将棋教室に通うことが決まってから、家の中の時間の流れが少し変わった。
たとえば土曜日の朝。
以前の天羽家にとって、土曜の午前は比較的ゆるやかな時間だった。父は平日の寝不足を取り戻すように少しだけ長く眠り、母はそのあいだに洗濯を回し、私はその日の機嫌次第で絵本を読んだり積み木を並べたりしていた。
それが、教室へ行くようになってからは違う。
「靴下どこだっけ」 「昨日出したでしょ」 「出したけど片方しかない」 「あなたが片づけないから」 「しおり、靴下持ってない?」 「持ってたら逆に怖いでしょ」
朝から父がばたつき、母が冷静にツッコミを入れ、私は小さなリュックを背負わされてソファの上で待機する。
リュックの中身は、ハンカチ、小さな水筒、ティッシュ、それから父がなぜか入れた子ども向け将棋入門書だ。
「本まで持ってくの?」 「待ち時間あるかもしれないし」 「あなたが読みたいだけじゃない?」 「それもある」
父は本当に分かりやすい。
私が将棋に興味を持ったことで、本人まで半分ほど引きずり込まれている。夜に初心者向けの動画を見ていることも増えたし、将棋用語を覚える速度も妙に早い。
母はそんな父をやや呆れた目で見ているが、止めはしない。止めないどころか、最近では食事の合間に「詰みってどういう意味だっけ」と聞くことすらある。
家の中に、将棋の語彙が増えていく。
それが嬉しかった。
前世の私は、将棋が生活の中心にあるのが当たり前だった。
テレビをつければ棋戦情報が入り、新聞には将棋欄があり、誰かと会えば次の一局の話になる。
だが今の家では、将棋はもともと特別なものではなかった。どこにでもある趣味の一つで、知らなくても不便はない世界だ。
その世界に、少しずつ将棋が居場所を作っていく。
私が作らせているとも言える。
だが、押しつけている感覚はない。
父も母も、祖父母も、嫌々ではなく自然に受け入れてくれていた。
それがありがたい。
ありがたいからこそ、私は時々怖くなる。
もしまた将棋に囚われすぎて、この人たちの生活まで削るようなことになったらどうするのか。
前世のように、勝つためという大義名分で、盤の外にいる人間の時間や心を当然のように消費してしまったらどうするのか。
その問いは、まだ答えを持たない。
だが、答えがないからこそ忘れないようにしていた。
◇
教室は、想像していたよりずっと穏やかな場所だった。
盤は何面も並んでいるが、道場のような張り詰めた空気ではない。
子どもたちの声、先生の説明、保護者の挨拶、紙をめくる音、時々起きる小さな笑い。
その中に駒音が混じる。
駒音だけが、私には別格に聞こえた。
とん。
かち。
す、と置かれる音。
迷いがちな音。
勢いに任せて強く鳴る音。
教室へ通い始めて三回目くらいには、私はその音だけで相手の癖を少しずつ読めるようになっていた。
強いか弱いか、という単純な話ではない。
せっかちな子。慎重な子。駒を持ち直す回数が多い子。王を触る時だけ丁寧な子。負けそうになると急に音が大きくなる子。
そういうものは、子どもほど正直に出る。
私はまだ、教室では「少し飲み込みの早い幼児」程度に留まっていた。
先生たちも、両親も、そのあたりの評価だろう。
簡単な駒の動きは分かる。王手や詰みの初歩も理解している。けれど本格的な対局をたくさんこなす年齢ではない――そんなところだ。
それで良かった。
焦る必要はない。
ここは入口だ。
入口でいきなり全力を見せる意味は薄い。
もっとも、それは盤上での話であって、頭の中では事情が違った。
教室に通い始めてからというもの、私は夜になると脳内で盤を並べるようになった。
もちろん実物の盤はない。
ベッドの上で目を閉じ、頭の中に九×九を描く。初形を置き、歩を進め、飛車先を突き、角道を開ける。あるいは昔の名局を呼び起こして並べ直す。
幼い身体で出来る研究など、それくらいしかない。
