1991年12月にソ連が崩壊した結果、ウクライナには旧ソ連の巨大な核戦力が残された。
その為ウクライナは、世界第3位の規模の核兵器を国内に抱える事となる。
約1900発もの戦略核弾頭がウクライナに取り残されたのだ。
核兵器はウクライナに残された。
しかし、運用に必要なシステムは旧ソ連の枠組みに組み込まれており、ウクライナが独自の核戦力として自由に運用が出来る訳ではない。
しかも当時のウクライナは「ハイパーインフレ」にまみれ、膨大な核兵器を維持する経済的な余裕もなかった。
アメリカを初めとする西側諸国が、「核拡散」を恐れ、ウクライナに核の放棄を迫る一方、ロシアは独立国としてのウクライナが核を保有し続ける事を嫌った。
ウクライナは核を放棄する見返りに、西側からの経済援助を期待した。
こうして三者の思惑が交錯する中、1994年、核放棄後のウクライナの地位を「保障」した「ブダペスト覚書」にイギリスを含めた4カ国が署名する。
1996年までにウクライナの核兵器は全てロシアに移され、ウクライナは非核保有国となった。
「ブダペスト覚書」が「ウクライナ戦争」の遠い起因の一つ、「トリガー」だった…そう分析する専門家もいる。
ウクライナに約束されたのは、軍事同盟のような「安全の保証」ではなく、「安全の保証に関する確約」だった。
その違いが、後に大きな意味を持つ事になる。
歴史の灰の中に埋もれていった「トリガー」を、20年後に再び掘り起こしてしまったのはアメリカだった……。
2014年2月
親露派のヤヌコーヴィチ大統領が政権を追われ、首都キーウから逃亡した。
この「マイダン革命」を巡ってはアメリカによる政治的・外交的支援や関与があったのではないか…という指摘もある。
アメリカは、その先に何が起きるのかを見誤っていたのかも知れない…。。
大国は時に「目先の勝利」しか見なくなる。
そして……権力者は「目先の実績」に目を奪われる。
2014年2月27日、クリミア自治共和国の議会などが「所属を明らかにしない武装勢力」に占拠された。
プーチン政権はクリミアに住むロシア系住民の安全確保を理由に軍事介入を正当化し、クリミアを一方的に併合した。
この、アクセルに言わせれば…「世紀の茶番」が口火となり、同年4月…ドンバス地方の親露派武装勢力が蜂起。
こうしてドネツク市を中心としたウクライナ・ドンバス地方は、戦場となって行ったのである……。
2014年4月、ドネツク州とルハンシク州で蜂起した親露派武装勢力は、それぞれの州都で州政府庁舎などを占拠。
「独立」を宣言した親露派武装勢力に対しウクライナ暫定政府も「反テロ作戦」として応戦、本格的な武力衝突に発展した。
8月下旬までは一進一退の攻防が続いた。
5月下旬のドネツク国際空港を巡る戦いはウクライナ軍が圧勝し、占領されていた空港を奪い返した。
しかし直後の6月14日、もう一つの重要拠点だった、ルハンシク国際空港に援軍を運んでいたウクライナ空軍のIl-76輸送機が撃墜され、空挺部隊員など49名が死亡する。
そしてウクライナ軍の反転攻勢が目立ち始めた8月下旬、ロシア正規軍部隊の大規模な越境と戦闘参加が確認される。
潮目が変わった…。
ドネツク国際空港の南東にある交通の要衝地イロヴァイスクでウクライナ軍はロシア・親露派の連合軍に完全包囲され、多数の死傷者を出す凄惨な敗北を喫し、東部戦線の戦況は大きく傾いた。
勢いに乗ったロシア・親露派連合軍が次に狙ったのがドネツク国際空港である。
9月5日にミンスク議定書が調印されたものの戦闘は収まらなかった。
そして9月28日、ドネツク国際空港を巡る戦闘は再び激しさを増していく。
こうして始まった「第2次ドネツク国際空港の戦い」は苛烈を極めた。
ウクライナ軍の防衛部隊は、周囲を完全に包囲され、ターミナルビルが砲撃で骨組みだけになる極限状態の中、5月下旬から数えて約242日間にわたり空港を死守し続けた。
その驚異的な粘り強さから分離派側兵士たちは、恐れと畏敬の念を込めて、彼らを「サイボーグ」と呼んだが、その「サイボーグ」の中にタラス・ドロシェンコがいた……。
2015年1月 ドネツク国際空港
親露派武装勢力の攻撃によって、新ターミナルビルは大きく損壊していた。
床や天井が崩れ落ち、内部の防御陣地も維持できない状態となる。
防衛兵の何人もが瓦礫の下敷きとなったまま、ウクライナ軍は遂に撤退を余儀なくされた……。
『隊長…悔しいです…』
タラスは泣きじゃくるマクシムを見下ろしていた。
『お前は誰よりも勇敢に戦った。 そして、生き延びたんだ。 胸を張れ! 泣くな!!!』
『隊長…』
『マクシム…お前は俺の初めての部下だった。 そして今では唯一の部下だ。 お前まで失いたくない……』
マクシムは膝を握りしめ、雄々しく立ち上がりタラスの顔を見つめた。
『私のたった一つの心残りは…瓦礫の下の仲間たちを連れて帰れない事です……』
『生きてさえいれば、戻って来られる。 いつか2人で同胞たちを迎えに来よう』
タラスの頬にも、ひとすじの涙が伝う…。
『ドネツク国際空港での最後の命令を下す! 誇りを胸に撤退せよ!!!』
空港の敷地から脱出したタラスは、後送部隊と合流したマクシムと別れ、ドネツクの市街地に消えた……。
7名いた部下のうち6名を死なせたタラスは、おめおめと基地に帰還するつもりはなかった。
「基地に帰る」という選択肢など残されてはいないのだ…。
『アイツと刺し違えてやる……』