花火は泡沫に恋をする   作:もちもち。

5 / 5
「(あ、い、う)」は口パク、
《あいう》は書いた文字を示します。


5/燻る火花は揺らめいて

日が変わって、今日から通常授業開始。

朝、家を出るとそこには勝己くんが立っていた。いつも通りに。だけど、いつもよりも静かだった。

 

《おはよう》

《勝己くん》

 

スケッチブックを掲げて、挨拶をする。

わたしはスケッチブックで顔を隠して、勝己くんから返事は返ってこない。

 

スケッチブックを持つ手を掴まれて、無理矢理降ろされる。

その目にわたしが揺れている。勝己くんは瞬きをして、ふいと前を向いた。

 

「遅刻すんぞ」

 

その言葉に、こくりと頷く。

掴まれた手を振りほどけないまま、わたしは勝己くんの隣を歩いた。

 

 

午前中は、必修科目・英語等の普通の授業。

プレゼント・マイクが行う英語の授業は、想像よりも普通だった。

 

昼休み。クラスメイトのほとんどが大食堂へと向かう中、わたしは教室の中にいた。

お弁当を広げて、もそりとご飯を口に運んだ。

 

「なにひとりで食ってんだ、てめェは」

 

ドカリ、と音を立てて前の席に座る、勝己くん。

勝己くんの手には、お弁当箱が握られていた。

 

《食堂行くのかな》

《って思ってた》

 

「さっさと飯食うぞ」

 

そう言って、見た目とは正反対に綺麗な食べ方をする勝己くん。

昔から見てきた、いつもと変わらない、勝己くん。

 

《卵焼き》

《食べたい》

 

勝己くんの手に、ちょんと触れてそう伝える。

彼のお弁当に入っている黄色い卵焼き。

 

「ン」

 

勝己くんが卵焼きを箸で掴んで、そのままこちらへ向けてくる。

わたしはそれを、躊躇なく口へ運んだ。

 

「(お、い、し、い)」

 

「そーかよ」

 

勝己くんはそれだけ返事をして、自分のお弁当をまた食べ始めた。

わたしも、それに倣ってご飯を食べる。

 

ヒーロー科の午後の授業は、ヒーロー基礎学。

わたしは、本当にそれを習わなければいけないのだろうか。

 

《午後の授業》

《楽しみだね》

 

なんて、嘘を書く。

スケッチブックを持つ手に力が入って、紙が少し歪んだ。

 

 

***

 

 

「わーたーしーがー!!普通にドアから来た!!」

 

HAHAHAと笑いながら勢いよく登場するオールマイト。そんなオールマイトに、クラスメイトたちは釘付けになっている。

一気に騒つく教室。その中で、わたしはふっと視線を下に向けた。

 

「ヒーロー基礎学!ヒーローの素地をつくる為、様々な訓練を行う科目だ!早速だが今日はコレ!戦闘訓練!!」

 

戦闘訓練。その言葉に、ぐっと息が詰まった。

 

「そしてそいつに伴って…こちら!入学時に送ってもらった『個性届』と『要望』に沿ってあつらえた…戦闘服!!」

 

教室内に「おおお!」と興奮した声が響き渡る。

その声にわたしは、下がった視線を上げられない。

 

「着替えたら順次、グラウンド・βに集まるんだ!」

 

その指示に「はーい!」と返事をして、みんなは戦闘服の入った鞄を手に持ち、教室を出て行く。

それは、勝己くんも同様で。ワクワクした顔を抑えられない彼を見送り、わたしはオールマイトに近付いた。

 

《わたしは》

《どうしたらいいですか》

 

「君が、魚尾少女か。話は校長から聞いている。まずはそのまま見学だ」

 

見学。オールマイトのその言葉に、わたしの視線が少し下にズレた。

安堵したわけじゃない。落胆したわけでもない。ただ、いなくてもいいと思ってしまっただけ。

 

「ヒーローがどう動き、何を考えて人を救うのか、きちんと考えて、見て学ぶように」

 

見て、学ぶ。

それを見て、わたしは何を学べばいいのだろう。

すぐに返事が出せない。けれど、振り絞るように首を縦に振った。

 

「さあ行こうか」

 

誰もが認めるNo.1ヒーローのオールマイト。

幼馴染の憧れで、平和の象徴。

それなのに、わたしの気持ちは晴れない。

 

 

「格好から入るってのも大切な事だぜ、少年少女!自覚するのだ!!今日から自分は…ヒーローなんだと!!!」

 

グラウンドの入り口から、戦闘服を身に纏ったクラスメイトたちが出てくる。

その目には、眩しいくらい光が灯っているように見えた。

 

「さあ!始めようか、有精卵共!戦闘訓練のお時間だ!!」

 

勝己くんも、もちろん戦闘服を着ている。

はじめて見る勝己くんに、わたしは駆け寄った。

 

ツンツン、と腕に付いている爆弾の形をした装備に触れた。

 

「気安く触んな」

 

勝己くんらしい、デザインだと思った。

勝つために、考え抜かれたデザイン。

 

《みんなかっこいいね》

《すごくヒーローっぽい》

 

戦闘服を着ているからか、みんなの背中がしゃんとしているように見えた。

それが、少し寂しい、なんて思ってはいけないのに。

 

 

「先生!ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!?」

 

ヘルメットで顔を隠した人が、挙手をしながらオールマイトにそう尋ねた。

あの声は確か、昨日勝己くんに注意をしていた飯田くん。

 

「いいや!もう二歩先に踏み込む!屋内での対人戦闘訓練さ!」

 

敵退治は主に屋内で見られるが、統計でいえば屋内の方が凶悪敵出現率は高い。

監禁・軟禁・裏商売……このヒーロー飽和社会。真に賢しい敵は室内にひそむ。

 

