転校生の暁美ほむらさんが毎日こちらを睨んでくる件について 作:テオ
「なっ!? あ、貴方どうして……!」
「暁美、さん……?」
時間が完全に静止した、現実から切り離されたかのような無音の空間の中。俺の瞳に映るのは紫を基調としたシャープで洗練されたデザインの、まるでアニメに出てくるような魔法少女のコスチュームを身に纏いながらもその右手には……キュートなイメージを持つ魔法少女という概念にはとても不釣り合いと言えよう、無骨で現代的な拳銃を握りしめる暁美さんの姿であった。彼女は信じられないものを見たかのように大きく目を見開いており、激しい動揺の色を隠せていない。
「魔法少女……いや魔女ですら時を停止させるというのに、何故動けているの……」
雪崩のように押し寄せる情報の数々に脳の理解がまるで追いつかないが、それでも必死に言葉を絞り出す。
「その反応……暁美さん、貴方は今起きている事象について何か知っているんですよね? これは一体何なんですか」
「っ」
「人間だけでなく、周囲の空気までもがその流れを止めていたんです……もはや世界そのものが凍りついてしまったかのように……」
「…………黙りなさい、これ以上喋ろうものならその身は無事では済まなくなるわよ」
容赦なく銃口をこちらへと向けてくる暁美さん、その冷徹な声色からして冗談で言っていないのは明らかだった。体の震えを必死に抑えながら、俺は思考を巡らせる。これで分かった、この時止め現象を引き起こしているのは……間違いなく彼女だ。そして原理や方法は不明だが、これが異能の類であることも確定した。何故なら、先ほど俺の右手から鳴り響いた『キュィィン!!』というあまりにも聞き覚えのある音。アレは本来なら自分をも飲み込むはずだった時間停止を右手に宿る幻想殺しが打ち消した証拠に他ならない。
転生した当初、特典として何らかの能力が自分に備わっていないかと淡い期待を抱いて色々試したものの結局何の成果も得られず諦めた事があった。だが、まさか幻想殺しを持っていただなんて……しかし、今は驚きに引っ張られている場合ではない。意識を現実へと戻した俺の視線は自分の足元に力無く転がる―――傷つきボロボロになった謎の白い生き物へと注がれた。
「この動物は……暁美さんが傷を負わせたんですか、どうしてこんな事を……?」
悲しみが心の奥底から沸き上がってくるのが分かる、沢山血を流して……可哀想じゃないか。俺が尋ねると、暁美さんは途端にその顔を苦しげに酷く歪ませ、どこか深い悲しみを感じさせる表情で唇を強く噛み締めながら……
「貴方にっ……貴方に一体何が分かるというの……!!」
そう、絞り出すような震える声で言ってきて……そんな彼女に俺は返す言葉を失ってしまい、この時が停止した異常な空間で息の詰まるような沈黙が流れた。やがて暁美さんは己の激情を収めるように一瞬目を閉じ、次に見開かれたその瞳にはこちらを明確な脅威として認定したかのような激しい敵意が宿っていた。
「―――近衛花音、貴方が何者なのか私は必ず突き止めてみせるわ」
吐き捨てるように言い残すと、彼女は一瞬でその場から姿を消した。それと同時に止められていたゼンマイが動き出すかのように世界が元に戻り……暁美さん……結局何も分からなかった。
「……ひぃ……ひぃ……」
「だ、大丈夫ですか!?」
途切れ途切れな呼吸音に、俺は慌てて膝をつきその弱り切った小さな身体を両手で優しく抱きかかえた。
「どうすれば……」
今はこの子を助けないと、でもあまりにも色々な事が起きすぎて……俺は半ば混乱状態で思考が機能不全へと陥っていた中、ふと背後からこちらに駆け寄ってくる足音が耳に入った。
「こっちから助けを求める声が……って花音ちゃん!? どうしてここにいるの!?」
その足音の正体はまどかさんであった、そしてそのすぐ後ろから息を切らしたさやかさんの姿も現れて。
