アクセルはデルタフォース出身で、退役後はCIAのパラミリタリー要員として数々の極秘作戦を経験してきた百戦錬磨の男である。
しかし、所詮は現場の一兵卒……「ラングレーの欧州部長」が相手では、掌の上で転がされるしかない…。
『アクセル、ヴィンスとスティーヴンが到着したそうだ。 顔を見てくるといい。 ヴィンスはイラン、スティーヴンはベネズエラから召集した。 少しは労ってやれよ』
(余計なお世話だ… 戦場の何たるかを知らんくせに…)
アクセルは2人が待つキャンプ・コシチュシュコの将校エリアに向かう。
ヴィンスとスティーヴンはアクセルとは師弟関係にある。
グリーンベレーで活躍していた2人を更に鍛え上げデルタフォースに引き上げたのも、退役後にCIAにリクルートしたのもアクセルだ。
篤い信頼関係で結ばれている。
トイレで丸2年以上放置していた髭を剃っていた2人は、鏡越しにアクセルと目が合った。
『隊長! 隊長との仕事はクレイジーなヤツばっかりだ!』
ヴィンスが屈託なく笑う。
『すまんな。 休む暇も無かっただろう?』
『ベネズエラより余程気候がいいんでね……最高ですよ』
スティーヴンの軽口にアクセルは頬を緩める。
『そっちの2人は?』
アクセルは傍らに佇む2人の大男を一瞥し、ヴィンスに尋ねた。
『上からあと2人連れてこいって言われたんです。 黒髪がブラッキー、赤毛がケヴィン。 SF上がりです』
SF…Special Forces。
米軍で単に「SF」と呼んだ場合、それはグリーンベレーを指す。
『2人とも10th SFGにいたんでね、ウクライナの地理も、今の戦況も頭に入ってます。 ブラッキーはキーウの大使館で勤務した事もあるし、今回の作戦にはうってつけの2人ですよ』
10th SFG(第10特殊部隊グループ)はグリーンベレーの中で、ウクライナを含むヨーロッパ全域を管轄する部隊だ。
2014年以降、ウクライナ西部のヤヴォリフ訓練センターで、ウクライナ軍にゲリラ戦のノウハウを直接指導する等、ウクライナと結びつきを強めてきた。
2022年2月の本格的な侵攻開始後も少数ながら10th SFGの隊員がキーウのアメリカ大使館に残り、ウクライナ軍との情報共有や、作戦立案の助言をしている。
ブラッキーとケヴィンは、アクセルに会釈して髭剃りを続けた。
2人はヴィンス達より幾つか若く、今回がパラミリでの初仕事となる。
アクセルは腕を組みながら、新人2人を見ていた。
ヴィンスの推薦なら間違いない。 腕は確かだろう。
だが……今回の任務は正真正銘のブラック・オプス(公には残らない作戦)だ。
2人にとってCIAの「最初で最後の仕事」になる……そう思うと少し胸が痛んだ。
アクセルはブラッキーとケヴィンに、改めて向き直った。
『もし、大切な人がいるなら、今のうちに連絡を……』
『覚悟は出来てます…』
ブラッキーはアクセルの言葉を遮り、毅然とした態度で言った。
『ヴィンスから話を貰って、すぐに身辺整理しました…』
『おいおい、ヴィンスは何て言ったんだ?』
『100%帰って来られない任務があるから手伝ってくれ…って言われましたよ』
慌てるアクセルにヴィンスはウインクした。
一瞬の沈黙……そして
『クックックッ……ブハッ……ブハハハハハハ…』
全員が一斉に笑い出した。
アクセルは洗面台を掴んで身体を支えながら、呼吸が苦しくなるほど笑った。
ようやく身体の震えが収まり、絞り出すようにアクセルは、
『お前ら、最高だ! 最高のチームだ!!』
と親指を立てた。
そして精悍な部隊長の顔に戻り、全員を見渡すと、最初の命令を下すのだった。
『ひとつだけ、言っておく。 無駄死にはするな』
『Yes, sir!』
CIAパラミリは軍人ではない。