だが、その「それくらい」が私には必要だった。
指していない時間にも将棋を考える。
これは習慣であり、執念であり、呼吸に近い。
前世では何気なくやっていたことを、今は意識して再構築している。
ただ――再構築してみて、すぐに気づいた。
前世の感覚だけでは、どうにも居心地の悪い局面がある。
◇
ある夜、私は頭の中で矢倉を並べていた。
若い頃、私は矢倉が好きだった。
重く、堅く、構想と気合いがものを言う将棋。玉をしっかり囲い、歩を伸ばし、じわじわと相手陣を圧迫していく。局面の骨格を支配できる感覚が、好きだった。
もちろん矢倉は今も消えていない。
消えてはいないが、前世の初期とは意味が違う。研究の深さも、選ばれ方も、居場所も違う。
私は脳内で数手進め、ある変化に入ったところで違和感を覚えた。
ここは、昔なら当然こちらが指しやすかった。
駒組みの差、空間の差、将来の端攻めの含み。私は前世で何度も似たような形を指し、勝ってきた。
なのに、今その局面を思い浮かべると、妙に苦しい。
具体的な反論が脳内に浮かぶわけではない。
「この手が悪い」と断定できるほどはっきりしていない。
だが、感覚が拒むのだ。
遅い、と。
手厚いが、鈍い。
美しいが、回り道だ。
こちらが形を整えているあいだに、現代の相手はもっと直接的で速い圧力をかけてくるのではないか。
私は目を開けた。
暗い天井がぼんやり見える。
隣室から父のいびきがかすかに聞こえた。
母の寝返りの音もする。
私は布団の中で、そっと息を吐く。
これだ。
この感覚こそが、前世の終盤で私を追い詰めたものだった。
理屈より先に「古い」と感じる瞬間。
自分が良いと信じてきた将棋が、どこか時代と噛み合わなくなっている気配。
それを認めたくなくて、私は晩年に何度も遅れた。
ならば今回は、逃げない。
たとえまだ子どもで、駒すらまともに捌けない年齢でも。
頭の中で感じた違和感から目を逸らさない。
古いなら、古いと認める。
ただし、捨てるのではなく分解する。
なぜ古いのか。何が遅いのか。どの思想が今でも使えて、どの発想を入れ替えなければならないのか。
盤がない。
ソフトもない。
棋譜データベースも触れない。
それでも考えることはできる。
いや、考えるしかない。
◇
翌週の教室で、私ははじめて「現代の子どもの将棋」を真正面から見た。
小学校低学年くらいの男の子が、別の子に飛車をぶつけていた。
単純な乱戦ではない。まだ粗いが、要所の感覚が妙に現代的だった。囲いを完成させきる前に戦いを起こすことへのためらいが薄く、形の損得より速度を優先している。
前世の私なら、そのくらいの年齢の子はもっと“分かりやすい手”を好んでいた印象がある。
もちろん記憶は美化されるし、単純比較は危険だ。
だが、それでも明らかに違う。
先生が横から言う。
「そう、飛車先だけじゃなくて、角も働かせたいね」 「うん」 「囲いはまだ途中でも、王様が危なくなければ攻めていいんだよ」
私はその言葉に、心の中で小さく頷いた。
そうだ。
危なくないなら攻めていい。
昔よりもずっと、その判断が早い。
「囲いを完成させてから」「形よく駒組みしてから」という価値観が、相対化されている。もちろん基礎としては大事だ。だが、それだけでは遅れる。
先生の教え方自体が、すでにそういう時代感覚を含んでいる。
私は教室の片隅で、自分の盤の前に座っていた。
今日は先生が用意した簡単な“王手と詰み”の問題をやっている。
王と飛車、金が数枚。数手で詰む形。
「しおりちゃん、これ分かる?」 女性の先生が柔らかく聞く。 「……おうて」 「うん、王手だね。その次は?」 「……にげる」 「そう。じゃあ逃げられないようにするには?」
私は少し首を傾げ、幼児らしい間を置いてから、金を一マス動かした。
「おお」 「そうそう、それで逃げ道ふさぐの上手だね」