そのオールマイトの説明に、身体が氷のように冷たくなる。

わたしは、その冷たさを体感したことがあるから。

熱を求めるように、勝己くんの手に触れる。

勝己くんはその手をぎゅっと握り返してくれた。

 

「君らにはこれから『敵組』と『ヒーロー組』に分かれて、2対2の屋内戦を行ってもらう!」

 

「基礎訓練もなしに?」

 

「その基礎を知る為の実践さ!ただし今度はブッ壊せばオーケーなロボじゃないのがミソだ」

 

直後、様々な質問がオールマイトへ飛び交う。

隣で「ブッ飛ばしてもいいんスか」という物騒な勝己くんの声が聞こえる。

 

「いいかい!?状況設定は『敵』がアジトに『核兵器』を隠していて、『ヒーロー』はそれを処理しようとしている!」

 

『ヒーロー』は制限時間内に『敵』を捕まえるか『核兵器』を回収すること。

『敵』は制限時間内まで『核兵器』を守るか、『ヒーロー』を捕まえること。

 

どんどん進んでいく説明に、わたしは繋がれている手とは反対の手を上げた。

 

《人質はなくていいんですか?》

 

その為に呼ばれたのだと思ってた。

それくらいしか、今のわたしに役割はない。

 

「あ?」

 

隣から聞こえた、低い声。

それに、肩がびくりと揺れた。

 

「人質は必要ないよ!それはもっと先の話さ!さて、コンビ及び対戦相手はくじだ!」

 

じゃあ、わたしがここにいる意味ってなに。

どんどん進んでいく会話に追い付けない。ヒーローになりたいわけじゃないのに。

 

勝己くんの手が離れて、彼がくじを引きに行く。

クラスメイトたちが、アルファベットを書かれた紙を次々に引いていた。

 

「続いて最初の対戦相手は、こいつらだ!」

 

オールマイトが、『ヒーロー』と『敵』のくじを引く。

その手には、『A』と『D』の文字が記されたボール。

 

「敵チームは先に入ってセッティングを!5分後にヒーローチームが潜入でスタートする。他の皆はモニターで観察するぞ!」

 

その指示に従うように、他のみんなはぞろぞろと移動を始める。だけど、わたしの足は思うように動かない。

――まるで、人魚の姿になった時みたい。

 

くじの結果、勝己くんはD。そして、緑谷くんはAだった。

その2人の対戦が決まった、その瞬間。

 

勝己くんの目にはもう、緑谷くんしか映ってない。

 

 

屋内対人戦闘訓練が行われるビルの地下にあるモニタールーム。

クラスメイトたちはたくさんあるモニターを眺めている。モニターのひとつに、勝己くんが映った。

 

開始の合図。

緑谷くんと麗日さんが、ビルへ潜り込んだ。

 

慎重に先を進むふたり。でも、その前に現れたのは――

 

「いきなり奇襲!!」

 

大きな爆発音が響く。

勝己くんの手の軌道は、威嚇じゃなくて、緑谷くんへの攻撃だ。

 

「爆豪ズッケぇ!奇襲なんて男らしくねぇ!」

「奇襲も戦略!彼らは今、実践の最中なんだぜ!」

「緑くん、よく避けられたな!」

 

クラスメイトや、オールマイトの声が遠い。

今の勝己くんは、全然冷静じゃない。緑谷くん以外、見えていない。

 

再度、勝己くんが緑谷くんに攻撃するために仕掛ける。だけど、その攻撃はまるで読まれたみたいにいなされ、そして緑谷くんが逆に勝己くんを投げ飛ばした。

地面に叩きつけられるその姿が、まるでスローモーションのように見える。

 

「(か、つ、き、く、ん)」

 

わたしの声が届くはずもないのに。

唇だけが、音も立たずにただ動いていた。

 

身体を起こす勝己くんに、緑谷くんは真正面から向かって、何かを叫んでいた。

音声のないこの場所で、ふたりがどんな会話をしているか、分からない。

分からないからこそ、わたしの胸が張り裂けそうに痛くなる。

 

そして、勝己くんの口が小さく開いた。

緑谷くんと話しているのではないのが、分かった。

隣にいた赤髪の男の子もそれに気付いたのだろう、疑問をそのまま口から溢した。

 

「アイツ何話してんだ?定点カメラで音声ないとわかんねぇな」

 

「小型無線でコンビと話してるのさ!持ち物は+建物の見取り図。そして、この確保テープ!コレを相手に巻き付けた時点で『捕らえた』証明となる!」

 

オールマイトがその疑問に答える。

 

「制限時間は15分間で、『核』の場所は『ヒーロー』に知らされないんですよね?」

 

「Yes!」

 

「ヒーロー側が圧倒的不利ですね、コレ」

 

……わたしは、知っている。

『敵』という存在は、得てして用意周到だと。特に、突発的な反抗ではない、屋内を好む敵は。

だからこそ、わたしは、3か月という期間幽閉されていたのだから。

 

「相澤くんにも言われたろ?アレだよ。せーの!」

 

Plus Ultraの言葉を遮るように、西洋の騎士みたいな格好をした人が勝己くんの名を呼んだ。

その声に、勝己くんが映るモニターを探す。

 

緑谷くんに飛び掛かる勝己くん。

緑谷くんはそれをそのまま、確保テープで捕らえようとしていた。

 

「すげぇなあいつ!"個性"使わずに渡り合ってるぞ、入試一位と!」

 

みんなの目も、緑谷くんに向かっていく。

 

緑谷くんは、いつもずるい。

泣き虫で臆病なのに、誰よりも真っ直ぐで優しい。

その優しさが、痛くて堪らないの。

 

ポタリ。涙が床に染みた。

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