それでも4人がアクセルに向かい「Yes, sir」と返したのは、退役した今もアクセルを「隊長」として見ているからだ。
そして、彼らが退役後も「軍人の誇り」を持ち続けているからに他ならない。
チーム全員の意志統一は、こうして図られたのである……。
髭を剃り終わったスティーヴンが、何気なくアクセルに聞く。
『ところで隊長の担当は何です?』
アクセルはウンザリした様子で吐き捨てた。
『……コントラバス…だ』
『コ、コントラバス? ブフッ…外れじゃないですか!? ご愁傷様です、隊長どの!』
『うるさい! お前だってチェロじゃないのか!?』
『いや、俺は実戦評価したいんでMCX LVAWなんです。 だから、バイオリンです! いいでしょ?』
歯ぎしりをして悔しがるアクセルをヴィンスが慰めた。
『隊長、俺はチェロです。 HK416 は流石にバイオリンのケースには収まらないですからね……だからって…コントラバス? グハハハハ』
『お前ら、覚えとけよ?』
そう言いながらも、アクセルは笑っていた。
ヨーロッパ各地でコンサートを行なってきた「ウクライナ国家交響楽団」が、今日ワルシャワで最終公演を行い、陸路でウクライナに帰国する。
そう……アクセル一行は、ワルシャワでウクライナ国家交響楽団に紛れ込み、ウクライナへ入国するのだ。
各種装備を楽器ケースに忍ばせて、新人楽団員になり切るのは、流石のアクセルも初めての体験だった。
パラミリが任地に中長期的に潜伏する場合、装備は現地調達する事も珍しくない。
しかし今回は3〜4日の電撃戦である。
アクセルは、使い慣れた装備の方がベターだと判断した。
アクセルとヴィンスが使用する小銃はHK416。
世界中の特殊部隊が採用する自動小銃HK416を独自に改修してある。
ブラッキーとケヴィンはMK18mod1を使うようだ。
M4系アサルトライフルをベースに、バレルを大幅に短縮し、近接戦闘での使い勝手を重視している。
そしてスティーヴンが使うのはSIG MCX LVAW。
特殊作戦用に開発されたショートバレルライフルで、サプレッサーを併用した場合の静粛性と取り回しの良さが特徴だ。
こんな新型ライフルを、今回のような危険極まりない作戦で実戦評価しようとするスティーヴンの胆力に、アクセルは感服した。
物資輸送機にカモフラージュしたヘリでワルシャワに向かおうとするアクセル一行を前にして、クロフォードが最後のブリーフィングを行う。
『アクセル、そんな嫌そうな顔するな。 リヴィウに到着したら、すぐ楽団から解雇されるから安心しろ』
クロフォードは、言葉を切った。
『そして……HUR(ウクライナ国防省情報総局)の精鋭、Artanと合流するのだ…』
アクセルは困惑した。
『おい、クロフォード。 ゼレンスキーにも秘匿するんじゃなかったのか?』
『君たちだけでドネツクに放り込むのは、さすがに忍びなかったんだ。 ガイドがいた方がいいだろう? HURの上層部に私の部下が「更迭どころか刑務所行きのネタを持ってるぞ」って囁いたら、大喜びでArtanを貸してくれたよ』
アクセルは笑えなかった。
Artanの隊員を最前線に送り込んでおきながら、自らは私服を肥やしている…。
政治に汚職は「付き物」なのかも知れないが、「軍人」は高潔でいて欲しかった。
しかし、HURは正規軍ではなく、情報機関……そう言われたらそれまでなのかも知れない。
『ちなみにArtanのリーダーはタラス少佐だ』
『何だと!?』
『なんならFSBドネツク管理局長は、セルゲイ・イワノヴィチだよ。 2人とも顔馴染みだろ?』
『貴様……殺してやる!!』
ヴィンスとスティーヴンに羽交い締めにされたアクセルの怒号を背中で聞きながら、クロフォードは去って行った……。