盤上に咲く幼竜   作:ぬっく~

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第十二話 盤の向こうの世界

 しおりの連勝は、止まらなかった。

 

 大会に出れば勝つ。

 決勝まで進めば、たいてい最後に御門凛々花がいる。

 そして、毎回のように苦しめられながら、最後にはしおりが勝つ。

 

 最初のころは「強い子がいる」という程度の話だった。

 それが二度、三度、四度と続くうちに、周囲の見方は変わっていった。

 

 あの子はまた優勝した。

 また御門さんに勝った。

 また負けなかった。

 

 そういう話が、教室の保護者たちのあいだでも自然と交わされるようになった。

 

 しおり自身は、その変化を嬉しいとは思わなかった。

 

 勝てば勝つほど、周囲は「次も勝つ子」として自分を見る。

 その視線は誇らしくもあるが、同時に重い。

 一局一局は、そんな簡単なものではない。

 何度も危ない目に遭っている。

 何度も盤上で息が詰まり、あと一手間違えれば終わっていた。

 

 なのに、外から見えるのは結果だけだ。

 

 無敗。

 

 その言葉は美しい。

 けれど、内側からすれば、無敗とは休めないということだった。

 

 ◇

 

 やがて春が来て、しおりは小学校に上がった。

 

 真新しいランドセル。

 少し大きすぎる制服。

 まだ固い教科書の匂い。

 校庭を走る子どもたちの声。

 

 天羽しおりは、形式の上では、どこにでもいる新一年生になった。

 

 入学式の日、母の真紀は何度も写真を撮った。

 玄関の前で一枚。

 校門の前で一枚。

 桜の木の下でも一枚。

 

「ほら、もう少し笑って」

 

「わらってる」

 

「ちょっと顔が固いかなあ」

 

「かたい?」

 

「緊張してるんだよな」

 

 父の恒一が笑う。

 

 しおりは内心で少しだけむっとした。

 緊張していないわけではない。だが、棋士人生を一度やり直している身としては、小学校の入学式よりもっと別のことで頭がいっぱいだった。

 

 この生活の中で、どう将棋の時間を確保するか。

 学校に通うことで、これまでのように毎日好きなだけ考えるわけにはいかなくなる。

 宿題もある。

 行事もある。

 集団生活もある。

 

 そして何より、周囲から“普通の子ども”として振る舞うことを求められる時間が増える。

 

 それは、しおりにとって将棋より難しい課題だった。

 

 教室に入ると、同じ学年の子どもたちがきらきらした目で話していた。

 

「ともだちいっぱいつくる!」

 

「ぼく、サッカーやるんだ!」

 

「ほうかご公園いく?」

 

 そういう会話が、自然に飛び交う。

 

 しおりはそれを聞きながら、自分が少しだけ別の世界にいる感覚を覚えた。

 

 友達。

 放課後。

 遊び。

 

 言葉の意味は分かる。

 楽しさだって想像できる。

 でも、自分の心はそこへ向かわない。

 

 放課後に考えるのは、次の大会のこと。

 凛々花の指し回しの変化。

 この前の終盤で読み切れなかった分岐。

 最近流行っている速い攻めへの対処。

 将棋教室で試したい新しい形。

 

 気づけば、学校は通う場所であっても、心の中心ではなくなっていた。

 

 ◇

 

 最初に違和感を覚えたのは、五月の終わりごろだった。

 

 授業が終わり、子どもたちがわっと教室を飛び出していく。

 鬼ごっこをする子。

 砂場へ向かう子。

 誰かの家に遊びに行く約束をする子。

 

 しおりはランドセルを背負い、ひとりで静かに靴を履き替える。

 

「しおりちゃん、一緒にあそぶ?」

 

 同じクラスの小柄な女の子が声をかけてきた。

 たしか、三枝結菜という名前だったはずだ。明るくて、休み時間にはよく他の子の輪の中心にいる。

 

 しおりは一瞬だけ迷った。

 

 ここで断ると、また普通から離れる。

 けれど、応じたところで心から楽しめる自信がない。

 しかも今日は、家に帰ったらこの前の大会の棋譜を頭の中で並べ直したかった。凛々花が中盤で見せたあの切り替えは、きちんと整理しておかなければ次に間に合わない。

 

