2028年、ロシア国防相の起こしたクーデターによりプーチンは失脚する。
中東某国に亡命するためプーチンが搭乗したジェット機は、黒海上空で各国のレーダーから消えた。
その後も消息不明の状態が続いている。
長い戦争で疲弊していたロシアの新しい政権は和平に舵を切った。
クリミア半島はウクライナに返還されたが、幾つかの港湾は引き続きロシアが使用する事を許した。
ロシアは、何とか「不凍港」を確保出来たのである。
ドンバス地方は、親露派の武装放棄を条件に高い自治権を獲得し、ウクライナ人と再び共存共栄する道を探っている。
ウクライナはその後もNATOに加盟しなかった。
NATOに加盟したところでメリットに乏しい事を知ったからだ。
ロシアと互いに不可侵条約を結び、国の平和を担保しながら、単独でも生き延びて行ける国力を目指している。
ベラルーシはロシアの後ろ盾を失い「失敗国家」とされたが、ウクライナはベラルーシに援助をしている。
大国に振り回される「怒りと悲しみ」を知っているからだ。
こうした世界情勢をタラスは全く関知していない。
テレビもラジオもインターネットも無い場所で自給自足の生活をしている。
あの「作戦」から20年が過ぎ、タラスは某国の山岳地帯で、1人暮らしていた…。
そんなタラスの元に時折やって来て「その後のウクライナ」を教えているのは、精悍な青年を連れたアリーナだった。
イゴール・ジュニアは、ウクライナ代表としてオリンピックに出場し、ボクシング・ミドル級の金メダリストとなっていた。
父が果たせなかった「夢」を実現したのだ…。
3人は年に数回、穏やかな「お茶会」をする。
タラスが俗世間と繋がる唯一の時間だ。
孤独を選んだタラスも、その時だけはずっと笑顔だった。
アリーナもジュニアも、イゴールの事は尋ねない。
タラスも話さない。
それが、たった一つの「お茶会」のルール…。
タラスが今も生きている事、ジュニアが逞しく成長している事……それが「答え」だからだ。
2人が帰った後、バルコニーの揺り椅子に座り、傍らの愛犬に「独り言」を言うのが「お茶会」後のタラスのルーティン…。
テーブルに置かれた封筒……
変色し、ところどころに染みができており、20年の歳月を感じさせる。
いつもその封筒を撫でながら、タラスの「独り言」は始まる……
『結局、使わなかった…。 君と私の友情の「証」だからね…』
遥か遠くの峰々を眺めるタラスの眼は、どこまでも澄んでいた。
『人は壮絶な人生と言うかも知れん。 たくさんの人を殺め、たくさんの「兄弟」を死なせた…。 でもな、こんなに穏やかな「最期」を過ごせてるなんて、とても不思議だよ…。 満更でも無い人生……なのかな?』
タラスは、愛犬の頭を撫でながら、その名を呼んだ…。
『君はどう思う?……アクセル…』
『犬の名はアクセル』 完
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