転校生の暁美ほむらさんが毎日こちらを睨んでくる件について 作:テオ
「―――女子の皆さんはくれぐれも半熟じゃなきゃ食べられない!なんて抜かすような男とは付き合わないように!」
「ダメだったか……」
「ダメだったんだね」
「ダメでしたね」
朝のホームルーム、彼氏と長続きしないでお馴染み我らが担任の早乙女和子先生が声を荒げながら生徒へと忠告している姿に苦笑いを浮かべるしか出来ない俺達であった。良い人なんだけど何で毎回上手くいかないのかなぁ?男運が無いのか、それとも本人が相手へ高望みしてしまうのか……まあ最も、恋愛なんて病室で一生を終えた俺には相手どころか誰かと関わる事すら叶わなかったぐらいなのでこんな自分があれこれ考えてもきっと無駄なのだろう。
俺が内心そう結論付けると、早乙女先生は気を取り直すと言わんばかりにコホンと咳払いをして。
「後、それから今日は皆さんに転校生を紹介します!」
「そっちが後回しかよ」
さやかさんのツッコミは至極当然で、再度教室全体が呆れたような雰囲気に包まれたのだが……
「じゃあ暁美さん、いらっしゃい」
先生が名前を呼ぶのを待っていたという感じでもなく、転校生は淡々と教室へ入ってきて……途端にザワつきと共に興奮してるかの如く色めき立つ生徒達。それもそのはず、彼女は……月並みな言葉になってしまうがとても美しかった。絹のように滑らかな腰まで伸びる黒髪に射すような鋭さを持つ深い紫色の瞳、一切の無駄のない洗練された美貌と、どこか中学生離れした冷たい静謐さ。
普通に生きてたら中々お目にかかれないような美少女に思わず息を呑む俺だったが、それは隣の席に座るさやかさんも同じなようでどこか興奮したような様子で俺の方を見てきて。
「ヤベーよ花音、アンタに勝るとも劣らない超絶美人来ちゃったじゃん。これは入学以来死守してきた見滝原中学のアイドルの座が揺らぐ大ピンチですわ……!」
「別に守ってきたつもりはないんですが……」
そんなものは面倒なだけで欲しいなら喜んでお譲りしたいぐらいである……いつも通りなさやかさんはさておき、暁美さんはホワイトボードの中央まで歩くと真っすぐと凛とした姿勢でクルリとクラスメイト達に体を向けた。そしてその瞬間、俺は暁美さんと目が合い……するとまるで超常現象でも目撃したかのような、信じらないと言わんばかりに彼女はその大きな瞳を見開いた。
「……貴方は……」
そして端正な顔を歪め、こちらを凝視してくる。
「あ、暁美さん?どうしたの?」
どこか様子のおかしい彼女に困惑する先生に対し、少しして暁美さんは何事も無かったかのようにその顔つきを感情が見えない無彩色へと戻し「―――暁美ほむらです、よろしくお願いします」と淡々と短い自己紹介を行い小さくお辞儀するのであった。
「えっと……こっ、これからよろしくね」
「…………」
先生は暁美さんの独特すぎるペースについていけないようで戸惑いを隠せていない、生徒達も同様にぎこちないながらも彼女をクラスメイトとして歓迎する拍手をし……先ほどのは一体何だったのだろう。俺を見るあの眼差し、怒りや嫌悪といった人間的感情に当てはめられるならまだマシだと言える。いや嫌われるとかしんどいから辛いけど……だがアレは自分をまるで化け物か何かだと見ているように思えてならなかった。そう捉える理由など皆目見当もつかないが、ただ俺が抱いた気持ちは素直に。
…………絡まれたくねぇ、この一心であった。怖いのとかムリムリ!(※マジでムリです)。
「……何も起きないといいけど」
誰にも聞こえない小声でポツリと呟いた願いにも等しい言葉、けれど現実は非情かな。1時間目の授業を終えた休み時間中にて―――
「不思議な雰囲気の人ですよね、暁美さん」
「ねぇ花音、アンタさっきあの転校生にめちゃくちゃ睨まれてなかった?それこそ親の仇ってレベルにさ。何か恨まれるような悪事でも働いちゃったわけ?」
「もうっ、花音ちゃんはそんな事するような子じゃないよ」
「あはは!まどかったらそう怒るなって、今のは単なる冗談。あたしが花音を疑ってるわけないじゃん、う~んそうだな……あたしが思うにあの転校生は花音の可愛さに嫉妬してるんだよ。この学校の天下取れると思ってたら衝撃のライバルがいたってね!私のチヤホヤ愛され人生を邪魔をするなら許さないわよー!」
「いや少女漫画の悪役じゃないんですから……」
