転校生の暁美ほむらさんが毎日こちらを睨んでくる件について 作:テオ
―――狂気的なコラージュアート空間が消滅していき、世界が本来あるべき姿を取り戻していく。
「も、戻った……!」
さやかさんは安堵からかその顔を綻ばせており……異形の怪物達との戦いはそれこそ、瞬きをする暇もないほどに一瞬でその幕を閉じた。ブラウスとスカートに、ベレー帽やコルセットを組み合わせた色鮮やかな黄色のコスチューム。それは俺が前世で画面越しに憧れ、楽しんでいたアニメに出てくるような王道的な魔法少女の姿そのものである。彼女は人間離れした驚異的な身体能力で空中へと高く飛び上がり、次々と大量のマスケット銃を瞬時に生成し、一斉射撃によってあの異形の怪物達を華麗に葬り去ってみせた。俺はその光景を前にただただ圧倒され、言葉が出なかったがとりあえず……まどかさんとさやかさんの2人が無事で本当に良かった。それは俺にとって何よりも、それこそ己の命よりも大切な事なのだから。
だがしかし、危機が去りホッと息をついたのも束の間。突如として俺達の目の前に現れたのは。
「暁美さん……!」
理論等は一切不明だが、この世界の時間を完璧に停止させる能力持つ少女。そしてつい先ほど激しい敵意をその瞳に宿し『貴方が何者なのか私は必ず突き止めみせるわ』と言い残し、その場から消え去ったはずの暁美ほむらさんであった。
「ほ、ほむらちゃん!?」
「えっ、アンタもしかして例の転校生!?」
まどかさんとさやかさんがそれぞれ驚きと困惑の入り混じった声を上げる。
「魔女は逃げたわ、仕留めたいならすぐに追いかけなさい」
「私が用があるのは……」
暁美さんの視線はまどかさんの方へ向き……それから俺へと移った。表情こそ変わらないものの、こちらに向けるのは明確な敵意と強い警戒心を感じるのに対してまどかさんにはどこかその冷淡な瞳が一瞬だけ揺らいだように思えた。俺の気のせいかもしれないが……
「飲み込みが悪いのね、見逃してあげるって言ってるの」
「…………」
「お互い余計なトラブルとは無縁でいたいと思わない?」
数秒間に渡る沈黙の後、暁美さんは無言でこの場から姿を消した……午前中に校内の通路で話したときに彼女はまどかさんの名前を出し、危害を加えるなら絶対に許さないと警告を告げてきた。やはり彼女はまどかさんと何か関係があるのか?
「暁美さん……貴方の目的は一体何なんですか……」
ただただ疑問は深まるばかりであった。
「―――近衛さん、一人だけ残ってもらってごめんなさいね。さっき話した内容だけでお腹いっぱいだと思うんだけど……でも、どうしても貴方に聞きたい事があるの」
「い、いえ、全然構いませんよ」
「あら、2人きりは嫌だったかしら?」
「全然そんな事ないです……!巴さんは私を助けてくれた恩人ですから……!」
「ふふ、そう言ってもらえて嬉しいわ。ありがとう」
嬉しそうにふんわりと微笑む巴さん……この状況に至るまでの経緯を説明させてもらうと、暁美さんが去ったあの後ボロボロであった白い動物は巴さんによって無事に傷を癒し回復した。一安心していたのだが、その動物はクルッとこちらを向き『助けてくれてありがとう!僕の名前はキュゥべえ!』とまさかの人語による感謝と自己紹介を告げてきたのであった。この短時間の間に時間停止に空間変異と異形の怪物やらあまりにも様々な超常現象を体験したおかげで、もはや俺はそこまで驚かずに冷静でいられた。まあ元を辿れば自分自身が転生者という不可思議極まりない存在なのだから、今さら驚く資格など無いのだが……そこら辺は一旦置いておこう。
更にキュゥべえは自分がまどかさんをここまで導いたと話し、それだけでなくさやかさんの名前まで正確に知っていた。驚き呆然とする俺達を前に。
『鹿目まどか、美樹さやか、僕は君達にお願いがあって来たんだ!』
……その瞬間、俺は次にキュゥべえが何を発するのか察しがついた。魔法少女を想起させる暁美さんと助けてくれた彼女の2人の存在、そしてこの手のジャンルには必ずと言っていいほど存在するマスコット枠。ならばそのお願いというのが何を意味するかなど、考えるまでない。
『僕と契約して―――魔法少女になってよ!』
まさしく予想通りの言葉で、それと同時に脳内でバラバラだった謎が全てではないがいくつか腑に落ちた。ここは前世のような普通の世界ではなく、言わば魔法少女モノの世界なのだと。そんな衝撃的な事実が判明し、俺達3人は彼女から説明を兼ねて住んでいるマンションへと招かれる事に。道中でお互いに簡単な自己紹介を交わしたのだが……そこで彼女の名前が巴マミさんであり、しかも3年生の先輩であるのが判明した。