褒められながらも、私の意識の半分は別の盤に向いていた。
教室の向こうで、小学生の子が角交換から激しく飛び込んでいく。
正確ではない。だが、発想として「駒がぶつかること」を怖がっていない。
将棋を“きれいに並べる遊び”ではなく、“ぶつけてほどくもの”として覚えている感じがある。
それは良いことだ。
良いことだが、同時に恐ろしくもある。
私が前世で積み上げてきた「常識」は、こういう世代の前では最初から少し遅い前提になっているかもしれない。
それでも、私は勝たなければならない。
だから観察する。
吸う。
覚える。
自分の将棋観のどこを壊し、どこを残すか、幼い頭なりに選別する。
◇
家に帰ると、父は教室であったことをすぐに母へ報告した。
「今日は詰みの問題っぽいのやっててさ」 「へえ」 「先生が、しおりちゃん逃げ道ふさぐの上手ですね、って」 「ほんとに?」 「ほんとほんと」 「また大げさに言ってない?」 「言ってないって。な、しおり」
私はスプーンを握りながら、なるべく控えめに頷いた。
母は私を見て少し笑い、「すごいねえ」と言う。
ただ、それだけだ。
過剰に持ち上げない。
天才だ、将来有望だ、と騒がない。
上手くできたら褒めるが、それ以上には踏み込まない。
この距離感が、私は好きだった。
前世では、少し強い子どもが現れると周囲がすぐ物語を作りたがった。
将来のスター。何十年に一人の逸材。誰それ二世。
そういう言葉は本人にとって毒にも薬にもなる。
私は薬にしきれなかった。
だからこそ、今のこの家庭の穏やかさは救いだった。
「でもさ」 父が味噌汁をすすりながら言う。 「最近の子って強いよね」 「あなた分かるの?」 「いや、俺でも分かるくらいには」 「どんなふうに」 「なんか……怖がらない」 「怖がらない?」 「うん。駒ぶつかるの」
私は箸を持つ父の手を見ながら、内心で少し驚いた。
ちゃんと見ている。
将棋の経験は浅くても、父は“雰囲気の差”を感じ取っているらしい。
それは正しい観察だった。現代の子どもは、少なくとも私が前世の幼少期に見てきた子どもたちより、駒がぶつかる局面への心理的抵抗が薄い。動画や教材や教室の教え方まで含めて、最初から“戦いが起きる将棋”に慣れている。
「しおりもああなるのかな」 母が言う。 「どうだろ。なるかも」 「負けたら悔しくて泣くかな」 「泣くんじゃない?」 「……泣かない」
ぽろりと口から出た。
父と母がきょとんとする。
しまった、と思った時には遅い。
「泣かないの?」 父が面白そうに聞く。 「……うん」 「強気だなあ」 「負ける前提で聞かないでよ」 母が苦笑する。 「いや、そんなつもりじゃ」 「でもまあ、悔しいのは悔しいよね」
悔しいどころではない。
私は負けない。
少なくとも、竜王にぶつかるまでは。
その誓いは胸の奥にある。
けれど、ただ勝つだけでは足りないことも知っていた。
内容が伴わなければ、いずれどこかで歪みが出る。
無敗で進む以上、なおさらだ。勝っているのに苦しい、勝っているのに噛み合わない、勝っているのに古さが消えない――そういう違和感と、私は長く付き合っていくことになる。
だから今は、まだ泣かないという幼児の強がりとして処理される方がいい。
「じゃあ、勝ったら?」 父が調子に乗って聞く。 「……ほめて」 「もちろん!」
父が即答し、母が吹き出す。
私もつられて少し笑った。
ほめて。
我ながら、ずいぶん子どもらしい言葉だ。
けれど、悪くない。
勝ったときに褒められることを素直に求められるのは、今のうちだけかもしれない。
◇
その晩、私はまた脳内に盤を並べた。
今度は矢倉ではなく、もっとシンプルな形から始める。
歩を突く。
飛車先を伸ばす。
角道を開ける。
玉を寄る。
そこから、あえて途中で戦いを起こしてみる。
昔の自分なら選ばなかった順。