そんな会話を交わしていたそのとき、暁美さんが席を立ちこちらへ近づいてきた。そして僅かに身長差がある事から、感情の無い瞳で見下ろされる形になりつつ彼女はこう尋ねてきて。
「あの子達に名前を聞いたわ、近衛花音さんでいいのよね?」
「ぇ……あ、そ、そうですけど……」
俺は気圧されながらも何とか返答すると、次の瞬間……暁美さんはその細く白い手で俺の左手首をガシッと掴んできた。
「えっ……!?」
「貴方に話があるの、ちょっとついてきて」
「か、花音ちゃん!?」
「ちょっ!?アンタ花音に何するつもり!?」
2人の困惑する声を置いて暁美さんは強引に俺を引いて歩き出す……俺が弱いのもあるだろうが、それにしても華奢な見た目からは想像もつかないほど強い力だ。そしてただでさえ廊下を歩くだけで他のクラスの生徒達からの視線を浴びるというのに、転校生でしかも超美人の暁美さんが一緒なのも相まってその注目度は更に上がり正直胃がキリキリする。それにいつまで経っても彼女は離してくれないし……てか話って一体何なんだよ怖いよぉと俯きながら内心涙目で歩き続け、やがて人気の無い外が見えるガラス張りの通路に着くとようやく俺の左手は解放された。
「あ、暁美さん……話って一体……」
俺が顔を上げると、そこには―――まるで答え次第では今すぐにでも消し去ると言わんばかりに全身から圧を放つ暁美さんの姿が。恐怖に額から汗が流れる中、彼女は真顔で尋ねる。
「―――ねぇ、貴方一体何者なのかしら?」
……問われた内容の意図が全く理解出来ない。
「どっ、どういう事ですか……」
「とぼけないで」
絶対零度の如く冷たい、されどその内側からただならぬ情念が溢れ出ているように感じる。そして暁美さんは距離を詰めてきて、すぐに目の前へ立ち……強い眼光で俺を睨みつけるように見つめ始めた。
「……分かっていたけれど、やはりソウルジェムの魔力は感じないわ。同じ魔法少女である以上はそれを隠せるはずはない、そして魔力が無いのなら魔女やその使い魔が人間に化けているという突拍子も無い可能性も当然捨てるべきね。ならこの子は一体何なの?今までのどの時間にも居なかったわよ……」
暁美さんは俺から一切目を逸らさぬまま、とても小さな声で独り言を呟き始めた。ぶつぶつと漏れ出る言葉は何も聞き取れないが、彼女を取り巻く空気があまりにも張り詰めていて息をする事すら苦しくなる。気まずく、そして理解不能な時間が永遠のようにも感じられるほど長く続いた。やがて暁美さんは己の内心に結論を付けたのか、自身の綺麗な長い黒髪をふわりと手でたなびかせ。
「近衛花音さん、さっきクラスの子達から聞いたのだけれど貴方は美樹さん、そして…………鹿目さんとも幼馴染なそうね?」
「は、はい……2人は私の大切な幼馴染です……」
「それなら一つ忠告しておくわ」
忠告と本人は言っているが、暁美さんは先ほど醸し出していた圧などほんの可愛いものだったと思わせるような言葉には言い表せない……何か凄まじい執念じみた感情を表に出しながら俺に向けて言い放った。
「もし鹿目まどかに危害を加えようものなら私は―――貴方を絶対に許さない」
「……っ」
「話は終わりよ、時間を取らせてごめんなさいね」
そしてくるりと背を向け、教室へ戻っていく暁美さん……その場に取り残された俺は彼女の発言を脳内で何度も反復するように繰り返していた。『もし鹿目まどかに危害を加えようものなら私は貴方を絶対に許さない』。俺がまどかさんを傷つけようなんて死んでもしない、当たり前だ。
彼女は一体何が目的なのだろうか……結局謎は深まるばかりであった。
そして学校の終わりの放課後、ショッピングモールのカフェにて4人で集まり俺は暁美さんとの出来事を話した。するとまどかさんも渋々どこか気まずそうに手を上げて「……実は私も昼休みの最中にちょっと今いいかしらって声掛けられてね」と暁美さんと話を交わした事を明かしてくれた、そして俺とまどかさん両者の話を聞いたさやかさんは驚きに染まった表情を浮かべて。
「えーっ!?何それ!」
「わけわかんないよね……」
「文武両道で才色兼備かと思いきや実はサイコな電波さん!花音が絡まれたときは何か変な事しようものなら、あたしが直々に成敗してやろうと思ってたけどまさかそんな予想の斜め上なキャラだったなんてさ!萌えか、それが萌えなのかー!!」