落ち着いた大人びた雰囲気からもしかしてとは思っていたが、いざ先輩と判明した途端に普段の学校生活では3年生と絡む機会など皆無なだけに謎の緊張感が俺を襲った。しかし、巴さんはそんな緊張など気にしなくていいと言わんばかりに美味しいケーキと紅茶を用意して温かくもてなしてくれた。
そんな中、いよいよ本題となる魔法少女についての説明が始まり―――
「……ソウルジェムに、願い事が何でも一つ叶う……」
夕日に照らされたリビングで俺はクッションに座りながら、先ほど聞いた言葉を反復するように呟いた。対面に座るマミさんはそんな俺の様子を見て瞳を閉じ。
「こうして口に出すとまるでおとぎ話みたいよね」
「そう、ですね……」
キュゥべえに選ばれた少女が契約によって自らの魂から生み出す宝石―――それがソウルジェム、魔力の源であり自分が魔法少女であることの絶対的な証。そして何より俺たちを驚かせたのは、契約と引き換えにキュゥべえが告げた条件であった。
『僕は君達の願い事を何でも一つ叶えてあげる!何だって構わない、どんな奇跡でも叶えてあげるよ!』
その途方もない奇跡の代償として出来上がるのがあのソウルジェムらしい……巴さんは閉じていた目をゆっくりと開くと、その瞳には深い悲しみの感情が映っていた。
「いいえ……おとぎ話はもっと優しくて、幸せに満ちているわね。だって自殺や殺人事件なんて残酷な単語はあんな綺麗なお話には出てこないもの」
「…………」
少女の純粋な願いから生まれるのが魔法少女であるならば、その対極にいる魔女は人間の呪いから生まれた存在。不安や猜疑心、過剰な怒りや憎しみといった人間の心が生み出す災いの種。絶望をばら撒き、今マミさんの口から出た理由のハッキリしない不可解な自殺や殺人事件の数々は高確率で魔女が引き起こしたものらしい。
形の無い悪意となって、人間の内側からじわじわと蝕んでいく。
「…………この世には抗えない残酷な現実が存在します、そしてそれは仕方のない事で嘆いても悔やんでもどうしようもない。でも……そんな理不尽な形で絶望が与えられるなんて、あまりにも酷すぎます」
自分の世界は狭い病室一つで収まり、病によって理不尽に人生を奪われた前世を思い出しながら俺は唇を噛み締めた……でも巴さんはそんな俺を宥めるように優しく微笑んでくれて。
「見知らぬ誰かの為に怒り悲しむ事が出来る、近衛さんは優しいのね。でも―――だからこそ魔法少女がいるのよ。魔女に苦しめられている罪のない人々を救うために……まあ最も、その代償として命がけの戦いを強いられることになるけどね?」
そう言って困ったように苦笑いを浮かべる巴さん……
「と、巴さんの提案、魔女退治にしばらく付き合うって話をしてたじゃないですか。まどかさんにさやかさんはまだ魔法少女になるか決まったわけじゃないですから、巴さんはあくまで体験コースと言ってましたけど、俺は叶うならずっと協力したいって思って……」
その続きを紡ごうとしたが、彼女の冷たい声色に遮られる。
「気持ちは嬉しいわ、でも近衛さんに付き合ってもらうつもりはないの」
「ぇ……ど、どうしてですか……?」
「だって貴方―――魔法少女にはなれないでしょう?」
思わず言葉に詰まる自分に対し、巴さんは俺だけを残した理由……ここからが本題と言わんばかりに真剣な表情を向けてきた。
「魔法少女でもない貴方が魔女の使い魔を一瞬にして消し去って……その右手は何なの、 貴方は一体何者なのかしら?」
「そ、それは……」
…………分かっていた、あの戦いを見られている時点でこの疑問について避けては通れない事ぐらい。
「最初は何かしらの魔女が人間に姿を変えているのかと思ったわ、でも貴方から魔女の気配は微塵も感じない。それどころか、人間としての確かな心と理性をしっかりと持っている……だからこそ余計に分からなくなったのよ」
彼女から聞いた話によればこの世界で特殊な力を持つのは魔法少女のみである、キュゥべえとの契約を交わしその代償として得る以外に手段はないはずだった。そこに俺のような存在が現れたんだ、困惑するのも当たり前だろう。
「キュゥべえは、近衛さんについて一切何も触れてこなかったわ。それこそ不自然なほどにね?何か知っているのかもしれないけど私には教えてくれないの」
「何て、説明したらいいのか」
俺には前世の記憶があり転生特典としてこの右腕を授かりました!何て正直に話せるわけがない、いくら魔法が存在する世界だといえどそんな言葉を信じてもらえる確証などどこにも存在しないからだ。それに何より俺はただ……答えに窮し俯いて何も言えなくなってしまった俺に、巴さんは静かに言葉を続けた。