「……ごめん。きょう、かえる」

 

「そっかー」

 

 結菜は悪気なく笑い、「また今度ね」と手を振って駆けていった。

 

 その背中を見送りながら、しおりは小さく息を吐いた。

 

 また今度。

 

 きっと、その“今度”はあまり来ない。

 

 家に帰ると、真紀が玄関で迎えた。

 

「おかえり。学校どうだった?」

 

「ふつう」

 

「お友達できた?」

 

「……いる」

 

「遊ぶ約束とかは?」

 

「ない」

 

 真紀の笑顔が、ほんの少しだけ止まった。

 それは一瞬だったが、しおりには分かった。

 

 ああ、心配している。

 

 母親としては当然だろう。

 小学校に入っても、娘が誰とも遊ぼうとしない。

 休日も将棋。

 放課後も将棋。

 頭の中まで将棋。

 

 心配しないほうがおかしい。

 

「学校、楽しくない?」

 

 真紀が慎重に聞く。

 

「たのしいよ」

 

 嘘ではなかった。

 勉強は嫌いではない。知らないことを覚えるのは、将棋の研究に似ていて案外好きだ。

 ただ、それ以上に将棋があるだけだ。

 

「でも、みんなと遊んだりはしないの?」

 

 しおりは少し考えてから答えた。

 

「……あそぶより、しょうぎしたい」

 

 真紀は優しく笑おうとして、少しだけ困った顔になった。

 

「そっかあ」

 

 その返事は肯定でも否定でもなかった。

 受け止めようとしている。けれど、そのままでいいのか迷っている。

 

 しおりはそれ以上何も言わず、手を洗いに向かった。

 

 ◇

 

 不安を抱えていたのは母だけではなかった。

 

 ある夜、しおりが自室で布団に入ったあと、リビングでは父と母が小さな声で話していた。

 

 ドアの向こうから、断片的に聞こえる。

 

「……悪いことじゃないんだけどさ」

 

「うん」

 

「将棋が好きなのはいい。でも、好きすぎるっていうか……」

 

「友達と遊ばないのが、ちょっとね」

 

「学校では大丈夫なのかな」

 

「いじめとかじゃないならいいけど」

 

 しおりは布団の中で目を閉じた。

 

 聞こえてしまう。

 そして、親の心配が正しいことも分かる。

 

 将棋だけで生きていける人間は少ない。

 前世の自分はたまたまその少数側にいた。だが、それがどれだけ特殊かも知っている。

 普通の親なら、子どもがひとつのことに偏りすぎていたら不安になる。

 

 けれど、どうにもならない。

 

 自分は将棋をやめられない。

 やめるという発想自体がない。

 呼吸を少し控えろと言われるようなものだ。

 

 むしろ問題は別にある。

 

 学校で友達と遊ばないことより、将棋教室ですら、だんだんまともに指せる相手が減ってきていることだった。

 

 ◇

 

 それはある意味、単純な現象だった。

 

 誰も、しおりに勝てないのだ。

 

 最初は皆、普通に対局してくれた。

 年下の小さな子が強いからといって、子どもは案外まっすぐ勝負してくる。

 勝てると思っているうちは、なおさらだ。

 

 だが、何度やっても勝てない。

 自分の得意な形に持ち込んでも勝てない。

 攻めても受けられる。

 受けても崩される。

 詰みを逃したと思えば、もっと深い詰みを返される。

 

 そういう経験が重なると、子どもたちの反応は変わっていく。

 

「えー、しおりちゃんとかあ……」

 

「またやるの?」

 

「どうせ負けるし」

 

「先にあっちの子とやりたい」

 

 露骨な悪意ではない。

 ただの本音だ。

 勝てない相手とばかり指しても、面白くない。

 

 その気持ちは、しおりにも分かる。

 

 分かるが、困る。

 

 教室でのある午後、藤枝先生が組み合わせを考えていると、何人かの子が明らかにしおりとの対局を避けた。

 その場の空気が少しだけ重くなる。

 

「じゃあ、今日は先生と指してみようか」

 