「まどかも花音もフラフラとCDショップから出て行っちゃうもんだから、それで慌てて追いかけてみたらこんなとこに来ちゃって……2人とも一体どうしたのさ!それに花音が抱えてるその白い生き物は何なわけ!?」
……時間停止が解かれれば彼女達が動けるのも当然だ、良かった……そんな安心感を抱きつつもまさか「この世界の時が止まっていました!そしてその現象を引き起こしたのはあの転校生の暁美ほむらさんで―――」なんて馬鹿正直に説明するわけにはいかない。
「そ、それは……」
俺が言葉に詰まってしまった、まさにその時だった。
―――ズズズッ。
突然、世界が異様な音を立てて歪み始め……壁や天井に周囲の風景がぐにゃりと奇妙に溶け出し視界全体が狂気的なコラージュアート空間へと塗り替えられていく。良く言えば芸術的、悪く言えば精神的に追い込まれているときに見る悪夢……いや間違いなく後者の方が当てはまるだろう。
「あーもう……!どうなってんのさ!」
「やだッ!?何かいる!?」
すると、俺達の周りにコラージュ細工の異形の怪物達がゆらゆらと蠢きながら出現した。そいつらは幼子を想起させるような鳴き声を上げながらこちらへ迫ってくる。
「冗談だよね……?あたし、何か悪い夢でも見てるんだよね……!?」
「さやかちゃん、花音ちゃん……」
「っ……!」
迫りくる怪物達に怯えるまどかさんとさやかさん…………大切な幼馴染が恐怖に震える姿なんて俺は見ていたくない、そして2人が傷つけられる様を想像してしまった瞬間、俺は自分でも無意識のうちに駆け出していた。
「花音!?」
「花音ちゃん!?」
背後から悲鳴にも近い叫び声が聞こえるが、俺は己の足を止めず目の前の一体へと向かって右手を強く握り締めその身体へと勢いよく突き出して。
―――キュィィン!!
既存の理を断ち切るかのような硬質で甲高い音が響き渡る、俺の右手が触れた瞬間に異形の怪物は爆発することも傷を負うこともなくその存在を一瞬にして世界から消滅させた。今ので幻想殺しはコイツらに通じると理解出来た。
「これなら……!」
希望に満ちた声を上げたその直後であった。
「花音―――後ろっ!!」
さやかさんの絶叫でハッと振り返ったときには、背後から近づいていたのか奴が俺の目と鼻の先に迫っていた。これじゃ間に合わな―――
恐怖から思わずぎゅっと目を瞑る俺だったが……痛みが訪れることはなく、代わりにしなやかな何かが滑り込むように自分の身体に巻きつき、そしてふわっと宙を浮くような感覚に包み込まれる。
「え……?」
恐る恐る目を開くと、駆け出したはずの俺は巻き戻るように2人の傍に立っていた。自分の身体に巻きつけられていた大きなリボンはしゅるりと背後へと飛んでいき……その方向へ振り向くと。
「間一髪だったわね、でももう大丈夫よ」
そこに居たのは……凛とした優雅さを感じさせ、それでいて耳心地の良い優しげな声を発し微笑みを浮かべる金髪の少女であった。よく見れば彼女は俺達と同じ見滝原中学の制服を着ている。
「キュゥべえを助けてくれてありがとう、その子は私の大切な友達なの」
「あ、貴方は……?」
「私の方こそ貴方に尋ねたい事があるわ、でもとりあえず質問は後。先に―――ちょっと一仕事、片付けちゃっていいかしら」
目線を怪物達へ向けると、彼女の体は眩しい光に包まれ……その姿は制服から一瞬にしてブラウスとスカートにベレー帽やコルセットを組み合わせた色鮮やかな黄色のコスチュームへと変貌した。
暁美さんと同様に魔法少女を想起させる彼女の姿……そう、この日から全てが始まったのだ。今まで知らずに生きてきたこの世界の裏側に、俺は足を踏み入れていく事になる。
この作品は誰も死なないハッピーエンドを目指したいと思っています(マジでみんな幸せになれ)