『ワシル!! あぁ…何て事だ……』
『ヴィンスさん…無事でしたか……』
ヴィンスは、息も絶え絶えのワシルのバックパックから、新しいカオリン止血剤を取り出そうとした。
『ヴィンスさん…俺は…もう駄目です……それよりも…隊長たちを……』
そう言った時、ワシルはヴィンスの脇腹から大量に出血している事に気付いた。
『ヴィンス…さん?』
ヴィンスはDEVGRUと交戦し、プレートキャリアの隙間から被弾。
弾丸は右肺を貫通していた…。
『俺も…そろそろ…だな』
ヴィンスは作り笑いを浮かべ、DEVGRU隊員が出て行った窓を見た。
『すまん…先に行くよ…』
ヴィンスは渾身の力を振り絞って、自らの膝を掴み、立ち上がった。
窓に向かい数歩、進んだところでワシルに振り返る…。
2人の視線が交差した。
ヴィンスはワシルの傍らに跪き、Glock19Xにサプレッサーを取り付けた。
ヴィンスの行動を理解したワシルは、目を閉じる…。
ヴィンスはワシルの頭を抱き寄せ、銃口を顎下に当てた。
『俺もすぐに逝く…』
プシュッ……。
ヴィンスは涙を拭い、アクセル達のもとへ向かった…。
その頃、レジスタンスのセーフハウスでは、アリーナが忙しく動いていた。
ここに残るレジスタンスの痕跡を完全に消去しなければならない…。
爆薬で吹き飛ばすだけでは不十分だ。
超高温の炎で焼き尽くす必要があった。
既に彼らが「ゴミ箱」と呼んでいた部屋に、「活動の証拠」が山積みにされている。
アリーナは、さっきまで自分が使っていたモニターとヘッドセット、無線機を、ゴミの山に放った。
この日の為に溜め込んでいたガソリンやケロシンをぶち撒け、裏口まで撒いていく…。
セーフハウスの裏口で、アリーナは仲間たちとハグを交わした。
『皆んな…元気でね。 生きていたら、また会いましょう……』
レジスタンスのメンバーと3人の老人を乗せたトラックが、砂埃を上げて遠ざかる…。
『…私も最後の仕上げをしなきゃ…』
アリーナは、セーフハウスの裏手に停めてあった大型トラックの荷台に乗り込み、10秒ほどで出てきた。
『さよなら……ドンバス……。 私の故郷……』
ボッ…
勢いよく立ち上がった火柱が「ゴミ箱」に向け走り出した事を見届けたアリーナは車を発進させ、西を目指した……。
「ゴミ箱」と呼ばれた部屋に到達した炎は、更に勢いを増した。
ボンッ…ボンッ…ボンッ
小爆発を繰り返しながら天井まで焼き焦がした炎は、レジスタンスが活動した証を完膚なきまでに破壊し、部屋全体を包みこむ。
そして……
バリバリ…ガシャーン!!
窓のガラスが音を立てて割れ崩れ、紅蓮の炎が建物の外に飛び出して、ヤシヌヴァタの朝焼けと重なった。
ドーン・パトロールを行なっていた親露派民兵が火災に気付き、当局に通報する。
1人また1人と民兵の数が増え、数十人規模の野次馬となったが、緊急車両はやって来ない…。
ドネツク周辺で、「水」は極めて貴重な資源であり、火災時に放水する水は不十分だった。
周辺道路を埋め尽くす親露派民兵が、どうやって消火活動をするか、考えあぐねていた、まさにその時…。
ズドォォォォォォーーーン!!!
セーフハウスの裏手に停めてあった大型トラックの荷台に積まれた「重量3トンのANFO爆薬」が炸裂し、民兵もろともセーフハウスを文字通り「木っ端微塵」にした。
半径50ヤード以内に立地した建物は、ほぼ倒壊し、レジスタンスの痕跡どころか1ブロックを丸々消滅させる威力だった……。
FSBドネツク管理局のオフィスにいたセルゲイは、ヤシヌヴァタの方角の窓ガラスが微かに震えた気がした。
12km先のヤシヌヴァタの街並みが脳裏に浮かび、独りごちた。
『見事だ……レジスタンス…』
その時、部下の1人がセルゲイのオフィスに飛び込んで来て、喚いた。
『大変です! ヤシヌヴァタが攻撃され、多数の死傷者が出た模様です! ロケットかドローンか判りませんが、警報を発する余裕も無かったようです…』
報告を聞いたセルゲイは、ふと思い付いたように指示を与えた。
『君の部下を全員連れて、調査して来てくれないか?』
『へ? 今からですか?』
『その通りだ。 行けるかね?』
『すぐに準備してヤシヌヴァタに向かいます!』
部屋を出て行く部下の背後を見つめながら、セルゲイは思った。
(想像力の無さは戦場で命取りになる事もあるが、今回は逆だったな。 君たちは死なずに済むよ)
こうしてFSB工作員の殆どがヤシヌヴァタに向かい、管理局に残ったのは将校と少数精鋭のアルファ部隊のみとなったのである……。
アクセル、タラス、ブラッキー、ケヴィン……。
4人は顔を合せてから、60時間も経っていない。
しかし、もう何年も共に戦ってきた…そんな錯覚に捕らわれていた。
この2日余りの間に、何人の「死」を見たのだろう…?
軍人になってから20年以上、多くの仲間を見送ってきたはずだ。
それでも、これほど辛く濃密な時間を過ごした経験は無かった…そんな気がした。
アクセルは皆の顔を見渡し、頷いた。
『さぁ、行こうか。 セルゲイが待ってる…』
『ん? 隊長…あれは…』
後方を警戒していたケヴィンが、アクセルに異変を告げた。
ブッシュの中にフラフラと入り込んで来たのは…瀕死の重傷を負ったヴィンスだった…。
『ヴィンス!? お前なのか!? おい! ヴィンス!!』
アクセルは崩れ落ちそうなヴィンスを必死に受け止める。
『隊長……すいません……1人、逃しました…ワシルたちが……ワシルたちが……すいません…』
『ワシルが……殺られた…のか?』
タラスは脱力し、膝をついた…。
『隊長…これを…』
ヴィンスの手にはDEVGRU隊員のネームタグが3つ、握られていた。
『ヴィンス、よくやったぞ! お前は最高のアーミーだ。 だから…もう喋るな…』
『ゴフッ…』
肺からの逆流血がヴィンスの気道を塞ぐ…。
『ヴィンス!?』
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……」
デス・ブレスがヴィンスの命を削っていく…。
『ヴィンス! ヴィンス!!』
アクセルはヴィンスを抱き抱え、その眼を直視する。
「ハッ……ハッ…ハッ………」
ヴィンスの瞳孔が、アクセルの眼の中で拡がっていった……。
『ちくしょう!!』
真っ赤な太陽が東の空から昇り、ヴィンスの横顔を照らしていく…。
ヴィンスが大事そうに抱えていたのは、SIG MCX LVAW…。
スティーヴンの形見なのだろう。
アクセルもタラスも、いっぺんに部下……いや、「兄弟」を失った。
「自分の中の半分」が死んでも、闘い続ける…。
それが「ドンバス戦争の真実」だった。
目の前のFSB管理局……セルゲイの待つ「ドネツクのチェス盤」にアクセルとタラスは、その身を投じていった……。
これで第3章が終わりました。
次回より、最終章が始まります。