転校生の暁美ほむらさんが毎日こちらを睨んでくる件について 作:テオ
―――己の右手に宿る幻想殺しの力、時間停止、そして魔法少女と魔女の存在……これらについて事細かに振り返り出すとまた長くなってしまうので、とりあえず今はやめておくとしよう。それに何より自分自身でも、荒波のように押し寄せてきた常識を根底から覆す衝撃的事実の数々に脳の理解が追い付けていないというのが正直な所だ。それでも、巴さんに誓った言葉は嘘などではない。俺はこの右手を活かして大切な幼馴染の2人と、そして孤独を背負い続けてきた彼女の力になってみせる。
そんな強い決意を胸に抱き、俺は学校へと登校したのだが……
「……はぁ」
3時間目の授業を終え休み時間に突入した教室にて、俺は机にパタリと顔を伏せ大きくため息をこぼした。
「花音さん、そんなに大きな溜息をついてはせっかくの幸せが逃げてしまいますわよ?」
ふわりと柔らかな、それでいて普段からよく聞きお覚えのある声に顔を上げると目の前に立つ仁美さんが心配そうにこちらを覗き込んできていた。
「仁美さん……」
「朝から随分と重々しい表情をされていますが、何か悩みでもあるんですの? 私で良ければお力になりますわ」
「気持ちは凄く嬉しいんですけど……その、ちょっと複雑というか何というか……」
「複雑?」
首を傾げる仁美さんから俺はチラリと視線を斜め前へと動かし……そう、俺が内心頭を抱え深いため息をついている最大の理由。それは―――
「…………」
転校生にて、時間を停止させる能力を持つ魔法少女でもある暁美ほむらさん。彼女が今朝の登校時からホームルーム、そして授業中と今に至るまで敵意と警戒心に満ちた鋭い眼差しで何度も俺をジッと睨みつけてくるからである。『近衛花音、貴方が何者なのか私は必ず掴んでみせるわ』、そう冷徹な瞳で告げてきた言葉の通りその様はまるで俺を観察対象か何かだと思っているかのよう……美人に睨まれるのがこんなに怖いだなんて想像していませんでした……前世はまともに対人スキルを培えず、性根が陰のまま今世で生活を続けている為こういうのが一番精神的ダメージをもたらすのだ。
魔法少女としての立場で見ると、俺の存在がかなりのイレギュラーなのは昨日の巴さんとのやり取りで十分把握しているつもりだが……どうしてだろう。暁美さんに関して言えば、俺にこれだけ警戒心を向ける理由はどうもそれだけじゃないような気がしてならない……つい思考の渦へと陥りそうになっていたが、目線を戻せば仁美さんが何故か赤くなった頬に手を当てプルプルとその体を震わせており。
「暁美さんへ向ける意味深な視線……ま、まさか花音さんは彼女の事が気になっておられますの!?」
「い、いやそんな事は」
「いけませんわ!いくら暁美さんがお綺麗だからって、たった1日で焦がれるほどに心奪われてしまうだなんて……恋愛というのはお互いに言葉を交わしゆっくりと丁寧に関係性を培っていくものですわ! それにそもそも女の子同士ですのよっ!?」
「ひ、仁美さん?あの、ですから私は別に暁美さんに対してそんな感情抱いてるわけじゃ……」
本人による否定も空しく、仁美さんは限界爆発の如く両手で顔を覆いながら。
「これが……これが高根の花同士の高度な百合恋愛というものですのねー!!」
仁美さんは一目散に教室の外へと走り去って行ってしまった……残された俺は思わず呆気に取られてしまったが、すぐに気を取り直して彼女を連れ戻しに行く為、自分の席から立とうとすると。
「わざわざ花音が迎えに行く必要ないって、仁美の奴アレで今日2回目なんだからさ」
そう言って、さやかさんが俺の肩にポンと軽く手を置いて制止してきた……確かに今朝の登校中にも魔法少女の間で行えるとされるテレパシー、最も2人はまだ候補者であるためキュゥべえを介したものだが……それを使っているまどかさんとさやかさんを見て、言葉を交わさず目くばせし合う姿に勘違いした仁美さんが『それは禁断の恋の形ですわ~!』と叫んで走り去っていったばかりなのだ。
