「私、加部友恵は吹奏楽部の奏者を辞めることになりました。オーディションにも参加しません」
縣祭りの次の日、パート練習に移る前に加部先輩の口からそう告げられた。
同じパートである。小日向さんや滝野さんは特にショックを受けていた。
もちろん僕もショックを受ける。
「ストップストップ、そんな大騒ぎしないで退部するわけじゃないんで」
事が大きくなったのが分かった先輩はそう言って、部員達を慰めに入った。
「私はマネージャーとしてみんなのサポートをしていきたいと思っています。これからは困ったことがあったら、どんどん言ってください。演奏のこと、練習のこと、人間関係…恋愛相談は…別料金で!」
先輩がそう言うと、部員達に笑いが起った。
「これは前向きな決定なのでみんな心配しないで練習に励んでください。ではマネージャー加部友恵をこれからよろしくお願いします!」
先輩がそう言うと、拍手が沸き起こった。
悪い雰囲気では無いので、そこは良かったと思う。
「りりりんは心配ないとして…二人はテスト大丈夫そう?」
パート練習中、兜谷と籠手山の二人にそう聞いた。
オーディションの前に、中間テストがあるが、心配はないだろう。
練習を再開しようとすると、外から
「なんなんですかー!!」
と怒り狂った久石の声が聞こえてきた。
「あれ~奏、どうしたの?」
教室の窓から顔を出して、久石に声を掛けるりりりん。
「ちょっといい。伏見君も」
「僕も?」
久石に呼ばれて、今日の練習は早めに切り上げて、りりりんとやってきたのはファミレス。
「それでなんで僕まで…」
「愚痴を聞いてもらいたくて」
久石の口からそう出てきた時、りりりんと顔を合わせた。
「愚痴ってどんな?」
「中川先輩の事で」
中川先輩…副部長か。
「副部長の事でなんで久石が愚痴りたいんだ」
「あの人、後輩に教えを乞ってきたんですよ。先輩のプライドというものがあるでしょう!!」
久石はそう言って頼んでいたドリアを食べていた。
「中川先輩、良い人だし、気にしてないと思うよ~」
久石の言葉に、りりりんはそう返した。
「久石がそう思うって事は、昔なんかあった?」
僕がそう聞くと、久石は間を開けて言う。
「…何もないし…」
「何かあっただろ…」
「奏~何かゆうに話してみれば~?こう見えて、相談事はもってこいなんだよ~」
りりりんはそう言って、久石の事を慰める。
「…実は…」
りりりんに屈したのか、久石は昔の事を話し始めた。
中学の時にオーディションがあって、下級生だった久石が受かり、その時は良かったと言ってたものの、結果が出なかった為…3年生が吹いた方が良かったよねと手のひら返しされた事だった。
「それで分かった…そういうものなんだなって…うまい演奏が大切なんじゃない、一番大切なのはみんなが納得できるかどうかなんだって」
「あまりにも極端すぎる…」
「そう?実際、北宇治にもそういう空気がありそうじゃん」
「分からんことはないが…」
「あの時、久美子先輩にちょっとした間があったもんね」
新入生説明の時の間はそれだったか。
「でも、手を抜く事はしない事だよ」
話を聞いて、僕が思った事はこうだった。
「でも、それで受かって、先輩が落ちてしまったら…」
「今はそれを考えても仕方ないでしょ。今はコンクールメンバーに入る。それだけだよ」
僕はそう言って、ジュースを一口飲む。
「分かってるけど…」
「それでもし、久石に何か言う先輩が居たら、守ってあげるから」
「えっ?」
「奏~ゆうはこう見えて、中学時代、暴れ馬だったんだよ」
りりりんはそう言って、僕の頬を突いてくる。
ああ、思い出したくない記憶なのに
「そうは見えないけど?」
「私が先輩にいじめられそうになった時、口で言い負かせてくれたんだ~」
「へぇ~」
「暴力だけはしないって決めてたからね。今、思ってもあの先輩達、腹立ってくるな」
「どうどう」
「何があったのか気になる…」
「いつか機会があったらね」
「そう言う人って、言わないんですよ」
久石にそう言われて、グサッと刺されてしまった。
「簡単に言うと、りりりんに対して酷い事を言ってた先輩に対して、正論を言っただけ」
「……」
僕が昔あった事を言うと、久石は黙っていた。
「もし」
「ん?」
「もし、私が受かって、先輩が落ちて、周りから何か言ってきた時は守ってくれます?」
「もちろん、昔からの知り合いって事もあるけど、お前の事は守るよ」
「その言葉、信じるからね」
そして、オーディションの日がやってきた。
松本先生が音楽室に入ってきて、そう言うと、音楽室に緊張感が漂う。
「まずは金管」
先生によって、最初はトランペットから呼ばれていく。
「次、ユーフォニアム」
そして、遂にユーフォの番がやってきた。
果たして、久石の名前は呼ばれるのだろうか。
「中川夏紀」
「はい」
久石が心配していたが、中川先輩は無事に呼ばれていた。
良かった良かった。
「黄前久美子」
「はい」
「久石奏」
「はい!」
良かったね。久石呼ばれて。
そして、チューバが呼ばれて、
「次に木管」
そして、クラリネット、フルートが呼ばれていよいよダブルリードの番がやってくる。
「次にオーボエ」
「鎧塚みぞれ」
「はい」
先輩が呼ばれた。
「伏見結」
「はい!」
僕の名前は呼ばれた。
りりりんは…
「以上二名」
彼女の名前は呼ばれる事は無く、ファゴットの二人は受かった為、ダブルリードからはりりりんだけがBメンバーに
りりりんの事が心配になって、りりりんの事を僕は気にしていた。
そんなある日、僕とりりりん、みぞれ先輩の三人でパート教室に居た。
「みぞ先輩、みぞ先輩、自分でリード作ってるんですか?」
みぞれ先輩は、リードを作っていた。
「半分だけ」
「ナイフだけ入れるって感じですか?」
「糸、巻いたり」
「へぇ~私にもできますかねぇ?」
「今度、教える」
「本当ですか!?」
「うん」
「う~れしいです!ありがとうございま~す!」
りりりんはそう言って、机に机に突っ伏した。
「どうしたの?」
先輩がりりりんに対してそう聞くと、りりりんはすするようい泣いていた。
「オーディション…落ちちゃいましたぁ~!」
「あ…」
「先輩と…ゆうと三人で一緒にコンクール出たかったですぅ~!」
そうりりりんの声が響いていた。
「りりりん…」
気にしてないなんてことはなかった。
りりりんは気にしていた。あの時、流れ星にお願いしていたくらいだから
「うん、私も三人で吹きたかった」
「先輩~…!」
「だから、私も剣崎さんの分も背負って吹く」
「先輩っ…!」
「だから…頑張るね」
「先輩…!!」
りりりんはそう言って、先輩に抱き着いたのだった。
りりりんも分も背負って、僕も頑張らないと…そう思うのだった。