色のない世界で君と   作:もちもち。

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5/泣かない君が悲しくて

体育の授業は殺せんせーの作成した小テストの時間。静かにいけない時間にも関わらず、前からは"ぶにょん、ぶにょん"と不思議な音が響いていた。

わたしは既に埋まっている答案用紙を横目に、不思議な音の正体――壁にパンチをしている殺せんせーに目を向けた。前の方に座るクラスメイトたちはその音に小言を溢している。

 

「ブニョンブニョンうるさいよ、殺せんせー!小テスト中なんだから!」

 

岡野さんがとうとう痺れを切らしたのか、怒るように言葉を発していて。

だけど、そんな殺せんせーよりも気になる人物に、わたしは視線を泳がせた。

……隣に座る、赤髪の少年。彼もまた、問題は解き終えたようで、余裕そうな表情をしていた。

 

「よぉ、カルマぁ、あのバケモン怒らせてどーなっても知らねーぞ」

 

「またおうちにこもってた方が良いんじゃなーい」

 

更に奥の席から、赤羽くんを揶揄うような声が聞こえた。それは、寺坂くんと村松くんで。だけど、それに対して、彼はまるで関係ない、と言わんばかりに飄々としていた。

 

「殺されかけたら怒るのは当たり前じゃん、寺坂。しくじってちびっちゃった誰かの時と違ってさ」

 

「な、ちびってねーよ!!」

 

ドン、と机を叩く音が響く。それに反応するようにわたしの肩がびくりと震える。

殺せんせーがすぐに「こらそこ!テスト中に大きな音立てない!」と、自分が出していた音は棚に上げて、寺坂くんたちを注意をしていた。

それに対して、赤羽くんの右手が少し上に上がる。

 

「ごめんごめん、殺せんせー。俺もう終わったからさ、ジェラート食って静かにしてるわ」

 

その手にはジェラート。わたしはそれをどこから出したのだろう、と不思議に思ってただ、赤羽くんのその手を見つめていた。

 

「ダメですよ、授業中にそんなもの。まったくどこで買ってきて…」

 

と、言った直後、殺せんせーは何かに気づいたように、ハッとしていた。

 

「そっ!それは昨日、先生がイタリア行って買ったやつ!」

 

「あ、ごめーん。教員室で冷やしてあったからさ」

 

殺せんせーのジェラート、だと分かっても赤羽くんは気にせず、ぺろりと一口舐めていて。

それが、殺せんせーをもっと怒らせる、とわざとやっているのがよく分かる。

 

「ごめんじゃ済みません!溶けないよう苦労して寒い成層圏を飛んできたのに!」

 

赤羽くんからジェラートを取り返そうと、ずんずんとこちらに向かってくる殺せんせー。

だけど、突如、その触手はぐにゃり、と溶けた。

 

「!!」

 

殺せんせーは、明らかに驚いた表情を浮かべていて。

下をよく見ると、床には対先生用BB弾がばら撒かれていた。

 

「あっはー!まぁーた引っかかった」

 

楽しそうに笑う声に、また肩が震える。

殺せんせーに向けられた、赤羽くんの悪意が痛くて、少しずつわたしの呼吸を苦しくさせていた。

 

――パン、パンと銃が発砲する音が聞こえた。

赤羽くんの左手には、殺せんせーに向けられた銃が握られていて、彼が撃ったのだろうと思った。そして、それを殺せんせーは躱したのだと。

 

「何度でも、こういう手使うよ。授業の邪魔とか関係ないし……それが嫌なら、俺の親でも殺せばいい」

 

さっきまでの楽しそうな声とは違う、少し冷たい声。

一歩ずつ、彼は殺せんせーに近づきながら、重たい言葉を投げ捨てる。

 

「でも、その瞬間から…もう誰もあんたを先生とは見てくれない。ただの人殺しのモンスターさ。あんたという"先生"は俺に殺されたことになる」

 

まるでナイフを刺すように、右手に持っていたジェラートをぐりぐりと押し付ける。そしてそれは、ぐにゃりと床に落ちていった。

赤羽くんが殺せんせーを見る瞳が、怖くて、わたしはただ、下を向くことしかできなかった。

 

「はいテスト、多分全問正解。じゃあね"先生"。明日も遊ぼうね」

 

赤羽くんはそう言いながら小テストを殺せんせーに手渡して、そのまま教室を出て行った。

わたしの視界には、ただ答えの埋まった答案用紙だけ。彼を追いかけることも、彼に言葉をかけることもわたしにはできない。

 

だって、わたしは赤羽くんのことを、何も知らないのだから。

 

彼の、拘っている、"なにか"。

それは"先生"と呼ばれる何かだと、なんとなくは予想できる、けれど。

 

まるで泣きそうなくらい、苦しい殺意。

わたしは、解答用紙から、誰もいない隣の席に視線を移した。

 

 

***

 

 

授業も終わり、帰路の途中。駅へ向かうと、赤い髪が揺れているのが見えて、一瞬、息が詰まった。

強烈なその色に、わたしはほぼ無意識に、彼の名前を呼んでいた。

 

「……赤羽、くん?」

 

わたしの声が届いたのか、くるりとこちらを向く赤。その表情は、殺せんせーを挑発していた時とはまるで違っていて、柔らかくも見えた。

 

「まさか同じクラスだったなんてね。しかも、隣の席とか。あの時はボロボロだったのに、すっかり元気そうじゃん」

 