形が未完成なまま、速度を優先する順。
もちろん脳内だけでは検証に限界がある。相手役も自分一人でやるしかないから、都合のいい読みになりやすい。
それでも、試さないよりはましだった。
右辺で小競り合いが起きる。
角交換の筋が生じる。
歩を打ち込む隙がある。
自陣は少し薄い。
そこで私は、ふと手を止めた。
昔の私なら「薄いから無理」と切っていた。
だが今の感覚では、その“薄い”を前提に攻めが成立する局面がありうる。
守り切る発想だけでは、逆に機会を逃す。
最善が常に美しいとは限らない。
むしろ、見た目の良さを手放した先にだけある最善がある。
それを前世の晩年に私は何度も突きつけられた。
品がないと思った手。
俗だと思った受け。
筋が悪いと感じた踏み込み。
それらのいくつかが、現代では平然と有力だった。
私は布団の中で、幼い手を胸の上に重ねる。
結局のところ、問題は価値観なのだ。
将棋はルールが変わらない。
駒の動きも盤の大きさも変わらない。
なのに時代によって強さの意味が変わるのは、人間の価値観が変わるからだ。
何を美しいと思うか。何を許容するか。何を“指したくない”と感じるか。
その総体が、時代の将棋になる。
ならば、私は価値観ごと学び直さなければならない。
技術だけでなく。
発想だけでなく。
好き嫌いまで含めて。
難しい。
とても難しい。
だが、面白くもあった。
前世で最後に失っていたのは、もしかするとこの「難しさを面白いと思う感覚」だったのかもしれない。
負けが込むと、人は新しいものを脅威としか見られなくなる。
だが今の私は、恐れながらもまだ面白がれる。
それは若さのおかげか。
やり直しの特権か。
あるいは、温かい家の中から盤を見られているおかげか。
どれでもいい。
使えるものは全部使えばいい。
◇
教室に通い始めて一か月ほど経った頃、私は初めて他の子と“それらしい対局”をすることになった。
もちろん本格的な平手ではない。
駒落ちに近い簡略形で、先生が横につき、途中で止めたり教えたりしながら進める。
相手は私より二つほど年上の女の子で、名前は美咲といった。
美咲は、駒の動き自体はもう慣れている。
ただ、王様を見る意識がまだ薄い。飛車や角の派手な動きに目が行き、金銀の細かい利きを忘れやすい。
幼い子にはよくある傾向だ。
「よろしくお願いします」 と、美咲は先生に言われるまま頭を下げた。 「……おねがいします」 私も下げる。
その一瞬、胸の奥に懐かしい感覚が走った。
対局前の礼。
前世では何千回と繰り返した所作だ。
だが、こうして子どもの高さから盤へ向かって言う「お願いします」は、まるで別物に感じる。
同じ言葉なのに、重さも距離も違う。
対局は、ゆっくり始まった。
美咲が歩を進める。
私はそれを見て、自分の歩を動かす。
先生が時々「王様も大事だよ」「その駒はどこに効いてるかな」と声をかける。
私はあえて、完璧にはやらなかった。
幼児が初めての実戦で見せるべき速度と迷い方を意識する。
ただし、王手や詰み筋だけはきっちり見る。
ここで変に取りこぼす必要はないし、負けるつもりもない。
中盤に入る前の、小さな駒のぶつかり合い。
美咲は飛車を前へ出したがる。
私は金で受けつつ、王の逃げ道を確保する。
先生は「しおりちゃん、王様ちゃんと逃げ道作ってるね」と褒めた。
褒められながら、私は妙な感覚に包まれていた。
勝つ形は見えている。
見えているが、これでは足りない。
相手が同年代の初心者だから成立しているだけで、内容としてはまだ将棋になりきっていない。
どこかで、もっと速く、もっと深く、もっと現代的な読みへ届かなければ、この先は戦えない。
私はそこで、初めて明確に理解した。
自分は今、「強くなり直している」のだ。
やり直しではある。
だが再現ではない。
前世の自分へ戻るのではなく、別の強さへ組み替えている。