 藤枝先生がそう言ってくれたが、それはもう半分、特別扱いだった。

 

 しおりは盤の前に座りながら、胸の奥が冷えていくのを感じた。

 

 勝つほどに、相手が減る。

 

 前世でも似た感覚はあった。

 上へ行くほど、気安く指してくれる相手は少なくなる。勝負には利害が生まれ、研究は閉じ、皆が互いを警戒する。

 

 でも今の自分はまだ子どもだ。

 友達の輪に入り、同年代と遊び、教室でわいわい駒を並べる年齢のはずなのに、その場所ですら盤上では孤立していく。

 

「天羽さん」

 

 対局後、藤枝先生が静かに言った。

 

「最近、少し困ってますか」

 

 しおりは黙った。

 

 四角い盤面の上でならごまかしようがないが、人の言葉には曖昧な逃げ道がある。

 けれど、この先生にはたぶん通じない。

 

「……みんな、やりたがらない」

 

「そうですね」

 

 先生は否定しなかった。

 

「勝てないと、怖くなるんです」

 

「こわい?」

 

「うん。子どもにとって、勝負って思ってるより大きいから。負けるって分かってる相手に向かうのは、勇気がいるんです」

 

 しおりは盤を見つめた。

 

 勇気。

 たしかにそうかもしれない。

 凛々花が何度負けても向かってくるのは、それだけで特別なのだ。

 

「でも」

 

 藤枝先生は続けた。

 

「天羽さんが悪いわけじゃありません」

 

「……うん」

 

「強くなったら、強くなったぶんの悩みが出ます」

 

 その言葉は、妙に胸に残った。

 

 強くなったぶんの悩み。

 

 それは前世でも、今でも変わらないのかもしれない。

 

 ◇

 

 家に帰ると、その日のしおりは珍しく口数が少なかった。

 

 夕食のときも、いつもなら大会や教室で起きたことを少しは話すのに、今日はほとんど黙ったまま白ごはんを食べている。

 

 恒一がそれに気づかないはずがない。

 

「どうした? 教室でなんかあった?」

 

「……なんでもない」

 

「なんでもない顔じゃないぞ」

 

 真紀も心配そうにしおりを見る。

 

「しおり、疲れた?」

 

 しおりは少し迷ってから、小さく言った。

 

「みんな、あんまり、やりたくないって」

 

「将棋を?」

 

 真紀が目を丸くする。

 

「しおりと」

 

 その一言で、両親はだいたい理解したらしかった。

 

 恒一が「あー……」と微妙な声を出し、真紀は困ったように眉を下げる。

 

「そっか」

 

「どうせ勝てないって」

 

「そんな言い方されたの?」

 

「……うん」

 

 もちろん悪意一色ではなかった。

 でも、子どもの正直さはときどき鋭い。

 

 真紀は少し怒った顔になった。

 

「そんな言い方しなくてもいいのに」

 

「いや、でも子どもだからなあ……」

 

 恒一はそう言いかけて、しおりの顔を見て言葉を選び直した。

 

「でも、しおりが傷つくのは嫌だよな」

 

 傷つく。

 

 その言葉に、しおりは少しだけ違和感を覚えた。

 もちろん平気ではない。

 でも、一番近い感情は傷ついた、というより、行き止まりにぶつかった、のほうだった。

 

 もっと指したい。

 もっと試したい。

 もっと今の将棋を吸収したい。

 

 なのに、目の前の盤が減っていく。

 

「先生とは指せるんだけど」

 

「でも同じくらいの子とはやりたいよなあ」

 

 恒一が腕を組む。

 

 真紀も考え込んだ。

 

「大会はあるけど、毎日じゃないし……」

 

「家で俺が相手するにも限界あるしなあ。最近もう普通に負けるし」

 

「普通にどころじゃないでしょ」

 

「うるさい」

 

 いつものやり取りに少しだけ空気が緩む。

 しおりは味噌汁をすすりながら、二人の会話を聞いていた。

 

 そのときだった。

 

「あ」

 

 真紀が小さく声を上げた。

 

「この前の大会でやってたやつ」

 

「ん?」

 

