色のない世界で君と   作:もちもち。

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7/知らない、知りたい、こわい

隣から向けられる視線を、気のせいだと言い聞かせる。だけど、その視線が気になって隣を見ると、何度も合うカルマくんの視線。

今日一日のほとんどで感じたその視線の正体が分からなくて、意を決してわたしは尋ねた。

 

「あ、あの……わたし、なにか、気に障るようなこと、しましたか?」

 

気付かないうちに何かをしてしまっただろうか、と頭を巡らせる。

もしかしてこの間、暗殺を邪魔してしまったからだろうか。それとも、勝手に抱きしめたりしたからだろうか。だけど、あれは、カルマくんを助けるために、仕方なく、というか、身体が勝手に、というか。

と、頭の中でぐるぐると巡らせていると、ふっと笑う声が聞こえた。

 

「ううん。もっと秋ちゃんのこと知りたいなあって思って」

 

わたしのことを、知りたい?

わたしは、誰にも知られたくないのに?

ぎゅっ、とガーディガンの袖を握る。隠した傷や痣も、生きている価値のない過去も。全部、誰にも知られたくないのに。

 

「え、えと……」

 

どう答えたらいいのか分からなくて、言葉が詰まる。

視線も、下に落ちていって、カルマくんを見ていた目も今は床を映していた。

 

「……わ、わたしなんか、知っても、つまらないだけ、ですので」

 

そう言って、次の授業の準備をする。

次は理科で、確か理科室で実際を行うはずだ。わたしは、逃げるように教室から出て、理科室を目指した。

 

 

***

 

 

理科室での授業。教室とは違って、横並びではなく、目の前にいるカルマくんから目を逸らしながら、わたしは授業を受けていた。

今日はお菓子の着色を抜く実験で、みんなが楽しそうにしている中、わたしだけがふわふわとした感情になっていた。

 

「秋ちゃん、手元みないと危ないよ」

 

目の前から降ってくるその声は優しくて、だけど、思わずびくりと反応する。わたしはちらりと、揺れる赤髪を見てから、すぐに目を逸らした。

 

「……う、集中、します」

 

ふう、と一息吐く。

わたしは、ただのモルモットで、ただの人形だ。誰もわたしの意思なんか必要としていなくて。

 

お菓子から色が消えていく。

それは、まるで過去のわたしみたいに思えた。

あの白い箱の中で、無機物になっていくわたし。心を持たないように逃げていたあの頃のわたしのように見えて、瞼の奥がすごく熱く感じた。

 

 

「実験は、これで終了。余ったお菓子は先生が回収しておきます」

 

と、わたしの手からお菓子の箱が消える。

教室中からお菓子をかき集めると、殺せんせーは一瞬でそれを何処かへ持っていって、帰ってくる。

それを呆れたように見るクラスメイトたちを横目に、わたしは空っぽになった手のひらを見つめた。

 

そこに、ガタリ、と椅子を引く音が聞こえた。

それはわたしの隣からで。わたしはキラリと光る試験管に、思わず視線が動いた。

隣に座っていた奥田さんが、ゆっくりと殺せんせーに歩み寄っていた。

彼女の手には何かが入った試験管やフラスコが握られており、これから彼女は暗殺をするのだと、一目瞭然だった。

 

だけど、もしあれらがただの毒なら、残念だけど、殺せんせーには効かないだろう。

人間に効く毒が殺せんせーに効くのなら、彼はもうとっくに死んでいるはずなのだから。

 

「毒です!飲んでください!!」

 

奥田さんのその言葉に、わたしは小さく口を開いた。

シンプルで、素直で、正直で。その言葉には嘘や偽りはなくて、隠し事だらけのわたしとまるで正反対の彼女から、わたしはすぐに目を逸らした。

 

それは、わたしにはできないことだから。その真っ直ぐさが、ちくりと胸を痛めた。

 

「……奥田さん、これはまた正直な暗殺ですねぇ」

 

「あっ…あのあの、わ、私、みんなみたいに不意打ちとかうまくできなくて…でもっ、科学なら得意なんで真心こめて作ったんです!」

 

真心こめて作った毒……と言われて飲む人はいないだろう、と思うわたしとは裏腹に、殺せんせーは「いただきます」と奥田さんに渡された毒を飲み干した。

 

「!!こ…これは…」

 

ごくり、と飲み干した直後、にゅ、と音がした。

音の方を見ると、殺せんせーの頭から、ツノが生えていた。

 

「この味は水酸化ナトリウムですね。人間が飲めば有害ですが、先生には効きませんねぇ」

 

どういう反応なのか分からなくて、わたしはこめかみ――殺せんせーのツノが生えたあたりに思わず触れる。

理屈が分からなすぎて呆然としていると、殺せんせーはさらに2本の毒を飲み干した。酢酸タリウムではツノから翼が生えて、王水を飲んだら真顔になった。

 

「どれも先生の表情を変える程度です」

「……はい…」

 

殺せんせーは、"優しい"。

杉野くんを励ますために、野球選手に絡みに行ったり。カルマくんを助けるために、ネバネバになってみたり。 

 

「それとね、奥田さん。生徒1人で毒を作るのは安全管理上、見過ごせませんよ」

「…はい。すみませんでした…」

「放課後、時間があるのなら、一緒に先生を殺す毒薬を研究しましょう」

 