その事実は、少しだけ怖くて、でも確かに嬉しかった。
対局の終盤、私は飛車を使って美咲の王へ迫った。
先生が横で「王手だね」と確認する。
美咲は逃げた。
私は一手だけ待ち、次で詰みの形に入る。
「ここで、どうする?」 先生が聞く。 「……おうて」 私は金を打った。
美咲がしばらく考え、やがて先生を見た。
先生は盤を見て、やさしく言う。
「うん、詰みだね」
終局。
私は小さく息を吐いた。
勝った。
もちろん当然の結果だ。
前世の記憶を持っている以上、この程度で満足するつもりはない。
だが、美咲が少し悔しそうに唇を尖らせ、それでも礼をしてくれたとき、私は勝敗とは別のところで胸が温かくなるのを感じた。
将棋は、一人では始まらない。
相手がいて、礼があって、盤を挟んで初めて成立する。
前世ではその当たり前を、強くなりすぎるほどに忘れがちだった。
◇
帰宅後、父はその話を聞いて大いに喜んだ。
「勝ったの!?」 「まあ、先生がついてる練習だから」 母は冷静だ。 「でも勝ったんでしょ?」 「……うん」
私が頷くと、父は本当に自分のことのように嬉しそうな顔をした。
「すごいなあ、しおり」 「最初から?」 「いや、最初からっていうか、教えてもらいながらでしょ」 「それでもすごいじゃん」 「まあね」
母も最後には笑った。
その「まあね」の中には、まだ本気の競争に入っていない子どもへのやさしい評価が含まれている。
それでいい。今はまだそれでいい。
夕食の後、私は一人で盤の前に座った。
父は風呂に入り、母は食器を片づけている。
リビングは少しだけ静かだった。
盤の上に、歩を一枚置く。
金を置く。
王を置く。
それから、今日の終盤を思い出しながら並べ直す。
美咲はここで飛車を見落とした。
王の逃げ道も足りなかった。
私はそれを咎めて勝った。
勝ちは勝ちだ。
だが、その先を考える。
もし相手がもっと強かったら。
もし王の逃げ道を先に作っていたら。
もしこちらの金打ちに対して、別の受けがあったら。
その時、私はどう寄せる?
考える。
盤がなくても、考える。
いや、盤がある今も、考える。
家族にとっては、私は少し将棋の好きな子どもだ。
教室の先生から見れば、飲み込みが早くて、詰みの感覚がわりとある幼児。
けれど私の中では、もっと別の戦いが始まっている。
古い自分をどう解体するか。
何を残し、何を捨てるか。
現代将棋の空気を、どう自分の血に変えるか。
それはまだ誰にも見えていない。
見せる必要もない。
この研究は、しばらくのあいだ私一人のものだ。
「しおり、なにしてるの?」 風呂上がりの父が、髪を拭きながらリビングへ戻ってきた。
私は盤を見つめたまま答える。
「……かんがえてる」 「何を?」 父が笑う。 「つぎ」 「次?」 「うん」
父はその言葉の意味を、半分も理解していないだろう。
だが彼は「そっか」とだけ言い、私の隣に座った。
「じゃあパパも考えるか」 「あなた分かるの?」 母がキッチンから声を飛ばす。 「分かんなくても考えるのは自由でしょ」 「それはそう」
私は父の気配を横に感じながら、また盤へ目を戻した。
次。
そう、次だ。
歩を進めた次。
勝った次。
家族に褒められた次。
教室で少し強いと言われた次。
その全部の先に、私は行かなければならない。
盤のない夜にも研究する。
盤のある昼にも考え直す。
そうやって少しずつ、前世の私にはなかった将棋を作っていく。
私は歩を一マス押し出した。
とん、と小さな音が鳴る。
その音を聞きながら、私は静かに思う。
今の私はまだ、誰から見ても小さな子どもだ。
だが頭の中では、すでに一局ぶんの人生が動いている。
そしてその人生は、前に進むしかない。
古さを恐れながら。
新しさに目を細めながら。
家族の温かい手に支えられながら。
私はまたひとつ、次の一手を考え始めた。