「会場の隅で、なんかネットで将棋できるっていう……ほら、ブースがあったじゃない」

 

 恒一の目が少し開く。

 

「ああ、あったな。家でも対局できるとかいう」

 

「全国の人とできるって」

 

 しおりの箸が止まる。

 

 ネット将棋。

 

 あのとき会場の隅で見た、画面の中の盤。

 家にいながら、知らない相手といくらでも指せる世界。

 

 両親がその話を持ち出しただけで、胸の奥に火がついた。

 

「たしかに……」

 

 恒一が考え込む。

 

「家で練習相手が増えるなら、いいのか?」

 

「でもまだ小さいし、使い方ちゃんと決めないと」

 

「時間制限つければいいかもな」

 

「あと、知らない人と変なやり取りとかないように」

 

「対局だけなら、たぶん大丈夫じゃないか」

 

 二人の会話が現実味を帯びていく。

 

 しおりは顔に出しすぎないよう必死で抑えた。

 ここで露骨に食いつくと、逆に慎重になられるかもしれない。

 だが、心は盤上の終盤みたいに激しく脈打っていた。

 

 くる。

 

 次の手が、くる。

 

 ◇

 

 それから数日後のことだった。

 

 平日の夕方。

 学校から帰ったしおりがランドセルを下ろすと、リビングのテーブルの上に、見慣れない箱が置いてあった。

 

 薄くて四角い、家電量販店の袋。

 そして、その上に小さなリボンまでかかっている。

 

「……なにこれ」

 

 しおりが思わず立ち止まると、キッチンから真紀が顔を出した。

 

「おかえり」

 

「ただいま」

 

「先に手、洗っておいで」

 

「……うん」

 

 手を洗って戻ってくると、今度は恒一も帰宅していた。

 わざわざ少し早めに帰ってきたらしい。

 

「よし、じゃあ開けるか」

 

 にやにやしている。

 

 しおりは箱と父の顔を交互に見た。

 嫌でも期待が高まる。

 

「これ、しおりに」

 

「わたしに?」

 

「入学祝い、っていうには少し遅いけどな」

 

 恒一が箱をしおりの前に押し出す。

 

 しおりは小さな手で慎重に包みをほどいた。

 箱のふたを開ける。

 中に入っていたのは、つるりとした画面のタブレットだった。

 

 一瞬、言葉が出ない。

 

 分かっていた。

 たぶんそうだろうと思っていた。

 それでも実際に目の前へ現れると、心臓が強く打つ。

 

「タブレット……」

 

「大会のときのやつ、気になってたろ?」

 

 恒一が少し照れたように笑う。

 

「お父さんとお母さんで相談してさ。使い方のルールはちゃんと決めるけど、家で将棋の練習できるようにって」

 

 しおりはゆっくりと画面に触れた。

 冷たい。

 軽い。

 けれどこの中に、自分の知らない盤がいくつも詰まっている気がした。

 

「しかもな」

 

 恒一が得意げに言う。

 

「最初から将棋アプリ、入れてある」

 

 しおりの顔が上がる。

 

「ほんと?」

 

「ほんと。初心者向けのも、ひとりで練習できるやつも入れてみた。対局だけじゃなくて、詰みを覚える機能とかもあるって店員さんが教えてくれて」

 

「あと、ネットで指すのは最初はお父さんかお母さんがいるときだけ」

 

 真紀が指を一本立てる。

 

「長時間はだめ。夜はだめ。宿題や学校のことをちゃんとしてから」

 

「へんじ」

 

 しおりはほとんど反射で答えた。

 

「はい、は一回」

 

「はい」

 

 言い直す。

 

 真紀が少し笑う。

 

「そんなに嬉しいんだ」

 

「……うれしい」

 

 しおりはもう隠さなかった。

 隠しきれない。

 

 タブレットの画面が点く。

 ホーム画面の中に、将棋盤のアイコンが見えた。

 それだけで胸が熱くなる。

 

 前世では、将棋ソフトもネット対局も、勝負のための当たり前の道具だった。

 だが今のしおりにとっては、それは未来へつながる橋だ。

 

