『犬の名はアクセル』   作:タカチ・スカル

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第5話

ドロシェンコ家は3代続いた「軍人の家柄」である。

先の大戦に出征しナチス・ドイツと戦った祖父と、冷戦を生き抜いた父を心から尊敬していたタラスが、軍に入隊するのは自然な事だった。

 

祖父から「軍人としての誇り」を、父親から「実戦的格闘術サンボ」を叩き込まれたタラスは、すぐに軍の中で頭角を現した。

 

 

一等軍曹に昇格し、初めて部下を持った直後、クリミア半島を占領された…。

ドンバスに住むロシア人が独立国家を宣言した…。

タラスは「実戦」に放り込まれたのだ。

 

 

親露派民兵に圧勝し、タラスの中に芽生えかけた「指揮官の誇り」を容易く砕いたのがセルゲイだったのである。

 

タラスは失った「プライド」を取り戻すため、命をかけるつもりだった。

 

 

そんなタラスを観察していたアクセルは、彼の悲壮な決意をすぐに見破る。

 

(……自爆テロだ…)

 

 

アクセルはドンバスに来てからずっと、焦燥感に苛まれていた。

セルゲイの意図が予め判るようになっていたアクセルは、いつ何処でウクライナ軍の拠点が強襲されるのか、ウクライナ人が死ぬのかを予見出来た。

 

同じ「軍人」として死なせたくはなかった。

しかし、今の自分は「インテリジェンスに組み込まれた歯車」に過ぎない。

ウクライナ軍に警告を発したら、それはCIAの活動をウクライナとロシアに知られる事を意味する。

 

次々と倒れて行くウクライナの軍人を為すすべもなく見ているだけの自分にアクセルは絶望する。

世界中の誰よりもアクセル・コールマンを嫌悪していたのはアクセル自身だった。

 

 

(あの整備工を死なせたくない……)

 

アクセルの焦燥感が頂点に達しようとしていた、あの日……。

 

 

UAZ Patoriotに運転手と2人だけで乗り込んでいたセルゲイが、セカンドハウスに到着した。

運転手が車を路肩に停めた、その刹那……

 

 

アクセルの目前で、くたびれたトヨタ・ランドクルーザーがノーブレーキでUAZ Patoriotに突っ込んだ……。

 

ズドォォォン!!

 

金属の潰れる凄まじい音が通りに響き渡り、追突されたUAZ Patoriotが前方に弾け飛んだ。

続いて「シューーーッ」っというエアバッグからガスの抜ける音……。

 

セルゲイは予期していたかのようにシートのヘッドレストに頭を押し付け、関節や筋肉に適度な緊張を持たせていたが、衝撃をモロに受けた運転手は頚椎を痛め、脳震盪を起こしたのか激しく嘔吐した…。

 

それでも運転手は、訓練された警護兼任の工作員である。

背後の車のドライバーを排除すべく、運転席から路上に転がり出る。

 

そしてタラスとセルゲイが殆ど同時に車から這い出た……その瞬間、運転手は頭部に銃弾を受け、糸の切れたパペットのように路上に崩れ落ちた。

 

驚いたタラスが後方を振り返ると、50mほど離れたビルの屋上にロシア製の消音狙撃銃「VSSヴィントレス」を構えたマクシムがいた…。

 

『マクシム…残ってたのか?』

 

 

リアウインドウが粉々に砕けたUAZ Patoriotの横に、静かに直立するセルゲイ・イワノヴィチ……。

 

遂にタラスはセルゲイを射程に入れた…。

 

 

『ずいぶん時間をかけたね』

 

タラスが息を飲む…。

やはりセルゲイは、タラスのリーコンを初日から把握していた。

 

『何故、スペツナズに命じて俺を排除しなかった?』

 

『自分の命は自分で護れる。 自分を護る為に、部下に「殺人」を命じた事は一度もないよ』

 

『世迷い言を言うな! 俺を欺くつもりなら無駄だ。 もう終わりにしてやる!!』

 

タラスの右手に握られた起爆スイッチのコードはプレートキャリアから伸びていた。

 

『セムテックス(プラスチック爆薬)だね?』

 

そう言うが早いか、セルゲイの驚異的なファストドロウ(早撃ち)から放たれた9mm弾が起爆スイッチを破壊し、タラスの右手を貫通する。

 

『グオッッ!』

 

タラスは右手を押さえて膝を着いた。

 

セムテックスは……爆発しなかった。

 

セルゲイは流れるようにマクシムの射線からの死角に入り、Glock17を構え直した。

 

照門に照星が入る…。

その先に苦痛に歪むタラスの顔があった。

セルゲイの白く細い指がトリガーガードの内側に吸い込まれた……。

 

まさにその時…。

 

 

通りの反対側のビルから男が現れ、真っ直ぐセルゲイとタラスの間に入った…。

 

2人の動向を監視していたアクセルである。

 

 

トリガーガードから指を抜きながら、セルゲイがアクセルに問うた。

 

『どなたかな?』

 

『アメリカの外交官だ!』

 

まんざら嘘でもない…とアクセルは思った。

 

 

『ロシアは君の入国を認めていないと思うがね』

 

『勘違いするな! ここはウクライナだ! ウクライナにアメリカ人が出入りするのにロシアの許可は要らん!!』

 

 

アクセルはスマホを取り出し、続けた。

 

『ロシアの将校がウクライナ人を殺すところを、全世界に発信してやる!』

 

アクセルは内心、

 

(こんなハッタリ、通用する訳がない…)

 

と諦めていた。

 

 

その時だった。

 

セーフハウスから軍服を着たロシア人が飛び出して来て喚いた。

 

『セルゲイ・イワノヴィチ、これはいったい……?』

 

『自爆テロの真っ最中だよ』

 

ロシア人は目を見開き、銃を抜こうとしたが、セルゲイが制した。

 

『何人いる?』

 

『え? セルゲイ……』

 

『ここに職員は何人いるかと聞いている』

 

『え、えーと、20人ほどです』

 

『地下のシェルターに退避せよ』

 

男はタラスとアクセルを交互に見ている。

 

『いや、あの、しかし…』

 

『すぐに退避せんか!!! 2分以内だ!!』

 

セルゲイの絶叫が空気を震わせる。

 

ロシア人は慌ててセーフハウスに消えた…。

 

 

『醜態を晒してしまい、申し訳ない。 それでは、私も失礼するよ。 そのセムテックスはまだ生きてるからね』

 

 

踵を返し、セーフハウスに入ろうとするセルゲイの背中にアクセルが叫ぶ。

 

『おい! 待て!!』

 

『背後から撃ちたいなら、撃ちたまえ……撃たんのなら行く』

 

セルゲイは一瞬だけタラスとアクセルに視線を送り、地下のシェルターに消えて行った……。

 

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