ひと月前。病院でわたしを助けてくれた少年。

わたしはまさか相手も覚えているなんて思わなくて。わたしの身体は、思わず、ぴたりと固まってしまう。

 

「ちょっとなに、無視?それとも、――覚えてない?」

 

忘れるはずがない。

この、強烈な赤を、わたしは鮮明に覚えている。

迷いを孕んだ、悲しそうな目。だけど、真っ直ぐで、正しいと思い行動するその姿勢に。

白だらけの世界は、ほんの少し色付いたのだから。

 

「えっと、……その、病院、で。あ、わたしは、花宮 秋、といいます、その、……」

 

何を言ったらいいのかわからなくて、言葉が詰まる。視界も、彼を捉えなくて、辺りを彷徨うばかりで。

 

「おっけー、秋ちゃんね。俺のことも、カルマって呼んでよ」

 

どうしたらいいか分からないわたしとは裏腹に、赤羽くんはぐいぐいと詰め寄ってくる。

それに対して、わたしは更にどうしたらいいのか分からなくなる。

 

――彷徨った視界の端に、青を見つけた。

それはクラスメイトの渚くんで。同じ制服を着た生徒たちと一緒にいる。だけど、その様子は級友と楽しくおしゃべり、という雰囲気ではなくて。

わずかに聞こえたのは、侮蔑の混じった言葉。

 

「うっわ最悪。マジ死んでもE組に落ちたくねーわ」

 

わたしの視線の先を辿るように、赤羽くんの視線もそちらへ向かう。

彼は、ゆらり、とその辺に転がっていた空き瓶を拾ったかと思えば、それを持ってふらふらと渚くんの方へ向かっていく。

 

――ガシャン、と空き瓶の割れる音が響く。

その音と、赤羽くんから放たれる殺意に、カタカタと指の先が震えた。

 

「えー、死んでも嫌なんだ…じゃ、今死ぬ?」

 

「あっ、赤羽!!」

「うわぁっ!」

 

その異常ともいえる行動に、なのか、カルマくん自身になのかは分からないけれど、渚くんに酷いことを言っていた彼らは怯えるように逃げていった。

それを、ただ見ていたわたしは、一歩ずつ、渚くんの方へ近付く。だけど、近くにいた赤羽くんのことは、どうしてだろうか、見ることができなかった。

 

「渚くん、……だ、大丈夫、でしたか?」

 

差し伸べた手を、まるで折るように、赤羽くんは楽しそうに笑っていた。

 

「あはは、殺るわけないじゃん」

 

本気なのか冗談なのか分からないその言葉に、わたしの視線は下がっていく。

 

「…花宮さん、カルマ君」

 

「ずっと良いオモチャがあるのに、また停学とかなるヒマないし」

 

ころころと変わる、赤羽くんの感情。

それにわたしは追い付けなくて、だけど、それは彼の出したサインにも思えて、わたしは彼のことを理解したくなった。

 

 

 

目的地も一緒だからか、3人で駅のホームに向かっていた。改札を通る時、赤羽くんが渚くんに殺せんせーのことを聞いていて。わたしは、ただ、2人に付いていくことしか出来なかった。

 

駅のホームに着いて、渚くんの声が、静かに響く。

 

「……カルマ君、次はなにを企んでんの?」

 

渚くんの問いに答えるように、くるりとこちらを見る赤羽くん。

 

「俺さあ、嬉しいんだ。ただのモンスターならどうしようかと思ってたけど、案外ちゃんとした先生で」

 

さっきとはまた違う表情。

 

「ちゃんとした先生を殺せるなんてさ、前の先生は自分で勝手に死んじゃったからさ」

 

その表情は歪んで見えて、背中がぞくりと疼いた、そんな気がした。

 

 

***

 

 

ホームに着いた電車に乗り込むと、それは赤羽くんも一緒で。混んでいる車内で、彼の息遣いが聞こえた。

 

「混んでるけど、大丈夫?」

 

「……え、と、はい……大丈夫、です」

 

下を向いたまま、そう告げる。

このまま、はやく目的地に着けばいい、そう思っていると、思いもよらない言葉が降ってきた。

 

「……俺のこと、怖い?」

 

下を向いていた顔が、上がる。

彼の瞳には、悲しみを含んでいるように見えて。あの時のように、彼の手を包み込むようにそっと触れた。

 

「……暴力、は、嫌い、です」

 

怖くない、それを言うのは簡単だろう。

だけど、歪んだ殺意を孕んだ瞳が、わたしはすごく怖くて、すごく悲しく感じた。

 

「だけど。赤羽くんは、誰かを、守れる人、だから」

 

赤羽くんの暴力は、怖い。

けれど、病院での彼を思い出す。ただ傷付けるだけじゃない、暴力。誰かを助けるための、誰かを守るための暴力。赤羽くんには、その力があるから。

 

「……優しい、赤羽くんは、怖くない、です」

 

この答えが、正しいかは、分からない。

赤羽くんが何を思って、そう聞いてきたのか、わたしには理解できないから。

 

見上げた赤羽くんの顔は、夕陽に染まっていて。

その瞳には悪意も殺意もなくて、わたしには分からない感情が、そこにはあるように見えた。

 

「やっぱ、カルマって呼んでよ。秋ちゃんには、そう呼ばれたい」

 

ゆっくりと、口を開く。

それは、きっと、彼に歩み寄るための一歩目。

 

「……か、カルマ、くん」

 

放った言葉は、彼に届いただろうか。

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