 教室で相手が減ってもいい。

 学校で遊び相手がいなくてもいい。

 盤があるなら、まだ進める。

 

「いま、やっていい?」

 

 しおりが聞くと、恒一と真紀は顔を見合わせた。

 

「宿題は?」

 

「おわってる」

 

「連絡帳は?」

 

「だした」

 

「明日の用意は?」

 

「した」

 

「完璧だな……」

 

 恒一が苦笑する。

 

「じゃあ、三十分だけ」

 

「やった」

 

 しおりはタブレットを両手で抱え、まるで宝物みたいにソファへ座った。

 

 アプリを起動する。

 画面の中に、盤が現れる。

 整然と並んだ駒。

 指先で触れれば、軽い音とともに動く。

 

 木の匂いはしない。

 駒の重さもない。

 だが、それでも確かに将棋だった。

 

 しおりは最初の一手を動かした。

 

 画面の中で、相手がすぐに応じる。

 

 速い。

 

 実物の盤とは違う種類の速さだ。

 相手の応手までの間が短い。

 テンポが違う。

 この速度で何局も指せるなら、感覚の更新量は一気に増える。

 

 ぞくり、とした。

 

 これは危険だ。

 そして、強くなる。

 

 盤の前でしか味わえない種類の興奮が、しおりの背筋を走る。

 

 恒一が後ろから覗き込む。

 

「どう?」

 

「……おもしろい」

 

「そうか」

 

「すごく」

 

 その声は、しおり自身が思っていたより低く、真剣だった。

 

 真紀も少し離れたところから見ている。

 娘がこれほど夢中になる姿を見れば、不安と同じくらい納得もするのだろう。

 この子にとって将棋は、ただの遊びではないのだと。

 

 しおりは二局目に入った。

 画面の向こうには、まだ見ぬ相手たちがいる。

 まだ知らない手筋がある。

 まだ追いついていない“今”がある。

 

 教室で誰も相手をしてくれなくなっても、終わりではない。

 

 むしろ、ここからだ。

 

 小学校に上がり、周囲は友達と遊ぶ年齢に入っていく。

 そのなかで自分だけが別の道を歩いていることを、しおりは薄々理解していた。

 それは少しだけ寂しいかもしれない。

 両親が心配するのも分かる。

 

 けれど、その寂しさよりずっと強いものがある。

 

 勝ちたい。

 もっと先へ行きたい。

 凛々花に勝ち続けたい。

 そして、かつて自分を置いていった時代そのものを、今度こそ置いていかれない側で追い越したい。

 

 画面の盤面を見つめながら、しおりは小さく息を吐いた。

 

 これで、まだ戦える。

 

 いや。

 

 これで、もっと戦える。

 

 ソファの背に寄りかかって腕を組んでいた恒一が、ふと笑った。

 

「おい真紀」

 

「なに?」

 

「これ、たぶんプレゼントの選択、当たりだったな」

 

「ええ、見れば分かる」

 

「しおり、顔こわいもん」

 

「こわくない」

 

「本気の顔だよ」

 

 真紀がくすっと笑う。

 

「でも、よかったね」

 

「……うん」

 

 しおりは短く答え、もう一度盤を見た。

 

 画面の中の相手が次の一手を待っている。

 その向こうには、会場の隅で見つけた小さな入口から続く、広くて深い世界がある。

 

 教室の外。

 大会の外。

 家の中からつながる、無数の対局。

 

 連勝はまだ続く。

 無敗もまだ途切れない。

 そのかわり、一局一局はもっと過酷になっていく。

 

 しおりはそのことを、むしろ歓迎していた。

 

 強くなるためなら、苦しさは必要だ。

 絶体絶命の局面こそ、自分を削り、磨く。

 楽な勝ちでは足りない。

 

 だから、次も勝つ。

 画面の中でも。

 大会でも。

 凛々花相手でも。

 

 その先に、まだ見えないもっと大きな盤があると知っているから。

 

 しおりは指先で、静かに次の一手を置いた。




### あとがき

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また、作品への**感想やコメント**も大歓迎です。
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いただいた反応を励みに、これからも楽しんでいただける物語を書いていきたいと思います。

それでは、次のお話でもお会いできれば嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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