」
ヤンは自嘲気味に呟きながら、ポケットに突っ込んでいた両手を出し、小さく伸びをした。情報が一切入らない空白の数日間。司令部にとって、それは自らの無力さを噛み締めながら、ただ時計の針が進むのを睨み続けるしかない極度の神経戦となる。
「加賀」
「はい、提督」
不意に名を呼ばれ、加賀が一歩前に出る。
「君は残された天龍、龍田と共に、明日から近海の防空と対潜哨戒を頼む。彼女たちがどんな情報を持ち帰ってきたとしても、帰るべきこの家が敵の潜水艦に包囲されていては世話がないからね。……敵は、間違いなく我々の足元まで来ている。気を引き締めてかかってくれ」
「了解しました。横須賀の空と海は、私たちが必ず守り抜きます」
加賀の静かだが力強い決意を聞き届け、ヤンは満足げに頷いた。
「テイトク! ワタシは? ワタシは何をすればいいデスか!?」
待ってましたとばかりに金剛が身を乗り出す。ヤンはそんな彼女の顔を横目で見上げ、どこか悪戯っぽく笑った。
「金剛。君には、私と共にこの鎮守府で最も重要な任務についてもらおう」
「最も重要な任務……! イエス! なんでも言ってくだサイ!」
「昼は明石たちの工廠に入り浸り、夜はおいしい紅茶を淹れて、しっかりと英気を養うことだ。……彼女たちが敵の真の姿を暴いて帰ってきた時、人類の大反攻の先陣を切るのは、間違いなく君の三十五・六センチ砲になるのだからね。爪は、最高に鋭く研いでおいてくれ」
ヤンの言葉に込められた絶大な信頼と、次なる決戦への明確な予告。金剛は一瞬ハッと息を呑み、次いで、暗闇の海すらも明るく照らし出すような、不敵で獰猛な笑みを浮かべた。
「……イエス! お任せください、提督! ワタシの主砲で、深海棲艦の親玉の度肝を抜いてやりマース!」
「頼もしいことだ」
ヤンはベレー帽をかぶり直し、もう一度だけ、九人の少女たちが消えていった太平洋の暗闇へと視線を向けた。
フィリピン沖――魔の海域たるスールー海とバシー海峡。歴史のブラックボックスとなっているその海域で、彼女たちは一体何を目撃することになるのか。
時計の針が深夜零時を回り、作戦の第一日目が静かに幕を開けた。
人類の命運を賭けた、闇夜の高速強行偵察行(デス・ドライブ)が、今まさに始まっていた。