「あのとき名前を確認されてた花音さんはともかく、まどかさんは本当に暁美さんとは初対面なんですの?」
「う~ん、常識的にはそうなんだけど……」
「何それ?非常識な所で心当たりがあると?」
聞かれてまどかさんは「あのね、夕べあの子と夢の中で会った……ような」とぼんやりと答えた……そんな普通に考えて冗談のような発言にさやかさんと仁美さんは笑っていたのだが、俺はこの目で暁美さんの一度覗き込んだらこちらも引きずり込まれてしまうような深淵に近い感情を垣間見たのでどうも完全に否定する気にはならなかった。それに一応俺も前世の記憶を持ち転生したという、オカルティックな経験をしているんだし。
「そうですね……もしかしたら本当に夢を通じてまどかさんと会ってるのかもしれません」
「えへへ、花音ちゃんは信じてくれるんだね。嬉しいな」
「まどかだけじゃなく花音までキャラ立ち始めちゃったよ、こうなったらあたしも思いきって電波さんデビューでもしちゃいましょうかねー」
……まあ最も、前世がありますとかみんなには口が裂けても言えないけど。
「ふふふ、花音さんの説はちょっとファンシーですけれど……でもそれを踏まえてこうも考えられますわ」
「どういう事ですか?」
「まどかさんと暁美さんは現実で会った事があって、まどかさんは覚えていなくても深層心理で彼女の印象が残っていてそれが夢に出てきたのかもしれません」
「それ出来すぎてない?」
「…………」
……結局、こんな曖昧な話の結論は出るわけもなく習い事の一つであるお茶のお稽古で仁美さんは先に帰り、そして俺とまどかさんはさやかさんがCDショップへ寄りたいという話で彼女に付き合う事になった。目的は上条さんへの送り物、事情を知ってる身としてはさやかさんの想いは健気で素敵なものだと感じる。
そしてCDショップへ行き、そそられる曲があったのでヘッドホンを耳にかけて聴いていたのだが……気づけば隣にいたはずのまどかさんがいない。
「……まどかさん?」
周囲を見渡すと、視界の隅にまどかさんがCDショップから出ていく姿が映った。その様はどこか普通じゃなく、まるで何かに強く導かれるかのよう。俺は慌てて彼女の後を追いかけ、彼女が階段を登り改装中フロアへと繋がるドアを開けるのを見て少し遅れて俺もドアを開けた―――まさにその瞬間。
キュィィン!!
「え」
俺の右手首から聞いた事のない……いや違う、とても聞き馴染みのある音が鳴り響いた。そう、今のは前世で見てた好きだったアニメである禁書の上条さんが持つ異能を打ち消す右手、幻想殺しの効果音だ。いくらこの世界に俺の好きだった作品が一つも存在してないからって、幻聴だなんて……寂しいんだな。分かるけど……話が逸れてしまったが、今の目的はまどかさんに追い付く事だ。そう心改め、視線を己の右手から上げるとそこには―――まどかさんの姿があった。
「まどかさん!?良かったです!」
「…………」
「それにしても、どうしてこんな所へ来たんですか?」
「…………」
「……まどかさん?」
いくら声をかけても反応が無い、ピタリと動かず瞬きすらしていない彼女……からかってるにしてはここまで上手く出来ないはずだ。それにまどかさんはそんな事をする人ではない、しかもよく辺りを見渡してみれば排気ダクトから出ている煙が空中で流れずそのまま止まっている。こんなのあり得ないと言いたいが……今目の前で起きている事象はもはや世界そのものが―――
「ただでさえ貴方を食い止める事で精一杯だというのに、予想外のイレギュラーが発生して私はとても疲れているの。だから追いかけっこするなんて御免よ」
「ッ!?この声は……」
反響しこちらに響いてきた女性らしき、それにどこかで聞き覚えのある声……恐らくかなり近くにいる。俺はその声がした方向へと急いで駆け出した。
「あの子に関しては当面静観するつもりだけれど、貴方を見逃すなんて愚かな真似は絶対にしないわ」
近い……!この現象、時間が止まった世界の中で動けているのにはきっと理由があるはずだ。そして―――何故この声に既視感を抱くのか……!
「―――ベーター、死になさい」
「貴方は一体誰なんですかっ……!」
その人影の前へ飛び出すと、地面にはボロボロの姿で転がる見た事のない生き物と、そして……
「なっ!?あ、貴方どうして……!」
「暁美、さん……?」
謎に包まれた転校生、暁美ほむらさんの姿があった。