オーディションを終えた北宇治高校吹奏楽部は、無事に府大会を突破して、夏休みがやってきた。とはいえ吹奏楽部に休みなんてない。
正確に言えばあるにある。けれど……
「合宿をしますので、ご家族には話しておいてください」
滝先生が言うように、北宇治高校吹奏楽部は、近くの宿を使っての合宿を行う。みぞれ先輩が言うには去年から始めたらしい。
その為、休みは学校が閉まる盆休みの三日間だけだった。
「伏見君」
「みぞれ先輩?何かありました?」
全体練習を終え、各パート練習に部員達が散っていく中、みぞれ先輩に声をかけられて、そう返事を返す。
「うん…お盆休み良かったらなんだけど…プール行かない?」
「プールですか?」
「嫌だった?」
「いえ、そんな事はないですよ」
みぞれ先輩に、プールに行かないかと誘われてしまった。
さっき、傘木先輩がフルートの人達に声をかけていたので、吹部のみんなで行こうよって意味の方が強いかも。
「みぞれ先輩は、僕で良いんですか?」
「うん、せっかくだから」
みぞれ先輩に誘われたのは嬉しい。
でも、僕よりもりりりんを誘ってあげた方が良いかもですよ先輩
なんて思っていると、傘木先輩が僕達に寄ってきた。
「みぞれが誘いたいって言うから、誰かと思ったんだけど。伏見君だったかー」
傘木先輩は笑いながらそう言ってきた。
そんな先輩に、みぞれ先輩は返事を返す。
「伏見君以外にもう一人いる」
「誰誰!?」
みぞれ先輩の発言に、傘木先輩は驚きながらもみぞれ先輩の言葉を待つ。
「ダブルリードのみんな」
「いいじゃん、誘いに行こうよ」
みぞれ先輩……やっぱり誘う気だったんだ。
りりりんはとっても喜ぶだろうし、即決で行きます!と言うんだろうなきっと。
「それで、伏見君はどうする?」
りりりんの事を思っていると、傘木先輩にそう聞かれてタジタジになりなら返す。
「えっと、予定確認してからでもいいですか?」
特に予定は無いけど、女子だけの空間に入るのは中々勇気がいるのでそう答えた。後は、暑いのが嫌だから外に出たく無いだけである。
先輩達と遊ぶのは楽しいとは思うけど。
「もちろん、強制ではないからね」
傘木先輩は笑顔でそう言ってくれた。
良かった。ここで行きませんとは言わないけど、何で来ないの?みたいな空気にならなさそうで良かった。
「お盆休みは暇?」
放課後、珍しく一人で帰っていると久石が声をかけてきた。
久石も一人で。
「久石も1人?」
「ええ、生憎」
久石は何かを企んでいそうな表情で、さり気なく僕の隣まで駆け寄ってきた。
「暇って聞いてくるって事は、久石も暇なの?」
「お盆休みって言っても、特別に何かをするって事はないから」
「それに関しては、全く同じ意見」
僕の場合は、暑いのが嫌だからと理由もあるけど、久石の意見には概ね合意だ。そんな僕の言葉を聞いて、久石は疑問に思っていたのだろう。
こう聞いてきた。
「あれ、梨々花と一緒にどこかに行ったりしないの?」
「今の所は、何の予定も入ってないね」
とはいえ…今日帰ったら、りりりんから誘ってくる事だろう。
プールの件然り、その他の二日間の休み然り
「それなら、私とおでかけしない?」
「なんで?」
「こないだのお礼です」
「お礼…?」
久石に何かお礼でもされるような事をしただろうか。
全くといって、身に覚えは無かった。
「あの時の言葉、忘れてませんよ」
「うん?あの時の言葉?」
「はい、はっきりと『私の事守る』って」
そういえば、そんな事を言ったような気がする。
オーディション前に……あれ覚えていたのか。僕はすっかりと抜け落ちていた訳だけど。
「確かに言ったけど、それとお礼の関係性って何」
「私はあれで救われたのでそのお礼です。中川先輩も受かりましたし」
「そうかい」
僕がそう返すと、僕の懐に入る様にしながらこう聞いてきた。
「で?どうします?私とのおでかけは?」
「考えておくよ」
久石には悪いが、僕はそう彼女に返した。
いや、本当に暑いのは嫌なんだよね……
********
先輩達からお誘いを受けた次の日の放課後。
いつものように、りりりんが僕の部屋に居た。
「ジャジャジャジャーンー新しい水着~」
「可愛いね」
「えへへ~」
りりりんは、先輩からプールのお誘いを受けて、市内まで行って買ってきたんだとか。行動力が凄い。
そんなりりりんは、黄色のフリルの付いた水着を着ていた。
「ゆうも一緒に行こうよ~」
「なんで」
僕の身体を揺らしながらそう訴えてくる。
「奏のお誘いも断ったって聞いたよ」
「そうだけど、なんで知ってんの?」
あの話は、僕と久石だけしか知らないはず。
周りに、誰か居た気配も無かった。なのになぜ
「奏が話してくれたもん」
「あっ…なるほど」
りりりんの言葉を聞いて、普通に考えたらそうだよなぁと納得した。
「それで、どうするの~」
「僕は行かないよ」
「ええ~」
りりりんから文句を言われたが、先輩達の中に入れる訳も無かった。
それに暑いのがやっぱり無理だった。
-駅前のベンチ-
「それで私の所に来たんです?」
「というより、電話で呼び出したのが正解でしょ」
僕は、久石の所に居た。
というより電話で呼び出された。
「そんなに会いたいだなんて~」
「…帰るぞ」
久石の態度に、イラっとした僕はそう一言を彼女にぶつけ、席を立とうとした。
「待って」
彼女はそう言って、僕の腕を掴んでくる。
「何」
「せっかくおめかししてきたので見てください」
久石は、僕のベンチに座らせて、久石は入れ替わるようにして立ち、その場で一回転する。
「いいんじゃないの」
「ありがとうございます、でも、もうちょっと褒め言葉が欲しいですねぇ」
「これ以上何を求めてるんだ…」
「例えば…髪の毛とか…ですかね」
「散髪でも行ったの?」
「はい、5ミリだけ切ってきました」
「おおう…拘ってる事は分かった」
5ミリだけ切ったなんて分からないよ
「そうです、拘ってるんです私」
ウィンクをしながら言う。
こうしてみると久石って可愛いなと思った。
求とは言い争いしてるみたいだけど。
「奢ってくれてありがとうね」
「これぐらい安いもんだよ」
その後、久石と2人でファミレスに来ていた。
彼女の目の前には、3皿の料理が並べられていた。
華奢な身体の割にはよく食うな…
「これ食べます?」
「久石が全部食べていいよ」
なんかこんだけ食べているのを見ると、こっちが引いてしまった。
久石のせいなのかおかげなのか、ジュースだけで済んでしまった。
「楽しかった~」
「楽しかったようで何より」
その日の夜、りりりんが楽しそう表情でやってきた。
みぞれ先輩とのプールが楽しかったのが伝わってくる。
「ゆうが居たらもっと楽しかったのにな~」
りりりんは、僕に何かを訴えるようにしながら言ってきた。
「はいはい…来年は行こうね」
「約束だよ~」
りりりんはそう言って、強引に指切りをしてきた。
来年は、プールに行かないといけないって事か。
暑さに慣れる練習でもしようと本気で思い始めた。