だから、もしも殺せんせーの行動に意図があるのなら。

それは、奥田さんを正しく導くための優しさなのだろう。

 

真っ直ぐすぎる奥田さん。

それは、光のように眩しいけれど、それだけでは、この不条理ばかりの世界では生きていけない。

わたしでも分かる、彼女の欠点。それが改善された時、彼女はもっと成長するんだろう。

 

ふと、目の前のカルマくんを見る。

彼は変わらずこちらを見ていて、楽しそうに微笑んでいた。

 

 

***

 

 

翌日、登校して教室に入ると、奥田さんの周りには渚くんや茅野さんがいて。奥田さんの手には、ビーカーに入った怪しげな液体が見えた。

それはどうやって作ったのか想像もできない色をしていて。一目で"毒"と分かるものだった。

 

前の席で、楽しそうに話す奥田さんをただ、眺める。

それは手に握られている毒薬と、ちぐはぐに見えて。わたしは、それを見ないように下を向いて、授業の準備を始めた。

 

「きっと私を応援してくれてるんです。国語なんてわからなくても、私の長所を伸ばせばいいって」

 

奥田さんの言葉が、わたしをひどく動揺させる。

素直で、真っ直ぐで、正直で。愚直すぎる彼女を、わたしは直視することができない。

だって、このままでは、きっと彼女は、悪いことに簡単に利用されてしまう。今のままの彼女では、いつか、ずたずたに傷付いてしまう。

――そう、思ったから。

 

そこに、殺せんせーが現れた。

 

「あ、来たよ。渡してくれば?」

「はい!」

 

茅野さんが奥田さんを促すと、奥田さんは元気いっぱいの声で返事をする。そして、足軽に彼女は殺せんせーへ先ほどの不気味な毒薬を差し出した。

 

「さすがです…では早速いただきます」

 

殺せんせーはそれをごくごくとまるでジュースを飲むみたいに飲み干した。そして、飲み終えた顔は、何かを企んでいるみたいな、悪い顔をしていた。

「……ヌルフフフフ…ありがとう、奥田さん。君の薬のおかげで、先生は新たなステージへ進めそうです」

「…えっ、それってどういう……」

 

殺せんせーの身体が、ビキビキと音を立てて光り出す。

 

「グ ォ ォ ォ オ オ オ !!!」

 

叫び声の後、ふう、と一息つく殺せんせー。

すぐにそちらを見ると、どろどろに溶けていた。

 

「君につくってもらったものはね、先生の細胞を活性化させて流動性を増す薬なのです」

 

頭の理解が及ばないわたしたちを尻目に、殺せんせーはシャッと素早く移動する。

 

「液状ゆえに、どんな隙間にも入り込むことが可能に!しかもスピードをそのままに!さあ殺ってみなさい」

 

ビュンビュンと床や天井、机の中など、いろんな場所へ移動をする殺せんせー。

まるで虫に似た奇妙な動きが気持ち悪くて、わたしは目を瞑りながらぶんぶんと対先生用ナイフを振りました。

 

「ちょっ…ムリムリこれムリ!」

「床とか天井に潜り込まれちゃ狙いようないって!」

「なんだこのはぐれ先生!」

 

みんなの騒ぐ声が聞こえて、一瞬だけ目を開けた。

そこに、液体化した殺せんせーがこちらを向かってきているのが見えて、身体を後ろに仰け反らせる。

すると、ぐらり、とバランスを崩して、わたしは背中から床に倒れそうになった。さっきまで前を見ていた身体は上を向いていて。わたしは、ぎゅっと目を閉じた。

 

「っと、大丈夫?」

 

背中に感じたのは痛み、ではなくて、暖かい熱。

ゆっくりと目を開くと、カルマくんが心配そうに覗き込んでいた。

すぐ「大丈夫です」と告げて、カルマくんから離れる。だけど、触れられた背中が熱くて、むず痒かった。

 

「だっ…騙したんですか、殺せんせー!?」

 

奥田さんの悲痛な声が教室に響く。

その瞬間、殺せんせーはつーんと真顔になった。

 

「奥田さん、暗殺には人を騙す国語力も必要ですよ」

「えっ…」

「どんなに優れた毒を作れても…今回のようにバカ正直に渡したのでは、暗殺対象に利用されて終わりです」

 

殺せんせーは渚くんに「君が毒を盛るならどうするか」と問いた。それに対して渚くんの答えは「殺せんせーの好きなジュースに混ぜる」というもの。

 

「そう、人を騙すには相手の気持ちを知る必要がある。言葉に工夫をする必要がある。上手な毒の盛り方、それに必要なのが国語力です」

 

相手の気持ちを知る必要がある。

その言葉に、わたしはぎゅっと手を強く握りしめた。わたしは、ここにいる誰の気持ちも理解していない。

 

「君の理科の才能は将来、みんなの役に立てます。それは多くの人にわかりやすく伝えるのために…毒を渡す国語力も鍛えてください」

 

そう奥田さんを諭した殺せんせーは、効果が切れたのはいつもの見慣れた姿に戻っていて。

奥田さんは「はい!」と、満点の返事をかえしていた。

 

「あっはは、やっぱり暗殺以前の問題だね~」

 

カルマくんが、笑いながらそう言っていて。

それを見て不思議と、わたしも思ってしまった。わたしを知りたいと言う、カルマくんを知りたい。カルマくんの気持ちが知りたい、と。

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