「さっきはあんな風に言ったけれど、正直に言うとね……私は近衛さんの正体そのものにそこまで固執しているわけではないわ」
「え……?」
「魔女とか人に危害を加える存在ならもちろん話は別よ?でもあの子達と近衛さんが幼馴染として以前から仲良くしていると聞いて、それにこうして話している今もそう……貴方から悪意を何一つとして感じない。言葉ならいくらでも嘘は吐けるけれど、心の奥底にある本当の部分は偽れないものなのよ。貴方が必死に立ち向かっていた姿をこの目で見ているから分かるわ」
真っ直ぐに向けられる瞳に、心の底まで覗き込まれているような感覚に陥る。
「……それなら協力してもいいんじゃないですか、この右手だってきっと役に立―――」
「ダメよ」
俺が言い切る前に彼女はハッキリと首を横に振った、そして……まどかさんやさやかさんの前で見せていた穏やかな先輩としての姿がまるで虚像だったのではないかと思わせるほど、別人のようにポツポツと語り始めた。
「……魔法少女の活動って本当に過酷で大変なのよ、怪我だってするし恋をしたり友達と遊んでる暇なんて全くない。当たり前の、平穏な日常とはお別れ。でもね、それは奇跡を願った代償なのだから仕方がないと割り切って戦い続けるしかない……そういう残酷な世界なの。いくら不思議な力があろうと、魔法少女適性のない子が事情を聞いたからって協力するだなんて絶対に間違っているわ」
重苦しい沈黙がリビングの空気を支配する……巴さんは何一つ嘘なんて言っていない、むしろこちらの身を案じ、心から危惧してくれているからこその言葉だ。こんな得体の知れない奴に対して彼女はどこまでも良い人だった。でも……
「私は……自分で言うのも何ですけど、苦しみや痛みについてならそこら辺の人よりよく知っているつもりです。誰かの為になりたいと思う気持ちは決して好奇心や浅い正義感なんかじゃありません」
「貴方……」
「それに誰かを救いたいっていう気持ちだけじゃない、大切な幼馴染であるまどかさんとさやかさんの傍にいて少しでも力になってあげたいんです。それに―――巴さん、私は貴方に対しても同じ気持ちですよ」
「わ、私!?」
巴さんは大きく目を見開き、驚愕に染まった表情を浮かべる。
「まだ会って間もないですけど、巴さんは誰かの為に命を張って戦うことができる立派な人間だと私は確信しています」
「……そんな事ないわよ、私なんて」
「さっき言っていましたよね? 言葉ならいくらでも嘘は吐けるけど、本当の部分は偽れないって。私を命の危機から救いそして信じてくれたように貴方も―――とても優しい人です」
「っ……!」
巴さんは短い沈黙の後、まるで張り詰めていた糸がプツリと切れたかの如く……己をさらけ出すようにぽつりと零した。
「……無理して強がってるだけで、怖くても辛くても誰にも相談できなくて……いつも一人ぼっちで泣いてばかりなのよ。私は……本当は弱い人間なの……」
「弱くなんかありません、一人ぼっちは誰だって寂しいものですよ。当たり前です」
俺は巴さんの元へゆっくりと歩み寄り、そして自分の左手をそっと伸ばして震える彼女の手を優しく握りしめる。
「使命をたった一人で背負う必要なんてないんですよ、誰かが傍にいて寄り添ってあげるだけで心が和らぎきっと羽が生えたように楽になるはずです」
巴さんは震える瞳で不安という感情を隠さず、恐る恐る尋ねてきた。
「……私の傍に、いてくれるの……?」
その問いに迷いなど。
「はい、巴さんの傍にいますよ」
―――なかった、巴さんの中で限界まで堪えていたものが決壊するかのように温かな大粒の涙がそっと頬を伝うように零れ落ちた。そしてしばらく彼女の事を隣で見守り、やがて落ち着いたのか恥ずかしそうに目を逸らしながら。
「ご、ごめんなさいね、こんなみっともないところを見せちゃって……かっ、鹿目さんと美樹さんにはこの事は内緒にしてくれるかしらっ」
「もちろん、絶対言いません」
俺は彼女に対し、柔らかく微笑み。
「この事は2人きりの―――秘密、ですよ」
「ッ……!?」
すると、何故か巴さんの顔が一気に真っ赤に染め上げられていき……その後も彼女はさっき俺が握った自分の手をぼーっと見つめては「近衛さんの手……小さくて柔らかかったわ、それに笑顔もとても可愛くて……」とよく聞き取れなかったが何か独り言を呟いており、帰るまでずっと心ここにあらずといった様子だった。
一体どうしたのだろうか……?
リビングとは別室にて。
「近衛花音、彼女の持つ右手の力はとても―――興味深いね」
その感情を持たぬ声は、誰に聞かれる事もなく闇の中へ消え去るのであった。