まあ……さやかさんの言う通り、別に放っておいてもいいかもしれない。うん……
「今日の仁美ちゃん、なんだかさやかちゃんみたいに元気だね」
「おいこらまどか、何だかとても失礼なこと言ってるように感じちゃうのはあたしだけですかねー??」
腰に手を当ててまどかさんをジト目で睨むさやかさん、そのやり取りを微笑ましく思いつつ俺はまどかさんの肩に乗るキュゥべえへと視線を移すと……
「さっき言ってた通り、やっぱり学校にいる方が安心ですね。巴さんがいるのもそうですし、何より……」
俺はガクンと肩を落とし、虚ろな瞳で呟いた。
「暁美さんも私の方が優先度高いみたいで、こっちばっかり見てきますし……はい……」
やはり幻想殺しの件が大きいのだろう……そりゃあ、時間停止世界の中で動ける人間が自分以外にいるはずがないのだから警戒するのも無理はない。落ち込む俺だったが、隣に立つさやかさんは大丈夫だと言わんばかりに勝気な笑みを浮かべて。
「気にすんなよ花音、アイツが何かちょっかいかけてきたらあたしがぶっ飛ばしてやるからさ! ウチの姫には傷一つ付けさせやしませんよ!」
……さやかさんの言葉が胸の奥へと温かく沁み込んで、少しだけ不安が和らぐのを感じた。そして俺は。
「それなら、さやかさんは私の―――王子様ですねっ」
「ぇ……あ、そ、そうだよ! あたしが王子様だー! はは、は……」
軽い冗談のつもりでそんな風に返したのだが、何故かさやかさんは言葉を詰まらせ顔を赤くし、そして俺から慌てて顔を逸らすと。
「あーもう……!だからあたしにそっちの趣味はないはずなのに何でまたドキドキして……!」
その後も、休み時間が終わるまでさやかさんはずっとどこか様子がおかしかった。一体どうしたのだろうか……?
昼休み、屋上にて。
「―――ねぇ、まどかは願い事とか何か考えた?」
「ううん、さやかちゃんは?」
「あたしも全然……何だかなぁ、思いつくと思ったんだけどなぁ。でもやっぱり命がけって所が引っかかっちゃうよね、そうまでするほどのもんじゃねぇよなーって」
「意外だなぁ、大抵の子は二つ返事なんだけどね」
さやかさんはフェンスに近づき、そっと手を当てる。
「まあきっと―――あたしとまどかがバカなんだよ、そう。幸せバカ……あ、それなら花音も入るか、あたしら3人一緒だね」
困ったように苦笑いを浮かべるさやかさん。
「言い方はちょっと失礼ですけど、でも……否定は出来ませんね」
何故なら健康な体と良き友に恵まれた今世、幸せな今にどっぷり浸っている身だからだ。最も、それでも前世の病室で味わった絶望や苦しみを完全に忘れられるわけではないが……
「別に珍しくなんかないはずだよ、命と引き換えに叶えたい望みを抱えてる人達。きっと世の中に大勢いるはず……だからそれが見つからない私達って、その程度の不幸しか知らないって事じゃん。恵まれすぎて馬鹿になっちゃってるんだよ、何であたし達なのかな……」
「さやかちゃん……」
自嘲気味に笑うさやかさんの横顔を見つめながら、俺の脳裏には前世の記憶が蘇った。ただベッドの天井と狭い空を見上げるしかできなかった自分の姿……でもそんな過去を持つからこそ、恵まれている事が悪いことだなんて、幸せを噛みしめることが間違いだなんて俺には思えなかった。だから自分を卑下するような真似はしてほしくない。
「さやかさ―――」
俺は素直に思っている事を口に出して伝えたくて、彼女の名前を呼ぼうとしたそのとき。絹の様に流れる美しい黒髪を風にたなびかせながら、静かに俺達の前に現れたのは―――暁美さんであった。
「あ、暁美さん!」
キュゥべえを狙いに来たのか……?いや彼女の事だから俺の可能性も……さやかさんが俺とまどかさんを抱えるキュゥべえを守るように目の前に立つ。戦闘に発展する事はあってほしくないと願いながら、もしもの事態に備えて俺は右手をそっと強く握りしめた。
だがしかし、まどかさんとさやかさんの2人が驚くように突然左へと振り返り……俺も少し遅れて同様にその方向へ視線を向けると―――そこには。
ソウルジェムを手に持ち、凛とした佇まいでこちらを見つめながら立つ巴さんの姿があった。良かった……!これで万が一戦闘になっても、事態が最悪の方向へ転がる事は防げる。暁美さんも巴さんの存在を認識しているらしく、ちらりと彼女の方を一瞬だけ見やり、すぐに目線を戻した。
「ま、またキュゥべえを傷つけるつもりですか……?」
「いいえ、本当はソイツが鹿目まどかと接触する前にケリをつけたかったけれど……今更それも手遅れだし」
まるで思考の読めない紫色の瞳で、暁美さんはじっとまどかさんを見つめて。
「で? どうするの、貴方も魔法少女になるつもり?」
「私は……」
まどかさんが口ごもってしまう中、暁美さんは無表情かつ平坦な声色で告げる。
「昨日の話、覚えてる?」
「うん……」
「―――ならいいわ、忠告が無駄にならないように祈ってる」
それだけ言い残すと、用は済んだと言わんばかりに背を向けその場から去ろうと歩き出す暁美さん。しかし、まどかさんは彼女の背中に向かって声を張り上げて叫んだ。
「ほ、ほむらちゃん! 貴方は……どんな願い事をして、魔法少女になったの!?」
その問いに、暁美さんはピタリと足を止め……そしてゆっくりとこちらへ振り返り。
「…………」
「あ……」
無言のまま放たれる有無を言わせぬ凄まじい圧、言葉はなくともそこには踏み込んではいけない深い闇と強い意志が込められていた。そして再び背を向けて歩き出そうとした―――その時であった。
何やら暁美さんの足元から、小さな物が地面に落ちたのが見えて……思わずそれを拾うと。
「……これって」
手軽に5大栄養素であるタンパク質、脂質、糖質、ビタミンをバランス良く含み摂取出来るでお馴染み―――カ○リーメイト2本入りであった。え……?
「ああっ、暁美さん!」
「……何かしら、近衛花音。私としては貴方と会話を交わすつもりは微塵も無いのだけれど」
睨みつけてくる彼女に内心ビビリまくりながらも、勇気を持って左手に持つカ○リーメイトの箱を見せて。
「お、落としてましたよ、これ暁美さんのですよね……?」
「は―――」
俺の行動があまりにも予想外だったのか、数秒ほど呆気に取られたように固まった後。
「…………ええ、私のよ」
「その……暁美さんもこういうの食べるですね、えっと……昼ご飯だけじゃ物足りない的なアレですか?」
「…………」
「ごご、ごめんなさい何でもありません……」
気まずさのあまり、半ばパニック状態と化した俺はそんな緩い話をするような相手でも無い人につい聞いてしまった。暁美さんのこちらを睨む眼力が更に強まったのを感じ早急に謝罪する始末、ホント何してんだ俺は……右手に触れて何かが起きそこから面倒事になるのは避けたい為、左手で持っていたのだが暁美さんは表情を変えずに素早く取ると今度こそこの場から去って行った。
……とても変な話だが、カ○リーメイトを見せた瞬間の呆気に取られたようなあの顔。普段の凍り付いた表情よりもそんな、ちょっと間抜けだけど同時に……どこか可愛らしさを感じさせる、そしてそれこそが……彼女の素に近いのではないか。
「―――何て、ただの与太話ですけど」
俺はそう結論付けるのであった。
そして放課後。
「―――鹿目さん、美樹さん、近衛さん、みんな準備はいいかしら?」
「もっちろんです!一発どころか百発ぶちかましてやりますぜー!」
「うぅ……せっかく衣装頑張って考えたのに笑われちゃったよ……」
魔女退治にまさかの野球バッドを持参し元気に意気込むさやかさん、そしてノートに魔法少女のコスチュームをデザインしてきたのを2人に笑われてしまい落ち込むまどかさん……何だか若干ノリが緩いが、そこは置いといて。
魔法少女でもない自分だけど、誰かの為に、そして何より3人の力になってみせる。
俺は己の右手を強く握りしめ。
「―――はい」
静かに、されど確かな意志を込めて答えるのであった。
5話までが実質プロローグとなっております。ここから主人公とほむらちゃんの関係性やそれ以外のキャラとも色々な絡みを描いていきハッピーなエンディングを目指す予定です!